第五十一話 立場 その6
4人が無理にでも笑おうとしたのは、この話には、まだ続きがあったから。
やや重苦しい話が。
長兄はその後すぐ、亡くなってござる。
何があったか、詳細は某には知らされなんだ。
それ以来、家の中での某の立場は微妙となった。
今ならば、分かるでござるよ。メル家の皆さまからいろいろなことを学ぶようになった、今ならば。
佐久間の家は、一枚岩でござった。兄に跡を継がせるべく、いろいろと準備が始まっていた。それがこのような事件でご破算となれば、大混乱。
逆恨みであっても、某のせいにしたくなる者もおったでござろう。
次兄に取り入ろうとする者もいたであろう。次兄の側近は警戒したであろう。
某を担ごうとする者もいたようでござる。次兄にはいまさら取り入れないと考える者。某の「武勇」に期待する者。次兄はどちらかと言えば「文の人」と目されてござった。……ファンゾの基準では。
それまでは歓迎されていた某の剛力が、疎まれるようになってござる。
家が、ぎすぎすとしてござった。童は、そのような空気には敏感なもの。わけもわからぬまま、不快感ばかりが募ってござった。
そしてこれも、今ならば分かるでござるが……。いや、今でもまだ、芯からは分かってはおらぬか。
「母が、壊れたのでござる。」
息子の悪行にショックを受けたのでござろう。それでも生きてさえおれば、あるいは。
某を見るたびに、泣き叫ぶようになってしもうた。
周囲の侍女が母を押さえ、某を外に連れ出す。やがて母は別邸に暮らすようになってござる。
「某は、荒れた」。
「童が、荒れた家の影響を受けて情緒不安定になる」。
不幸な話ではござるが、まあ、無くはない。周囲の大人や兄・姉のごとき人の慈愛によって、全うに育つことも多い。いや、むしろその方が多い。
だが、次兄と某は引き離された。家の後継者問題では、いわばライバル。長兄の時のような不幸は、もう起こしてはならぬゆえ、な。
齢6つの童には、何も分からぬ。
長兄に裏切られ、母に疎まれ、次兄と引き離された。それ以外のことは、何も。
「荒れたでござるよ。」
そして、某が暴れれば。……分かるでござろう?台風のごとき有様。慈愛をもって接しようとする大人でも、手のつけようがない。
噂を聞きつけて、天真会がやってきてござる。佐久間家と天真会とは、もともと縁もござったゆえ。
老師と、ロータス姐さんと、アラン兄さん。3人で。
老師に取り押さえられたでござるよ。今でも敵わぬのだから、当時敵わぬのは当たり前。
某もファンゾの民。「拳で」会話が成立した以上は、大人しくなった。
祖父と父と、話し合いになり申した。
天真会で引き取り、教育をして、穏やかになったらメル家に「人質」として「留学」させようと、そうまとまってござる。
佐久間の家を離れ、某は情緒不安定から立ち直った。
人質となる予定であったゆえ、男言葉のままになってしもうた。
天真会で半年も暮らした頃でござろうか。メル家から呼ばれたのは。
旅をして王都に至り、フィリア殿と出会ってござる。
あとは皆さまご存知の通り。
某個人としては、佐久間の家には、それほどこだわりはないのでござるよ。
ただ、お世話になったメル家のためにも、南ファンゾをまとめるという仕事はせねばならぬ。……そのためには、某が継ぐべきなのか、次兄に継いでもらって手伝いをすべきなのか。
いまだ決めかねる。一度家に帰り、みなの顔を見ぬことには、決められぬような気もいたす。
なれど、そういう訳にもいかぬでござろうな。
ファンゾに、佐久間家に戻る時点で、態度を明確にしておかねばならぬ。特に家を継ぐとなれば、覚悟が必要。
「皆さまの助言を仰ぎたいのでござる。最後に決めるのは、もちろん某。なれど、いまだ心が整理しきれぬゆえ。」
千早が、こちらに向き直った。
「特に、ヒロ殿にお願いしたい。」
はい?俺?
「ヒロ殿の申すことは、時としてまるで訳が分からぬ。なれど訳が分からぬなりに、筋は通っておる。それゆえ、考えが行き詰まった時には役立つ。別の場所から光を当てるような心持ちになるのでござる。……いざ。お願い申し上げる。」
「いざって言われても、困るけど……。そうだなあ、こっちも分からないことが多すぎるから、聞きながらということで。……『家を継ぐかどうか』のほかに、『佐久間を名乗るか』の問題があるって言ってたけど、その意味は?」
「さよう。家を継ぐ場合に佐久間を名乗るのは当然として。家を継がぬ場合、今しばらくは、フィリア殿と共に過ごす事になるでござろう?フィリア殿は、メル公爵家直系の令嬢。その側近……準・乳姉妹として、『佐久間千早』がおるのと『千早』がおるのとでは、意味が異なってくるのでござる。」
うん?
「メル家は、大いなる勢力を誇る家。ファンゾの寄り親。その家に、『佐久間の家の者』が食い込んでおるのか、『佐久間の家を出た者』が食い込んでおるのか。」
「分かった。ファンゾ百人衆としては、気が気で無いと。佐久間家がファンゾ全体の旗頭扱いになってしまうんじゃないかと。……だから正月に集まったとき、『佐久間家』と言い出しかかった者が口を濁したわけか。彼らにしてみると、千早を『佐久間千早』とは認めたくないわけだ。」
「めんどくさい連中でござろう?」
「本当に。頭が痛くなってきます。」
「姉さま、私はやる気が出てきました。」
「頼もしい義妹を持って、我々は幸せだな。」
「千早の側から見た場合には、これもつまるところ、家との距離感と言って良いわけね?佐久間を名乗るほうが、実家の役には立つ。実家からのフォローは受けられるだろうけど、しがらみも増えると。」
「そういうことになるでござるな。」
千早が思案顔を見せた。
今まで考えてこなかったのか?そこを。
百人衆からどう見えるかはスラスラと答えたのに。
千早の側から問題を見ていない。
そこじゃないのか?混乱の根っこは。
「なあ千早、千早の問題と佐久間の家の問題をさ、一緒くたに考えてないか?佐久間の家がどうなるか、どうするか、じゃなくてさ。千早がどうなるか、どうするか『だけ』を、切り離して考えてみたら?」
「ヒロさんがまた無茶を……。」
「家から切り離された人ならではの発想ですか。筋は通っていますが、なかなか……。」
「兵は詭道。軍人としては、意表を突く発想には興味があるな。」
「ヒロ殿の申される事、理屈では分かるでござるが……と、申して、具体的にどう考えれば良いのやら。」
「じゃあさ、まずは佐久間家がどうなるか、どうするかから考えてみれば?そこに千早がどう関わって行くべきか、って発想してみれば?」
つまりだ。
「ファンゾ島にフィリアが出向く。佐久間家を旗頭に、南ファンゾが緩やかにまとまる。……で、どうなりますかね?その後。」
「メル家としては、それで十分です。」
「分かった、フィリア。じゃあ、佐久間家としては?」
「どうなるでござろう。それで十分、でござろうか。」
「残念ながら、そうはならないでしょうね。」
ソフィア様?
「ああ、旗頭になれば、次は統一を思う。家とは、そういうものだ。」
アレックス様?
「じゃあ、また南ファンゾは戦乱になるのですか?それじゃあまとめた意味が……。」
「メル家としては、援助をするか、自制を求めるか、であろう。」
「うまく立ち回れる、戦乱を起こさぬように統一できるということであれば、援助もありうるでしょうね。佐久間家の政治力が問われると言ったところでしょうか。」
「じゃあ、かりに南ファンゾが統一されたとして。」
「メル家としては、それで十分ですが……。」
フィリアの口調は、先ほどとは少し異なっていた。
「百人衆から、お家騒動や領土紛争の調停や仲介を頼まれたりするようになるでしょう。自制してくれれば良いですが、そうでなければ、メル家としては、やや不愉快な事態になりますね。」
「統一を達成すれば、次は拡大を思う。家とは、そういうものだ。ファンゾ全島の統一の方向へと動き出すかも知れんな。」
「そうなってしまえば、メル家としては絶対に容認できません。ファンゾが荒れるのも問題ですし、統一されてしまうのも、問題です。」
「つまり、佐久間家が小さいうちは利害関係が一致しているけれど、大きくなるに従って、利害が相反するようになってくると、そういうことですか。」
「上下関係のある家同士とは、そういうものさ、ヒロ。」
「アレックス様、ソフィア様。では、メル家としては、佐久間家をどう捉えているのですか?どうあってくれると嬉しいと。」
「ヒロ、潜在的に敵対関係になりうるという話をした直後だぞ。家を継ぐかもしれない者に、それを教えよと?」
「いえ、率直に明かした方が、話が通じやすいかもしれません。」
「そうですね、フィリア。確かにその通りです。……メル家としては、ファンゾ島が、ある程度の大きさでまとまりつつ分裂していてくれるのが一番です。旗頭と良好な関係を築き、旗頭を通じて間接的に影響力を及ぼす。しかし旗頭が強くなりすぎるのも困る。あまり強くなりすぎるようなら、他家を煽って勢力を削ぐ。そのように動くと思います。」
「言ってしまってよいのか、ソフィア。」
「お義兄さま、言わなくとも、動きを観察すれば理解されてしまうところではないかと。」
「む、それは確かに。」
それって、植民地支配、分割統治……。
現代にまで続く紛争をばら撒いたアレ。
「佐久間家の立場って、危険すぎませんか?千早の実家を、その立場に置きますか?その家を千早に継げと?」
一歩間違えば、ルワンダのツチじゃないかよ……。