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第四十六話 人形の家 その7

  

  

 「姉からは、『契約が済んだのであれば、館に通しても良い』とのことです。中で話を聞きましょう」

 

 フィリアの言葉にしたがい、部屋に入る。

 さっそく、聞き取り開始。 


 「お互いタメ口でいこう。マルセル、俺たちは何も知らされていないんだ。最初のところから、頼む。」



 以下は、マルセルの説明である。


 まず、私、マルセルとノーラが、いや、デュフォー家とロッシ家と言うべきか。ともかく、婚約を交わしたのは、9年前のこと。私は12歳、ノーラは5歳だった。

 当時から、ヴァンサンとは友人だった。私の方が4つ上だから、兄弟分と言った方が良いかな。ビガール家とデュフォー家は、仲が良好だったのだ。


 7年前のウッドメル大会戦で、ロッシ家とビガール家の当主が亡くなった。二人の母親はその時点ですでに亡くなっていたので、ノーラはデュフォー家に引き取られ、ヴァンサンはビガール家の親戚に引き取られた。

 私は14歳。成人の名乗りを挙げた直後だった。ヴァンサンは10歳、ノーラが7歳。ヴァンサンは相変わらずデュフォー家に出入りしていた。ノーラもまだ子供。私たちは3人兄弟のように遊んだものさ。おっと、失念していた。私の実の弟はこの時2歳で、今は9歳だ。そういうわけで、我々3人と絡むことはあまりなかった。


 それから4年後、今から3年前。私が18歳、ノーラが11歳の時に、ヴァンサンが14歳で成人の名乗りを挙げ、家を継いだ。その直後、彼の育て親をしていた親戚が亡くなった。以来ヴァンサンは親戚との縁が薄くなり、両手剣道場やデュフォー家との交流の方が色濃くなる。


 今年の年頭に、ノーラが14歳で成人の名乗りを挙げた。17歳のヴァンサンは武術大会で優勝し、秋に21歳の私は決闘で死亡したと言うわけだ。

 

 マルセルの説明を、2人に伝えた。


 「家庭環境と背景は分かりました。ノーラさん、ヴァンサンさんは共に、親戚との縁が薄かったのですね」

 

 「語弊はござるが、この件で肩身の狭い思いをする親族がいないのは、不幸中の幸いやも知れぬな」

 

 「では、言いにくいかもしれませんが、お願いします。なぜこのような事態に至ったかを」

 

 マルセルが、俯いた。

 ためらっている。

 その様子を伝える前に、千早が語気を強めた。


 「懐剣を取り戻すためには、二人を説得せねばならぬのでござる。できれば穏便に済ませ、二人をそっとしておいて差し上げたい」 



 契約をすると、テレパシーのような、念話のようなことができるようになる。

 千早とフィリアの実力が、マルセルにイメージとして直に伝わる。


 「怪我をさせたくはないんだ、俺達だって。分かってくれ、マルセル」

 

 (分かった。包み隠さないという契約だからな)

 話し始めたマルセルの口調は、重かった。



 婚約をした以上は、いつか結婚する。来年、ノーラが15歳になった頃かと、デュフォー家では考えていた。このことについては、私もノーラも、皆が納得していた。


 君達は13歳か。ならば、丸っきりの子供ではなし、説明しても良いか。


 事情として知っているとは思うが。婚約をしている以上、夫婦の営みがあって悪いことはない。ノーラは今年の春に成人を迎えたのだし、なおのこと問題はない。


 だがノーラの体は、まだ幼い。同年代と比べても。

 妊娠・出産が命懸けのものであることは、特に女性はよく分かっているだろう? ノーラの母君も、ヴァンサンの母君も、それで健康を損なって早世されたのだ。焦ることはない、そう私は考えていた。

 

 ……しかしノーラの考えは、違っていた。


 「私はもう大人です。なぜ求めてくれないのですか」


 夏前にそう言われたよと告げるマルセルの顔は、苦かった。



 私達の仲は、去年までは良好だった。しかし、春頃からノーラが不機嫌になり、急に泣き出したりすることが増えた。理由が分からずにいたのだが、その言葉を聞いて、やっと悟った。

 

 理由は説明した。健康のことがある。焦ることはない。結婚してから、正式にということではいけないのか、と。


 「同い年の乳姉妹とは、お互いに14の頃から関係を持っていらしたのに。今も続いているのに!私のことが気に入らないだけじゃないんですか?」

 それが、ノーラの言葉だった。

 

 うかつだったよ。ノーラはもう、大人だったんだ。そこに気が回っていなかった。

 なおのことうかつだったのは、その言葉に驚いて、何も言えなくなってしまったこと。

 せめてあの時、即座に否定していたなら。ノーラのことが気に入らないなんて、ありえぬ話だ。怒鳴り散らす方が、まだしもマシだったろう。今になって、そう思う。


 あの夜から、私達の仲は、冷え込んだ。

 時々は、説得した。ノーラのことを大切に思っているからなんだ、とか。本心からそう思っているのだが、信用してもらえなかった。

 時には、やや強引に迫ってみたりもした。だが、拒否された。それはそうだ、信用を失っているのだからな。

 

 何も知らぬヴァンサンが、いつものようにデュフォー家を訪れた。

 「武術大会に参加するので、おふたりにセコンドをお願いできませんか?」そう言って。


 不機嫌が続いていたノーラが、顔を輝かせた。それが嬉しくて、私は快諾したものさ。実際に参加してみると、さすがはヴァンサン、私達の仕事はほとんど無い。弟分の活躍は誇らしいものだったよ。これまであまり陽の目を見ることが無かったヴァンサンが、これで注目を浴びる。出世の道も開けるだろう。心の底から嬉しかった。

 ノーラは面当てのようにヴァンサンにじゃれついていたが、まあ仕方あるまいと思っていた。何せ私は、まるで信用を失っていたしな。それにあの大会は、ヴァンサンにとっては一生に一度のチャンス。競技に集中させてやりたかった。私達の不仲を見せるべきではない。ヴァンサンに心配をかけてはいけない。そう思っていた。


 今にして思えば、それも間違いだった。あそこでこそ、怒鳴り散らしておけば良かったと思うよ。ノーラは寂しかったのだ。私の気を引きたかったのだろう。それなのに、私の対応は冷たいもの。困惑させてしまったと思う。ヴァンサンにしても、私とノーラの不仲を見せ付けられたぐらいで優勝を逃すような男ではなかったんだ。ノーラを子供と見誤った私は、ヴァンサンも子供と見誤っていた。


 その後もノーラは度々外出していた。ヴァンサンと一緒だったんだろう。

 もう14歳、成人の名乗りを挙げている。子供ではないから、咎めなかった。

 

 しばらくして、ノーラが帰って来なくなった。9月の末のことだ。



 10月。ヴァンサンが、私の前に現れた。


 「こうなったからには、斬られても文句を言えません。許してくれというつもりもありません。ただ、詫びずにはいられない。申し訳ありません。どうとでもしてください」

 

 ノーラは元気にしているか、それだけを聞いたよ。

 元気だと、それがヴァンサンの答えだった。


 帰りたがってはいないんだな、と聞いた。

 答えにくそうにしていたが、「帰りません。帰れるわけもありません」

 そう言っていたと、伝えられたよ。



 ヴァンサンだけが悪かったわけではない。ノーラの気持ちを考えず、大事にすると言っても、いや、実際に大事にしてきたし、自分なりに誠実であったとは思っている。だが、ノーラを一人のおとなとして見てこなかった私は、ノーラを人形扱いしてきたようなものだ。私も悪かったのだ。


 「ノーラを幸せにしてやって欲しい。私達3人は、兄弟のようなものだ。お互いがお互いの幸せを願う気持ちだけは、変わらない。そのはずだろう?」

 「しかしそれでは、マルセル兄さんだけが、つらい思いを」

 「私も悪かったのだ。全て引き受ける」

 「しかし、デュフォー家の面子が。マルセル兄さんだけの問題にはとどまらない」

 「分かった。少し考えてみる。前例を探してみるさ」

 

 デュフォー家は、典礼の家。典故先例の資料集にはアクセスしやすい。必死で探したよ。何か良い例は無いかと。


 婚約者に不義があった時、まず認められているのは、夫による妻と間男の殺害。まだ婚約者にすぎないが、便宜上夫とするぞ。

 君たちも知っているだろう?事例としては一番多かった。しかし、これだけは絶対にダメだ。

 他には、金銭による解決。これも知っているかな、あるいは。

 だが、これまで陽の目を見ていなかったヴァンサンには、財産は無い。これも使えない。


 困ったが、ひとつ方法があった。私とノーラは、まだ結婚していないのだ。夫婦の事例を使わなければ良い。夫婦としてではなく、恋敵としての決闘という形式を取るのはどうかと考えたのだ。

 同じような悩みを抱えていた者がいたようだ。先例が見つかったよ。


 「二人の婚姻は認められない。真実の愛はこちらにある」

 そう挑戦者が宣言し、夫が決闘を受ける。


 夫が決闘に勝つ。止めを刺そうとした所で、妻が、間男をかばう。

 「真実の愛は、そちらにあったか」そう宣言して、夫の側が引き下がる。

 決闘に勝利したこと、自分の側から「認めてやった」ことで、夫の側の名誉がギリギリ保たれる。

 妻と間男は、「認められた」という実利を得る。


 これなら行けると思った。

 段取りをヴァンサンに伝えた。ノーラも了承してくれたそうだ。



 そして、決闘当日。

 段取り通りに、ことは進んだ。

 ノーラが、ヴァンサンの前に立ちふさがった。

 

 何か言われたが、段取り通りではなかったな。

 言葉は思い出せないが、衝撃を受けた。


 そこまでは覚えている。


 気づいたら、幽霊だ。

 体はもう片付けられていた。立会人がどうにかしたのだろう。


 家に帰ったら大騒ぎ。

 あらかじめ置手紙はしておいたから、「決闘による死だ」ということは分かってもらえた。

 問題は、懐剣。

 


 (そういうわけだ)


 言い終えて、マルセルは、俺達から顔を背けた。



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