第四十九話 大晦日
「そうでした、紋章のことがありましたね。」
「家名がないのに紋章って、変じゃないか?」
「それはそれ、これはこれです。個人を識別するため、絶対に必要ですから。どうします?」
「今から考えようと思っているんだけど……。」
「なかなか大変ですよ。一番大切なのは、『他の家とかぶらない』ことなんです。年明け、衣装の注文までに考え付いて、チェックも済ませて……となると、その時間が足りるかどうか。」
「じゃあ、借りるというか……メル家に作ってもらう?」
「そういうケースもありますが、それをやるとメル家所縁の紋章になってしまいます。紋章からして『郎党』扱いになってしまうんですよ。」
「難しいんだねえ。千早はどうしてるの?」
「某の場合、家名が『無い』わけではなく、『名乗っていない』だけでござるゆえ。このような場合は家紋を使うのでござる。」
「ファンゾ島と王国では、多少違いがあるんですよね?」
「さよう。王国では家紋のほかに個人紋も用いると聞いてござるが、ファンゾ島では基本的に家紋のみにござる。」
「それで識別できるの?」
「個人紋のようなものを持っている御仁もいるでござるよ。あとは、甲冑が個々人ごとに異なるゆえ、問題ござらぬ。得物に特徴がある御仁もおるでござるし。」
「なるほど。あ~、その。家紋は聞いても失礼にはならないのかな?」
懐剣の件で、痛い目を見たからなあ。
「『あつものに懲りてなますを吹く』、その実例を初めて目にしたでござるな。」
「戦場で識別するためのものなのですから、オープンに決まっているじゃないですか。」
二人が笑顔を見せる。
「懲らしめ過ぎましたかね。」
「いや、フィリア殿。あれぐらいは当然でござる。」
「そうですね、あんまりな質問でした。」
「乙女に対して何たることを。全く。」
蒸し返してしまったか。
「ともかくさ、聞いていいものなら、参考までに教えて欲しいんだけど。」
「某の家紋は、このようなものでござる。」
脇に寄って人混みを避け、地面に絵を描く千早。
今日は大晦日。天真会では「越年の会」として、元旦にかけてお祭りや講話の会などを開く。
極東総本部には出店が並んでいる。りんご飴やら焼きそばやら……まぐろのサクやら。
港が近いせいもあるかもしれないが、お祭りとア○横が一緒になってしまっているのか。ともかく結構な人出なので、空いたスペースを見つけるのもちょっとした骨折り。
場所を探すのに苦労した割に、描かれた紋章はシンプルなもの。
「円の中に三本の横線」。
それが、千早の家紋であった。
「口で説明しても良かったんじゃないの?」
「さようでござったな。つい、癖で。」
「ファンゾ島は実際の絵で説明するんですよね。王国では文章で説明するのですが。」
「へえ。じゃあメル家の紋章、教えてもらえる?」
「ええ。エスカッシャンのフィールドは四分割し、第一クォーターにはライオンを許されています。第二クォーターには鷲。第三クォーターはドラゴン、第四クォーターは百合です。サポーターは二頭のグリフォンで、クレストは鷲……。」
「待ってくれ!絵に描いてもらわないと分からん!」
「省略して説明しているんですけど……。」
「いやこれ、王国こそ絵で、ファンゾ島こそ文章で、説明すべきだろ。」
「言われてみれば。」
「さようでござるな。」
「途中でやめると気持ちが悪いので、いちおう説明します。通常、女子はエスカッシャンに盾を用いないのですが、『メル家の女子は戦場に出るので、エスカッシャンに盾を用いる』と宣言しています。」
「許されるの?」
「ごり押しです。許さないなどとは言わせません。」
あっハイ。
「そのおかげで、おなごの軍隊への進出もはかどったのでござるよ。盾の紋章を使うおなごも増えておると聞き及ぶ。」
「で、個人紋は、紫のスミレです。題銘は、名前のフィリアに絡めて……。」
次のひと言が、奮っていた。
「愛せよ、隣人であれば。」
汝の隣人を愛せよ、ではないのね。これはなかなか。
と、その表情を見られていたようで。
「すこしひねったり、皮肉を利かせるものなんです。」
本堂で行われた年越しの講話も、隣人愛に関するお話であった。
極東総本部長、周・李老師のお話は、大変ありがたく、また、声音もいつもより少し柔らかく……。
そのありがたさと和やかさに、つい居眠りをしてしまう。
そういう姿を見せるわけにはいかないメル家のフィリアと、居眠りなどするわけにはいかない直弟子の千早は、必死で耐えているようだ。
「それでは、良いお年を!」
李老師の、裂帛の気勢。会場全体が目を覚まし、万雷の拍手。
居眠りした分だけ、頭がスッキリしている。
「居眠りを堪えるのに必死でした。」
フィリアが正直な感想を口にする。
「毎年のことながら、老師は全く。」
「千早?」
「『大晦日は夜更かしをする。わしの話などより、仮眠を取ることが大事よ。』そう言うて、眠くなるような話を眠くなるように話すのでござる。」
「確かに、うとうとしてスッキリしました。」
「ねえ、ヒロ。」
アリエル?
「あたしの頭もスッキリして、思いついたことがあるの。私の家紋を使えばいいんじゃない?記録抹殺刑に遭ってるから、消えちゃって誰も使ってないでしょ?他の家とかぶることがないじゃない。」
「それは名案だ。でも、いいの?」
「あたしも貴族の端くれだし、断絶してるのには心が痛むのよ。使ってもらえるなら喜んで。ただ、抹殺された紋章で気分が悪くなければ、だけど。」
「いや、気にならない。アリエルの家紋なら、誇らしいぐらいだ。」
「ありがとね、ヒロ。」
アリエルがしんみりしている。
貴族にとっての家紋の重さ。
具体的にはまだ理解できないけど、家の誇りとかメンツとか、そういうものは分かり始めている。
そうとうに重いはず。それだけは、間違いない。
「どういう家紋なの?アリエルのなら、センスには期待していいんだよね?」
ピンクが明るく尋ねる。
「当たり前じゃないの!こういうのよ。」
アリエルが頭に浮かべたイメージが、テレパシーによって俺達全員に共有される。
「開いた扇子の、扇面(地紙)の形」であった。
「バウムクーヘンを三分の一にカットした形」と言えば良いだろうか。上に外周を向けて。
年輪模様はない。ベタ塗りである。
「夏前に、扇子に惹かれた理由が分かった。家紋に似ていたのよ。忘れてたわ。もう何十年も使っていない、見ていないから……。」
「シンプルでいいな。俺は好きだぜ。」
アリエルの感傷にはあえて触れず、朝倉が力強く宣言した。
俺も同意だ。
「ちょっと、なんのそっけもないじゃん。」
厨二王国の住民であるピンクにしてみると、そう感じるのかもしれない。
メル家みたいな、「ライオンにドラゴンにグリフォンに鷲に……」という方がカッコ良く感じるのだろう。
「センスも中身もない小娘には分からないのよ!サーコートにすると映えるんだから!」
「何よ!そんな濃いキャラにこんな薄い紋章、ギャップ萌えにもならないじゃん!」
「分かった、分かったから。アリエル、個人紋はどうしてた?」
「得物の双剣よ。真ん中に円を抜いて、その中に交差させて描くの。」
「聞いたか、ヒロ。俺様の出番だな。」
朝倉が喜んでいる。
「ちょっと、アリエルと朝倉だけ?あたしの出番は?ヒロ君。」
「分かったよ。じゃあ、刀と、ペンを交差させればいいか?…ジロウはどうしよう。犬の絵をどこかに入れようか。」
「いや、ヒロ。ジロウの存在は隠し球だ。犬、それも大型狩猟犬ってのはデカい。推知の手がかりを与えるべきじゃない。」
「朝倉の言う通りね。ジロウの存在は大きいわ。ほんと、闘争には頭が回るんだから。」
「くう~ん。」
気にするなって?そう言われると、つらいなあ。
「じゃあさ、扇の真ん中の円を、白抜きにすればいいじゃん。」
ピンク?
「白いジロウを象徴しました、ってことで。誰にも言えないけど。」
「わん!」
「ナイスアイディアじゃない!」
「良く言った!絵の才は認めてやる!」
よし、決まりだな。
明日、新年を機にお披露目だ!