第四十六話 人形の家 その4
ずらりと並ぶ人形達。
クマさん、ウサギさん、ワンちゃんにネコちゃん。色とりどり。
教官の研究室とは、とても思えない雰囲気だった。
「霊気を練る方法? 初めて聞きますね、そんな相談……どうしましょう。とりあえず、私のやり方で試してみますか」
そんなことを口にしながら、宝玉帝冠・極光大銀河系先生はフィリアに糸を渡してきた。
「フィリアさんは、霊気の精密操作が得意なのですよね? この糸を握って……そう。霊気を送って、ぬいぐるみを前に動かしてみて?」
糸につながれたクマのぬいぐるみが、ひょこひょこと前に歩いていく。
指示通り、いろいろな動きをさせる。走る、跳ねる、でんぐり返し。
「さすがね。それじゃあ、今度は2体」
やはりスラスラと動かす。
3体となるとぎこちない。ここがフィリアの限界のようだ。
「極光大銀河系先生は?」
「私は5体までは不自由なく動かせます。複数を動かすのは、精密操作の問題ではなく、並列処理の問題ですけどね」
「精密操作と並列処理? どう違うのでござるか?」
けん玉を上手にやるのが精密操作、お手玉を沢山投げるのが並列処理と、そういうこと。
フィリアはどちらも得意であったが、並列処理よりは精密操作タイプらしい。
「某もよろしうござるか?」
「ええ、どうぞ」
千早が糸を握る。
クマさんは突進し、糸を引きちぎって動きを止めた。
ああ、うん(目そらし)。
「でも千早は、俺よりは物を壊さないよな」
マグナムもそうとう苦労しているんだなって。
「恐らく、千早さんはオンとオフのスイッチしか持っていないんだと思います。マグナム君は、オンオフのコントロールが緩いのでしょう」
「オンとオフ。天真会で、耳にタコができるほど言われたゆえ」
「なるほど、俺はオンにしても三倍程度。子供が大人の力を出すぐらいだったから、コントロールの必要がなかったのか」
それが最近、成長期で。
5人力とか10人力になったせいで、物を壊すようになっちゃったと。
「その倍率なら、マグナム君はオンオフのスイッチは必要ありませんね。二人とも、今後は絞ったり緩めたりのコントロールをしていきましょう。で、ヒロ君は……そもそも『練る』が分からないって? そんな人初めて聞きました」
記憶喪失()なもので。
「死霊術師なんですよね。幽霊の同時使役はできますか? 何体? 言えるなら、でいいけど」
「現状、4体? は、確実にいけます」
「この間の塚原先生との対決を見ましたけど、4体を完璧に使いこなせてるってことでいいのよね?」
何か抵抗あるなあ。4「体」を「使いこなす」って。
まあ俺も「4体」って表現するけどさあ。4「人」というのも何か違う気がするし、2人と1匹と1振とか、もうワケ分からないし。
でも、「使いこなす」って。人形じゃないんだから。
「真壁先生との勝負を思い起こせば、熟練の小隊以上に使いこなせると見てよろしかろう」
考えている間に、千早が代わりに答えてしまった。
「それなら、私よりは精密です。並列処理もできているのでしょう、それも4体以上。なら大丈夫じゃないですか?……まずは糸を持って。で、ぬいぐるみを動かしてみてください」
ちょっとは動いた。でも、それっきり。
銃を持ったときのへろへろ弾と似たような雰囲気。
「うーん。じゃあ、こっちを試してみて?」
糸につながっていないぬいぐるみが置かれる。極光大銀河系先生本来の「得物」だが。
……こちらはぴくりとも動かない。
「先生、糸なしと糸ありはどう違うのでござる?」
「糸ありは、霊能力者なら誰でも霊力を伝えることができます。糸なしの方が、通常ならば難しい。ただ、一応は試してみようかと」
某国民的ロボットアニメに喩えると、有線サイコミュと無線サイコミュってわけね。
極光大銀河系先生の能力が、心の底から理解できた。
理解はできたが実践はできず頭を抱える俺の前で、糸なしのクマさんがぴょこんと動いた。
「できました。……先生のぬいぐるみは、杖や銃と同じ原理ということで良いのですね? 霊気の糸を自分から伸ばして、霊力を送り込むようなイメージですか?」
「そのとおりです! やはりコントロール能力が高いですね、フィリアさんは」
「銃と同じじゃあ、今のヒロにはぬいぐるみは使いこなせそうに無いなあ」
「まこと、さようにござるな。ヒロ殿は、幽霊をいかにして使役しておるのでござるか?」
契約を交わした幽霊とは、一種の念話ができると。
だから会話により意思を交換し、指示を伝える旨、伝えた。
最近では、指揮を幽霊の一体に任せることも多い……と、告げたところが。
「指揮を任せる!? 使役対象に!?」
「どういうことでござる!?」
フィリアも千早も大声を挙げ、目を見開いていた。
俺はどうやら、そうとうまずいことを言ったらしい。
「大きな戦略は俺の指示だよ! そこは譲ってないから! ただ、刀を抜いて、幽霊と俺で組んで小隊戦闘をする時に、指揮を任せてるんだ」
「ああ、大将が指揮を副将に任せて突撃するようなイメージですか。大きな所だけあらかじめ自分で決めておいて」
「人間と全く同じでござるな。口を使うか念話を使うかの違いのみ」
そうそう、そんな感じ……と、気楽に答えたつもりなのに。
皆さま思考の海に沈んでしまう。
「霊気を練らずに使役、ですか。せっかく相談しに来てくれたんですし、私の方でももう少し調べてみます」
宝玉帝冠・極光大銀河系先生が申し訳なさそうな顔をしていた。
すみません、おかしな異世界人で。
「私には分かんないな。まだ子供なのかもね」
予算要求を眺めながら、ローシェ会長が口にする。
「私はありだと思いますよ」
会計のセレーナ・ウルバーニが応ずる。
「意外だな。セレーナはお堅いと思っていたが。私は許せぬ」
風紀委員のヨランダが声を上げる。
「おい、これ過大じゃないか?」
「「どれどれ」」
予算審議のお時間である。
学園の生徒会は、完全分業を採用しているわけではない。役職名はともかく、仕事はみんなで分担する。
「副会長の見解を質したいところだね」
「知っているぞ。こういう時、男は何も言わない方がいいんだ。下手な答弁をしたら吊るし上げを食う」
「いいからさ、ほら。会長命令だよ!」
ここまで交わされているのは、予算のお話ではなくて。
マルセル・デュフォー周りのアレであった。
「男の立場で言わせて貰えば。決闘で決まったことなら、『この話はそれでおしまい』だ」
「微妙に逃げてるねえ。『恋か家か』を聞いてるのだよ、ヘルブラントくん」
「かまととぶって真っ先に逃げた会長には言われたくありませんなあ」
「ひど~い。って言えばいいの?」
「カルヴィンはどうだ?」
まだるい展開が苦手なヨランダ。
適任者を選んだつもり、だったのだろう。
「悩ましいところだな」
「これは意外。カルヴィンみたいな単純バ……いや、一本気で信仰心の堅い男なら、許せん!って言うかと思っていたぞ」
「恋でもしてるのかもしれませんよ」
セレーナさん、それ爆弾なんですよ。
「な、何を言うか。騎士道物語だって、恋と道徳の板ばさみに悩む話はいくらでも出てくる! それを思うと、悩ましいだろうなと言ってるんだ!」
アイリンがちらりとカルヴィンを見た。
そのさまを見た俺と、アイリンの視線が重なった。
……やっぱり、言っておかないと。
「いいからさ、仕事しようぜ」
シンノスケの言葉に促され、全員が再び各部の予算要求書に目を落とし。
そして帰り道。
口も重ければ動きもゆっくりなアイリンに、少し離れた最後尾を歩く少女に話しかけた。
「カルヴィンの件ですが」
足を止めた彼女に、事情を全て告げれば。
11月の乾いた大気に響き渡る、平手打ちの音。
遅れて痛みがやって来た。
これぐらいは、当然の報いだ。
しかし相変わらず「起こり」が見えない攻撃だな。
泣きながら背を翻して走っていくアイリンの後姿を見ながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。
「貴様、アイリンに何をした!」
カルヴィンからは鼻っ面にグーパン。
これも当然の報いだ。
「痛っ!この石頭、いや鉄面皮め!」
骨の固さも20%アップしていたようで。
それにしてもカルヴィン、やっぱお前は締まらないなあ。
「何をした!言え!」
当然の報いかとも思ったが、お前のせいでもあるんじゃないかと思い始める。
カルヴィンの言葉に腹が立ってきた。
「お前がそれを言うか!」
言い終える前に、カルヴィンの姿が視界から消えていた。
シンノスケとヘルブラントが間に立ち塞がっていた。
「学園内では暴力は禁止。分かってるだろう、カルヴィン?」
「何があったかは知らんが、ヒロは弟弟子だ。ここは抜かせない」
浄霊師シンノスケ、塚原道場に所属する2年生である。
刀に霊気を纏わせて、刀身を保護しつつ威力を底上げする戦い方をする。
霊弾を投げるカルヴィンとはほぼ互角の腕前だろう。
ローシェがアイリンを追う。
足も遅いアイリン。すぐに追いつくんだろうな。
足が遅いと言えばセレーナもこの場にとどまった。
俺の反撃を警戒したヨランダと共に。
申し訳ないがその警戒は必要ないんだ、先輩。
この場には残らない方がいい。
案の定。
俺の方を見ていたヨランダが視線を逸らした。
背を向けて、カルヴィンの押さえに回る。さすが要領いいっすね。
ヨランダが逸らした視線の方角とはつまり、俺の背後で。
そちらから巨大な気の塊が迫るのを感ずる。霊能なんかなくても分かる。
憤激。水底まで凍てつかせる氷山のような。
嚇怒。天を沖いて煮えたぎる溶岩のような。
脾臓に杖が押し当てられる。
首筋に棒が差し伸べられる。
「さて」
「申し開きを」
「言えない」
なけなしの勇気を振り絞ったのに。
「今、何と?」
「聞こえぬ」
ああ、俺は異世界に来てしまったんだなって。
いや、地球でもそうなんだろうか。知らぬまま転生して来たんだ。
「アイリンさんの許可が無ければ、言えない」
それでも男の子には意地がある。
言えないものは言えないのだ。
「二人だけの秘密ですか」
「おとこ気を奮うべき事態でござると」
いや、そういうわけじゃあないんだけど……。
「さっきはごめんなさい、ヒロ君……」
ローシェに連れられて戻ってきたアイリンの目には、理性の光りが戻っていた。
「二人とも、許してあげて……。ヒロ君は、悪くないの……」
そう言えば、ふつうは許してもらえるのが女の子……だと思っていたのですが。
「アイリンさん、事情を聞かせてもらえますね?」
アイリンが目を逸らす。俯いている。
「それでヒロ殿を許せとは、少々虫が良い物言いではござらぬか?」
頼むから先輩を脅すなよ。
ローシェとセレーナまで必死に寄り添ってるじゃないか。
真相(女装事件)を聞いた二人から、霊気が解放されていった。
新都の夕暮れ空へと。
「バカバカしい話でござる。何も手を上げぬでも」
「気持ちは分かりますが、平手打ちは」
そうそう、落ち着いてアイリンさん……え?違う?
「なにゆえ黙って殴られるでござるか、ヒロ殿は」
懐紙を取り出した千早。鼻血を拭う。
「全くです」
打たれた左頬を確認するフィリア。
ふたりとも優しいところあるんだなって。
「まあ、気持ちは分からないではありませんが」
「さよう」
泣きそうですよ俺は。
「平手打ちではなく必殺の一撃であったらいかがする」
「そうです。拳ではなく剣を抜かれていたら」
泣くに泣けないんだなって。
「男子~、解散」
「事情が解りました。ヒロ君は悪くありません」
「カルヴィンが悪い!カルヴィンの分際で、見るべきものを見ずに余所見とは。愚か者が!」
「何だと!? アイツが悪くなくて俺が悪い? そんなことがあってたまるか! 本当に何も無いんだな、アイリン。じゃあなんであんなことを……」
赤くなるアイリン。
「おい、どうした。何かされたのか?」
「……バカ!……」
そぶりも見せずに、いきなりの……関節技。
腕をねじ上げ肩を極め、首を締め上げる。
「痛い痛い痛い! やめろ! やめてください!」
ずいぶんと密着してる。いろいろなところがいろいろなところに当たっている。
うらやましいヤツめとか思わないでもないが、カルヴィンの苦悶の表情と脂汗を目にするうちに、そんな感想も消し飛んだ。
白目を剥き、口から泡を吹き出して気絶するカルヴィン。
「……バカ」
もう一度口にしてひょいと背負い、歩き出すアイリン。
足取りが軽い。案外力持ちだった。
あの、暴力は禁止では。
「これは正当な行動でしょう」
「さよう。女子は許されるでござる」
「1年生諸君も分かってきてるね、学園のルールが」
「これは許されなければいけませんよね」
スイーツ(笑)
いや、笑えないって。フィリアに千早なんだぞ?
男女平等! 差別反対!