第五十話 新年 その7
武装した女性達が、のしのしと歩いてくる。
「フィリア様にお声がけいただけるとは、ありがたき幸せ。」
「話を聞きたいとの仰せ。侍女の皆様を相手に腕を見せよと?」
「残念でした、ヒロ。女でも変わらないじゃん。」
「だから残念も何も……。なあ千早、夏に『男言葉を使うのは家庭の事情だ』って言ってたよね?」
「では、そこから伺いましょうか。」
「言葉にござりますか。」
「ファンゾ島は訛りがきついゆえ、外の皆様と会話するときはこうなるのでござる。」
「女子と男子では言葉使いが異なるのも確かでござります。」
「おなごでも、おのこ扱いされる場合がありまする。」
「『人質は男子でなければならぬ』というのが、ファンゾの掟。出せる者が女子しかなければ、男子として振る舞うことを求められるでござる。」
「某の家のように、おなごしか生まれなんだ場合などは、生まれた時から男子扱い。メルのお家もお姫さまばかりと伺ってござる。僭越ながら、親しみが感じられてなりませぬ。」
「ええ、メルの家は女子も戦場に出、家を取り仕切るのです。」
「おお。さすがは。」
「そう来なくては!」
「千早?やっぱりさ……」
「レイナ殿とて、同じでござろう?伯爵家を取り仕切ることになるでござるし、令嬢と申すには、少々アレであることは変わるまいに。」
「うるさい!」
「そこにあられるは千早殿でござるか。」
「千早殿を叱咤されるとは、さては見た目によらぬ剛の者にござるな。ぜひ一手、ご挨拶を……。」
「良かったな、レイナ。仲間と認めてもらえたぞ。」
「済まないが、こちらの令嬢は武家ではない。ファンゾ流の挨拶は遠慮してもらえるかな。」
「さすがアレックス様は器が違う。これこそ紳士よ。惨めね、ヒロ。」
ともかく、いろいろ話を聞くことができた。
女子も、武術には真剣に取り組む。
「さよう。あちらに見える侍装束の方と同じぐらいに使う者も、多くは無いが、おるでござる。」
とのこと。
百人隊長の樹並みとは恐れ入る。
ファンゾ島全体として、船を運用できる。それで魚を採ったり、商売をしたり。
北ファンゾは山岳地帯。取り回しが良い弓を用いる。レンジャー技能を持つ。農業はあまり盛んでないが、鉱物が取れる。鍛冶が盛ん。
中ファンゾは平地。騎兵が多い。一対一での勇者が多いのも特徴。農業地帯。
「南ファンゾにござるか?それはその、古の武家と申すべきか。」
千早をちらちらと見ている。
「ご遠慮は無用。南ファンゾは、武術の腕云々以上に、気質が特徴とされているのでござる。皆様が感じたファンゾらしさを煮詰めたのが南ファンゾとお考え下され。……端的に申さば、蛮族扱いにござる。」
ファンゾの中でも蛮族扱い。そういう連中をまとめるのか。これは頭が痛い。
「千早は南ファンゾ出身だって言ってたっけ?でもあそこまでじゃないわよね。」
嬉々として殴り合っている百人衆を横目に眺めながら、レイナが尋ねる。
そうか?そんなに変わらんようにも思うが。
「フィリアと何年も付き合ってるから変わったとか?いや、フィリアと付き合ってるんなら、むしろ助長されてもおかしくはないか。」
「レイナさん?何を?」
そんなフィリアの言葉を流すように、ファンゾの姫君たちから解説が入った。
「それは、千早殿は名家の令嬢にござれば。猪武者とは訳が違うのでござろう。」
「さよう、フィリア様の側近に人を出せるような家は、百人衆でも十家とござりますまい。」
「さすがはさ……」
急に笑い声が起きた。
「いや、ははは。」
「さようさよう。」
その声に、言い差した者が言葉をつなぐ。
「さ、さらにメル家にてフィリアさまのお側にあったお方は違う。物腰も我らとは異なり、優雅にて。」
「見習いたいものでござる。」
「その髪留めはいずこにて?」
何を誤魔化したかは知らないが、何かあるらしい。しかしそんなことを考える余裕も無かった。
「そこなヒロ殿に贈られたでござるよ。並木街近くの商店にて。」
「おや、これは面白いお話が聞けそうでござるな。」
「いやいや、何もないでござる。」
「何も無いに、物を贈るものにござるか?これは千早殿も隅に置けぬ。悪女ぞ。」
「並木街とはいずこ?」
「ファンゾからこちらに来た時の港の近く。田舎者ではなかなか行きづらいでござるなあ。」
「それならば、案内するでござるよ。」
「これは助かる、千早殿。」
「久しぶりに女子のみで、おなご言葉を使うて買い物するでござるか。」
「それは良い!」
「そういえばさ、みんなのその服だけど。」
「レイナ殿?これは南ファンゾの染色にて……。」
「地域ごとに違うものですね。サクティ・メルの反物を皆さまに。」
「フィリア様?ありがたき幸せにて。家に大きな顔をできまする。」
姫君たちの会話が止まらなくなってきたころ、若君たちの勢いがようやく収まり始めた。
肩で息をしながら、倒れ込むものが双方に続出。
「頃合か。ヒロ、どう見た。」
「継戦能力も高いですね。軽装の者が多いから、ということもあるかもしれませんが。」
「だな。私もファンゾには詳しくないのだが、噂どおりの戦士達ということか。」
「遊撃、でしょうか。フィリアの言うとおり、大部隊に組み込むよりは。」
「船を操れるとも言っていたしな。戦場にもよるが、後ろを衝かせたり、川を利用したり、か。……ともかく、この辺にしておくか。」
「はい。……フィリア、そろそろ。」
「そうですね。……皆さん、お疲れ様でした。心行くまで『お話し合い』ができたと思いますので、続きは食事をしながら。」
大なべが運び込まれてきた。
酒にお汁粉らしきものも。
「おお、これは。」
「ありがたく頂戴いたしまする。」
かぶった土砂が汗で流れてまだらになっている連中が、食べ物の匂いに跳ね起きた。
一切遠慮しない。
「おい、俺らの分も残しとけよ。」
「こればかりは早い者勝ちにござる。」
「メル家からの下賜。ここは我らにお譲りくだされ。」
「断る!うちみたいな貧乏な郎党には貴重な機会なんだ。」
そのままあちこちで、会話が始まる。
「我らも鍛錬場にはしばしば顔を出すが、王国のナイトばかりは分からぬでござる。」
「さよう。暑いせいもあるとは思うが、ファンゾにはそこまでの重装備はござらぬ。」
「受け止める、って発想がないわけではありませんでしたね。手甲等を厚く重くして、そちらで受け止めるのですか。」
「さようでござるよ、ドメニコ殿。手甲で殴っても良し、受けて後、刀で斬り付けても良し。全身鎧では、守備に偏りすぎてはおらぬか?いや、主将であればそれも宜しいか。何よりも命をつなぐことが肝要。」
「主将はそうでしょうね。それと、私達ナイトは、壁となって主将を守るのが仕事ですから。」
「なんと!さすがにメル家は大きいでござるな。守備専門に人を割けると、そういうことでござったか!」
「攻撃から守備まで、遠距離も近距離も1人でこなす連中が散発的に仕掛けてくるのも、なかなか手強いと思うぞ。」
「これはマグナム殿。先ほどの拳は効いたでござるよ。それほど体格差はないはずでござるに。」
「俺は説法師なんだ。多少遠慮はしたが、それでもあの一撃を食らわせて立ち上がってくるとはなあ。驚いた。」
「我が竹岡家は、みな図体が大きいのでござる。それが四兄弟、子供の頃からケンカをしながら育ったゆえ。殴り合いなら負けぬと思っていたのだが。やはり王国は広い。新都に参って良かった。」
「そちらの家紋は?」
「カタバミでござる。酒井家にて。お見知りおきを。」
「ファンゾの家紋は、王国に比べると簡素なものが多いですね。」
「さよう。植物や幾何学模様が多いでござるなあ。」
「我が石田家は少々毛色が異なる。文字の羅列にて。」
「これは珍しいですね。戦場での識別にはもってこいだ。」
「我が北条家などは簡単なものぞ。三角形。中を塗り分けたのみ。」
「なるほど。そういえば、千早さんの家紋、聞いていなかったなあ。」
「千早殿は、さ…」
「はははははは。」
「どうなされた、北条殿。あ。いや。はははは。こいつはおいねえ。」
「あじしただよ?おめぇらは。訛るんではねぇの!ぜーごっぽがぁよ!」
「あんが、今更気取ってもしかたあんめえよぉ。いいからくあっしぇ!」
「あいさ。のまっしぇよ。」
フリッツが酒を勧められている。次から次へと。
何かを誤魔化すつもりなんだろうけど……。
これがファンゾ訛りか。
分からない単語があるのもさることながら、声が大きいと言うか、よく徹ると言うか。
サムライ言葉の時は、やっぱりどこかかしこまってたのかな。
「千早?あれ何て言ってるの?」
「皆の衆、王国の皆さまが困っておる。ファンゾ訛りは控えていただけぬか?」
「ねえ千早ってば。」
「レイナ殿?ファンゾ言葉が知りたいと仰せならば、ファンゾの流儀にて話し合うでござるが?」
「悪かった!ごめん!」
相当なコンプレックスなのか。
今日のところはここまでで終わりそうだな。みんな酒が入っちゃってどうしようもない。
まあまだ正月3日だし。話を詰めて行くのはまた今後、ゆっくりでいいか。