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第四十四話 転入生 その6


 「起きたでござるな。」

 「午後から、選挙その他がありますから。」


 塚原先生に立ち向かった結果として、電池切れを起こした俺。

 マグナムに背負われて教室に帰ってきたらしい。


 目が覚めた理由は、耐え難い空腹感。何はともあれ、エネルギー補給が必要だ。

 配布されていた非常食を口にする。こんなに美味しく感じたのは初めてだ。

 ……口の中の水分が持っていかれるのは、どこの世界線でも同じか。

 

 「よし、動ける。」

 

 「それなら話が……」 

 「ちょっといいかな。」

 「急ぎなんだけど……」


 「悪い、まずはメシ。」


 「今食べたじゃん!」

 「動けるんでしょ?」


 「動けるようになったから、メシ。食わないと、たぶん保たない。」

 女神に作り変えられたこの体、燃費が悪すぎるのだけは欠点かもしれない。


 「それじゃあ、一緒に食べに行こう。」

 イーサン?

 「ヒロ君が寝ている間に、選挙の説明をしてたんだ。話を聞いて、立候補するかどうかだけは、今のうちに決めてもらわないと。」


 「じゃあ、あたしは後で。」

 「そういうことなら、仕方ないね。」

 レイナとミーナは、引っ込んだ。


 お代わり自由の定食を食べながら、イーサンの話を聞く。

 途中で、「ヒロ君を見ていたらこっちも腹が減ってきた。食べながら話す。」などと言い出しつつ。

 配布されていた非常食だけで足りるわけがない。イーサンだって13歳なんだもの。


 さて。

 選挙する必要があるのは、「級長」と「生徒会役員」。選挙とは別に、「部活」もこの時期に決めるとのこと。

  

 「4月じゃないんだ?」


 「級長は、4月に決める。1年生は慣習的に、初等部最終学年の年度末に決めておくんだ。新入生は、それどころじゃないだろうから。今回は特例で、レイナ君が降りるのが理由だ。」


 イーサンの説明は、続く。


 「新入生は忙しいし、生活に慣れる必要があるから、生徒会の執行部に役員を送るのは秋から。逆に3年生は、別の意味で忙しくなるから、秋に生徒会役員を辞めて、引継ぎをするというわけ。部活も同じで、1年の秋から3年の秋までなんだ。こっちは急ぐ必要は無いよ。……で、どうする?立候補するかい?」


 「いや、やめておこうかな。余裕がないと思うし……。説明を聞いても、特に生徒会は、何をやるところかイメージしにくいから。おっと、生徒会には全員が参加してることになってるんだっけ。役員・執行部への立候補か。」


 「そのことなんだけど、生徒会執行部の方でも、問題視しているらしい。どうしても新入学者は『まだよく分からないから』って言って、あまり立候補しないんだ。初等部からの進学者ばかりが立候補して、役員になる。これじゃあバランスが悪いって。」


 「でもイーサン、言ってみれば『生徒会の役員』に過ぎないわけだろ?既得権益の固定化とか、生徒の階層化とか、そういうもんじゃないわけだし、いいんじゃないの?」


 イーサンが、真剣な目でこちらを見た。

 「まさにそれが問題なんだ。新入学してきた人は、まだそこがあまり見えていない。だけど選挙はどうしてもこの時期にやらなきゃいけない。それが『フェアじゃない』って話なわけさ。」


 「生徒会執行部とか役員とかが、そんなに権限持ってるの?」

 日本の中学校と同じに考えてはいけないんだろうなあ、何事も。


 「さっき少しだけ説明したけれど、部活等の予算配分。その他、生徒の活動に対する、監督権限。たとえば部活なんかにしても、不祥事があれば部活の人事にも介入できる。他に、生徒の代表として、教官との折衝の権限を持つ。外部との折衝を行うことも多い。」


 何となく見えてこないか?

 食事の手を止めて、イーサンが問う。


 「予算と人事、内部政治。まあこれだけなら、所詮学園の中のことなんだろうけどさ。外部との折衝ってのが大きいか。実社会の各方面に名前と顔を覚えてもらえるのは、人によっては魅力的なんだろうね。」 


 「『そういうことさ』って言いたいとこだけど、前半は認識が甘い。1年生は、1学期の間は、学園に慣れるためってこともあって、基本的に教官の監督を受ける。だが2学期からは、基本的に生徒会執行部の監督を受けるんだ。まあ、単に監督を受ける、支配されるというだけじゃなくて、生徒会の構成員としてこちらから働きかけることもできるけど。」

  

 「寮と同じか。基本的には生徒諸君の自治に任される、と。で、どうやら、その自治権限が非常に大きい。したがって役員の権限も大きいと。」


 「理解してもらえたみたいだね。各学年、7人の役員を出す。生徒会長は直接選挙制だけど、役員になっていることが実質上の前提だ。」


 「で、どうする?立候補するかい?」 

 

 「立候補するよ。この話を持ち込んだってのは、『そういうこと』なんだろう?」

 

 「こらラスカル!勝手に返事をするんじゃない!そもそも食堂に獣が入り込むんじゃあない!」


 「獣なんかと一緒にするな!仮にも神のゴーレムだぞ!」


 「ともかく、女神からの指令。立候補せよ、死霊術師ヒロ。」

 

 「断ったら?」

  ラスカルが俺の肩に飛び乗り、耳に口を寄せてきた。いや、これは念話か。

 (貴様の秘密をばらす!)

 (やましいところなんかない!)

 (だいたい転生自体が秘密でしょ?)

 「!」

 

 「安心してくれ、ヒロ君。僕には君達のやり取りは聞こえないから。好奇心の女神だったか。神の加護ってのは厄介みたいだね。立候補してくれるなら、それに越したことは無い。新入学してきたメンバーでも、君なら顔と名前が売れているし、実績もあるから、当選は間違いないさ。……それじゃあ、僕は先に失礼する。立候補の書式は、提出しておくよ。」

 

 いつの間にやら、ラスカルの姿も消えていた。


 「なあ、朝倉。」


 「女神か。斬れるかどうか、分からん。もし斬ったら、お前が消滅しそうな気もする。とりあえず今は飯を食え。腹が減っては戦もできぬ。」

 

 


 「午前中に選挙の立候補を聞いて、午後に選挙って……。大きな権限があるのに、それはまずくないか?」


 「出来レースなんですよね。それも問題視されているのです。」

 「気に食わぬが、『格付け』のようなものができてしまっているのでござる。」


 「まあ、大きな権限を持ってるからこそ、任せられる人じゃないとってのもあるけどね。」


 「レイナは立候補しないの?」


 「私は仕事が忙しいし、立花家が子女に施す教育は『権力』と相性が悪いのよ。誰にとっても不幸な結果になるってわけ。……今回の避難訓練、もちろん学校行事だけど。立花家も仕込みに大きく関与しちゃってたから。実はあたしも事前に知ってたのよね。午前の午後じゃヘイトもあるだろうし。」 


 「勘弁してくれよ。死ぬ思いをしたんだぜ?」


 「男が過ぎたことをグチグチ言わないの!」

 

 

 結局、立候補者が、ほぼそのまま役員となった。

 俺にフィリアに千早の、いつもの3人。順当にイーサンとジャック、マグナム。

 最後のひと枠をスヌークとアンヌが争うかたちとなり、アンヌが勝利。

 今回は幸いにして級長選挙もあったので、スヌークが級長に収まって事なきを得た。


 

 「さあ、ヒロ君。朝の続きだけど。霊気の放出も見せてもらったよ。その刀、どうなってるの?」

 選挙が終わるか終わらないかのうちに席を立ったミーナが、鼻息を荒くして近づいて来る。


 「ヒロ殿が食事をしている間、某とフィリア殿が質問責めにされていたのでござる。」

 「仮説が立ったのでしたよね?霊気と金属、いや物質が馴染んでいる時間の長さが関係しているんじゃないかと。」


 「そういうこと。フィリアの杖、『調整するもの(ハーモナイザー)』だっけ?これも相当に霊気を帯びているけど、聞けば代々メル家に受け継がれていて、霊能者が所持していたらしいじゃない。安定させるためには、馴染ませる必要があるんだよ、たぶん。……そういうわけだ!その刀の由来とか、幽霊が取り憑いた時期とか、教えて!」


 朝倉の記憶を思い出す。とても口にできない。

 「人を斬って斬って斬りまくり、主君も殺して自殺した男の霊が、その時に使った刀に宿った。そう言っておけ。事実だ。時代は大昔。あちこちの宝物庫に死蔵されていた期間も長いし、俺にも良く分からん。」


 そのまま伝える。

 皆、絶句した。


 「ちょっとヒロ、大丈夫なの?刀に人格乗っ取られて、うわらばーって暴れ出すとかないでしょうね?」

 

 「それはない。絶対に。安心してくれ。」

 塚原先生と本気で向かい合い、共に死ぬ思いをしたせいだろうか。

 朝倉とは、いや幽霊達とは、信頼関係が増した気がする。


 「なにそれ。非論理的。あれよね。男共が時々見せる態度。『これは俺達の問題だ。女には何言ったって分からないさ』ってヤツ。かっこつけて。ヒロの癖に。」


 「なんか当たりがきついねえ、レイナは。『ヒロの癖に』って。十人隊長なんだって?すごいじゃない。さっきの勝負も、凄まじかった。正視できないぐらい。あれは刀術の腕?死霊術師だから?」


 「ミーナ、やめときなって。男なんて調子に乗らせたら碌なことないんだから。特にヒロみたいな軟弱者ほど、調子に乗り出すと性質悪いんだって。」


 話を聞いているんだかいないんだか。

 ミーナはそれどころではなかった。

 朝倉の刀身に魅入られている。いや、見入っている。我を忘れないあたりは、さすが職人。


 「朝見たときと違う。」

 難しい顔をして、つぶやく。

 「霊気の馴染み方は分からないけど、霊気の質が少し変わってる。どういうことだろう。」


 「気のせいってことはない?」


 「あたしの霊能は低いけどね。射程とか霊弾とか、そっちをオミットして感覚とかコントロールを重視してるんだ。気のせいってことはありえない。」


 「その刀は人格を持っているのでござろう?なれば、刀の機嫌による違いというものもあるのではござらぬか?」


 「そういうこともあるのかなあ……。よし、毎日観察だ。」


 刀自身と持ち主の了解なしに、話が進んで行く。


 「私も探知能力は高いほうですが……違いが分かりません。気配の『有無』の方を気にしがちだからかもしれませんが。今度、ネイト館の守衛長・エルトンにも見てもらいましょう。気配の判別ならば、彼に勝る者はそうはいませんから。」 


 

 「一段落したみたいね。じゃあ、私の用事。……ヒロ、秋の文化祭だけど。バンド組んで出るから。練習するわよ。」 

 

 「レイナ、何を勝手に決めてんだよ!」


 「いいじゃない、どうせ暇なんでしょ?最近あれよ、武骨で不気味に過ぎるのよヒロは。今朝だって、何アレ。真剣抜いて塚原先生と真っ向勝負って、バカもいい加減にしなさいよ。見てるだけで寒気がしたけど、その刀のせい?ともかく、どん引き。……ま、楽器の担当とか、細かい話しは後で。じゃあね。」


 

 学校生活にまつわる、三大厨二妄想。

 入学の朝、美少女と衝突。学校にテロリスト。文化祭でバンドデビュー。

 コンプリートすることになった模様。


 その全てにレイナが関わっているのか。

 なんぞこれ。


 「ヒロ殿?」

 「部活は私達で決めましたから。歴史部です。」

 

 あっハイ。

 

 「十人隊長で刀術の使い手。ちょっとカッコいいと思ったんだけど、情け無い男なんだね。」

 「まあフィリアと千早だろ、仕方ないぜ、そこは。」


 二人の転入生も、さすがは学園の生徒。

 二日で人間関係を理解したようだ。



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