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第四十五話 文化の秋 その2


 会長選挙だが。

 ローシェと……カルヴィンが立候補した。

 

 カルヴィンは変わっていなかった。

 そう、自分が負けるとはつゆほども思っていないのだ。


 「逆に尊敬できるかも。」

 そんな話をしたところ。


 「ヒロ殿、これまで勝つ気も無く勝負に臨んでいたのでござるか!?」

 「呆れますね。勝負ごとは勝たなければいけませんよ、絶対に。何をしてでも。」

 そんな答えが返ってきた。


 千早にしてもフィリアにしても、知性や教養はしっかり身につけている少女なわけで。

 「考えなし」ということだけは絶対に無い。


 俺が間違っているのかな。


 「ヒロ殿、なぜそう縮こまるでござるか。」

 「失敗を恐れる発想は、まさに不毛です。何も生み出しませんよ。」

 「記憶を、全てを失ったゆえ、でござろうか。」

 「失うことの恐ろしさが身に染み付いてしまったのでしょうか。」


 あるいは単純に、日本人とこの世界の人との違いかもしれない。

 踏み誤ると、いろいろと大変だ。日本ではそう聞かされて、そんな例をいろいろと見てきたから。


 「レイナさんではありませんが、ヒロさんには次々と無茶振りを仕掛けるのが良いのかも知れません。」


 「成功すれば自信になり、失敗しても大したことはないと開き直る。その繰り返しでござるか?」



 ともかく、新会長はローシェに決まった。


 「役員人事については、会長からの任命ってことで良いかな?じゃあ、2年生から。副会長に、ヘルブラント。あとは全員、留任。」


 「おい、対立候補に立った俺が副会長じゃないのか?」


 「権力闘争に負けた者は冷や飯食い。古今の道理だろうが、カルヴィン。」

 「世論的に、無視できないほどの支持を集めてたら、別でしょうけどね。」

 ヘルブラントとセレーナの言うとおりだ、全く。


 「ちくしょー。おい、せめてヒロは俺の下につけろ!今のうちにイビリ殺してやる!」


 小さい、小さすぎるぞ、カルヴィン!


 「なあ千早。これもさっきの話か?こいつとの勝負にだけは、負ける気がこれっぽっちも起きないんだけど。」


 「煽ることはござるまい、と言いたいところなれど。ヒロ殿の場合はそれぐらいの方が良いやも知れぬな。」


 「殺す!マジ殺す!」

 

 「フィリア、勝負事は何をしてでも勝たなきゃいけないってのはさ。」


 「暗殺はさすがに……命だけは許してあげてほしいのですが。」

 


 「貴様!無視するな!」


 「カルヴィン、うるさい……。」

 「すんませんっしたー!」


 ほんとうに、この二人はどういう関係なんだろう。



 「とりあえず話を進めるね。1年生については、話を聞きながら進めたいんだけど……。保健委員はアンヌでいいかな。先に埋めやすいところを埋めてるみたいで悪いけど、武闘派じゃないし、数字に弱いって聞いたから。」


 「そうだね、会計とか風紀は困るかも。」 

 

 「後のメンバーは、武術には問題ないよね。数字に強いのは?」


 「僕・イーサンと、フィリア君、ヒロ君でしょうね。」


 「分かった、じゃあ、風紀は千早とマグナム、ジャック。会計監査には武闘派が欲しいから、ヒロにお願いするね。」


 まあ確かに、パッと見は俺の方が武闘派だよなあ。

 フィリアも大概猫を被ってるよな。


 「副会長と会計だけど、仕事がかぶるところも大きいし、どうする?」


 「では、僕が会計で。たぶん、性格的にはお互いその方が良さそうです。」


 「それほどの違いはないと思いますが。イーサンさんが希望されるなら、それで。」



 「じゃあ決定だね。カルヴィン、考えてみたけど、庶務はやっぱりカルヴィン以外には務まらないと思うんだ。1年生がつかないけど、悪く思わないで。」


 「分かった。確かに当然だよな。」

 誰もツッコまない。空気を読む。めんどくさくなるから。

 


 「さて、新執行部の最初の大仕事だけど。10月の文化祭です。」


 「保健委員は、どちらかと言えば当日が忙しいんだよね。」

 

 「で、事前の準備は、会長、副会長と会計で全体の計画を。会計監査と風紀委員は、出し物のチェックをお願いします。予算規模的に、あるいは風紀的に問題のありそうなところをピックアップしてください。」 


 学園は、約150人のひと学年で、ひとクラスという制度を採用している。

 したがって、クラスごとの出し物というものは無いのだが。数人~数十人の有志による企画が提出されている。あとは、部活単位。


 演劇。屋台。お化け屋敷に喫茶店。音楽。

 文化部の研究発表や、運動部の実演。


 「まあ割りと普通なんじゃない?」


 「いや、この演劇はまずい。」

 ヨランダが言う。


 「だよな。おいヒロ、ああそうか。お前記憶喪失だから知らないのか。ええと、アンヌ、ちょっと来てくれ。」

 

 「なに、マグナム?ああ、これ。身分違いの二人が恋に落ちて、駆け落ちして、引き裂かれて、自殺するって話だよ、ヒロ君。」


 「ありがちな悲恋物じゃないの?」

 

 「おい、ヒロ。」

 絶句するヨランダ。

 「ああ、そうか。記憶喪失だと、社会の仕組みとか、そちらも……。」


 「済まぬでござるな、ヨランダ殿。ヒロ殿はすぐに理解する賢さはあるが、とにかく『知らぬ』のでござる。」


 「あのな、ヒロ。結婚ってのは基本、家同士のものだろ?」


 「ああ、分かった。ありがとう、ジャック。これに若者が憧れると、社会不安につながりかねないと、そういう作品なわけね。」

 道徳観念については、封建時代と思っておけばいいのか。

 

 「聞けば一発で分かる。だが知らない。すごいギャップだな、おい。」

 

 「それゆえ困るのでござるよ。分かっていると思って話を進めると、とんでもない誤解が生ずる。知らぬと思って話を進めると、こちらの何歩も先に思いを致している。やりにくくて仕方ござらぬ。」


 「ともかく、禁書指定とかされてるわけじゃないけど、やっぱり『学園』で演じていい作品じゃないってわけ。」

 

 「ヨランダ先輩、風紀委員としては、どうするんだ?」


 「マグナムか。演目を変えるように言う。変えれば良し、変えなければ上演を禁止する。」


 「もし、ゲリラ上演した場合には?」

 

 「襲撃だ、ジャック。舞台を破壊する。」


 学園らしいけど……。


 「あの、相手も武術を修めていたり、異能持ちだったりするわけですよね?」

 

 「当然だが?やるべきことはやる、やるからには勝つ、それだけだろう?ん、ああそうか。これは暴力禁止には該当しない。安心したまえ。」


 そこを気にしていたわけではないんですけどね。

 やるべきことはやる、で、やるからには勝つ、ですか。



 「ちょっとどうかとも思うけどね。表現活動ってのは、できるだけ禁圧しない方がいいと思うんだ。社会にとっても。ただ、学園でわざわざやらなくてもいいじゃん。卒業後とか、卒業しなくても学園の外で演劇活動するなら、問題ないわけだし。『反体制な俺カッコいい』って、それカッコ悪いよ。」

 

 「みながみな、そのように物分かりが良ければ助かるんだがね、アンヌ。」

 

 「それでも、禁止とか暴力とかは、好きになれないよ、ヨランダさん。お互い自制すべきだと思う。」


 「まあ、取り下げてくれればいいわけだろう。他はどうだ?」 

 マグナムが、そっと話題を転換する。



 「この喫茶店が、問題だ。」


 「シンノスケさん、何が問題なんだ?」


 「ジャック、これは風紀委員と言うより、会計監査のほうの問題だな。どうだ、ヒロ。」


 生徒会の会計監査は、事後の監査だけでなく、事前のチェックもするようだ。まあ小さい組織、完全分業じゃないってことね。

 


 「予算ですか?生徒会への要求は、全く問題なし。むしろかなり控えめですね。形式の問題があるから要求しているだけという感じですが?」


 「うん、そこは問題ない。」


 「全部自費で賄うとは、貴族的だなあ。」


 「あ。そうか。要求しないってことは自費でってことか。マグナム、ありがとう。……いったいいくら自費を突っ込んでるんだ、これ!?」

  

 「分かったか、ヒロ。このお茶・このお菓子。」


 「そうなると、食器、内装、衣装……、ということですか。」

 

 「これはあれだね、さっきの演劇みたいに、『意図的に逸脱してる』んじゃなくて、『無意識にズレてる』わけだ。」

 アンヌがきれいにまとめた。

 

 「フィリアの偉さが身に沁みたよ。」


 「さよう、『経済観念については』、まことに健全でござる。」


 「千早さん、何か?」


 「フィリアどのは決断に優れると申したのでござるよ。」


 なるほど、経済観念については健全だけど、軍事脳をどうにかしろと。

 それ、まんまブーメランですよね、千早さん。



 「こういうのは、説得すれば分かってくれる。やる気をいい方に向けりゃいいのさ。たとえば、チャリティーバザーにしてもらう、とか。喫茶店なら誰でもできるからって。」


 「貴族的で、健全だ。喜ばしいと思うぞ、シンノスケさん。じゃあ、喫茶店は俺が。歌声喫茶とか。」


 ああ、貴族的で、健全だ。お前はそういうやつだ、ジャック。

 だがお前が歌と食事を提供することは許さん!


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