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第四十六話 人形の家 その6


 「さて。(シァオ)よ。例の件だが」


 一通り稽古を終え、一服しながら李老師が口を開いた。


 「武術大会の後、ヴァンサン君とは交流があったそうだの」



 答える孝・方はなぜか下を向いていた。


 「はい、お互いに道場を行き来して稽古をしておりました。他にもいろいろとその、酒を飲んだり。」


 繰り返すが、この世界に飲酒の年齢制限は存在しない。


 「良き友であったか。残念であろうな、このような形で交流が急に断たれては」


 「……はい」


 武術道場、武術仲間。

 こちらの世界に来て、初めて触れたけれど。

 俯く孝・方の気持ちが理解できるようになるまで、大した時間はかからなかった。



 「私の道場を、ヴァンサンの師匠が訪れました。何か手がかりはないものかと。ヴァンサンは気分の良い若者で、かなりの才があります。愛弟子が行方不明になった師匠には心より同情しますが、私が大した手がかりを持っているわけもなく……まさに悄然と肩を落として帰って行きました」


 (シァオ)の師匠も、そう口を添える。


 「隠れることはないのです。決闘によって事が決した以上は、堂々としてあれば良い。せめて師匠に一筆、知らせを寄越すだけでも」


 師には師の思いがあり、弟子には弟子の思いがある。

 孝がたまらず声をあげていた。


 「恥じているのでしょう。事情はあったにせよ、決着が決闘によったにせよ、人の婚約者を盗み取ったことは確かなのですから」


 「ヴァンサン君の心が分かるか、(シァオ)よ。よほど肝胆合い照らす間柄になったと見えるよの」


 「は、はい」


 「ヴァンサン君と(シァオ)のように、時として、交友の深さは時間の長短を超える。男女も同じよ。ひと目で、あるいは小さなきっかけによって、まさに恋に『落ちる』ことがある。……止めようとて止められるものでもないが、言うておく」


 李老師が顔を上げた。


 「他人事とは思わぬことよ。諸君の誰にでも『起こりうる』ことゆえ、な。……そう思っておくだけでも、いざという時、だいぶ話が違ってくる。何も分からぬまま破滅するのは、哀れよ。破滅に向かうにしても、せめて己の確たる意思の下に突き進みたいであろう?」


 含蓄のある言葉。

 皆、打たれたようにうつむいていたのだが。

 そんな厳粛な空気は、一人の女性の登場によって破られた。

 

 あらあらうふふ。


 「みなさん、お茶請けです。生徒さん達からの差し入れ。しんみりして、どうしたの? また老師がカッコつけてお説教でもしましたか?」


 そういえば、李老師。ロータス姐さんに篭絡されてたんだよなあ。

 先ほどの含蓄ある言葉が、急に説得力を失ったように感じられる。胡散臭く聞こえてくる。


 「あらあら。皆さん、どうなさったの? 急にしらけた顔になって」


 分かってて言ってるな、ロータス姐さん。

 タイミングを見計らって。まったくもう。


 「深刻に考えることはないわ。男女ですもの、何でもありよ。……大切なのは、切り上げ方。私はそう思うわ」


 言い逃げして去って行く。

 この言葉もまた、含蓄に富んでいる。

 

 ロータス姐さんのおかげで、空気がやや緩んだ。

 お茶請けをしかつめらしい顔で口にしたくはないし。助かった。


 そう思いながら、各人が甘味を口に放り込んだタイミングであった。

 老師が爆弾を放り込んだのは。


 「で、他に何を知っておる、(シァオ)よ」

 

 げほっと、えげつない音を立てて。

 (シァオ)(ファン)が大福の粉を口から噴き出した。

 

 「いえ、その。本人達の名誉にも関わることですので」 


 「(シァオ)よ。ヴァンサンの師匠の顔、お前も見ただろう?」


 老師と弟子のやり取りに目を丸くした、(ファン)寮長の師匠。

 話すように促す視線は……その、かなり厳しいと。そう言うに留めたい。


 「は、しかし」

 

 「ここには下世話な者はおらぬ。安心せい、(シァオ)よ」


 「はい……。実は、時々相談を受けてはいたのです。ノーラさんが馴れ馴れしすぎて困っていると。婚約者がいるのに、場合によっては婚約者の前でも、こちらに近づいて来ると。事実、食事を共にする時など、どうもノーラさんと二人になることを避けるために私を誘ったのではないかと感じられることがありました。……ヴァンサンの名誉をやや回復する事情ではありますが、そのぶん、ノーラさんに対する誹謗になるかと感じられまして、口にするのを憚っていたのです」


 「ふむ。それか。ヴァンサン君がどうも時々くすんでいるように感じられた理由は。何か悩み事があるように思われたからのう」


 8月の武術大会でも、李老師はずっとそのことを気にしていた。


 「で、迫られて手を出してしまったと。仕方あるまいて。武術バカ、それも17歳では。いなすなり、かわすなり……そんなことができるはずもないよの」


 迫られて女性に手を出した、OVER70歳の武術バカが慨嘆する。

 実感がこもったその表情に、千早とフィリアがやや冷たい目を向けた。


 それを誤魔化すためでもあろうか。

 再び老師が切り込んだのは。


 「で、(シァオ)よ。他には」


 「は、はい。いえ、他にはありません」


 「……ふむ。……まあ、よい。わしが言っても締まらぬかもしれぬ。それにそもそも、天真会の教義は、男女の関係を抑圧的に考えることをせぬ。自然の営みゆえ、な。だが、それでも。くりかえし申しておく」


 そう口にした李老師の顔つきには、苦いものがあった。

 

 「他人事とは思うな」


 ……それだけは、絶対に伝えておかねばなるまいて。

 繰り返し、つぶやいていた。




 「それでは、私たちはこれで」


 (シァオ)(ファン)とその師匠が、一足先に帰って行ったその後で。

 

 「ヒロ君」

 「ヒロ殿」

 「ヒロさん」

 

 「……気が進まない」


 みな、分かっている。

 (シァオ)(ファン)は、それ以上に、何かを知っているはずだと。

 

 しかし、彼が師匠や李老師にまで嘘をついたのは、友を思ってのこと。

 その気持ちを無碍に扱いたくはない。

 

 それでも、李老師は言葉をつなぐ。


 「ヴァンサン君は17歳、(シァオ)は15歳、ノーラ嬢は14歳。決闘とは言え、人死にも出ている。思い詰めてしまえば、何が起こるか分からぬ。もうこれ以上は……頼む」


 俺の中身が20過ぎだということを見抜いているからこその、嘆願。


 (……アリエル、お願いできるかな)


 (仕方無いところよね。うん、分かったわ)


  大柄な男が音も無く現れ、そして消えた。

  (シァオ)(ファン)を追っていく。

 

 「老師、ありがとうございました。霊能の手がかりを教えていただき」


 「いや、こちらこそ。気の進まぬ仕事を。相済まぬ」




 馬車に揺られてネイト行き、メル館へと戻る道すがら。

 

 「私達も、もう少し調べてみましょう」


 「と、申せ。資料がこれでは。こちらからデュフォー家に顔を出すことは禁じられておるのでござろう?」


 考えても埒が明かない。これはアリエル待ちか。

 そんなことを思いながら、館の門についたところが。



 「ヒロさんに、お客様です」


 守衛長のエルトンに声をかけられた。

 

 「はい?」


 意味が分からない。館で声をかけられるなら分かるが、守衛室で?


 「こちらにお願いできますか? ソフィア様のお言いつけです」


 そう言いながら扉を開けるエルトン。

 ますますわけがわからなかったけれど。

 

 守衛室にいたのは、若者であった。身なりからして、貴族。

 ひょっとして……。


 「幽霊ですね」


 フィリアが口を開く。

 

 「爵子、マルセル・デュフォー様です」


 エルトンの紹介にはよどみがなかった。


 「幽霊としてこちらにおいでになられたので、足止めさせていただきました。ソフィア様にご指示を仰ぎましたところ、申し訳ないけれどこちらにてお待ちいただくように、と」


 「エルトンさんにも幽霊が見えるのですか!? 会話も!?」


 「いえ、気配がデュフォー様でした。会話については、こちらから一方的に申し上げているのみです。ご理解いただき、指示に従ってくださっているものと拝察いたしました」


 事も無げに言う、これがメル家の守衛長。


 「それでは、私は席を外します」


 (私も驚かされました)

 マルセルが口を開く。

 (失礼、マルセル・デュフォーです。始めまして)

 

 「死霊術師のヒロと申します」


 (あなたでしたか。いえ、決闘の後しばらくして家に戻りましたところ、『メル御家中の、腕利きの死霊術師(ネクロマンサー)に懐剣の奪還を依頼した』との話を耳に挟みました。その後資料を整理しているのを見かけましたが、ずさんな物。これでは覚束ないと思い、直接こちらに伺った次第です。……門のところで待っていればお会いできるかと思っていたところ、こちらの守衛長に、『マルセル・デュフォー様でいらっしゃいますか?』と声をかけられまして。驚きましたが、助かりました)

 

 「わざわざお越しいただいた理由は、やはり、懐剣ですか?」


 (はい、あの懐剣は失くすわけにはいきません。懐剣だけではなく、ノーラとヴァンサンのことも心配です。聞けば、行方不明だとか。いろいろありましたが、せめて2人には幸せになってもらいたい。……そうでなければ、私も死に損ですから)


 毎度のことだが、幽霊ジョークは笑えないんだよなあ。

 

 「2人に対して含むところはないのですか?」 


 (ええ、ありません。まあ、文句は言いたいですよ、それは。何も殺すことはあるまいと。しかし死んでしまったからには、2人の幸せと懐剣、それだけが心残りです。弟がいますから、家のことは心配ありませんし。こうして話ができるのは助かります。幽霊になってからというもの、人に言葉を伝えられないでいたものですから。かといって諦めかかると、消滅しそうになりますし)

 

 未練があるから、現世に留まる。未練がなくなれば、自然と天に帰る。そういうことか。

 ならば。


 「それでは、どうしましょうか。この件を見届けるまでということで、契約しますか?」

 

 (使役ではなく、契約なんですか!?……契約すると、どうなるんです?)


 少し、困った。

 今までは大概、幽霊の方が乗り気だったからなあ。あまり説明責任を果たしてこなかったかもしれない。


 (霊能力者と戦闘でもしない限り、消滅しなくなることは確かだね。野良で幽霊やってると、よっぽど気を張ってないと消えそうになるもん。未練とか、意地とか、そういうのが必要)


 ピンクが説明してくれた。


 (後は、まあ。話し相手ができる。これも大きいよね。一人っきりって、つらいじゃん。野良幽霊の仲間がいる人は違うかもしれないけど……全部あんたの言うとおりだよ)


 ピンクは少し、ご機嫌斜めみたいだ。

 何故かは分からないが。


 (大体さあ、あんたも、マルセルさんだっけ?半端だよね。死霊術師なんて、ヒロの実像を知らなきゃ恐ろしい存在でしょ?幽霊にしてみりゃ、どんな目に合わされるかも分からないじゃん。それなのにホイホイ近づいてきて。でも土壇場になってブルってる。よく分かんないなあ) 


 (これは手厳しいお嬢さんだ。確かに私は優柔不断か。……言い訳をさせてもらえば、メルのご家中だということを信頼したのですよ。仮にも男爵の嫡子を奴隷扱いするなど、メル家の方で許さないのでは?とね。お嬢さんの様子を見ていても、ヒロさんは邪悪な方ではなさそうだ。契約をお願いしたいが……困りました、私から提供できるようなものがない)


 優柔不断かもしれないが、こういうところはピンクよりしっかりしている。


 「この件の手助けで十分ですよ、マルセルさん。ただ、正直に、包み隠さずお願いします。場合によっては、デュフォー男爵家内部の事情も話してもらうことになるかもしれません。もちろん、男爵家に被害をもたらすようなことはしませんから、ご安心ください」 


 (あなたがたに危害を加えない限り、でしょう? ヒロさん。ええ、承知しています。それでは、この件を見届けるまでの期間、契約をお願いします)



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