第四十五話 文化の秋 その4
初日の午前に発表された、イブ・ハルタの「一神教の歴史観とその影響」は、なかなか考えさせられる内容であった。
聖神教によると、歴史は以下のようになる。
「神が世界を作った。/人は楽園から追放された。/それでも人は神を身近に感じていたが、やがて神を感じられなくなった。世が乱れる。/救世主が現れ、教団としての聖神教が成立。/暗黒期/救世主の再来とハルマゲドン/再び人は楽園に住む。」
うん、キ○スト教だ。千年王国論だ。
イブに言わせると、「この歴史観は、直線的なので誰にでも理解しやすい。『今は暗黒期だが、信じなさい。やがて救われる。』という表現は、アピール力を持っている。聖神教の躍進にも寄与した。」ということになる。
「しかし、この歴史観は誰にでも利用できる。救世主を名乗って新興宗教を立ち上げることを可能にするし、ハルマゲドンという発想は、政権転覆を企む際の思想的バックボーンにもなる。……現に、聖神教の一派が大規模な反乱を起こしたこともある。そのせいで聖神教は勢力を弱め、国教の座から滑り落ち、天真会が躍進した。」
ここからは、現代の俺達にも関係しそうな話。
「聖神教は、身内に対して厳しい統制をかけるようになった。異端は絶対に許さない。外部に対しても、一神教の異教を目の敵にするようになった。あちこちに神官を派遣して、調査もしているようだ。一神教的な新興宗教は現れなくなった。しかし、統制が乱れた時、社会が不安定になった時には、再びこの歴史観を利用する者が現れるであろう。」
「聖神教は、あちこちに密偵を派遣して、新興宗教を裏で処理している」と言っているわけだ。
これはダニエルの言うとおり、相当「危ない」。度胸あるなあ。
そのダニエル・コクトーの発表である「~期の王都における服飾文化について」は、一転して華やかなもの。
きらびやかな衣装のイラストがズラリと並ぶ。文字はほとんどない。「史書の~ページより」とか、「袖は想像による」とか、それぐらい。
「この人の絵、いいね。」
ピンクが唸った。
「創作活動の資料になるよ。」
実際、レイナやアンヌ、そのご同類が数多く見に来ている。歴史部、弱小でも支持者は多いようだ。
ウィリアムの発表、「荒河夜戦史料補遺」は、聞く人を選ぶものだった。
イブのようなダイナミックさはないし、ダニエルのように「小難しくない」ものでもない。地味なのだ。
……フィリアは目を爛々と輝かせて食いついていたけど。
これまでの疑問を埋めるヒントになったようだ。
いろいろ聞きたいこともあったけど、生徒会執行部の見回りがある。
「感想は文化祭が終わってからでいいよ」と言われながら、部室を後にする。
その見回りだが。
「初日はまあ、大丈夫だろう。3人で回って、今のうちに慣れておいてくれ。外部のお客様がいる初日には、羽目を外さないんだよ。何かあったら外聞や家の評判にまで関わるからな。」とのこと。
まったくもう、優等生なんだから。そのくせと言うか、だからこそと言うべきか、こずるいなあ。
正門脇の守衛室に、エルトンがいた。ぽつねんと。
今日は、ネイト館の守衛長ではなく、新都の委託で派遣されたという扱いらしい。
「ちょうど良かった。ヒロさん、聞いてみては?」
フィリアの問いかけに、柔らかな笑顔を返すエルトン。
「エルトンさん、私の腰の刀ですが。何か感じますか?」
「以前、玲奈・ド・ラ・立花嬢とお二人でお越しになった時とは、霊気の質が変化していますね。」
笑顔のまま断言した。
「どのように?」
「まず前提として、同一人物と申しますか、霊気の人格は変わっていらっしゃいませんね。……僭越に当たるかもしれませんが、よろしいでしょうか?」
「ぜひ、お願いします。」
「角が取れ、ヒロさんと馴染まれました。恋人、親友、信頼しあう上司と部下、そのような関係に変化されたと感じられます。『戦友』が一番近いかもしれません。これまでは相当な孤独を感じていらっしゃった方が。」
「そんなことまで分かるのですか!?」
「卑しいとお感じになりますでしょうか。」
「いえ、そういう意味では無くて、すごいなあと。」
「夫婦や恋人を装って侵入を図る者もあれば、館の者をたぶらかして食い込もうとする者もおります。取り入ろうとする方は構いませんが、それにも限度が。」
「では、私も……。」
口に出すべきではないと思いながら、つい口に出してしまった。
「身体検査」はいろいろと行われていたのだろうが、エルトンも「探知機」のひとつだったのか。
「初めてお越しになられた時、ご挨拶は申し上げませんでしたが、不躾ながら確認はさせていただきました。その時以来、邪な思いを感じることはありません。……卑しいとお感じになりますでしょうか。そう感じられても、意には介しません。」
再び、言われた。変わることなく柔らかい笑顔だった。
「いえ、そのようなことは。……重責なんですね、エルトンさん。」
しまった、また余計なひと言を!
「初めてですね、そういう表現をされた方は。……さて、次のお客様がいらっしゃいました。ご用はお済みでいらっしゃるようですので、仕事に戻ります。」
「さすがはメル館の守衛長、でござろう?」
「驚くような人がいるもんだねえ。」
「ヒロさんがそれを言いますか?幽霊と完全にコミュニケーションが取れる人など、聞いたことがありません。」
バンドも盛況。
マリアとレイナの衣装やメイクが、なんというか、その……魔法少女?
そっち系だったのは意外だったが、大好評。
この世界は、露出の多い格好ができる文化ではないし、あれがギリギリだろう。
それに、魔法少女スタイルも相当過激だと思う。いろいろとその、年齢的にもギリギリ感が漂うとか、そっちの意味で。在学中にしかできない。
最初はマリアに、軍装をさせるという案もあったようだが。
マリアと軍服は相性が良すぎる。鞭を意識させるあの格好は。本人もそのことがよく分かっているので、断固拒否していた。
二人はもともと音楽活動をしていて、まあその何だ、おかしなファンだって、一人もいないってことはない。今回の魔法少女スタイルは、それを増やしてしまったんじゃないかって気がしなくもない。
軍服を着ていなくても、「ブヒイ」とか「踏んでください」とか聞こえてきたしなあ。
マグナムも相当な格好をさせられている。
担当がハープなもので吟遊詩人スタイル。露出が高いシースルーの一枚布。
もうね、女子の視線が。
この日ばかりは我慢する必要が無い。キャーキャー騒ぎながら、じっくり眺めて良いわけで。
「何かを失ったような、持って行かれたような気がする」
当のマグナム、そんなことをぼやいていた。
ノブレスは……手元しか見てもらえていなかったみたいだ。
でもそれって、ある意味では真のミュージシャンなんじゃないか?
俺?結局黒い詰襟風なんだよ!
もう嫌だ、また厨二感が増して行く。
だが、そんなことを言っていられただけ、初日は幸せだったのかもしれない。