第四十八話 大掃除
「大掃除だが……。各学年、それぞれのフロアを。いちいち細かいチェックはしないので、良識に従って頼む。最後に一応寮長の私と、寮監の塚原先生が見回って終わりだ。それでは。」
寮長の孝・方の宣言により、年末の大掃除が始まった。
「と、丸投げされてもねえ。」
キルト・K・G・キュビがぼやく。
彼のような転入生や、俺のような新入生には、勝手がよく分からない。
「とりあえず共用部分。で、後はそれぞれの部屋って順番だよ。共用部分の割り振りは……。」
そう言いながら、ノブレス・ノービスが視線を放る。
「何事についても、適材というものはあるのでござるよ。」
ヒュームが言葉を継ぐ。
マスクにエプロン。腰には自家製便利グッズを満載にしたヒップバッグ。
マグナムであった。大演説をぶち上げている。
「大掃除で大切なのは、火の周りと水周りだ!学生寮には厨房がないから、水周りは特に重要となる!担当は俺が選ぶぞ!」
「いちいち細かいチェックはしない」という方寮長の言葉の意味が分かった。
寮長がチェックしなくとも、掃除奉行に任せとけばいいわけね。
寮の大掃除を終えた翌日には、千早が男子寮まで俺を迎えに来た。フィリアを従えて。
「天真会でも大掃除を行うのでござる。お手伝いをお願いしたい。」
その言葉に、俺よりもマグナムが食いついた。
「喜んで参加させてもらう。ヒューム、キルト、お前らも実家に帰らないと聞いているぜ。」
問答無用で数人を徴発し始める。
天真会の極東総本部へ。
「敷地は日頃掃除してござるが、本殿の内側は、どうしても手薄になっているでござるゆえ。」
「外部の人間に、そんな大事なところを担当させていいわけ?」
「いや、むしろ申し訳ない。」
李老師が姿を現した。
「梁の上など、高所作業よ。子供にやらせるわけにはいかぬし、あまり体格が良い者も危険ゆえ、な。高いところが苦手な者もおる。」
「老師、では某は適任でござるな。」
「千早、お主はいかん。急に虫など飛び出そうものなら、梁をへし折りかねぬ。」
「体がでか過ぎる俺もダメか……。汚れを前にして引き下がらねばならんとは、無念。」
マグナムが歯噛みしている。
「あら、マグナムくんはお掃除が好きなの?じゃあ私と一緒に厨房の油汚れをお願いできるかしら?その後はお風呂の掃除を……。」
「フィリア殿、ロータス姐さんを見張るでござるぞ。今のマグナム殿はあまりに無防備ゆえ。」
「了解です、千早さん。」
「もう!」
何も知らぬマグナムがしつこい油汚れに目を輝かせている間、俺たちは梁の上ですす払いに勤しんでいた。
「うわ、高いな。」
「さようでござるな。」
ニンジャのヒューム、全く意に介していない。
「勘弁してくれよ……。」
キルトは震えている。
「高所恐怖症なら、何で参加したんだよ。下の掃除してれば良かったのに。」
「スリルの神の思し召しだよ。チクショウ!」
「キルト殿、某の命綱もお使いなされ。」
「それが良かろうの。嫌な予感がするゆえ、の。」
「やめてくれ!あんたみたいな、いかにも達人な爺さんが言うと、シャレにならん!」
「あまり動かず、そのへんを掃除しておいてください。」
アランも心配げだ。
「ヒロ、一番上のほうはあたしたちがやっとくわよ。」
「下から見上げたりしないでよね!」
ピンク、お前ジャージだろうが。
「様式美って大切だと思わない?」
「喪女が言ってもなあ……。様式の枠の外だろ。いや、美の方か、問題は。」
はるか下方、柱に立てかけておいた朝倉に向けて、ピンクが埃の塊を叩き落した。
「てめ、この!」
分かったから、ともかく真面目にやってくれ。
不思議なもので、慣れてくるとそれほど怖くはない。
いや、アドレナリン的なものが出ているだけだったのかもしれない。
いつもより、みな微妙にテンションが高いような気がする。
「お。クモがおった。これは大きい。」
「老師、こちらの方が大きいでござるよ。」
「去年よりも大きいですね。こっちにもいます。数も豊作のようです。」
「ほれ。」
「老師、何を!あ、着地した。へえ。糸で落下の速度を弱めるんだ?」
「下で大騒ぎしておる。」
「殺してはいけませんよー!」
「あれ、ネズミではありませんか?今そちらの方を走ったのは。」
「さよう、ネズミでござるな。」
「ネズミはいかぬ。退治じゃ。」
ネズミ退治競争が始まる。やべえ、楽しい。
「遊んでないで、ちゃんとやりなさーい!」
下からマリーに怒鳴られる。
「シンタじゃないんだから!全く!男ってしょうもないわね!」
随分きれいになった。埃は全部落としたはず。
老師とヒュームが、高いテンションそのままに飛び降りる。何かの術を使って華麗に着地。
ガチガチになっていたキルトは、体が強張ってうまく降りられない。手を滑らせる。
一瞬ヒヤリとしたが、2本の命綱が、落下するキルトに引っ張られて伸びていく。
ひと安心……と思いきや、期待どおりに、いや老師の心配どおりに、1本が切れる。
それでももう1本がキルトの体を支える。綱が伸び切り、宙ぶらりんに。
ああ良かった。
と思いきや、梁の上にネズミの姿が。命綱をかじっている。お約束ゥ!
どしゃっと音をさせて墜落。上空2m付近で止まっていたので、怪我はしなかったものの、スリルという意味では満点だったろう。
キルトも哀れなヤツだ。
賢者モードのマグナムが現れた。水周り、火の周りも綺麗になったのだろう。
欲求不満を募らせているロータス姐さんも姿を見せる。
ユウが、お茶を入れてくれる。
「今年はみんなのおかげで早く終わったのう。」
「よろしければ、年末年始の行事も見に来てほしいでござるよ。出店もあるゆえ、気軽に楽しんでほしいでござる。」
「警備とか会場設営は手伝わなくていいの?」
「ありがとうございます。人手は足りていますから、気にせず楽しんでください。」
アランがお茶をすする。
「騒ぎを起こしたり、片付けなかったりするお行儀の悪い人は、めっ!ですから。」
分かっていて、年甲斐もないことを口にするロータス姐さん。
忘れていた。天真会は、芸能だの港湾だの口入屋だの出店だの……そっちにはめっぽう強いというか、そっちを統括していたのだった。
「うふふ。」
怖いって。
大晦日と元旦を除いて、年末年始も道場は開いている。
それでも節目の大掃除。
高いところはやっぱり俺とヒュームほか、身軽な者数名。
「幽霊がいると助かるな。なかなか手が届かぬところも掃除できる。」
塚原先生にも喜んでいただけた。
死霊術師をどこか忌避していた生徒達の目も、少し和らいだような気がする。
大掃除とは別に、ここ数日、聖神教のイベントを終えたミーナが、塚原道場に出入りしている。
「ヒロ君の動きを見ないと、防具の可動部分をどれぐらい確保するかとか、そういうのが分からないから。」
やっぱりミーナに任せたのは正解だったようだ。
「なんだヒロ、防具を注文するのか?」
「ええ、春にファンゾ島に行く事になりまして……。」
事情を説明する。
「ん、そうか。ファンゾ島か。」
「塚原先生、刀術は腕を大きく振り上げることもある、振り回すこともあるという認識でいいですか?」
「ん、そうだな。そう考えてもらいたい。」
「そうすると、袖なしにして、肩は別途保護か……。」
「私の防具を見せようか?多少は参考になるかもしれん。」
「是非お願いします。」
出てきたのは、いわゆる甲冑。
「隙間が多いのですね。運動性能重視と考えて良いですか。」
「そう言えるかもな。ファンゾへ行くとなるとさらに……。」
「通気性ですか!そうですね、そちらの問題も。」
「ありがとうございます。塚原先生の鎧を参考にデザインしてみます。……ヒロ君、年明けには大体の構想を完成させるから。それじゃあ。失礼します、塚原先生。」
ミーナが慌しげに去って行く。
「あ、ヒロ君。いくつか聞きたいことがあって。」
「ダニエル先輩?」
「『ファンゾに行くのに、ヒロ君と千早さんのために副官らしい服装を』って注文を受けたんだ。メル家というか、フィリアさんから。で、ヒロ君からは何か希望ある?」
「動きやすい服をお願いします。防具との兼ね合いもあると思うんですが……。」
「分かった。ミーナさんと話し合っておくよ。」
「それと、副官ともなれば、陣羽織かサーコートか、そういうものを着るかもしれないと思うんだけど、家紋とか個人紋とか、教えてもらえるかな?」
「あ……。そうか、そうなりますよね。」
陣羽織、サーコート。戦場で個人を識別するために必要とされるもの。
全身鎧となると、DQの「さま○うよろい」とかガ○ダムの「ギ○ン」状態だから、誰が誰だかわかりゃしない。日本式の甲冑だって、面頬をつけてしまえば顔が見えない。
だから、サーコート、陣羽織。着ないならば、防具に家紋を入れる必要が出てくる。
「どうしよう、持ってないんですよ。」
「うーん。じゃあさ、メル家とも相談したりして、考えておいてよ。それじゃ、よいお年を~。」
ダニエルも慌しげに去って行く。
せわしない年末に、課題がひとつできてしまった。年明けまでには考えておかないと。
家紋かあ。
なんかちょっとカッコいいかも。
俺もだいぶ王国の気風に染まってきたかもしれない。