第四十七話 匿名の聖人 その2
この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。
(聖神教は、実在する一神教とは、一切関係ございません。)
「12月の25日は、救世主、外部の方には教祖と言うべきでしょうか。ともかく、救世主の誕生日とされています。それを記念して、聖神教では、ミサ等の宗教行事を行うのです。」
「宗教行事そのものについては、外部の俺に手伝えることは無いよね?」
「ええ。ただ、それに伴う各種イベントのほうで、ヒロさんの手を借りたいのです。」
「イベント?」
「例えば、23日に行われるチャリティーバザーとかね。私も参加するよ。」
「ミーナ殿?」
「いちおう聖神教徒だからね。追い追い新都で開業とか考えてるわけだし、まああれだ、顔を売る意味もあるんだ。」
「何を出すの?」
「防具を作るときに余った金属片とか革の端切れを加工してさ、ちょっとしたアクセサリとかそういうの。結構高価な金属が紛れ込んでたりするんだぞ~。でも、お値段はサイズごとに一律。当たりがあるって、ちょっと楽しいでしょ?現物は持ってきてないけど、こんな感じ。」
見せてくれたデザイン帳に並んでいたのは、ウォレットチェーンとか、ゴツイ指輪とか、ネックレスとか。ノムリッシュなホストっぽいファンタジー系キャラ(物理系)とかが愛用してそう。
「こういうのもあるよ。聖神教徒らしく、かつ金属を扱う職人らしく。」
多様なデザインの十字架が並ぶ。
「後から思い返すと黒歴史」な、お年頃の男子が目を輝かせそうな感じ。
いや、結構センスのあるデザインだとは思うよ。ただ、狙いすぎかな。
「どうよ?」
「カッコいいでござる!」
王国の尚文の気風は、デザインにも及んでいた。
「彼氏へのプレゼントにどうぞ~って。私らの年齢でも簡単に買えるお値段で。」
ミーナが商売上手だということも、よく分かった。
「ヒロ君から見てどう?私が作る物は、どうしてもゴツイのばっかりだから、メインターゲットは男性なんだよね。」
「うーん。体格がないと似合わないかなあって気はする。俺らで言えば、イーサン以上は欲しいかな。マグナムとかジャックみたいなタイプにはバッチリだと思うよ。」
「そっかあ。みんなの成長に期待だね。私らの眼福のためにも。」
「ミーナ殿は正直でござるなあ。2年前と変わらぬ。」
「おっと、変わってないとは聞き捨てならないね。腕は上がってるぞ。いちおう防具は作れるようになったんだ。ギルドの許可も得てるしね。ご用命、お待ちしております。」
「何ヶ月かかりますか?」
フィリアから発せられたのは、「ただ聞いてみた」のとは異なる声色。
ミーナもそれを感じ取った。
「加工済み金属の貯えはある。全身鎧でないならば、学園に通いながらでも、2ヶ月。3人分ぐらいまでなら、並行できる。」
「ヒロさん、千早さん。春休みにファンゾ島に行きます。少なくともお二人には、『それらしい武装』をしてもらう必要があるのです。」
「メル本宗家ご息女の側近らしく、ということでござるか。」
「分かった。ミーナに任せよう。」
「防具には命を預けるって分かってる?そんな簡単に決めるもんじゃないよ、ヒロ。」
「いや、ミーナは信用できる。武人に必要なのは即断即決。だろう、フィリア?」
「お、おう。」
ミーナが横を向いた。
「またヒロ殿が、無駄におとこ気を見せたでござるな。」
「ミーナさん、大丈夫ですよ。必ず後で株を下げますから、ヒロさんは。」
「と、ともかく!防具のことは後で詳しく話し合うとしてだ。で、俺は……いや、俺と千早は、何をすればいいんだ?」
「23日はチャリティーバザーの他にも、聖歌隊の合唱があったり、露店なども出ます。飾り付けられたもみの木を見に来る人、説教を聞きに来られる人、とにかく人出が多いのです。お二人には、会場設営と片付け、見回りなどの仕事を手伝ってもらうことになると思います。20日に打ち合わせがありますので、詳細はそこで。」
俺達を3人乗せた馬車は、新都の中心部へ、超・一等地へと向かっていく。
聖神教女子修道会の新都司教区座聖堂は、ラグアの東端、高級住宅街と官庁街との境目あたりに建てられていた。
「意外だなあ。」
「何がです?」
「いや、修道会とか女子修道院って言うと、へんぴな山の中にあるようなイメージが。」
「そういう修道院のほうが多いですよ。このカテドラルは、言ってみれば本部みたいなものですので。新都建設当初は、軍事的にも不安定でしたから、遠くの山には建てられなかったのでしょうね。」
「ヒロ殿。フィリア殿は学園に通っているでござるが、似たような境遇のお嬢様の中には、修道院にて学ぶ方も多いのでござる。治安その他を考える必要がござるのよ。」
「そうでした。ヒロさん、シスターに対する振舞いには、十分に注意してくださいね?誤解を受けるような行動は絶対にしないように。」
「あのさあ、フィリア。俺にだってそれぐらいのわきまえはあるよ。変な気持ちなんて全くございません!」
「ヒロ殿には某が常について回るでござるよ、フィリア殿。」
「お願いします。」
「女子修道院の中を歩くなら当然なんだろうけど、信用してくれてもいいんじゃないの?」
「フィリア殿からは言いにくいでござろうな。……ヒロ殿。修道院に住み込んでいるシスターには3種類ござる。」
「はい?」
「ひとつは、信仰に生きる者。もうひとつは、フィリア殿が学園に通うのと同様、家庭の方針で修養に来ている者。そしてもう一つは、厄介払いされた者にござる。」
ヨーロッパの古典小説なんかでもよく聞く話だ。
「ああ、うん。それぐらいは分かる。」
「されば。この3種のうち、厄介払いされた者でござるが。これは、『異能を持たぬロータス姐さん』と思っておいて間違いござらぬ。」
「千早さん、それは……。いえ、お願いします。」
「押し込められているのでござる。どうにかして、出たいのでござるよ。」
「分かったよ。つまり、その、何だ?独身男性にとっては、危険なわけね。」
「超・肉食系なのでござる。ロータス姐さんとは異なり、結婚を狙っているでござるしなあ。」
「言質をとられない、決して二人きりにはならないようにしてください。」
「加えて言えば、飲食物には要注意。暗がりに引きずりこまれぬように、でござる。」
絶句した。
そこまで、なのか。
俺がもともと生きてきた、地球にある一神教とは、全く事情が異なる。
「理解した。千早と一緒に行動し、余計なことはしゃべらない。」
「私からも、シスター達にはひと言伝えておきます。」
カテドラルは、一等地に建つ宿命ゆえか、こぢんまりとしていた。
いや、決して建物が小さいとか、敷地が狭いとか、そういうことはない。
学園やメル家のネイト館、あるいはクリーシュナグの極東大司教区座聖堂を見てしまったから、そう思っただけのこと。
学園やメル家は、独立した権力を持つ大組織である。その建物や敷地は、城と言って差し支えない。比較対象が悪い。
こちらのカテドラルは、瀟洒……ではない。清貧……「貧」ではないな。清潔。清楚。そういった雰囲気だ。よい教会だと思う。
「当日は、隣にある公園もお借りします。出店はそちらへ。聖歌隊の合唱ほか、イベントは当カテドラルの敷地内で行われます。公園の準備・警備・片付けも私達の責任で行いますので、特に外部からお手伝いに来ていただいた方、よろしくお願いいたしますね。」
年配のシスターが、きびきびと仕切っていく。慣れてるんだろうなあ。
顔合わせを済ませ、当日の役割分担を決める。
「シスターフィリア、お久しぶりね。学園は忙しいでしょうに、よく来てくださいました。そちらのお二人は……。まあ、側近の方なの。そういう事情でしたら、フィリアさん、あなたも含めて3人で行動していただくほうが良さそうですね。」
年配のシスターがちらりと俺を見た。
話を事前に聞いていたから分かる。これは、憂慮の表情だ。
「私は聖神教徒ではありませんが、信仰には敬意を払いたいと思っています。至らぬところも多々ありますが、常に千早と二人、フィリアさんを見習いながら、慎みをもって行動するつもりです。」
これで分かるだろ。
「さすがは学園の生徒さん、ですね。安心いたしました。常に3人で行動していただけるようにいたします。」
フィリアが声色を変えた。
力のこもった、よく透る声に。軍事モードだ。
「不届きな行いがありました場合には、メル家と聖神教の名誉のため、厳重に処断することを約束いたします。」
聞き耳を立てていた連中が凍りつく。
「これでひと安心……なんだろうけどさ。俺まで脅すことはないだろ。」
当日に備えて、敷地の様子を覚えるべく外に出たついでに、文句を言っておく。
「シスターを脅すわけには行きませんから。」
嘘つけ!
「真に釘を刺しておくべきはヒロ殿でござるしなあ。」
大概にしろ!
「あれが、寄宿舎です。こちらが、聖堂。」
何事もなかったかのように、案内を続けるフィリア。
「ここが学堂です。で、敷地入り口の守衛室。どうかと思わないではありませんが、女子修道会ゆえ、仕方無いところもあります。」
「あれは何?」
なにやらワゴンのようなものが置いてある。
中には手紙というか、葉書というか、そういうものが積み重なっていた。