第四十四話 転入生 その5 (R15)
八角形をした演武場には、朝の日差しが斜めに差し込んでいた。
籠城するために、まずは各所の出入り口を確認しようか。
いや、とりあえずは、集合だな。
そんなことを思いながら、演武場の中央に目をやると……。
まばゆい光に目を射られた。
学園長のスキンヘッドに、光が反射していたのだ。
塚原先生もいた。
その他、見知った顔、見知らぬ顔。
学園の教官達の一部も、ここへ避難していたのか!
助かった。戦力倍増、いや、三倍増だ。
みんなが安堵の息をついたその時。
「ナイトは半円陣を!後衛はその陰に後退!」
言いざま、フィリアが光弾を放つ。
一人の女性に向かって。
「おい、フィリア!」
俺の叫びは、スヌークの大声にかき消された。
「教官も敵だ!」
厨二妄想シミュレーションにありがちな、王道の展開かよ。クソッ!
フィリアの光弾は、女性に届く前に阻まれた。
彼女の背後から飛び出してきた、ぬいぐるみによって。
確定だな。
悲鳴が上がる。
十分に悲鳴を上げさせ、考える時間を与えた学園長。
考えれば考えるほど、混乱することを理解しているあたり、さすがに老獪だ。
「さて、どうするね?」
「知れたこと。」
千早が棒を構える。学園長に正対した。
「だな。」
マグナムが拳銃を腰だめにする。視野を広く取る。
金属バットを振り上げたジャック。
その陰に下がったノブレスが、ボウガンに矢をつがえる。
跳び上がって高所を確保するヒューム。懐に手を入れている。
その時の俺は、なぜか。
塚原先生と視線を交わしていた。
無意識だったと思う。反射的に、朝倉を抜き放っていた。
「俺を抜いたからには。」
殺る気になれ、だろう?
「ああ、殺り合うには良い朝だ。そう思わないか?」
アリエルとジロウが、左右に跳ぶ。
ピンクが現われ、後ろへ数歩下がる。
塚原先生が、いつもの調子で、静かに三尺の刀を抜いた。
道場で生徒達を相手にするときと、まるで変わらない様子で。
いつもと変わらない?
そんな訳が無かった。
抜くや否や、気が放射され、こちらに向かってくる。
剣先から、鋭く一点に。暴風のように荒れ狂いながら。壁のように、面全体で重たく。
矛盾を全て飲み込んで渾然一体となった気が、俺を押しつぶしにかかる。
息が詰まる。
いや、ダメだ。これではいけない。
「うおおおおおおおおっ!」
声を出せ。呼吸をしろ。それだけで違う。気当たりに耐えるには、これしかない!
「分かってきたな。今度ばかりは、俺も本気だ。腰抜かすなよ?」
視界が、一瞬、奪われた。
俺の眼前一面に、霊気の柱が吹き上がっていたのだ。
これが、朝倉が全力で放出した霊気か。
塚原先生の気を押し返していく。
かはっ。
助かった。息が吸える!
「むっ!」
塚原先生が、さらに押して来る。
「ぐっ!」
俺には、まだとても、塚原先生を押し返すことなどできない。
押し返してくれる朝倉を、支えるのみ。
腕の力で、脚の踏ん張りで、全身全霊で。
ん?なんだ?
山の民の「大猪」じゃないか。
大怪我してる。大丈夫か、ご主人!?
「はぐれ大足」!コイツ!
うわっ、振り落とされた。……。
あれ?俺、こんなに絵うまかったっけ。
って、何描いてんだよー!男のカラダを、そんなに細かく描写する趣味は無い!
お、良いアイディア思いついた。今度の掛け算は……よし、資料を。
急に立ち上がったせいで、本が崩れてきたよ!
あれ……体に力が入らない……。
誰だ、随分と小さな女の子だ。
泣いてるの?
抱きついてきた。ダメよ、レディはそういうことをするもんじゃないわ。
さようなら。ね、笑顔で。
男の子が泣くんじゃないの。
ほら、これをお持ちなさい。あなたを守ってくれる。
ただでもらうわけにはいかない?立派な考えだけど、遠慮しないの。
じゃあいいわ、預かっておいて。私がまたここに来る時まで。
あたし、間違ってた。
身を引くなんて綺麗ごと、あたしの柄じゃなかったのよ。今度は間違わない。
あらゴメンなさい、他のひとの話なんてマナー違反ね。
ほら、泣いてないで先に逃げて。すぐ追いつくから。
きれいな女性だ。和服を着てる。
見送ってくれるのか。
刀術道場か?俺、こんなに腕が良かったっけ。
ああ、そう振るんだったな。こう捌いて、ここで踏み込んで。
お前ら、まだまだだな。さあかかってこい。
え?なんで?なんだ、この血の海は。
自殺した?殿様が何を?おい?
悲しみ、怒り。体が止まらない。
弟子をこの手で斬り捨てることになるとはな。
何人斬った?何十人?何百人?まるで疲れを感じない。
てめえのせいで!
「朝倉ァ!主君だぞ!」
唐竹割り。
川のほとり。そうだ、ここであのひとと出会ったんだ。思い出の場所。
視界が赤くなる。
母さん?父さん?
転校してった洋平じゃないか。今の俺は13歳だけど、お前は10歳になったのか?
佐藤さん!最後まで名前で呼べなかった。名字を呼び捨てにすることすらできなかった。なんで制服?行かないで!
駄女神!道の真ん中に飛び出して来やがって!
トラックが……
って、走馬灯だこれー!
気当たりだけで殺しにかかってるのか、塚原先生は。
殺されかかってるのか、俺は。俺たちは。
冗談じゃない!死んでたまるか!あんな痛い思いは二度とゴメンだ!
やりたいことがある!見たいものがある!まだまだ!俺は!死ねない!
「おおおおおおおおおー!」
朝倉の声が聞こえる。
刀ばかりに戦わせて、俺が潰れてどうする!
「あああああああああー!」
押し返す!押し返してみせる!
「ははははははははは!いいぞ!ヒロ、それが貴様の本気か!」
学園長の声が聞こえる。
答える余裕などありゃしない。
「腑抜けとばかり思っていたわ、この馬鹿者が!日頃からしゃんとせい!」
「学園長?説明をお願いします。」
「ん、ああ、そうだな。伯爵閣下、お願いします。」
「何事か、茶番でござったのか。」
「まあそう言うな、千早。説明する。」
「立花伯爵閣下がテロリストということはあり得ませんね。やはり狂言ですか。安心しました。」
「僕みたいな軟弱者がテロはありえないだろう?安心してくれたまえ、生徒諸君。」
「軟弱、いえ、文雅というのみにとどまりません。伯爵閣下の王国に対する忠誠心には、疑いを容れる余地などありませんから。」
「気持ち悪いわねえ、どうしちゃったのよ、フィリア。」
「それは良いでござるが、あちらをいかがなさる。」
「おおおおおおおお!」
塚原先生も気合声を発するようになった。
発せざるを得ないところまでは押し戻せたか。
「ああああああああ!」
先生の表情がハッキリ分かる。息遣いも聞こえる。
つばぜり合いまでは持ち込めた。
ここからだ。ここからが勝負だ。
頼む、朝倉!俺に力を!アリエル!ジロウ!ピンク!
「千早、フィリア、止められるか?」
「煽るとは学園長もお人が悪いでござる。なれど……血が騒ぐ。」
「フィリアは……もう詠唱を始めたか。」
視界が、一瞬、ホワイトアウトした。
横から塚原先生に対し、巨大な霊弾が飛来していたのだ。
さすが塚原先生は、体勢を崩しながらも、跳び退った。
「ヒロ!」朝倉の声が聞こえた。
「応!」ここで踏み込む!
視界が、一瞬で、ブラックアウトした。
この感じ、覚えがある。
「ご一行様、ごあんな~い。久しぶりに会えたね、ヒロ!」
ラスカルから始終声が聞こえてくるのもイラッとくるけど。
たまにこうして直接顔を合わせると、やっぱり格別にイラッとくる。
「また死に掛かってる。懲りないね。ヒロが死んじゃったら、契約してる幽霊達も、消滅だよ。実感したと思うけど。」
「くう~ん。」
「ヒロ。あたしはまだ天に帰れない。」
「私は描き足りない。」
「その腕じゃお前を放り出せない。」
「「誰よアンタ!」」
「わん!」
「朝倉だよ。俺は一度会ってる。夢枕に立ったよな。」
「あら、こうしてみるとイイ男じゃない。意外ね。」
「朝倉×アリエルか、いや、アリエル×朝倉だね。」
「俺にはそっちの趣味はねえ!」
「にぎやかでいいねえ。でもさ、何で全員この私の、好奇心の女神様の部屋にいるのか、分かってる?ヒロが死に掛かったり気絶すると、精神体となって、ここに来ることは分かってるよね?」
「俺だけじゃなく、全員来てるということは……」
「いうことは?」
「精神が、一体化しかかってる?」
「はい、ご名答。協力して全力を振り絞ったからねえ。ヒロがもう少し主導権取れれば、まだ違ったかもしれないけど。」
「ヒロ君に全てを委ねるの?それはちょっと……まだ早いって言うか……。」
おかしなことを言うな、このピンク頭!
「詩人アリエルを飼いならせるなんて思わないことね。」
「この腕で?俺に言うこと聞かせる?」
「わ、わん。」
分かってる。頼りないご主人で悪いな、ジロウ。
「ねえ、ヒロ君。最後のあれ。何?あんな速くて恐ろしい化け物、見たこと無い。」
「斬れる。が、今のお前では無理だ。相当な修行が必要だぞ。」
「小さな子を守るために、あんなのの前に飛び出すなんて。見直したわよ、ヒロ。」
「トラックって言うんだ。テレパシーで分かるかな。」
「へえ、荷馬車みたいなもんなんだ。戦車じゃないんだ。」
「聞けば聞くほど、斬り甲斐がありそうだ。」
「壮絶な最期だったのね。思い出させちゃったかしら。ごめんなさい。」
「そう言えば、さ。私達も、お互い……。なんか、体の隅々まで、それどころか中まで見られちゃったみたいで恥ずかしいなあ。」
「くねくねするな、気持ち悪い。見られたことも無いこじらせ喪女は黙ってろ。……ま、俺については、ああいう顛末よ。笑ってくれ。」
「笑わないわよ。男ならああでなくちゃ。」
「アリエル、お前もなかなか。」
「物語になるねえ、アリエルの最期って。歴史的発見だけど……、あれはマズイ、明かせないね。」
「一体化はさせないよ。めちゃくちゃになりそうだし、面白くも無いから。それでも、親睦が深まったということで。名残惜しいですが。」
女神の宣言に、ため息が出た。
「またアレか。」
「「「アレって?」」」
床が抜ける。
ちょっと!
きゃああ
わわわわん
おおおおっ
悪いなみんな。俺は慣れた。
ん?よし、戻ってきたな。
「改めて説明するぞ、生徒諸君。今日は何月何日だ?」
「9月2日です。」
「さよう。9月のアタマと言えば?」
「言えば?」
「何だっけ?」
「避難訓練かー!」
「正解だ!毎年1年生に体験してもらっている。2・3年生の協力も得てな。……そう言う訳だ、諸君。絶対に秘密だぞ。外部や新入生にばらした者は退学だ!覚えておくように!」
ドッキリに本気になってんじゃねえー!
「さて。生徒諸君の中にも転入生があったようだが。こちら、新しく入られた先生だ。情操教育が必要だとの立花伯爵閣下のご助言に基づき、何人かに入っていただくこととした。こちらは閣下の遠縁のご親戚である。」
例の、ぬいぐるみの女性だった。
「担当は、家庭科、特に裁縫と、美術、特に造形方面だ。他に、傀儡術。霊気の精密コントロールと同時使役を得意とされる、腕利きでもある。……先生、自己紹介をどうぞ。」
「あ、はい、あの……。」
ガタガタ震えている。そう言えば、あのバリケード。小心者なのか、この先生。
フィリアを見て、目を逸らす。まあ、出会い頭に本気の霊弾を撃ち込まれたら、そうなるよね。
あ、こっちを見た。
「ひいいいいっ。」
霊能が強いと、いろいろ感じるもんなあ。朝倉の本気なんて、心臓に悪い。
「ちょっとヒロ、あたしの親戚よ。何脅してんのよ。」
家のメンバーを守るのは、本家の務めなんですね。
「お、おい玲奈。ヒロ君を刺激するな。」
伯爵閣下、本来あなたの仕事でしょうに。
「脅してなんかいないって。先生、先ほどの霊気は、戦闘時のものです。滅多に出すものではありませんので、ご安心ください。」
「本当?」
「ええ。本当です。」
「ふううう。すううう。げほげほ。」
大きく深呼吸しようとして、咳き込んだ。鈍くさいなあ。
「ご、ご紹介に預かりました、て、て、宝玉帝冠・極光大銀河系です。家庭科と美術を担当しています。霊能者の方で、コントロールに苦労されている方がいたら、相談に乗れることが多いと思います。もちろん、霊能がない方でも、お気軽に話しかけてくださいね。」
「ステキ!素敵なお名前ですね!家名も!」
アンヌ……。
いや、アンヌだけじゃない。みんな目を輝かせている。
「父がつけたの。家名も。名前負けしていて恥ずかしくて……。」
それで小心者に……。
立花のキラキラネーム&キラキラ家名、恐るべし。
「ギャラクシー先生、ご謙遜が過ぎます。諸君も見たはずだ、先生の傀儡術を。複数を同時制御しながらの、精密なコントロール。達人名手である。学ぶところは多いぞ。」
「さて、それでは、解散!もう一度確認するが。絶対に秘密だぞ。外部や新入生にばらした者は退学だ!」
立ち上がろうとして、腰が抜けた。
力が抜け切っている。
あ、塚原先生。
「申し訳ございません!」
「ん、構わぬ。こっちも悪かった。目が合って、思わず、な。しかし迷わず抜いたなあ。いや、責めているのではない。褒めている。3人、いや4人がかりか。何か変な気も混じっていたような気がするが……。いずれにせよ、押し切れなかった。夏の間に腕を上げたな。真壁には感謝しておかねば。指導の強度を上げていくぞ。覚悟しておけ。」
「よろしくお願いいたします。」
「ん、よろしい。ではまた。」
去って行く塚原先生の背中をぼんやりと眺める。
俺は動けないが、先生は悠々と歩いている。足運びが乱れていない。
朝倉の力を、いや全員の力を合わせて、この差か。とてもまだまだ。
「おうヒロ、生前の俺なら負けないぞ。そこは覚えとけ。」
朝倉の声が聞こえてきた。
「ああ、いつかお前の全力を使いこなしてみせるよ。」
そんな思いを噛み締める余裕もなく。
後ろから殺気が迫ってきた。
「ヒロ殿?」
千早さん?その笑顔は?笑顔で何を怒ってらっしゃる?
「なぜ日頃より本気を見せぬ?某を侮っておるのか?」
「おい、待て。何のことだ。」
「千早のタックルを弾き飛ばすとはなあ。俺じゃあ、なおさら無理か。」
「ヒロさんも弾き飛ばされていましたから、その表現は少々……。」
「立花からも助言。言葉には気をつけなよ、マグナム。あんたは舌禍が多いんだから。千早がますますいきり立ったじゃん。」
ごめん、今は、いろいろと無理……。
腹が減った。眠い。限界だ。
後のことは、あまり覚えていない。