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第四十六話 人形の家 その3

 


 「姉さま、紹介状をありがとうございました。オットー・マイヤー工房にもミーナさんにも、喜んでもらえました」 


 「私達としても、腕のいい職人さんが増えることは喜ばしいですから。ちょうど良かったわ。3人に……いえ、ヒロさんにお話が来ているの。どうなさいます?」


 正直、油断していた。


 「『どう』とは、どのような意味でしょうか、ソフィア様?」

 

 机の向こうでソフィア様が浮かべていたのは、複雑な笑顔。


 「会いたくなければ、断っても構いませんわ?」

 

 ……なんとなく飲み込めたけれど。


 「『会って欲しい』と。そういう意味でよろしいでしょうか?」


 「そうしていただけると、嬉しいですわね」


 どこまでも社交の表情と口調を貫くソフィア様。

 「そういう案件」……社交上の「つきあい」で持ち込まれた話であり、できれば断りたくはない。だが一方で、直接の部下というわけでもない俺に、命令できる筋合いの話でもない。

 ならば。


 「レディからのご依頼に否やを示すかのような振舞いを致しました。不躾をお許しください。喜んで承ります」


 どうにも締まらない、自分でも分かっている。

 噴き出して、フィリアはお澄まし顔。


 「では、私も。……姉さま、私たちはいかがいたしましょう?」

 

 「では、某も」


 嫣然と微笑み、無言で小首を傾げる千早。

 何も分からぬ体。

 

 「私にも判断が付きませんのよ、フィリアさん、千早さん」

 

 にっこりと俺のほうを見るソフィア様。

 「紳士に判断をお任せすれば、万事問題ありませんわね」とお顔で告げている。

 

 この調子では話が進まない。さすがに勘弁して欲しい。

 結局最初に音を上げるのは、俺なのである。


 「申し訳ありません! お詫びしますからやめてください! いつもの調子でお願いします!」


 「もう少し頑張りましょうよ」

 「こらえ性がござらぬなあ」 

 

 笑いが収まったところで、どうにか質問の糸口を掴み。

 

 「社交上のお付き合いのある方から、『死霊術師(ネクロマンサー)』に依頼したいことがある、ということですよね? できることであれば承ります。ただ、とても受けられないような……何と言いますか、例えば不道徳なお話で、話を聞いてからでは断れないような……そのような案件ですと、困ります。」


 まだ言葉を飾る口調が抜け切らないけれど。

 要はその、暗殺は勘弁な、と。そういうことだ。

 

 「その心配はありません。『そういう話』を持ち込まれる方ではありませんから。ほら、A夫人。ヒロさんもご存知でしょう?」


 その人ならば知っている。不道徳なことなど、「その言葉すら聞いたことが無い、概念すら知らない」ぐらいのお嬢様育ちで、そのまま結婚されたような方だ。ソフィア様の言う、「間抜けなお姫様」である。良い意味で。



 しかし千早は憂い顔。


 「そういう『お姫様』に限って、悪気もないまま殿方に重荷を負わせるものでござろう?」


 貴族の迷惑ぶりは、貴族自身には分からないものなのである。

 

 「『力でごり押し』ができるのにためらいますしね、ヒロさんは。……一応、聞いておきます。捌ききれないような重荷を押し付けられたときはどうしますか?」


 そして始まる、フィリア先生のケーススタディ。


 「いや、それは出来る限りは努力して、あとは周囲に協力を求めたり、ダメなら一部でも結果を持ち帰るとか……」

 


 「フィリアも参加するということで決まりですね?」


 柳眉を逆立てたソフィアさまからの痛烈なダメ出し。

 恐ろしくとも、にめげていてはいけない。

 聞くは一時の恥、聞かぬは一命の危機。


 「後学のために伺いたいのですが、どうすべきなのでしょう?」



 「重荷は粉砕すべきでござる。ヒロ殿ならば、腰のもので一刀両断。比喩ではござらぬぞ」


 「で、成果は自分で独り占めし、依頼主への交渉材料にします」


 千早もフィリアもキツイこと。


 「後ろ暗い部分は、全て依頼主に押し付けることです。本来依頼主が負うべき責任。きっちり押し付けるのも義務ですよ」


 ソフィア様!?

 

 「もし、依頼主がその責任から逃げたら……?」

 

 俺の問いには答えがなくて。

 代わりに皆さまその視線を朝倉に注いでいた。


 そういうことか。殺し屋のノリね。

 中世とか近世って、いや、この王国(キングダム)とは、そういう社会なわけね。


 「理解いたしました」


 「理解しただけでは駄目なのです」

 「義を見てせざるは勇無きなり」

 「徹底することです。容赦は、復讐の芽を残すことは、自他双方の為になりません」


 やっぱりソフィア様が一番恐ろしい。

 


 「心根は悪くないが、『芯』や『覚悟』が感じられぬ……ギュンメル伯は、そうおっしゃっていたそうですね」

 

 萎縮する暇すら与えられない。

 そのまま切り込んで来るのだから。

 

 「本件はヒロさんが責任者。お目付け役ではありません……フィリア、千早さん。二人は社交令嬢の如く振舞って構いません」

 

 ……よろしいですか、ヒロさん?


 「一番足りないと思われていた『技』の部分では、長足の進歩を遂げています。『体』は、もともとしっかりしている。あとは『心』です。焦ることはありませんが、責任を取る、上に立つ。下の者を守る。そういう意識を持つようにしてください」

 

 懇切なるご指導に感謝の意を込め、最敬礼。

 ほかにできることなど、思いつかなかった。


 「心いたします」


 大きく頷くでも、叱咤するでもなく。

 意外にも、ソフィア様が浮かべていたのは複雑な笑顔で。


 「これまでの経験では、女の私に、若い私にここまで言われたら、誰でも多少は反発してきたのですが」


 そう言えば同い年だったよなあ。俺(中身)とソフィア様。


 

 「腑抜けと言われても仕方ござらぬ」 

 「ところが行動を起こす段になると腑抜けではないから、扱いに困るのです」

 「塚原先生を相手取って、迷わず真剣を抜き放ったでござるしなあ」


 フィリアと千早のやりとりに、再びソフィア様が首を傾げた。

 

 「男性というものは、私達にとっては永遠の謎なのかもしれないですね」


 理解を諦めた?

 いや、判断・評価はペンディング、と。

 それならば。


 「猶予いただいている間に、励みます。まずは今回の件」

 

 「きっちり理解はしていますね。やっぱり謎だらけ」 

 

 

 そうこうしているうちにもA夫人がネイト館にご到着の旨、先触れの報せが入り。

 あたふたと準備に追われ……たのは俺ひとり。さすが皆さま要領が違う。


 「ヒロさんとこうしてお話しする機会をいただき、感謝いたします」

 「いえ、ちょうど館に滞在しているところでした。私は何もしておりませんの」


 おほほほほ。


 「実はね、ヒロさん。私の親戚が、あなたのお噂を耳にしましたの。武功もお持ちの、優れた死霊術師(ネクロマンサー)だと」


 「あら、どなたですの?」


 A夫人に気づかれぬよう、こちらに目配せを送ったソフィア様。

 こういうことには敏感にならなくてはいけないらしい。


 「ソフィア様もご存知の、デュフォー夫人ですわ。息子さんを亡くされた上に、ここのところ、心無い噂に苦しめられていらっしゃる……」



 「傷ましいお話ですね。そのような時に心無い噂を立てるなど、情に欠ける行いだと思います」

 

 紳士としては、同情を示さなくてはいけないところであった。

 そして同情を示せば依頼を受ける事になる、と。

 相手が意図していないだけにやっかいなんだよなあ。


 待てよ? デュフォー夫人?


 「お話だけでも聞いてあげてくださいます?」


 ままよ、乗りかかった船だ。


 「ええ、私に話をなさることでお気持ちが軽くなるならば、喜んで」


 当座、依頼があるとは知らぬ体。

 ……とは、いかないだろうな。


 「デュフォー夫人、気鬱になってしまわれて。お宅を訪問された方まで噂になってしまわれるのが心苦しいからと。ご夫婦でこちらに伺いたいとおっしゃっていましたわ」


 死霊術師(ネクロマンサー)が出入りしていたという噂を立てられたくないような案件か。

 こりゃあ厄ネタだ。


 「まあ、それでは気晴らしをしていただけるよう、私も支度しなくては!」


 うまくまとめるなあ、ソフィア様は。


 ともかくデュフォー夫人が、俺に、恐らくはヴァンサン絡みの厄ネタを持ち込む。

 そのためには間にA夫人を立て、ソフィア様をも立てる必要があると。

 

 「間に立った人間は、こういう場合、巻き込まれるものなのですか? 運命共同体と言うか、……その、共犯関係と言うか」


 A夫人ご帰宅後の、ミーティング。

 すぐにも、そんな質問をせざるを得なくて。


 「デュフォー夫人あるいはデュフォー男爵は、そのつもりなのでしょう。A夫人は、分かっていらっしゃらない。ただ、『善良で間抜けなお姫様』は、なぜか逃れることができる。そういうものなのです」


 演劇の話でもするかのように、ソフィア様がおどける。


 「メル夫人は、責任から逃れるか、巻き込まれるか、はたまた主導権を握ってデュフォー夫人を押さえ込むか。どうなることでしょう? ご夫婦でおいでになるならば、アレクサンドル将軍閣下の出方も気になるところですわね」

 


 「で、否応なく巻き込まれる、走狗のヒロ殿は如何なさる?」


 千早はこの種の話を特に嫌悪する。自分の手を汚さずに庶民(家名を持たぬ者)にツケを回そうとするやり口を。


 千早がメル家に、フィリアにくっついている理由は単純明快。

 メル家は、フィリアは、自ら血を流し血しぶきを浴びるからだ。



 「死霊術師(ネクロマンサー)の取引は公正(フェア)なもの」


 ソフィア様がギュンメル伯の言葉を引用したことで思い出した。

 ギュンメル領、馬市の宿屋で口にした冗談を。これは使える。


 「等価になるよう、貰い受けねばならぬのです」


 というのは、どうでしょ?


 「暗殺の依頼をためらわせる、ですか。ヒロさんらしいひらめきですね。私には思いつきそうにない」


 フィリアがため息をついていた。

 俺もやればできるじゃないの。


 「重荷は粉砕する前に、背負い込まない。交渉材料を作っておく。後ろ暗いことは、押し付けあう前に持ち出させない。……のでは、やっぱり覚悟不足でしょうか?」



 「多少見積もりが甘いところはありますね。相手にそれを納得させるだけの気魄は必要ですし、いざとなれば行動する必要はあります。絶対に」


 ソフィア様から釘を刺された。五寸どころか七寸はありそうな太い釘。

 調子に乗りました。サーセン。


 「……しかし、悪くはない。未然に防ぐほうが上策です。『力でごり押しできてしまう』のも考え物ですね。視野が狭くなっていたかも」

 


 「(それがし)は常々、同じ小言を言われているでござるよ」


 「千早さんとメル家は、相性が良いのかもしれませんね」


 そのコラボは、少々その。

 いえ、素敵なお話ですよね分かっておりますとも。




 数日の後。

 案の定、ネイトのメル館でホームパーティーが開かれた。

 メル夫妻、A夫妻、デュフォー男爵夫妻と、俺達3人が参加して。

 俺はフィリアの側近として貴族社会に顔出しをしているわけなので、フィリアの同席は必須なのだ。


 初めのうちは、いつもの社交の雰囲気……とも言えないか。お悔やみから入るのだから。


 思えば嫡男を、後継ぎを亡くしたんだよな。デュフォー男爵夫妻は。

 いやいや、過分な同情は禁物だ。決闘の上ならば、これこそまさに自己責任。俺だって、背負いきれない重荷を背負うわけにはいかないのだ。


 図ったわけではあるまいが、デュフォー男爵がこちらを見た。


 「ヒロ君、君は若いのに武功を上げたと聞いている。見事な腕前をお持ちだそうだね。話を聞かせてはもらえないか?」


 何も知らぬA夫人は眉をひそめる。


 「まあ、嫌ですわ、そんな話」


 A氏は、勘付いてしまう。

 何も知らないほうが逃げられる……その意味が、そこはかとなく知れるような。


 「メル家は武門の家柄、そういうことを言うものでもないよ。……とはいえ、ご夫人方に聞かせる話でもありますまい。ここは男同士、いかがでしょう。実は私も少々退屈しておりまして」


 「まあ、あなたったら」


 「では、武骨な男共は一時退場します。談話室にどうぞ」


 これぞ予定調和、アレックス様のご案内に従うのでありました。



 「ヒロ君、ぜひ頼みたい仕事があるのだ。死霊術師(ネクロマンサー)の君に」

  

 「死霊術師(ネクロマンサー)としての私に、ということであるならば。申し上げなければならないことがあります」


 ……朝倉、霊気を頼む。


 「死霊術師(ネクロマンサー)の取引は公正(フェア)なもの。等価になるよう、貰い受けねばならぬのです」

 

 ちょっと芝居がかりすぎたかなあ……と思いきや。

 A氏とデュフォー男爵が硬直しているところを見るに、間違ってもいないらしい。


 扱いやすい若僧だと思っていたのだろう。そうとしか見えないこと、自分でも分かっている。

 だが今の俺は、朝倉の霊気のおかげで寒気がするほど不気味に見えている、はず。だよね?

 ダメ押ししとくか。


 「割引きはできぬのです。私がどうこうする以前に、『依頼者に返る』。そういうものなのです」


 嘘八百。

 でも霊能もののマンガとかで、そんな話をよく聞くような。呪い返しとか。

 

 

 「私の命に代えても、か。その覚悟を問われるのか」


 その反応は予想外だった。

 息子を亡くした人に、さらに心痛をかけてしまっている。

 悪いことしたか……いや、違う。復讐を諦めさせないと。決闘だったのだから。遺恨を残してはいけないのだ。


 「誰になるかも、分からぬのです」 


 「妻か、次男に『返る』と!?」


 「残念ながら、そういう事例もあるようです」


 「デュフォーよ、あの件は決闘だったのだ。マルセル君のことは残念だが、恥ずべきところのない生き様だったとは言えないかね?」


 私もそう思いますよ、Aさん。


 「そもそも本題は、そちらではないだろう?」


 なんですとー!?


 「あ、ああ。恥を忍んで申し上げる。実は、マルセルとヴァンサンが決闘した後、マルセルの短剣がなくなっていたのだ。ヴァンサンが、あるいはノーラが持ち去ったに違いない。……あれは先祖が、早世された時の王太子殿下から賜ったもの。代々嫡男の懐剣として受け継いできたのだ。あれだけは、取り返さねば。王室への忠誠の問題になる」


 なるほどねえ。そういう話なら……。

 いや待て、短剣を取り上げようとすれば、それは争いになるわけで。

 結局殺せと言ってるんじゃないですか!

 でも殺せとは言ってないし~ってかい?

 汚い、さすが貴族汚い。


 いや待て、「覚悟を決めよ」、「力でゴリ押し」か。

 ただ短剣を取ってくるだけなら、どうとでもやりようはある。

 ヴァンサン・ビガール、勝てない相手でもないはずだ。


 と、さんざんに悩み抜いたことを誤魔化すには、やっぱり言葉少ないほうが……


 「それでしたら、お引き受けできるかと」


 デュフォー男爵の顔が動いた。

 上手く乗せてやった。と、そういう気持ちを抑えようとしている顔だ。

 これはしてやられた、間違いない。

   

 「相手は武術大会優勝者、ヴァンサン・ビガールだぞ、ヒロ」


 アレックス様が初めて発言した。

 なぜ?

 いや、そんなことはいい。

 とにかくやられっぱなしではいけない。「舐められたら終わり」だった。


 「私も大会を見ていました。あの程度であれば、後れを取ることはありえません」


 気負わず、さらりと。

 亡くなったマルセルをディスってるようで申し訳ないが、ここは一発かます必要がある。

 

 「聞くまでも無かったな」


 アレックス様も、さらりと。

 で、付け加えるに殺し屋のノリ、と。


 「繰り返しますが、死霊術師(ネクロマンサー)の取引は公正(フェア)なもの。情報は隠し立てせず、全て提供をお願いいたします。また、依頼に嘘があった場合には……」


 朝倉、もう一度霊気を頼む。


 「いえ、男爵閣下が嘘をつくなど、ありえぬことでした」


 これだけ脅しときゃ大丈夫でしょ。

 今の俺、眉毛の太さが5倍ぐらいになっているんじゃないかなって。



 パーティーが終わるや、どっと疲れが出たけれど。

 

 「『舐められたら終わり』。『相手にとっても不幸だ』。意味が分かってきた気がします」


 「そういうことさ。霊気の出し入れ、よかったぞ」


 アレックス様の顔は、満足げであった。


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