第四話 神官 その4
俺は司祭からこの世界について話を聞きながら、教会周りの雑事をこなし。
フィリアは日々のおつとめをし。
トマスの家のおかみさんが元気を取り戻し。
明日には後任の司祭がクマロイ村にやって来るという、その日。
村じゅうの、主に女性陣がお迎えの準備で大忙しの中。
いつものように、トマスの家のおやじさんが、斧をかついで山に入っていった。
息子のうち、上の二人を連れて。
その後ろ姿を見たフィリアが、俺に声をかけた。
「ヒロさん、ついていってください!」
ヨハン司祭と俺は、顔を見合わせた。
が、フィリアは何か気づいているのかもしれないということで、司祭と二人(?)で山に入ることにした。
山に慣れた一家の足取りは速く、13歳の小さな体では、なかなか追い着けない。
追い着きかけた頃には、一家は、もうひと仕事始めていた。
「危ない!」
少し離れた位置にいたおかげで、偶然気づくことができた。
その声に思わず一歩下がった親父さんが、腕を抑えてうずくまる。
上のほうから大枝が落ちてきたのだ。声をかけずにいたら、脳天直撃であった。
兄弟が駆け寄り、俺も追い着いた。
ヨハン司祭に言われるまま、腕を見る。単純な骨折で済んだようだ。司祭の指導に従って処置をし、添え木をつける。
おやじさん、恐縮しきりでお礼を口にする。
「とりあえず、今日は帰りましょう。」
「そうですなあ、ここんとこ雨が続いていたから、久しぶりに山へ入ったんだが……。こういう日は、足元や上の枝、周りの木、いろいろ注意しなくちゃいかんのに。今日に限って、どういうわけだかその辺がおろそかになっていたようで……。ぼーっとしとったんですかなあ。ワシも年なのかなあ。おい、せがれ共、覚えておけ。長雨の後は危ない。本当に気をつけろよ。」
「神官さまの前だからってかっこつけちゃって。」
「怪我したおやじに言われちゃあ、世話無いよなあ。」
言い合いながら帰ってこられるぐらいには、無事であった。
村に帰って話をすると、おかみさんが大騒ぎを始めた。それはそうだ。これでおやじさんにまで事があったら、たまらない。
「ありがとうございます!本当にありがとうございます!」
泣き喚いている。
そういう雰囲気が苦手なおやじさんが、声を荒げて話題を変える。
「それにしても、良くあの場にいてくれたもんだ。治療の手際もいいし、立派な神官さまになれますよ!」
「行くように言ったのは、フィリアです。」
そう言うと、二人は目を丸くした。
「神官さまは、何でもお見通しですか!」
「俺が良い神官になれる」という話を聞いて、やや苦い顔をしてただ黙っていたフィリアだが、称賛が自分にまで回ってきたので居心地が悪くなったらしい。
「いえ、何やら胸騒ぎがして。ご主人の調子も少々おかしいように見受けられまして……。」
「気にかけていてくださったのですね。ありがとうございます!」
「ご無事で何よりです。明日の準備を続けましょう。」
だいぶ困っている。
翌日、新任の司祭がクマロイ村に着任した。
これまでの残務処理、その経緯、書類の整理に引継ぎと、フィリアの仕事ぶりに感謝を伝えている様子を見るに、やはり腰が低く、温厚な人柄らしい。
その全てを見届けて、安心したヨハン司祭は天に帰っていった。
死霊術で縛り付けていなかったことが証明されたわけだ。疑われてはいなかったようだが、フィリアは俺よりもヨハン司祭を信頼していたのだろう。信頼に値する人であった。
浄霊術を使う必要はなかったが、それはフィリアの働きが無駄になったということを示すわけではない。
ヨハン司祭の心残りを遺漏なくつとめ上げ、つつがなく天に帰る彼を見送ったフィリア。
彼女が俺に見せていたのは、確実に神官の後ろ姿であった。