第四十七話 匿名の聖人 その1
「もうひと月寝れば、寝正月だねえ。」
うん?何かおかしくないか、それ。
……と思ったりもしたのだが。ノブレスが口にすると違和感が消えて行く。
「ノブレス殿、その前に期末てすとがあることをお忘れでは?」
「ラスカルがいれば大丈夫だよ。」
「12月、年末か。忙しいんだよね、いろいろと。」
「同人誌の締め切りだっけ?アンヌ。」
「何も無くても、期末テストの後、聖神教のミサだろう?その前に寮の大掃除もあって。」
「で、みんな大抵は実家に帰ってまた大掃除して、正月の準備をするのよね。イーサンとこも忙しいんでしょ?格だけ高い立花家と違って、実際の付き合いやら事務やらがあるだろうから。」
「今年はご挨拶する家がひとつ増えてるし。ね、トモエさん。」
「マリアさん、やめてよもう。そういうマリアさんだって、コンサートとか忙しい時期でしょう?」
「天真会はどうなんだ?千早。うちも一応天真会だが、熱心じゃないからよく分からん。」
「さよう。天真会の場合は、年末に行事がござる。マグナム殿もいかがか?」
「時期的に考えると、聖神教よりも慌しいかもしれませんね。」
撥ねられて 世界線越え 眺むれば いづこもおなじ 冬の夕暮れ
お粗末なパロディはともかくとして。
俺は宗教とは関係ないし、実家もない。
寮で過ごすにしても、メル家のゲストルームの大掃除ぐらいは……いや、それもメイドさんの仕事なんだよなあ。
つまるところ、まさに「眺むれば」。そう、俺は傍観者。高踏遊民。
だと思っていたのだが。
「ヒロさん、お手伝いをお願いします。」
「家の支度をする必要がないとは、貴重な人手でござるな。」
「学びたまえよ、ヒロ。」
うるせーぞラスカル!
そのラスカルとノブレスがケンカを始めたのは、期末テストの後のこと。
「ラスカル、裏切ったな!」
「ノブレス君は僕に頼りすぎなんだよ。弾道計算の都合があるんだから、物理だけは自分でやらなきゃ。補習で済ませてくれた先生の温情に感謝しなよ。」
「うわーん、僕の寝正月が!」
期末テストの後には、生徒会やら部活やらの締めもある。
「よし、予算案成立、と。」
「これを冬休み前に配って、年明けの全校集会で承認を得るんです。」
「削られた部なんかは異議を申し立ててくるからなあ。答弁の準備も大体は済ませたな?」
「予算の増えた部が援護射撃してくれるから大丈夫だろ?」
「私達は乗っかればいい……。」
あら、アイリンさん、腹黒い。
いや、口が重い人ならではの知恵か。
いずれにせよ、シャンシャン総会とは行かないようだ。まあその方が健全だよな、本来的には。
「暴れ出したら、鎮圧だ。カルヴィンにしか頼めん。」
お前には答弁などさせられないと言うことですね、分かります。
「任せておけ、ヨランダ。」
知らずにいる方が幸せなのかもしれない。堂々と胸を張るカルヴィンのイケメン面を見ていると、そんな気もしてくる。
「さて、お茶にしようか。」
「皆さんは年末、どうしますか?」
「大体同じだろ?大掃除して、家族で休暇。」
「フィリアやカルヴィンは聖神教の行事に参加するのか?」
「ええ、私は女子修道会の方で。」
フィリアの返答に、カルヴィンが、ハッとした表情を見せた。
「あ、あのさ、フィリア。1年生にも熱心な信者はいるのかな?」
やめてくれ、カルヴィン。
痛々しさと申し訳なさに、顔を背けざるを得ない。
何も聞かされていないヘルブラントとシンノスケが、普通に会話を進める。
「2年の方が熱心な信者は多いような気がするよな。」
「ほんと、信仰と武術だけは熱心だよな、カルヴィンは。」
シンノスケの言葉に己の下心を自覚させられ、恥じて赤くなるカルヴィン。
信仰は本物だな、こいつ。信仰だけは。
事情を知っている2年生女子は、容赦ない。
「フィリアに聞いてどうするの、カルヴィン。女子修道会の行事には出られないでしょ?」
「い、いや、その。男子生徒にしても、フィリアが一番良く知ってるんじゃないかって。聖神教のことは。」
「今の貴様に必要なのは鍛錬だ。何だ、その腑抜け顔は。」
「腑抜けだと!?……いや、鍛錬をもう少し増やすか。うん、そうしよう。」
「ヒロ君は、フィリアさんのお手伝いでしょう?女子修道会の行事に参加するのよね?」
にまにまとした笑顔を浮かべて、セレーナがぶっこむ。
「な、なんだと!許さん!」
「何だ、カルヴィン。女子修道会に興味を示すとはいやらしい。」
「いや、違うぞヨランダ。そうではなく。死霊術師が聖神教の行事になど……。」
「そう言えばさ、ヒロ君ってもてるの?十人隊長だし、戦功の実績もあるんだよね。」
ローシェも煽りだす。
「何ぃ?」
あまりにもカルヴィンが哀れだ。
「いえ、宗教行事でしょう?そういうノリで参加するつもりはないですから。」
「そういうことではない!辞退しろと言っているんだ!」
「うるさい……。」
「ごめんなさい!」
「全く。カルヴィン、貴様は日頃の迷惑を思うべきだ。感謝の証に、アイリンに何か贈ってしかるべきだぞ。」
「そうですね。そういえば年末でした。」
「『聖人の贈り物』かあ。子供の頃は楽しみだったよね。」
いづこも同じ サンタクロース
ってわけね。
「だいぶ時間が経っちゃったけど、こないだの発表、どうだった?」
「ウィリアムさんの発表は、勉強になりました。荒河夜戦について、欠けていたピースが埋まり始めています。それ以上に、『枠組みを作る』ところが。提案しただけで、自然に組み上がっていく。そういう『魅力的な発想の提案』が大切なんですね。」
「フィリアさんにそれを言われると、冷や汗が出るね。メル家は枠組み作りをして人を動かすことはお手のものでしょ?」
「私は、イブ先輩の発表が勉強になりました。歴史観以前に、歴史的事実がよく分かっていなかったんですけど、聖神教徒の反乱のところとか。『ああそういうこと』って。」
「理由は分かる、ヒロ君?」
「反乱を起こされた王家としては、権威に関わる。聖神教側からしても、すねの傷。はっきり指摘されたくない。それで歴史書にはあいまいに記載したってことですよね。」
「そういうこと。歴史って意図的にぼやかされてるところがあるの。自分で調べるか、貴族なら家庭教育でフォローするか。」
「歴史観とは面白いものでござるな。天真会にはそもそも欠けておる視点のような気がいたす。組織のみならず、歴史も一本に系統化しようとする発想。聖神教が強いわけでござる。」
「そうね、でもその分柔軟さに欠けるかも。だから天真会の教徒も多いんだと思う。」
「自分とは違う発想を理解する、相手のやり口を学ぶというのは大切なことですよね。」
「僕の発表は?」
「大好評でござったぞ、ダニエル殿。」
「ええ。女子の皆さん、非常に高い関心を示していました。」
「本当はイラストじゃなくて再現するつもりだったんだ。でも時間と予算が足りなくて。」
「それならば、姉と話をしてみます。資金が提供できるかも。それだけの意義はあるのではないでしょうか。……趣味以外の制作も要求されるかもしれませんが。」
「本当かい?製作要求も、むしろ喜んでお受けするよ。……あ、そうそう。女装喫茶の衣装。あれも僕が作ったものなんだけど、こないだ生徒会の執行役員が来てさ、『ヒロ君に着せた衣装一式を譲ってくれないか』って。代金もいただいたし、僕としては拒否の理由がなかったんだけど、何か知ってる?」
「ああ、なるほど。」
「『聖人の贈り物』にするのでしょう。」
フィリアと千早は、一発で事情を理解したようだ。
「カルヴィンに贈って目を覚まさせるのか?」
「ヒロ殿は詰めが甘い。いや、ここは人の良さを褒めるべきところでござろうか。」
「ええ、全くです。」
何だと言うのだ。