表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/1237

第四話 神官 その3


 「まだ少し、心配ですね。」

 おかみさんのことです、そう司祭は言う。フィリアさんにも伝えてください、と。

 「お二人の若さでは、そういったケアについては、どうしても難しいところがあります。それでも、今日のような交流は、非常に良い。時々会話して、様子を見てあげてください。ベンさんにもお話しして、時々様子を見てもらうようにしてください。」


 こちらは食事に夢中で、時々おしゃべりに気を使うぐらいであった。

 さすがに見るところが違うものだと、感心というのも失礼な話だが、感心しながらフィリアに司祭の言葉を伝えたところ。


 「私は、ご主人の方が心配です。」


 フィリアからはそう来たものだ。ほとほと感心する。いったいこの子はどういう教育を受けてきたのだろう。

 彼女も、けっこうな量を勧められていた。それでおかみさんと会話を弾ませつつ、観察していたのがおやじさんの方だったとは。

 

 「今日の交流も、ご主人が奥さんに勧めたものだそうです。あの方は、かなり繊細です。奥さんが元気を取り戻すまでは、『自分が支えなければ』と考えて気を張っていると思いますが、奥さんが元気になって、ひと段落した後、どうなるか……。何事もなければ、もちろん良いのですが。司祭さまは、ご主人をどう見ていらっしゃいましたか?」

 

 「きこりを兼業している農家で、村一番の力自慢。豪快な方だと思っていました。愛妻家ではありましたが、繊細とは……。いや、私には見えないところが見えているのかもしれません。そこはフィリアさんにお任せします。」


 そうフィリアに伝えると、自分も何か発言しなくてはいけないような気がしてきたが、口をついて出てきたのは、的外れなこと。


 「あの、食事をご馳走になってしまって、今後も交流するとなると、費用負担は大丈夫なんですか?この村の、それとあちらのお宅の経済状況と言いますか……。」


 何も考えずに、腹いっぱいに食事だけしていた後ろめたさが丸出しである。

 ただ、トマスの家の、この村の、そしてこの国の経済状況が分からないことも、確かなわけで。


 「ギュンメルを含む北方三領は、悲しいことかもしれませんが戦争景気と言える活況で、農産品の需要も高いです。南では新都の建設・拡大も続いていますから、木材価格も高値で安定していますね。この村では、子供たちが満足に食事をすることができます。」

 とのお答え。少し安心した。



 「それはそれとして。」

 フィリアが口を開いた。

 「浄霊術(エクソシズム)の件ですが。」


 ……覚えていらっしゃいましたか。子供でも女性は女性なんだなあ。

 ため息をつきたくなる。ため息をついたら火に油、ということぐらいは何となく感じられるので我慢しているが。


 「司祭さま。」

 良かった、ほこ先はそっちか。

 「私には言えない事情がある、と。そういう理解でよろしいのですね?」


 何と言う鋭さか。女性だからというだけではない。教育のおかげというだけでもない、この子は元からして、とんでもなく賢いのだ。

 

 ヨハン司祭を振り返る。

 司祭は、一歩、右に移動した。


 「分かりました。司祭さまのご配慮として、承ります。」


 フィリアはあっさりと引き下がったが……。

 その移動、暗号ですよね?

 

 「すみません、ヒロさん。」

 ヨハン司祭が頭を下げた。


 昨日、フィリアと二人で別室に入った時に、提案されたものだそうだ。

 フィリアとしては、司祭が俺と契約してはいないか、俺に操られたりしてはいないか、確認しておく必要があると考えたのだ。

 それで、教会の中でも最も神聖な一室に入り、右へ移動すればYES、左へ移動すればNOという、YES-NO方式で司祭の信仰を確認し、併せて今後の意思疎通の手段にしたというわけである。

 霊の存在を感知する、あるいは「存在を見る」ことだけならばできる、フィリアならではの知恵であった。

 

 「フィリアさんを責めないでください。」


 「それぐらいに、死霊術師(ネクロマンサー)は、忌み嫌われているのですね。」

 自分でも声が沈んでいるのが分かった。


 「忌み嫌われているという以上に、畏怖されているのです。情報が少なすぎるのです。霊と死霊術師(ネクロマンサー)の関係は、まだまだ未解明なのです。我々神官としては、いえ、おそらく教団全体として、死霊術師(ネクロマンサー)とどう向かい合っていくべきか、手探りの段階なのです。」


 めぐり合わせとは言え、教団の下っ端であるフィリアに、その判断をさせているというわけか。

 これはマズイのではないか。

 そう、司祭に話を向けたところ。


 「まず大丈夫でしょう。フィリアさんが教団に持ち帰るヒロさんの情報には、大きな価値がありますから。弾劾されるようなことはないでしょう。ちょっとした非難があったとしても……大丈夫です。その点の心配は、必要ありませんよ。」

 との、やけに確信を持ったお答え。信ずるしかなさそうだ。


 それからしばらく、何事もない日が続いた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 登場人物が大体 聡明で賢く、安心できる人々なこと。 (「大体」で「全員」ではないのは初にあったベンさんは賢いかは(早とちり、人の話を聞かないなどで)ちょっと怪しいけど、と思ったので) で…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ