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第五十話 新年 その1

 


 「あけましておめでとうございます。」

 「おめでとうございます。」


 新年最初の、談話室。

 アレックス様・ソフィア様には、公式行事からメル家内部の行事まで、年頭行事が目白押しである。

 その前に、せめて短い時間でも、まずは身内で年頭の挨拶を。

 


 「3人は14歳か。」

 王国では、年頭に年齢を重ねる。

 数え年とも違うのは、生まれた年を0歳とするところ。

 

 「私達が出会ったのが14歳のときでしたね。」


 「私は17だった。あれから8年か。いやしかし、新年最初の話題としてはどうかな。やはりそれらしく始めたいところだな。」


 新年最初から、のろけ話をしては照れている。

 今年も平常運転か、このお二人は。


 「そういうことでしたら、早速、今年の大まかな方針から。」


 「北方でいつ大戦が起きても良いように、準備をする年になる。柱は3本。」

 今年も平常運転のようだ、メル家のほうも。


 「第一に、行政。各種資源の備蓄を進め、新都から前線への輸送力の強化を図る。」


 「その意味でも、3人がティーヌ河の悪霊を消滅させた意義は、大きかったですね。」


 「あれだけでも職階をひとつ上げるに相応しい手柄だったな。今思うと。」

 

 「第二に、政治。体制の引き締めだな。メル家内部としても、他家との関係にしても。」


 「3人のファンゾ島への出張は、ここに位置づけられます。メル家内部、郎党の引き締め。その一環だと考えてください。」


 「第三に、軍事。今年は訓練を強化する。」


 「諜報も強化します。今年は特に、敵情視察を意識しているのですが。」 


 「相手のあることゆえ、なかなか、な。」


 「メル家の、私達の今年の方針は以上です。」


 「諸君の方針は?軍事だ経済だ、そんな重たい話でなくとも良いぞ。」


 「ええ、むしろ個人的な抱負を聞かせてくださいね。」



 「私は、自由にやらせてもらいます。姉さまやお義兄さまから話を持ち込まれるだけではなく、私のほうからも話を持ち込みますので、よろしくお願いいたします。」

 フィリアがおどけて頭を下げた。


 「昨年後半から、次々と動き始めたな、フィリアは。私達にファンゾ島の話を持ち込み、友人達を巻き込み。」

 「ええ、その調子よ、フィリア。」


 「某は、実家との関係にひと区切りをつけまする。その先のことは、まだ、考えられぬでござる。」


 「千早さん。ご実家では、そこまで重く考えてはいないはずですよ。」


 「ありがたきお言葉。某の気持ちの問題に過ぎませぬ。なに、ファンゾに上陸す(あが)れば、やることはひとつ。」


 「確かに。ファンゾであったな。」

 ファンゾっていったいどんなとこなんですか、アレックス様。




 「その意味ではやや心配が残るヒロはどうだ。」

 え?なに?

 でもまあ、いいチャンスだ。


 「抱負とは少し異なりますが、年頭を機に、私の紋章を発表することをお許しください。」

 

 「新年に相応しき、めでたい話だな。許す。いやむしろ、是非見せてくれ。」


 「ヒロさん、それこそまさに覚悟を見せるもの。抱負そのものですよ。」

 やっぱり俺にはまだ、自覚が足りなかったようです。


 「一晩で考え付いたのでござるか?」

 「大丈夫ですか?ヒロさん。」

  

 「ああ、たぶん他家とはかぶらないはず。アリエルの家紋を借りることに……いや、もらうことにしたから。」

 

 「なるほど、アリエルの家紋ならば他家とかぶることはありませんね。」

 「さあ、見せてくれ。」


 シスターピンクの手になる、アリエルの、いや、俺の紋章を披露する。


 鮮やかな赤地の扇(地紙)。

 その中央に白地の円を抜き。

 交差した刀とペンを配する。


 「これが、俺の個人紋です。扇の紋。……家名はありませんが。」


 「さすがはアリエルというべきか、映える家紋だな。」

 「ええ、華やかですね。しかしお義兄さま、ヒロさんの家紋ですよ。」

 「ヒロ殿にはもったいない。某もそう思うたでござるよ。これは見事。」


 「文句のつけようがありません。が、いちおう、紋章担当を呼んで確認しましょう。彼の初仕事ですね。」

 「そうそう、最近新たに寄騎として迎え入れたのだ。」


 「それもやはり……。」


 「ええ、ヒロさん。大戦への備えの一環です。そうですね、お義兄さま。」

 

 「紋章官(ヘラルド)の四男坊だ。王家の常任紋章官のな。」

 

 「それはまた。」

 フィリアが言葉を濁す。


 「扱いにくそうでござるな。」

 フィリアがあえて濁した語尾を、千早が口にする。

 

 二人をなだめるためか、はたまた疑問顔の俺に教えるためであろうか。

 アレックス様が、言葉を続けた。


 「王家の常任紋章官は、王族の血を引く。どう思う?」 

  

 「紋章官の仕事は多岐にわたり、有職故実に精通している必要があります。良いことではないでしょうか。それと……プライドが高いことも、悪いことではありませんよね。」

 フィリアの発言により、懸念が明らかになった。


 「さよう、メル家の威令に服従するかどうかでござる。」

 

 「多岐にわたるって言ったけど、具体的には何をするの?」


 「戦場での紋章の確認。これはヒロさんにも分かりますよね。平時には外交官的な仕事をします。さらには書類作成、つまりは秘書です。」


 「かなり重要なポジションだね、それは。」


 「メル家として、いえ、新都メル家として、どこまで仕事を任せるかという問題はありますが。」

 フィリアがソフィア様に顔を向ける。


 「来たばかりの人ですから。まだ決めていません。」   

 試されているのか、彼も。


 「我が家の女性陣は厳しいなあ。お手柔らかに頼むよ。」

 アレックス様が苦笑する。


 「どのような経緯でメル家に?」

 フィリアの追及は止まりそうにない。それはそうか。直系としては知っておく必要がある。


 「私の友人の弟でね。」

 俺の方を見ながら、続ける。説明を兼ねつつ、言いやすい方に顔を向けた、ということか。

 アレックス様、この件では少し立場が弱いのか?

 「紋章官は格式は高いが、だからこそその分、歳費は少ない。」

 名誉職だからこそ、「名義的な歳費」以上のものをもらうわけにはいかないのだ。

 「もちろん手数料収入は相当なものだが、格式が高い分、出費も多い。」

 レイナが嘆いてたな。

 「四男坊となると、な。なかなか。身の振り方が。」

 アレックス様には、身につまされるところがあったのかもしれない。


 「友人ということもあるが、高位紋章官の総領息子だ。代替わりも近い。『弟を頼む』と言われると断りにくかったのだよ。先々のことを考えて貸しを作っておくのも悪くないだろう?もちろん、人物は調べた。ボンクラを押し付けるようなヤツではないが、そこは譲れないからな。」


 「ええ、紋章官としての能力は高いですし、事務処理能力もあります。武術の腕も悪くありませんね。次男・三男を押し付けて来られたらお断りするところでした。」


 ソフィア様からの助け舟に、感謝の表情を見せたアレックス様。

 それにしても、さらっと言っている内容が……。ソフィア様も相変わらずシビアですこと。


 「そこなんだ。友人が俺に預けようとした理由も。『兄弟の中では一番武術の腕が良いから、武門の寄騎ならまだしも使い処があるんじゃないかと思ったんだ。遠慮なく戦場に放り込んでもらって構わないから、頼む』と、そう言われてしまってね。『本人も身を立てるためなら何でもすると言っているし、私からも厳しく言ってあるから、あごでこき使ってくれ。』と、まあそういうわけだ。名前はフリッツ、今年15歳になった。3人とは年も近いし、よろしく頼む。」

 

 「お義兄さま、そのようなこと。」

 「さようでござる、アレックス様。おやめくださいませ。」

 

 「……とにもかくにも、話をしてみないことには分かりませんし。」 

 「フィリア殿の言うとおりでござる。全くもって。」


 アレックス様と視線を交わした俺は、頷いた。


 「それではフリッツを呼びましょう。」

 ソフィア様はなんだか楽しそうだ。



 「あけましておめでとうございます。」

 その声と共に入ってきたのは、正装した少年だった。

 正装。そう、フィリアが口で説明してくれた、メル家の家紋を「着て」いた。

 なるほど、それが紋章官の服装なのか。

 年頭の挨拶だからか、初仕事だからか、気張ってきたのね。


 「紹介します。妹のフィリアと、その側近の千早さんにヒロさん。……こちら、フリッツ・ヨゼフ・ベッケンバウアーさんです。メル家では、紋章関係の仕事をしてもらう予定です。」


 「「どうぞよろしく。」」


 「早速ですが、フリッツさん。こちらの紋章には、違反や他家との重複はありませんか?」


 「拝見いたします。まず、違反はありません。これをエスカッシャンに記す際には、また別途注意が必要になりますが。他家との重複も、ありません。いちおう後で精査いたしますが、ほぼ断言できます。……陪臣のさらに陪臣まで範囲に含めるとなると、確信は持てませんが。」

 

 「そのレベルであれば、重複しても調整は効かせやすいのですよね?」

 

 「はい、その通りです、ソフィア様。」


 こりゃ専門家だ。任せておいて間違いはない。


 「良かったな、ヒロ。使えるぞ。」

 その声に応えるように、フリッツが、ちらりとアレックス様のほうを見た。


 「登録しておくか?」

 アレックス様も、フリッツの視線に答えた。


 「家名なしでも、登録できるものなのですか?」

 その俺の返答に、フリッツが目を見張った。

 ああ、そうか。家名なしの者が出入りしていて、あまつさえ直系の末娘の側近ってのは、驚愕の事態なんだろうなあ。


 と、その視線に、今度は千早が反応した。

 「ヒロ殿?アレックス様が『登録するか』と仰せであれば、登録できるはずでござろう?疑問に思う必要などないはずでござる。」

 千早の声は、やや尖っていた。


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