第四十五話 文化の秋 その1
「なんで歴史部?」
「我等は名を売る必要はござらぬゆえ。地味で時間も割かれぬ、文化部の方が良いのでござる。」
「今後のことを考えると、戦史の研究が必要です。」
「俺には特に必要かもね。丸っきり知識がないもんなあ。」
「知識がないぶん、先入観もありません。ヒロさんの意見は貴重ですよ。」
「妙に賢しく知恵が回るでござるしな。先だっての壁破りなど、なかなか。」
……破られた壁、壊された防火扉。
事務方が、修繕の費用に頭を抱えていた。
「払っては……もらえないよねえ。」
ため息をついた、斉藤さんの顔を思い出す。
「払えなくはござらぬが、某の責任ではござらぬゆえ、払うわけにはいかぬ。」
そう、あれは学園側の有責案件だ。そこは声を大にして主張したい。死にかけた身としては。
「出せなくはありませんが、悪しき前例を作ってしまいますから。」
来年以降のリーダーが、余裕の無い家の子女だったらどうするんだ、ってこともあるわけで。
「そうなんだよねえ。」
分かってしまうから、気がついてしまうから、強く出られない。苦労する。
有能で誠実な事務方ならではの悩みだ。斉藤さん……。
「金子の問題は、難しいでござるな。天真会も、常に頭を悩ませてござる。」
「歴史部なら、部費も必要ではありません。持ち出しで十分活動できます。」
「なるほど、生徒会役員が3人も所属するなら、部費の配分が少ない部活が良いってわけね。便宜だの職権濫用だの言われたくないと。」
「まこと、金子は難しい。」
13歳の会話かよ、これが。ああもう世知辛い。どうにかならんかね。
ノックしてもしも~し。奥さん、三河屋です。
「こんにちは。入部希望者?」
「お、一気に3人も。これは幸先良さそうだね。」
「大人数に来られても困るくせに。」
3人のうち、真ん中の少年が口を開いた。
「はじめまして。この秋から歴史部部長になった、2年のウィリアムだ。よろしく。」
「ダニエル・コクトーです。服飾文化を主に調べてるんだ。」
「イブ・ハルタ。歴史観に興味があるの。」
「歴史観とは何でござる?」
「興味持ってもらえた?どんな物事でも、調べてまとめるとなると、整理するための視点が必要でしょ?歴史学の場合、その視点を歴史観って言うわけ。歴史は膨大な事実の集まりだから、整理の視点って大切だと思わない?」
「王道と言えば王道だね。気をつけないと上滑りになるけど。」
「危険思想とも言うよなあ。学問では批判精神が大事とは聞くけれどさ。」
「ウィルは史料が大好きだから、助かってる。ダニエルはもう少しさあ、社会に関心とかないの?」
「気をつけないと、すぐに議論が始まっちゃうんだよなあ。とりあえず、お茶でもどうぞ。」
「ありがとうございます。フィリア・S・ド・ラ・メルです。今のところ、戦史に興味があります。」
「千早と申す。社会文化方面に興味を抱いてござる。」
「ヒロです。実は記憶喪失で、社会も歴史もまだ学び始めたばかりなもので……。」
「へえ。それは面白い。あ、失礼。でも、貴重になると思うよ、そういう人の視点。」
フィリアと同じことを口にする、ウィリアム少年。見るからに鋭いという雰囲気はないものの、力みの無い顔。これは知性派だな。
「しかし有名人が来たね。十人隊長三人組かあ。」
「ちょうどいいんじゃない?二人とものんき者だし。尻を叩いてもらわないと。」
「イブ、君の関心だって、そうとう世間離れしたもんだってことを忘れてやしないかい?」
「放課後なら、部室にはたぶん誰かがいると思う。いつでも好きな時にどうぞ。活動については、またおいおい。」
「大事なこと忘れてるって!はいこれ、鍵。」
「じゃあ、またね。」
「ああいう雰囲気も、悪くないでござるな。」
「千早には特に必要な気がするよね。」
「それは如何なる意味にござるや?ヒロ殿?」
「真面目な話、フィリアにも貴重じゃない?戦史に限らない方がいいかもよ?」
「ヒロさん、たまに上から目線になりますよね。大概そういう時に限って『当たってる』から困るんです。」
まずい、中身が年長者だからって兄貴風を吹かせてたか。
「失礼いたしました。お許し願えますか?」
「調子の良いことを。ともかく、次は生徒会の執行部でござったな。」
「ちょうど良く、約束の時間に近いですね。」
生徒会執行部の部屋も、部室棟の中にあった。
最上階の、いわゆる一等地。パッと見、扉の質からして、歴史部とは異なる。
分かりやすいなあ、おい。
七人の執行役員が、待ち構えていた。でーんと。
うん、いかにもそんな感じ。
……というのは、俺の誤解で。
さすがに学園生徒会の役員は、バカじゃあなかった。
フィリアや千早に、こけおどしなど効くわけないことぐらいは、理解していた。
記念写真とか、マンガのワンカットのようなポーズを、無言でそのまま3秒続け……。
自分達から笑い出す。
「ようこそ、執行部へ。」
「決まってたでしょ。構図とか、かなり考えたんだから。」
「おう、ヒロ。どうだっよ俺は。」
「女子から順に行くわね。私はローシェ。副会長。」
「会計のセレーナ・ウルバーニです。」
「風紀委員のヨランダ。よろしく。」
「アイリン・チャオ、保健……。」
「風紀のヘルブラント・ファン・ロッベンだ。」
「会計監査、シンノスケ。」
バカじゃあなかった、と言った舌の根も乾かないうちに、申し訳ない。
バカがいた。
「なんで貴様が!俺は認めんぞ!この死霊術師!」
カルヴィン・ディートリヒ。庶務。
「おっと、次が来るな。4人いるぞ。」
窓から身を乗り出して下を見ていたシンノスケの声に、全員が一斉にさきほどのポーズを取る。
散々こちらを罵っていたカルヴィンまで。どうやら愛すべきところもあるバカのようだ。
「3人は隠れていて!」
ローシェの指示にしたがう。
扉の開く音。爆笑。
それを待って、再び顔を出す。
互いに自己紹介。
「会長選挙が済むまでは、具体的に何の『役』につくかは、決めてないんだ。さっき言ったのは、これまでの役職ってことで。」
「会長・副会長は説明しなくても良いよね。」
「会計は、予算配分を担当します。伝統的に、副会長の一人も、この仕事には深く関わるの。」
「で、その検証が会計監査だ。」
「風紀委員は2名。まあ、警察だな、要するに。部活がらみで何かあった時を中心に、会計監査にも手伝ってもらう。」
「保健は……健康管理……。」
「アイリンは口が重いから。」
「庶務は、全てに関わる。これは会長にも準ずる仕事だ。覚えておけ!」
ユーティリティプレーヤーはバカにできない。庶務という仕事も、また然り。
しかしこの説明は、バカを押し込めるためのもの。
言われたまんま信じ込んでるあたり、やっぱりカルヴィンはバカだ。
「しかしなぜ貴様などが!俺は認めんからな!」
「認めるのはカルヴィンじゃないでしょ。選挙で選ばれたんだから。」
「いい加減にしとけって。」
「ぐぬぬ。1年生は何を考えているんだ!」
「……カルヴィン、うるさい……。」
カルヴィンが、急に黙った。
「すみません、アイリンさん。」
青くなっている。
アイリンさん、そんなに恐ろしい人なのか。それともカルヴィンと何かあったのか。
後で周りに聞いてみようっと。