第五十一話 立場 その4
「剣に手をかけてしまってはいけませんでしたね。」
「家庭の事情もあり、難しい年頃でもある。ノブレスもあまりに無神経だがな。」
それが、学園で謹慎処分を受けたスヌークに対する、ソフィア様夫妻の評価だった。
まさにその通り、としか言い様が無い。
「しかしマグナムは意外だった。」
「フィリアの言うとおりです。マグナムさんがそれでは困りますね。」
「彼を見ていると、自分の若い頃を思い出す。同じ説法師でもあるし。ただ、私の方が俗物だったな。」
「もてそうですものね、マグナムさんも。」
「いや、そちらの意味では無くて!出世に対する意識の問題だ。ともかく、その辺の問題について、学園の教育はどうなっているのだ!」
そういうわけで、学園の教育課程がひとつ増えた。
課程というほどではないか。研修のコマが入るようになった。職業教育的な話。
それまで学園では、「こちらが言うまでも無く、生徒たちはみな、末は博士か大臣か……的な意識を持って励んでいるのだろう」と思っていたらしい。
将軍でもギルドのマスターでも枢機卿でも何でもいいが、生徒たちは当然「そういうところ」を目指しているのだと。
そのため、職業教育は、あまりなされて来なかった。
「官僚や軍人のお仕事」という話は、特に貴族とその子弟にとっては、生々しすぎるということもある。あまり語られずにいた背景だ。
だが、高い志の正体が、リアリティのない将軍像という妄想であっては困る。
具体的な目標が(学園の生徒達にとっては)過程に過ぎないはずの十騎長というのも、問題がある。
そういうわけで。百騎長、千騎長。あるいは課長・部長・局長級。そのクラスがどのような仕事をしているのか、学園で大まかな話を教えることになった。
「ヒロさんはどうですか?」
「ソフィア様、私はちょうど十騎長から百騎長クラスの仕事に興味を覚えました。」
俺にとってリアリティがあるのは、ここだった。
戦場にも1度は出たが、やはりまだまだ馴染めない。デスクワークなら、日本にいた時の感覚でも理解できるものがあった。十騎長~百騎長は課長級。現場レベルのトップ。ここなら想像が及ぶ。
「ヒロ殿も、もう少し上を見ても良いのでは?」
「ヒロさん、姉さまが聞いているのは夢の話ですよ?『いま、自分が担当するなら』ではありません。」
「さようでござったか。ならば善し。」
「それでも、もう少し上を見てほしいところではありますね。」
「まあそう言うな、ソフィア。今はそんなものかもしれないぞ?実際に上にあがって始めて、『その上』のイメージが湧くというところもある。」
「千早さんは?」
「夢を語るためには、某も、立場を、覚悟を決めねばならぬ頃合でござるな。14になったことでもござる。皆の話を伺い、思うところもござった。家の問題、ジャック殿とスヌーク殿の話は、身につまされてござる。」
千早の顔は、意外にも深刻なものであった。
「なれど……まだ迷いもござる。これまでの経緯を、申し上げる。アレックス様とソフィア様におかれては、大まかなところはすでに把握されてござろうが、己が気持ちの整理のためにも。」
そうして、千早が語りだした。
「某は、佐久間千早と申す。王国風に名乗るのであれば、千早・佐久間。」
自分と、家族の話を。
はるか昔、佐久間の先祖は、今で言うカンヌ州はミュラー半島に住んでいたそうでござる。ファンゾ島とは向かいあう位置にある、南に伸びている半島でござるな。
その頃、今で言う極東地域に、北より異民族が攻め込んで参った。王国で言う「北賊」にござる。
我らの先祖は戦に敗れ、あちこちに散ったと聞いておる。ある者はファンゾ島に。ある者は霞の里に。またある者は山に逃れ、山の民になったと聞いてござる。
ミュラー半島は、極東でも南端に近い。それゆえ佐久間の先祖は最後まで逃げずに済んだ。逆に逃げ遅れたとも言えるでござるが。
海を渡りファンゾを目指すも、暮らしやすき中ファンゾ、北ファンゾは、先に避難した者に占められてござった。そこで、空いておった南ファンゾに住み着いたと言われてござる。何も考えずに海を渡り、最初に辿り着いたところに根を下ろしたとも聞く。こちらの方がそれらしいが、何せ昔のことゆえ。
いったん息を継いだところで、質問が出た。
「佐久間家が元はカンヌに住んでいたとは聞いていましたが、その話は初耳でした。それがファンゾの民の成り立ちですか。」
「ファンゾや霞の里が北賊を憎むのは、その故か。」
「ヒュームさんもこの歴史を?」
「知っているはずでござるよ。某とヒューム殿、それに山の民は、遠い遠い親戚やも知れぬ。」
意外な話が飛び出した。
でも、言われてみれば、同じ「ござる言葉」だったな。
ファンゾと霞の里の仲が悪いのも、北賊との関係でござる。霞の里にしてみれば、我等は安全な島に逃げ延びた臆病者。ファンゾにしてみれば、霞の里は徹底抗戦せずにほどほどに戦うていた臆病者。
ファンゾの連中の気質はご存知でござろう?霞の里の連中も、面は冷静を装うてござるが、一皮剥けば根は同じ。我らの関係は、いわば近親憎悪にて。お互いの情け無い姿を見る度に、鏡を覗き込むような気持ちになる。己が情け無さを痛感させられるのでござるよ。
「そうして北賊とやり合いながら代を重ねるうちに、西より王国の軍勢がやってきたのでござる。」
ここからが、我らの時代の話にござるよ。
千早が、そう前置きした。
軍を率いていたのは、征北将軍であった先代のメル公爵閣下と、その若君で当代のメル公爵閣下にて。ソフィア様とフィリア殿の、お祖父様とお父上にござる。
真っ先に使者を送ったのが、某の祖父さまにござる。ミュラー半島は父祖の地。今でも縁がござる。情報をいち早く手に入れることができた。
父祖の地を取り戻すのに、余所者に先を越されては叶わぬと、そう思うたはず。力及ばず取り戻すこと叶わずとも、せめて己が手にて北賊に一太刀は浴びせねば。意地にござる。
「これがメル家と佐久間家の出会いにて。」
「その話は私達も聞いています。祖父は喜んだそうですよ。現地に詳しい人は歓迎されたでしょう。」
「佐久間家は、千早の家は、ファンゾ島では最初の寄騎だったんだね。南ファンゾの旗頭たる『筋目』って、そういう意味だったのか。」
「それだけではござらぬ。自慢をするようで面映いが、佐久間家は出自が明確な上に、何より『逃げずに最後まで踏み留まった家』として、ファンゾでは尊敬を受けているのでござるよ。そのゆえに、代々ファンゾ百人衆の中でも名家と呼ばれる家と通婚し、その重みも加わっておる。まあ、狭い世界の話にござるがな。」
「じゃあ、勢力的に旗頭に適任っていうのは?」
「外洋に面する漁港は別として、交易の拠点となりうる、王国側に向いた港が、ファンゾ島には4つござる。北ファンゾに1つ。中ファンゾに1つ。これが最大の港にござるな。そして南ファンゾに2つ。佐久間家は、南ファンゾの1つを押さえておるゆえ、比較的豊かな家なのでござる。先代である、某の祖父さまの代よりは、メル家との関係から、物資、いやむしろ、物資を通じた技術の供与を受けておるゆえ、さらに強盛の度を増しつつある。……なお、弱みは人の『あたま数』、あるいは配下の家の数と言うべきか。それが少ないところにござるな。」
そして、ここからが、某の問題でござる。
千早が、決然と前を向いた。
「現在の当主は某の父。某が決めねばならぬ問題とは、跡取りとして家を継ぐか否か、それとは別に、佐久間を名乗るか否か、なのでござる。某には当年16歳になる兄がござる。通常であれば、跡継ぎは兄なのでござるが……。」
「メル家からは、今のところストップをかけています。千早さんが継ぐと決断した場合には、そうさせるつもりでいるのです。」
「佐久間家としても、これまでのメル家との関係上、勝手はできぬのでござる。メル家に逆らえば、勢力の背景を失うゆえ。」
「ソフィア様。メル家としては、千早に継いでもらいたいのですか?」
「どちらでも構いません。継いでくれるなら、その方が多少やりやすいかとも思っていますが。一方で、フィリアの側に居てくれるほうがメル家としては『利がある』とも考えられますので。」
こういうところは、とことんシビアなんだよな。
全てはメル家のため。
それがソフィア様の立場か。
質問を終えた俺に、千早が向き直った。
「これよりは、皆さまはご存知の話ではござるが……。ヒロ殿。」
「ん?」
「聞いていただけるでござるか?」
「ああ、聞かせて欲しい。こちらからもお願いする。」




