第五十話 新年 その2
「千早の言うとおりだ。後で家名を追加登録することもできる。どうする、ヒロ?」
「それでは、登録をお願いします。登録手続きや手数料等はどのようになっているのでしょう?」
「それぐらいはこちらでやっておくさ。」
千早の尖った口調に気づかぬふりをする俺とアレックス様。
一方で、またも目を丸くしたフリッツ。太っ腹に驚いたのだろうか。
「よし、それでは。殿下のところにご挨拶に伺うとしましょうか、奥様。」
「ええ。その前に、皆さん全員集まっていますね?」
メイドさんに確認を取るや、ホールに向かう二人。
後に続くフィリア。ソフィア様に何事か耳打ちされている。
フィリアの行動に即座に反応する千早。
で、反応に遅れる少年2人。
慌てて後をついて行く。
ホールには、事務官や執事、警護の武人に使用人……、持ち場のある者以外の全員が集まっていた。
ソフィア様が彼らに対して挨拶をする。
「あけましておめでとうございます。今年も良い年でありますよう!」
短いなあ。
「メル家の繁栄を期して。乾杯!」
アレックス様も、それだけ?
俺らも含めて、全員が一杯飲んで。
即、解散。
「シンプルだねえ。」
「通常業務がある者も多いですし。後は各人手すきの時に、ということです。」
「それでは、私たちは出かけてくる。」
「留守の間はフィリアに権限を預けておきますので、よろしいように。」
すっと立ち上がり、笑顔を見せたフィリア。去って行く2人をその場で見送る。
「それでは。私は執務室におります。」
そのまま立ち去る。
千早と、今度は俺も即応する。
「フリッツさんもついてきてください。」
振り向いたフィリアの声に、所在無さげにしていた少年が慌てて後を追う。
「さて、では。」
執務室に到着したフィリアが、口火を切った。
「当座、仕事は特にありませんし、ファンゾ島遠征……いえ、出張業務について、話をしたいのですが。」
「フィリア、一つ良いか?それって、『実質は遠征だが、そう表現するわけにもいかない』ってことか?」
「そういうことです。南ファンゾの紛争をとりまとめに行くのですが……。千早さん?」
「観光にせよ、話し合いにせよ、遠征にせよ、やることは一つでござる。」
一呼吸置いて、千早が語気を強めた。
「ファンゾでは、拳で語れ。」
了解です、千早さん。
「おっと、拳は比喩でござるぞ。当然ながら『得物もアリ』、いや『何でもアリ』でござる。」
でしょうね。
「さっきアレックス様が、『ヒロはその意味ではやや心配が残る』っておっしゃってたのは……。」
「さよう。『まずは一発殴る。然る後話し合う』ものと心得られよ。ヒロ殿は『まずは話し合い、しょうことなく抜刀』でござるゆえなあ。ファンゾの流儀とは逆なのでござる。何事につけ、まずは武力。それがファンゾ島にて。」
「なるほどね。つまるところ、ケンカばかりしてまとまらない地元の豪族を、メル家の威光と武力のもとに統一すると。」
「統一まではしません。旗頭を立てて、その下に緩やかな一本化を図る、ぐらいの感覚でいてください。」
「さよう。統一をするとなると、これはもう……正月からする話ではござらんな。戦争狂を喜ばせる必要はござらぬ。」
「ファンゾ島の武人たちは、一族ごとに小部隊で自由行動する時にこそ輝きますしね。統一して大部隊になってしまうと、彼らの魅力が半減します。」
「理解のある寄り親に感謝すべきでござるよ、あの猪武者どもは。」
「その旗頭に、千早の実家を考えているということでいいのかな?」
「筋目から言っても、勢力的にも、適任ですから。」
「適任のひとつであることは、間違いござらぬな。」
「ああ、なるほど。適任がいくつかあるから、もめるわけね。」
「あ、あの!よろしいでしょうか!」
フリッツが発言を求めた。
「どうぞ。」
フィリアが柔らかな笑顔で促す。文句なしの美少女だ。
営業用の笑顔だけど。「下の者」に発言を促すための。
「千早さんが、何らかの理由で家名を名乗っていらっしゃらないことは理解できました。で、こちらのヒロさんは……累代の郎党ではいらっしゃらないようですし、その、警護役にしては、体格が。機密に触れて良い立場なのですか?」
「側近と紹介されたでござろう?警護役は某でござる。」
千早が再び、怒りを見せた。ファンゾの話をしているせいで興奮しているのか、今日の千早はやや沸点が低い。
「フィリア殿、むしろフリッツ殿をここに呼んだ理由を伺いたい。良いのでござるか?」
「ええ、先ほど姉から耳打ちされました。ファンゾ島の件にフリッツさんを参加させるようにと。」
「フリッツさん、極東では数年内に大戦が起こる可能性があると予測されています。それに備えて身内の郎党を固めておく。南ファンゾの件はその一環です。」
「大戦に関しては、実家にも秘密でござるぞ。」
千早が、分かっていてあえて念を押す。こりゃあ嫌味か。
「側近でもあるまいに、とても信用できぬでござるなあ」ってかい。
「私とて貴族、メル家の寄騎。それぐらいのわきまえはあります!」
フリッツが顔を真っ赤にした。
なるほど、プライドが高い。
自らの家に誇りを持っている。だから、「家」に所属している人間は信用できる……と言うか、信用すべきか否かの対象となる。
家名を持っていない人間は、はなっから信用の対象外か。
元の世界に喩えると、欧米人から見た「無宗教者」みたいに見えているのかもな、俺が。いや、むしろもっとシンプルに、「住所不定無職」みたいに見えているのか。
考えてみれば、その方が当たり前か。
武家が郎党を大切にするのだって、「家」思想だしなあ。
むしろここまで信用されてきた方が、異常なのか……。
「ヒロ殿!」
はい?
「何を呆けてござるか!ここで声を荒らげぬゆえ、侮られる!ファンゾであれば、問答無用で刀を抜くべきところでござるぞ!」
「フリッツさん。王国社会が、貴族政にして能力政であるということはご存知ですね?だからこそ義兄も今の地位にあるのです。」
うわあ。アレックス様を持ち出すかよ、そこで。「私の義兄に文句ありまして?」って。
案の定、フリッツが真っ青になった。
「メル家は大貴族には違いありませんが、能力政の方にやや重心を置きます。特に新都のメル家は。そこは知っておいてください。」
ジョー、それにエルトン。家名無しでも信用してもらえる家だというわけね。
ちょっと安心した。
が、そこで冷たい声が。
「ヒロさん。」
はひい。
「私達がヒロさんを信用しているという点に、疑問を抱きましたか?」
「いや、そんなことは……。ただ、フリッツの考え方のほうが、社会の主流なのかと考えていただけで……。」
「ヒロさんが疑問を持たれるということは、ヒロさんを任命した私や姉夫婦、メル家が侮られるということです。」
「スルーするな、と。『王家の血筋と言っても、都落ちした傍流の四男坊。そんな君が参画できるんだから家名無しが参画できるのも当然だろう?』ぐらい言い返せ、と。そういうこと?」
「何を貴様!」
「痛快でござるなあ、ヒロ殿。なぜにその場で言わぬのでござる。」
「いや、ほら。現にフリッツが怒り出したし……。」
「フリッツさん。このヒロさんは、言わないだけでそれぐらいのことは思いついているのです。」
現代人、それもおそらくネット掲示板が成立した後の日本人は、煽ったり煽られたりに関するスキルのレベルだけは、どんな異世界に飛ばされても相当に高いはずだ。威張れたもんじゃないけど。
「ファンゾ島問題に関するやり取りを聞いていて気づきませんでしたか?理解力の高さに。」
「立ち居振る舞いで気づかなんだか?某とヒロ殿、どちらが警護役か。またヒロ殿と自分の腕前の差に。」
「いえ、それは……。紋章登録の件でも、なぜ家名が無いのに登録手続きを知っているのかとは思いましたが……。腕前も?」
疑問を持たれている。まあね、朝倉ほか、幽霊無しの条件なら、そんなに強くはないけどさ。
「登録手続きについては知らないけど、そりゃああるだろうって思っただけだって。バカにしすぎだよ。……話が進まなくなるから、ここまでにしないか?済まない、フィリア、千早。今後は嫌味のひとつも言うようにする。……フリッツ、君にも言いすぎは詫びておく。だけど、家柄はあまり気にしなくて良いんだ。人柄と能力を示せば、手柄と出世のチャンスはある。それがメル家だよ。」
「で?話し合っておくべきこととは?」
「どの家が協力的か、等の問題は現地に行かないと分からないところもありますし、まずはメンバー編成ですね。」
「この間の初陣みたいな感じ?」
「さよう。現地で協力してくれる者もおるゆえ。」
「前回は、姉夫婦のお膳立てでした。今回は、私達が主体となって決めていきます。」