第四十五話 文化の秋 その5
「おはよう~。あれ?ダニエル先輩、何でここに?」
「言ったじゃん。喫茶店の手伝いだよ。はい、そこに座って。メークするよ~。」
おわかりいただけたであろうか?
そう、女装喫茶である。
「ヒロの衣装は、っと。サイズ的にはこれだね。昨日のステージ見たよ。黒系だったし、ちょうどいいね。」
取りいだしたるは、ワンピース。白が基調で、アクセントの差し色は赤。
「すね毛は……そんなに生えてないし、隠せるね。」
ダニエル・コクトー。「歴史部の人」ではなく、「ファッションの人」だったのだ。
彼の本分は、服飾・メイク・ヘアメイク。
歴史部に所属しているのも「ファッション史を学ぶため」という、本格派。
「うん、やっぱり顔の薄い人はメークで化けるねえ。やりやすいこと。」
悪かったな!薄い顔で。
「はいこれ、ウィッグ。で、これ。」
「ちょっ。ヒールなんて履いたことないんですが。足痛い!痛いって!」
「ヒールじゃなくて、パンプス!」
男女の違いコピペじゃないんだから。
「ハイ、立って~。うん、バランスは問題なし。髪形は……アップにして、と。盛らない方が良さそうだね。」
「メイク、仕上げするよ。派手すぎない方がいいな。これだと。」
「次はヒロ君?早く出てきてよ!」
女子連中が待ち構えている。
「うっ。」
「ヒロ、お前もか。」
「ダニエルさん、すごいね~。」
「テーマは、『聖騎士の日常』。清楚系を意識してみたよ。」
マントの代わりに、その丈のワンピーススカートになっている。
随分厚塗りされているように感じるが、メイクは「少し抑え目」らしい。
「おはよう、ヒロなんだよね。」
「ノブレス?……で、いいんだよな?その声は。」
黒髪メガネ女子が、そこにいた。
「テーマは『クールな優等生』だってさ。」
「さすがに俺たちは免除だ。助かったよ。」
黒服に身を包んだマグナムが現れる。
「おいこれ、風紀的に大丈夫なのか?」
同じく黒服のジャックが声を上げる。
「露出してないでしょ?隣に座ったりもしないし、おさわり厳禁だから問題なし!」
「レイナお前、ほんとに伯爵家の令嬢なのか?時々疑問に思うんだよなあ。」
「マグナム?来年はサイズの合う衣装を持ち込むからね?」
「勘弁してくれよ。」
さすがにマグナムを女装させたら……いや、案外イケるかもしれない。
「ヒロ君にノブレス君?自信なくしちゃうなあ。男装女装喫茶にしなかったのは、正解だったね。」
アンヌがやってきた。
「『千早さんの男装姿が見たい』って、一部女子がもめてたんだけどさ。当日に男子がみんなこんな感じで登場したもんだから、みんな自信なくしちゃって。女子は男装やめて厨房担当になったんだよ。」
「みんな、罪よね。ダニエルさんのおかげとは言え。私もメークのこと教えてもらおうかな。」
マリアが現れた。
「確かに、ダニエル殿の化粧術は大いに参考になったでござる。」
だから、気配を消すなって!
振り返ると、婀娜な姐さんが立っていた。
「ヒューム君、自分で化粧しだしたからねえ。サイズ的に残ってる衣装を見るや、『では、これでいかがでござろう』って。他にも引き出しあるの?」
「それが仕事にござるゆえ、な。」
本当にそれだけか?ちょっと積極的に過ぎやしませんかねえ?ヒュームさん?
「手伝ってもらったおかげで僕も助かったよ。彼には苦労してたんだ。」
ダニエルが、陰に隠れるようにしていた少女()の方を見る。
「見た目以上にガッチリしていて、顔もしっかりしてるし眉毛も濃いからメークが難しくて。黒服に回ってもらおうかと思ってたんだ。」
理不尽な非難を受けているのは、イーサンであった。
タイトスカートの、肩パットがしっかり入ったスーツ。メイクも強面。
なのに、おどおどしてる。なにこのギャップ。
「それにしても、みんなちょっと、胸盛りすぎだと思わない?ねえ、フィリア。」
「ええ、レイナさん。男子は細い人でも胸囲があるみたいですね。」
気のせいか、やや声が冷たいような。
この会話には参加してはいけない。マグナムですら理解していた。それなのに。
「ボヨヨヨ~ン」
バカ、キルト!
フィリアやレイナ、その他を見回して、「フフン」って。
日常でまでスリルを求めてどうするんだ!このビッチ系女子()!
「では、キルトさんはお色気担当で。こうしてはいかがでしょう?」
「OK、フィリア、ナイスアイディア。」
ともかく、そんな調子で、女装喫茶は開店した。
もともとは男装と女装でやるはずだったので、看板は「コスプレ喫茶」。女装とは書いてない。
つまり、2年・3年の男共の多くは勘違いをしているわけで。
美少女ぞろいという、初日の噂を聞きつけたおバカな男子で大盛況であった。
「ほら男子、注文取ってきて!これ3番テーブルに持ってって!」
女子はイラついている。忙しいというだけの理由ではない、たぶん。
男子も男子で。
不思議なことに、おのおの、性格がその扮装に引っ張られていくようで。
ヒール……じゃなかった、パンプスだっけ?
初めて履いたんだけど、案外スラスラと足が運べるものだ。
背筋が伸びるし視線が高くなるせいか、颯爽とした気分になれる。
「注文決まったかい?」
おどおどしていた強面女子・イーサンだったが、今や上から客を睨めつけている。
こちらも颯爽と……というか、ズカズカと音を立てて去って行く。
「こちら、ミルクティーでありんす。」
フェロモン系女子のヒュームは、ゆっくりふんわり歩いてくる。
わざわざかがみこんで谷間を強調せんでも……。
慣れない格好のせいですっころんだノブレス。
クールな優等生のはずが、ドジッ娘になっている。
「いい!」
お客様、同意いたします。
考えてみれば。
俺達男子は、男の「ツボ」を心得ているわけで。
「ほんとバカよね~。」
「ね~。」
「分かった?それがね、普段あんた達に私達が抱いてる感情なの。調子に乗ってないで、今後は反省するように。」
ビッチ系のキルトだけは、散々な目に遭っていた。
おさわり厳禁(当たり前である)のコスプレ喫茶。それでも時々は、悪さをする客がいる。
そういう連中は、黒服たち(とても女装をさせられないガタイの持ち主)がつまみ出すわけだが。
なぜかキルトに対するお触りは、黙認されていた。
そういう情報は、出回るのが速い。千里を走る。
まああれだ、一応はそれなりに「紳士」が集う学園である。
そうひどいことにはならないが、それでも大変な目に遭っていた。
紳士はお触りなんかしないって?ごもっとも。
やっぱり風紀の見回りは必要だな。今日は忙しくなりそうだ。
「転入生に対するイジメかよ。なんだこれ。」
「スリルの神様……いえ、精霊の、啓示がありました。」
「私たちも聞いたよね。」
「そうそう。いいじゃない、自慢のスタイルなんだし。」
意地と面子の王国社会。やられたらやり返すのは当然のマナーなのだ。
この有様で、バカ代表が来店しないわけもなく。
そう、カルヴィンである。
カッコつけてるのに、キョロキョロしちゃって。
厨房から覗き見たそのバカ面に、噴出しそうになるのを堪える。
まあ分からんでもないがな!俺だってそうなるよ、間違いなく。
イケメンの部類なのに。残念な子!
もっとよく見たいので、注文を取りに向かう。我ながらゲスい。
背筋を伸ばし、颯爽と近づく。
目が合った。
パサリ。
メニューが、カルヴィンの手から落ちた。
大きく見開かれた目。
前に一度、見たことがある。つばぜり合いして、片手剣を押し斬った時の、あの目だ。
驚愕の感情を示す目。
ただ、あの時のカルヴィンは、剣を手から離し、跳び退くだけの機転があった。
今は。
驚愕。ただ驚愕。
茫然自失。言葉も、身の置き所も失っている。
少年が恋に落ちる瞬間を、初めて目にした。
俺が覚えたこの感情は、何だろう。
ちょっと昂揚したけど、申し訳ないような、気まずいような気持ちになって。
「あの、ご注文は。」
そんな感情をごまかすために、なぜか笑顔で言ってしまった。
「あ、はい。アイスレモンティーを、お願いします。」
必死に言葉を振り絞る、カルヴィン。
もう、バカ面はしていない。
こいつもこんな顔できるんだな。考えてみりゃ、情熱だけは人一倍、ってタイプだったっけ。
厨房に帰る間も、背中に痛いほどの視線を感じる。
「ヒロ、ノブレス、マグナム。そろそろ午後のステージあるから。」
「昼にかけて、これから盛況なんだけどなあ。」
カルヴィンのテーブルも、相席になっていた。2年生の友人達みたいだ。
「午後のシフトの連中が入ってくるから、大丈夫よ。」
「はい、アイスレモンティー。持ってって。」
カルヴィンが、こちらを見た。
まっすぐで、微熱を帯びた瞳。
しかしそれでいて、相席の友人達にバレまいとする、必死さのこもった目。
「アイスレモンティーです。」
差し出した俺の手を、カルヴィンの友人がつかもうとした。
が、俺に意識を集中していたカルヴィンが、見逃すはずも無く。
「貴様!何を!」
俺に触れる寸前で、ねじ上げる。
武術の腕は悪くないんだよな、コイツ。
友人の手をねじ上げたカルヴィンの二の腕が、俺の腕に触れた。
「失礼致しました。」
真っ赤になるカルヴィン。
「いえ、ありがとうございます。」
何このやり取り。
恥ずかしくなってきた。
「赤くなるほど怒る事ないだろ。」
「限度を越えている。」
そんなやり取りを聞きながら、厨房に帰り。そのまま店を後にした。
罪悪感に、胸が締め付けられる。
「ヒロ、確かに少しひどいわよ。」
アリエルの声が聞こえる。胸が痛い。すまん、カルヴィン。
「でもヒロ君、ちょっとドキドキしてたじゃん。いいんじゃない、受け止めてあげなよ。」
「無理だ、ピンク。悪いとは思うが、俺には答えられない。」
「貴様を殺そうとした相手だぞ。あれだけ見苦しい試合になったのも、半ば以上はあいつのせいだ。これぐらいの報いは受けてもらおうぜ?」
ありがとうな、朝倉。なんか違うような気もするけど。
「まああれよね。初恋は実らないものって決まってるのよ。ほらヒロ、しゃんとなさい。まだ仕事が残ってるんでしょ?」