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第四十五話 文化の秋 その6

 


 午後のステージ、3曲を無事に歌い終え……たのだが。

 ステージそのものは、無事には済まなかった。

 一部の輩が、マリア目がけて突進してきたのだ。


 近場にいた俺が、まずはマリアをかばってステージ中央に退避させ。

 アメフト選手3人分のパワーを持つ説法師・マグナムが舞台下に飛び降りて、「ちぎっては投げ」をし始めた。

 ちぎられたのは「ヤカラ」だけではなく、マグナムの衣装もまた然り。

 これを見た一部女子が、マグナムに突進。

 そりゃあね、千載一遇のチャンスだとは思うよ?

 でもさあ。あのマグナムを見て近づく気になれるかね、普通。

 正直になると、女の方が怖いんだね。


 「そうね、自分でもそう思う。みんな、耳栓して?」

 俺の独り言を拾ったマリアが、マイクを手に取った。

 怒ってらっしゃる?感情をコントロールするのが得意なマリアが?

 ちょっと寒気がした。

 「共鳴」を使うのは分かるけど、何するつもりなんだ。


 底冷えのする恐怖は、一瞬で消え去った。

 マリアが大急ぎで耳を塞ぎ、姿勢を低くしたから。

 「え?」


 「静まれ!」

 観客席後方から響き渡ったのは、ジャックの「大音」。

 みんな一斉に倒れこむ。

 どうやら音圧でなぎ倒されたのではないようだ。さすがにその程度の加減はするか。


 「生徒会執行部からの注意だ!以後気をつけてくれよな!」

 ビリビリとセットを揺らして、響き渡る。

 俺達も客も、ほうほうの体で引き上げた。 


 「ジャック君のおかげで、助かった。」


 「そうかな、マリアの方が上手に収められたんじゃない?」


 レイナに対して、マリアが微笑を向けた。すこし苦味の浮かんだ微笑を。

 

 

 女装喫茶の騒動と言い、午後のステージの混乱と言い、やはり2日目のほうが、荒れ気味のようだ。

 

 ステージ後のこと。

 俺とシンノスケ、カルヴィンの3人が組んで、校舎の見回りをした。

 またぞろ何か言われるかと思っていたのだが、今のカルヴィンはそれどころではない。


 「熱心だな、カルヴィン。しっかり隅々まで見渡して。」


 「え、あ、当たり前だろう、シンノスケ。仕事なんだし。」

 面影を求めてしまう。あの人が学園の生徒であることは確かなのだから。


  

 見回りをしているカルヴィンは、案外とみんなの受けが良かった。

 「つまんでってよ。」

 「おい、どうした、機嫌よさそうじゃん。」


 単純熱血バカでイケメン、それなり以上の武術の腕、そして生徒会執行部の役員。

 普通に考えれば、高スペック。もてないはずがない。

 ああ、それなのに。


 校舎の一階に設置された、保健室にも顔を出す。

 「どんな調子?」


 「例年通り……。」

 「それなりに忙しいかも。貧血とか、疲労関係で来る人が多いかなあ。後は、厨房で切っただの、教室の飾りで怪我しただの。」


 「助かるよ、アンヌ。アイリンは口が重いからなあ。こっちからも報告。校舎の方は問題なし。」

 

 保健室内も、ざざっと見回すカルヴィン。

 「それじゃあ、いったん戻るか。次は外回りしてくる。庶務だし、いいだろ?」

 先頭切って、そそくさと出て行く。


 「カルヴィン、おかしい……。」


 「そうか?文化祭で浮かれてるのかなあ。」


 「さすが幼馴染だね~。ん?ああ、昨日教えてもらったんだよ。仕事は忙しいけど、おしゃべりする時間はたっぷりあるから。」

 こういうところは、さすがはアンヌとしか言いようがない。


 そのアイリンが、ちらりと俺を見た。

 幼馴染なら、言っておく方が良いか、な。 

 「「あの……」」

 かぶってしまった。

 お互いに、相手に譲ろうと口をつぐむ。


 「何やってんだか。ヒロもアイリンのテンポに合わせることないぞ。」

 

 その時であった。


 「すみません、怪我人が!」

 「はいどうぞ。どんな怪我?」

 「あの、腕です!はがれた飾り付けを直そうとして、転落したんです!」


 「折れてる……。」

 そう言いながら、素早く腕をつかみ、ゴキっと音をさせたアイリン。

 「これで大丈夫……。添え木……。」


 「忙しそうだし、じゃあ、俺達もこの辺で。行こうぜ、ヒロ。」


 アイリンを怒らせてはいけない理由が、ほのかに理解できたような気がする。

 動きの起こりがまるで読めない。



 「あれ?カルヴィン、先に帰ってたんじゃないのかよ。」 


 コスプレ喫茶の前にいたカルヴィンが、飛び上がった。

 「急に声をかけるなよ。いや、ここは見回ってなかったなと思って。もう済ませたから、大丈夫だ。」


 「コスプレかあ。女は化粧で化けるって言うし、知り合いでも分からなかったりして。」

 シンノスケさん、男も化けるんですよ。


 「そうか……コスプレだったんだよな。いや、分からないはずがない。見分けてみせる。絶対に。」

 20%増しの聴力が、搾り出すようなカルヴィンのつぶやきを、喧騒の中から拾い上げてしまう。

 

 

 文化祭本部に引き返す。フィリアと千早も、そこにいた。


 「演劇、見てきましたよ。」

 セレーナ・ウルバーニも顔を出す。

 「演目は変えてくれたみたいです。」


 「確かに、変えてはいるでござるな。」

 机の上にひょいと置かれたパンフレットを見た千早が苦笑した。


 その苦笑の意味が気になって、質問した。  

 「どんな話?」


 フィリアが説明してくれた。


 「普通の」結婚、要は家同士の都合で結婚し、幸せな家庭を築いていた夫婦の物語。夫は妻に敬意を払い、家庭の共同経営者として尊重もしている。

 そんな中、家の使用人が恋愛問題を起こし、裁定を下す過程で妻が「恋愛とは何か?」を意識し始める。そして夫に愛人がいることが判明し……。

 

 「風紀的にはこっちの方がマズイんじゃないの?ドロドロしてそうだし。」


 「こっちの方が、まだセーフかなあ。」

 ローシェが説明してくれた。

 「原作は、『浮気はいけません』『それでも夫は信用しましょう』『家庭を大切に』ってテーマで、最後は再び夫婦の信頼を取り戻すってお話だから。」

 

 「本当にそういうお芝居だったんですか?」

 フィリアが笑う。


 「鋭いですね。原作と脚本は別。アレンジが効かせられますよね。今回は、そこもセーフ。夫婦が向かい合って恋愛を始める、という流れでしたよ。……舅や姑が、口うるさく夫婦を叱りつけるあたり、執行部批判をしっかり盛り込んでくれてましたけど。『ちゃんと収めるに決まっているだろうに、うちのオヤジは全く』なんて言って。」


 セレーネ、しっかり見てきたようだ。


 「なるほど。それぐらいならセーフと。もし妻が家を出て、それが実在するかは別として、『真実の愛』を求め始める流れだと、アウトになっていくと。」



 「そこまでうるさく言うつもりはありませんよ、ヒロさん。しかし『知らないけど理解は出来る』とはこのことですね。なるほど。」


 「『それが実在するかは別として』とは、なかなか。確かに頭を動かしながらの発言だね。で、ヒロ。実在するかどうかについて、君の見解は?」


 セレーネとローシェのコンビ攻撃。

 付き合いが長いんだろうなあ。息ピッタリだよ。



 「存在するような、存在しないような。そのままに受け止めるのが一番じゃないかと。」


 「ずるいですね、ヒロさん。」

 「天真会の教義を何と心得てござる。」

 フィリアと千早が笑う。二人には、だいたい予想できた流れなんだろう。


 「まあ、勘弁してあげるよ。カルヴィンなら、実在すると断言するところだろうね。ヒロとの相性が悪いわけだ。」

 さすがに会長。ローシェもよく見ている……と言うか、カルヴィンが単純すぎるんだよなあ。

 

 

 「騒動が起こった。何人か来てくれますか?腕に自信がある者で。」

 イーサンが本部に顔を出す。


 「では、私が残ります。一人ぐらいは留守番も必要ですし。」

 「任せるよ、セレーナ。」 



 「何事でござるか?」


 「演劇をやるはずだった者の一部が、演目の変更に反対して分裂。ゲリラ上演をしようとしたけれど、人数が集まらなかったらしい。それで、『生徒会執行部の横暴だ』って騒ぎ出し、デモを始めた。尻馬に乗った者、逆にちょっかいを出す者もいて、小競り合いになっている。……ジャック君が大音を響かせたんだけど、耳栓してたみたいで。それに周囲のことを考えると、ジャック君もあまり大声を出すわけにもいかないだろう?」 


 「マグナムがいるだろう、イーサン?」


 「人数が多すぎるんだ。」


 「真剣を抜くわけにはいかないし、ジャックやイーサンのメイスも危ない。千早の棒は尚更か……。」


 「失礼な。手加減ぐらいできるでござる。」


 「ここは私が。会長、それでいいですか?」


 「ならばお任せするよ、フィリア。」


 現場は、まさに暴動寸前。

 プラカードを持ってた連中が中央ステージを占拠し始めていた。

 ちょうど演奏中だったブラスバンドと小競り合いを起こしている。

 

 ブラスバンドの連中も、学園の生徒だ。黙ってやられるタマではない。

 だいたいブラバンって、結構体を鍛えてるんだよな。重い楽器持って振り回しながら演奏するわけだし。

 演劇も演劇で、走り込みやら声出しやらやるから、意外と細マッチョだし。

 そこに運動部の連中が双方に加勢して、なんだか愉快なことになっていた。

 

 間に立ったマグナム、本日二度目のちぎっては投げ。

 ジャックも大声をあげて制止している。声を上げた瞬間だけは、周囲の動きが静まる。

 ヨランダが指揮を執り、ヘルブラントとカルヴィンが彼女を守る。武器を使えないのが痛い。

 それでも的確に「危ないところ」を見極めて、どうにか場を抑えている。

 

 「では。」

 霊弾を成形したフィリア、雨あられと暴徒にぶつけていく。

 頭に、背中に、膝に。伏せた者、逃げ出した者は無視。勇ましくも立ち上がり暴れ続けている者には、遠慮会釈なく複数の霊弾を叩き込む。

 ステージ下の暴徒を鎮圧。この機を逃すようなボンクラは、学園には存在しない。

 生徒会執行部によって、暴動の首魁は確保された。



 「俺も少し考えないといかんな。……ん?銃のことさ。威力を減らして数を撃つ、非殺傷兵器も必要みたいだ。霊力を弱めにコントロールする技も覚えないと。」

 勤勉なマグナムが、また次の課題を見つけたようだ。

 

 

 この後、大規模な暴動は起こらなかったが、何せ酒が入っているヤツも多く。

 後夜祭に至るまで、小さなトラブルは絶え間なく起こった。

 ケンカやら、ちょっと良い雰囲気になりすぎている者やら。

 どっちも止めるなんて野暮なこと。普段だったら放っとくわけだが、とにかく今日は控えてもらう。

 

 「それにしても、カルヴィンは熱心だな。」

 「隅々までよく見てくれています。おかげでトラブルがだいぶ防げました。」

 「おかしい……。」



 後夜祭を無事に終えた生徒会執行部。

 みな、ほっと肩をなでおろした。

 ひとりカルヴィンだけは、ガックリと肩を落としていたが。

 

 「これでまた、日常に帰るんだねえ。」

 アンヌがのんびりと口にする。

 

 カルヴィンの肩がピクリと動いた。

 そう、日常の方が探しやすいはず。……一年の教室にどういう理由で近づくべきか、その言い訳は必要となるが。

 

 「よし、それじゃあ解散して、また日常に備えていかないとな、うん。」

 こういうヤツだった。少しでも希望があるならば、諦め悪くしがみつく。

 見直したよ、カルヴィン。ごめんな。


 

 「やっぱり、おかしい……。」

 カルヴィンの後ろ姿を見送りつつ、アイリンがつぶやく。


 「あんまり幼馴染を心配させるものじゃない、って言いたいところだけど、カルヴィンだしね。」

 「そうですよ、アイリン。すぐにいつものカルヴィンに戻りますよ。」

 「私にはわからんが、アイリンが言うからにはそうなのだろうな。カルヴィンの癖に果報者だ。」

 気遣いを向ける、執行部二年女子たち。

 

 アイリンには早めに真実を伝えておかないと。

 カルヴィンには……どうしよう。

 俺からは、とても伝えられそうにないよ。


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