第四話 神官 その3
「まだ少し、心配ですね。」
おかみさんのことです、そう司祭は言う。フィリアさんにも伝えてください、と。
「お二人の若さでは、そういったケアについては、どうしても難しいところがあります。それでも、今日のような交流は、非常に良い。時々会話して、様子を見てあげてください。ベンさんにもお話しして、時々様子を見てもらうようにしてください。」
こちらは食事に夢中で、時々おしゃべりに気を使うぐらいであった。
さすがに見るところが違うものだと、感心というのも失礼な話だが、感心しながらフィリアに司祭の言葉を伝えたところ。
「私は、ご主人の方が心配です。」
フィリアからはそう来たものだ。ほとほと感心する。いったいこの子はどういう教育を受けてきたのだろう。
彼女も、けっこうな量を勧められていた。それでおかみさんと会話を弾ませつつ、観察していたのがおやじさんの方だったとは。
「今日の交流も、ご主人が奥さんに勧めたものだそうです。あの方は、かなり繊細です。奥さんが元気を取り戻すまでは、『自分が支えなければ』と考えて気を張っていると思いますが、奥さんが元気になって、ひと段落した後、どうなるか……。何事もなければ、もちろん良いのですが。司祭さまは、ご主人をどう見ていらっしゃいましたか?」
「きこりを兼業している農家で、村一番の力自慢。豪快な方だと思っていました。愛妻家ではありましたが、繊細とは……。いや、私には見えないところが見えているのかもしれません。そこはフィリアさんにお任せします。」
そうフィリアに伝えると、自分も何か発言しなくてはいけないような気がしてきたが、口をついて出てきたのは、的外れなこと。
「あの、食事をご馳走になってしまって、今後も交流するとなると、費用負担は大丈夫なんですか?この村の、それとあちらのお宅の経済状況と言いますか……。」
何も考えずに、腹いっぱいに食事だけしていた後ろめたさが丸出しである。
ただ、トマスの家の、この村の、そしてこの国の経済状況が分からないことも、確かなわけで。
「ギュンメルを含む北方三領は、悲しいことかもしれませんが戦争景気と言える活況で、農産品の需要も高いです。南では新都の建設・拡大も続いていますから、木材価格も高値で安定していますね。この村では、子供たちが満足に食事をすることができます。」
とのお答え。少し安心した。
「それはそれとして。」
フィリアが口を開いた。
「浄霊術の件ですが。」
……覚えていらっしゃいましたか。子供でも女性は女性なんだなあ。
ため息をつきたくなる。ため息をついたら火に油、ということぐらいは何となく感じられるので我慢しているが。
「司祭さま。」
良かった、ほこ先はそっちか。
「私には言えない事情がある、と。そういう理解でよろしいのですね?」
何と言う鋭さか。女性だからというだけではない。教育のおかげというだけでもない、この子は元からして、とんでもなく賢いのだ。
ヨハン司祭を振り返る。
司祭は、一歩、右に移動した。
「分かりました。司祭さまのご配慮として、承ります。」
フィリアはあっさりと引き下がったが……。
その移動、暗号ですよね?
「すみません、ヒロさん。」
ヨハン司祭が頭を下げた。
昨日、フィリアと二人で別室に入った時に、提案されたものだそうだ。
フィリアとしては、司祭が俺と契約してはいないか、俺に操られたりしてはいないか、確認しておく必要があると考えたのだ。
それで、教会の中でも最も神聖な一室に入り、右へ移動すればYES、左へ移動すればNOという、YES-NO方式で司祭の信仰を確認し、併せて今後の意思疎通の手段にしたというわけである。
霊の存在を感知する、あるいは「存在を見る」ことだけならばできる、フィリアならではの知恵であった。
「フィリアさんを責めないでください。」
「それぐらいに、死霊術師は、忌み嫌われているのですね。」
自分でも声が沈んでいるのが分かった。
「忌み嫌われているという以上に、畏怖されているのです。情報が少なすぎるのです。霊と死霊術師の関係は、まだまだ未解明なのです。我々神官としては、いえ、おそらく教団全体として、死霊術師とどう向かい合っていくべきか、手探りの段階なのです。」
めぐり合わせとは言え、教団の下っ端であるフィリアに、その判断をさせているというわけか。
これはマズイのではないか。
そう、司祭に話を向けたところ。
「まず大丈夫でしょう。フィリアさんが教団に持ち帰るヒロさんの情報には、大きな価値がありますから。弾劾されるようなことはないでしょう。ちょっとした非難があったとしても……大丈夫です。その点の心配は、必要ありませんよ。」
との、やけに確信を持ったお答え。信ずるしかなさそうだ。
それからしばらく、何事もない日が続いた。