第四十四話 転入生 その4
「建物の中を通るルートを採用しようと思いますが、前衛の皆さんはそれで良いですか?」
前衛メンバー、全員が頷いた。
「それでは行きましょう。」
「出入り口は見張られているという報告があった。おそらく、矢弾の類が飛んでくると思う。」
「そういうことならば……。前衛部隊は一気に飛び出して、向かいの建物の敵を掃討してください。確保が済んだら、ナイト部隊に、道路を横切るように壁となってもらいます。後衛は、ナイト陣の背後を走り、向かい側の建物へ移動。遊撃部隊は、その間適宜必要と思われる行動を。最後に渡ってください。なお、ヒュームさんとキルトさんも、遊撃部隊に属してもらいます。」
淀みない指示。
後衛には怪我をさせない。その分前衛と遊撃には負担をかける。
悪びれることもなく、明確に方針を示す。
「全員理解したでござるな?」
叩き込むような、千早の声。後衛に威を示す。鬼軍曹役だ。
「了解。」
フィリアに報告し、俺も大声をあげる。
「遊撃部隊は、ヒュームが煙幕を作り、マグナムが援護射撃を行う。安全確実に渡ってくれ。」
後衛を安心させる。千早には悪いが、仏役は俺が担当させてもらう。
作戦開始!
校舎の出入り口から、千早が一気に飛び出す。
100m走で5秒を切るその足に、敵は照準を合わせ切れない。
動く標的に矢弾を当てるためには、あらかじめ予測して射つ必要がある。追うように射掛けても、決して当たるものではない。
ジャック他、残りの前衛メンバーは、千早を追う矢弾に後ろから当たりに行くかのように、駆けてゆく。二射めを撃たれる前に、間隙を縫うのだ。前衛全員が道を渡り、次の建物に辿り着いた。
こうした呼吸は、さすがは「学園」の生徒としか言い様がない。
向かいの建物の入口ホールを、敵は確保していなかった。掃討の必要なし。
千早が棒を振り上げて、こちらに合図を送る。
「ヒロ君、敵の位置が分かった。あっちの建物の陰と、あそこの植え込み。」
矢弾の軌道を見ていたピンクの報告を、フィリアに上げる。
「それと、その建物の二階の窓に、腕のいいボウガン持ちがいるね。そいつが一番厄介だ。僕が相手する。」
ノブレスからの補足。
「では、ヒュームさん、煙幕を。その陰からノブレスさんが、ボウガン持ちに対処してください。私が植え込みに霊弾を打ち込みます。マグナムさんは、壁際の敵に威嚇射撃を……マグナムさんが撃ち始めたタイミングで、ナイト陣が展開。その後、ヒロさんの合図で後衛が渡ってください。」
フィリアが詠唱を始めた。数秒の間に霊弾を形成し、こちらを見て頷く。
「開始!」
我ながら、意外と落ち着いた声だ。そうでなければ困る。
ヒュームがボールを数個転がしながら、道を走り渡る。
今度は矢弾も「いいところ」を狙ってくるのだが……。
「ニンジャ」ヒュームは身軽にかわしていく。最後は前転しながら向こうの建物に転がり込んだ。
転がり込むと同時に、ボールが火を吹き上げ、すぐに煙幕となった。
ノブレスが、悠々とボウガンを放つ。窓から敵のボウガンが落ちるのを確認。
フィリアが、植え込みに霊弾を撃ち込む。その一帯は沈黙。
マグナムが、腰だめにした二挺拳銃を……実質は機関銃のようなものだが、連発する。撃ち白まされた敵は、とてもではないが、弓を射る余裕などない。
「ナイト陣、展開!」
イーサンの声に合わせて、ナイト達がガシャガシャと音を立てながら、道に並ぶ。
「後衛、焦らず確実に、身をかがめてナイトの陰を渡れ!」
女子が渡り、ノブレスが渡り、最後にフィリアが渡る。
敵からの攻撃の可能性があるのは、建物の壁際からのみ。
マグナムがそこに霊弾を浴びせ続ける。
とは言え、どうしても、「リロード」の隙は生ずる。実弾を使う拳銃でなくとも、そういうところは共通しているらしい。
その隙は、キルトの弓が埋める。
ナイトを含めた後衛全員が渡り終えた頃には、煙幕はだいぶ薄れていた。
キルト他、遊撃部隊を全員渡らせて後、拳銃を連発しながら走り渡るマグナムに、並走する。
道の半ばで、ちょうどリロードのタイミングが来た。
敵さんから、矢が3本、飛んでくる。
マグナムに向かって飛んできた2本を、俺とアリエルで切り払う。
「伏せろ!」
ピンクの叫び声。
俺に向かってきた一本をかわしたところで、マグナムのリロードが完了。再び牽制射撃に守られながら道を走り渡る。
全員が道を渡り終え、建物にたどりついた。
その事実に、後衛メンバーも、自信を得たようだ。
俺達への、いや、俺への信頼も生じた。これでやりやすくなる。
この建物が何に使われているのか、詳しく知っている者は誰もいない。
生徒にとっては、「演武場へ抜ける、通り道」に過ぎないのだ。特に雨降りの日の。
演武場に向かうためには、真っ直ぐな廊下を歩いて行けば良い。
ただ、最後がS字カーブと言うか、クランクと言うか、そういう構造になっている。「己」の字のような形をした。
入り口ホールから見ても、視界はクリア。敵影は無い。
しかし、「己」字型のクランクの影は、いかにも怪しい。
「いますね。相当数が。」
探知能力に優れたフィリアが、断言する。
「いるでござるな。あからさまに。」
身に迫る殺気を見逃すことがない千早も、同意する。
「何はともあれ、まずは様子を探る必要があるね。……ヒューム、キルト、頼む。幽霊を一体出す。」
クランクの調査をアリエルに頼む。
別途、ピンクにジロウをつけ、周辺をもう少し広く調べさせる。
「あれは堅い。二つ目の曲がり角から向こうが、バリケード化されてる。顔を出したら、このざまだ。投石がキツイな。」
身に矢を受け、額から血を流したキルトが、そんなことを言いながら帰って来た。
「ん?ああ、気にするな。俺は頑丈だって言っただろ。神様の加護バンザイってね。レンジャーの癖に、攻撃を食らうのが前提なんだよ。なんなら後衛連中のナイト役だってこなしてやるぜ。」
「試みにだみぃの玉を投げてみたでござるが、棒やら『さすまた』やらで突つかれて戻されるでござる。煙玉、毒玉は効かぬでござるな。有効なのは焼玉でござるが、屋内で火を出してはこちらも危険。」
「幽霊対策もバッチリね。霊能者もいるかもしれないけど、何か道具の類で判別してるみたい。あたし達でどうにかすることは無理よ。」
そのアリエルの言葉を、千早とフィリアにも伝える。
「今から戻って広い道を行くのは、愚策でござろうな。」
「広い道では、後衛に怪我が出ることが確実です。」
前衛と遊撃の怪我は、折り込み済み。そこでフィリアを非難する気は無い。むしろ頼もしい。
「戻ったよ。二階には敵影なし。建物の周囲を見たけど、この建物から演武場前まではクリアだね。」
ピンクの言葉も伝える。
「ここを抜ければ問題無し、ということですか。」
「あのクランクをどう抜けるか。前衛は『覚悟』が必要でござろうな。」
場合によっては、「怪我」ではすまない。千早はそう言っている。
「援護射撃をしようにも、あの形では、あまり有効ではありませんね。」
「某ひとりなれば、どうとでもできる。これを盾に使えば……」
グワァラゴワガキーン。
まさかその音をこの耳で実際に聞く事ができるとは、夢にも思わなかった。
千早が金属製の防火扉を棒で殴りつけ、吹っ飛ばしたのだ。
「マグナムさんにこれを持ってもらい、近づいたところで千早さんが飛び出し、一気にバリケードを破壊するという作戦ですか。」
「いやむしろ、盾を構えて某が単騎特攻し、乗り込んで後は、この盾を振り回せば良いのでござる。強度が足りるでござるかな?」
4年の間一緒に暮らし、慣れ親しんだフィリアの想像すら飛び越える。
それが千早の本気であった。
待てよ?想像を飛び越える?
20パーセント回転が速くなった俺の頭が、動き出す。
「なあ、ピンク。」
「建物の強度的には、問題は発生しないね。よく思いつくなあ、ヒロ君も。」
テレパシーによるやり取り。
「千早、壁をぶち抜くってのはどうだろう?」
「廊下の壁をぶち抜いて、バリケードを横から攻撃するのでござるか!縦に備えている者は横撃に弱い。その策があったか!ヒロ殿、お見事にござる!」
「ごめん、千早。言いにくいんだけどさ、廊下の壁じゃなくて、外壁……。最初の突き当りをぶち抜けば、出口とほぼ同じ方向に出られるだろ?」
「己」字型をした廊下。出口(漢字の書き順で言うならば、「筆の入り」)と、最初の壁(最後の「曲げ」)の向こう側とは、ともに左側にあるというわけだ。
「バリケードを無視するか。そいつは痛快だな。ガチガチに固めて、その脇をすり抜けられたんじゃ、間抜けなことこの上ないぜ。」
マグナムが悪い笑顔を浮かべた。
「千早の脳筋ぶりは変わらねえなあ。2年の間に磨きがかかったんじゃないか?」
呆れ顔を見せるキルト。
「やかましいでござる。」
キルトをはたこうとして手を上げるも、怪我人であることに気づいた千早、その手を俺の背中に振り下ろす。
しぐさとしては、「もう、やだー」の手つきなのだが……。
これ絶対、体に跡がついてるぞ。緊急事態の最中なんだから、勘弁してくださいよ。
「マグナムさんの言うとおり、あまりに間抜け。黙って見過ごしてはくれないでしょうね。」
「堅いばりけえどから飛び出してくれるならば、むしろ好都合でござる。」
「千早さんが壁を抜き、先頭に立つ。前衛・ナイト陣に続いて、後衛が建物の外に出る。追い縋る敵に対しては、遊撃部隊が対処する。その方針で行きますか。」
「最初の曲がり角から二番目の曲がり角までを、こっちからバリケード化しとくか?」
えげつねえなあ、マグナムも。
「そうですね。簡易で良いので、お願いします。」
もう何枚かの壊した防火扉やら、机・椅子やらを運び込む。
「ワイヤートラップも仕込んどくね。」
淡々と作業するノブレス。やっぱお前も怖いわ。
時間にすれば10分も経っていない。
「それでは。」
千早が、外壁を棒で殴りつける。轟音と共に大穴が開く。
さらに数回殴りつけ、十分な広さを確保する。
「いざ!」
「前衛、ナイト、後衛の順に外へ出てください!周囲の安全を確保して後、待機!」
派手な音に、バリケードの向こうも騒然としている。
こちらを覗きに来て、何が起こったか理解したようだ。
しかし、ぷぎゃーしている余裕はなかった。
こちらもバリケードを作ったと言うのに、敵はそれをものともせずに突撃してくる。
射線はこちらで確保してある。マグナムが弾幕を張り、隙を埋めるのはノブレスのボウガン、キルトの弓、そしてまだ脱出していないフィリアの霊弾。
それでもなお、バリケードの向こう側が騒がしい。
人影が、バリケードの上を飛び越えるようにして、こちらに突出して来た。
朝倉を思い切り横に薙ぐ。
もう、ためらいはない。
はずなのだが、何だ、この感触。
人間じゃない?
落ちてきたのは、ぬいぐるみか何か。
人の覚悟に肩透かしを食らわせやがって。
近づいて蹴飛ばす。
「まだです!」
「え?」
蹴飛ばそうとした俺の脚に、ぬいぐるみの片割れが飛びついてきた。
そこにフィリアの霊弾が命中。
じゅっ
そんな音がして、今度こそ、ぬいぐるみが動かなくなった。
え?なにこれ?
「おそらくは、傀儡の術でござろう。」
ぬいぐるみを拾い上げたヒューム。
「む?操り糸はついていない?」
「霊気で操っていたのでしょうね。綿を開いてくれますか?」
フィリアの言葉に応じてヒュームがくないでぬいぐるみをほぐすと、中から焼け焦げたようになったお札状のものが出てきた。
「霊気で操られているなら、幽霊を見抜けるのも当然よね。」
アリエルがつぶやく。
「厄介そうだな。」
霊弾を撃ち続けながら、マグナムが言葉をよこす。
「お札が核になっていると考えられます。動きが完全に止まるまでは、各人気を抜かないでください。」
「了解!」
「ヒロ君、次のヤツは、頭にお札があるね。……その次のは、左足。胴とか頭じゃないあたり、いやらしいなあ。」
助かる、ピンク。
「ヒューム、次のヤツは、左足だ!」
「ふむ。なかなかに性悪なてろりすとでござるな。」
ぬいぐるみの攻撃。ファンシーでシュールだと思っていたが、波状攻撃を受け、周囲にぬいぐるみの残骸が積もるようになってくると、不気味さが先立つ。
相当に悪趣味だ、これ。早いとこどうにかしたい。
「なあ、ヒューム、フィリア。こういう術の使い手って、近場にいるものなのか?」
「さよう。」
「おそらくは。」
いっちょ脅してみるか。
「よし、数が減ってきた。こっちから突撃をかけるぞ!」
大音声で呼びかける。
そのとたん、これまで散発的に襲来してきたぬいぐるみが、一斉にこちらに飛び掛ってきて……。
その多くはバリケードとワイヤートラップに引っ掛かって動きを止めた。
こちらに抜けてきた二体も、無事に退治。
それ以上の攻撃は、なかった。
廊下を向こうに走り去る音だけが聞こえてくる。
「終わりだな。」
「さよう、気配が消えてござる。」
「ノブレスって言ったっけ。一応、ワイヤートラップを仕掛けといてくれるか?」
「ん、わかった、キルト。2分くれるかな。」
ワイヤートラップに引っ掛かったぬいぐるみを手に取り、中からお札を取り出して眺めていたフィリアが宣言した。
「それでは、私達も合流します。」
「後は演武場まで走るだけでござるな。」
「演武場までは、敵はいないそうだ。」
「千早さん、ヒロさん。演武場前をどう見ます?」
「ひと戦できる『場』でござるな。」
「物陰も多い。」
演武場前に着いた。
「後衛部隊、演武場扉前に集合!ナイトによる半円陣を組み、その内側に入ってください。前衛と遊撃部隊は、なお後方を警戒!」
案の定。あちこちから攻撃があった。
千早が棒を振り回し、矢を落とす。俺とアリエルは切り払う。マグナムは弾幕で、フィリアは霊気の壁を展開して防ぐ。
それでも後ろに飛んでいくのは、ナイト陣に任せるしかない。
「扉が開かない!」
女子が数人、悲鳴を上げた。
扉の外に鎖と鍵がかかっている。
まだ敵に占拠されていないという証明ではあるわけだが……。
まずい、千早もマグナムも、今は鍵を壊しに行く余裕がない。
ナイト連中も、陣形を崩すわけにはいかない。
どうする?
「任せな!」
ミーナの声が背中から聞こえてきた。
そう言えば、「私の武器はこれだ」って、ハンマーを見せてくれたっけ。
「うおおおっ!」
気合一声、金属音。
「開いたよ!」
「前衛・遊撃もナイト陣の後ろへ!ナイト陣は中央に前衛・遊撃を挟んで後退!」
イーサンの指示が飛ぶ。
フィリアを先頭に、ナイトの陰に飛び込む。
そのフィリア、駆け込みながら詠唱を始めていた。
「よし、扉閉め!」
イーサンの指示の直後、隙間からフィリアが霊弾を射出。
閉まった扉の向こうから、着弾の振動が伝わってきた。