表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

169/1237

第四十四話 転入生 その3


 「一部の郎党が、キルトのことを表立って痛めつけるかも……」という、昨日の話を思い出す。

 思わずフィリアの方を見てしまうが、彼女は首を横に振る。

 そりゃそうか。フィリアお嬢様がいる学園に、郎党が襲撃をかけるわけがない。


 そんな一瞬のやり取りをする間にも、声を上げた者がいた。

 「みんな、落ち着け!僕が出る!」


 ああ、スヌークよ。

 常日頃からこのシチュエーションを妄想していたんだな。

 そうでなくては、この反応の速さはあり得ない。


 目を逸らす。

 見ないでおいてやるのが、年長の男の優しさだ。


 スヌークから逸らした目を上げ、周囲を見回してみると、面白い事になっていた。

 一番多くの視線を集めていたのが、フィリア。あるいはその隣にいる、千早。

 まさに、日頃の信用。

 

 次に多くの視線を集めていたのは、イーサンとジャック。

 

 俺にも数人の目が向いていた。

 くだんのフィリア・千早に、イーサン。それとヒューム。


 ジャックがすかさず、太い声を上げた。

 「フィリアに任せよう。十人隊長だ。その資格がある。」

 「異議なし。」

 イーサンが同意する。


 「二番手」が即座に「頭」を祭り上げてしまえば、統制が乱れるはずもなく。

 何でもかんでも「自分が自分が」というわけではないあたり、ジャックのリーダーシップは、本物のようだ。言うまでもなく、イーサンの政治的センスも。


 

 「承ります。それでは。」

 フィリアも、即決。慣れたものだ。

 

 「ヒュームさん、キルトさん、様子を探ってきてください。役割分担は、お二人に任せます。ヒロさんは幽霊を一体、お願いします。」

 


 「了解。…俺が先行する。『しぶとい』体質なんでね。」

 「それでは、某は目立たぬように潜伏しつつ。」

 さっそく走り出す二人。


 「行って来てくれ。」

 ジロウを送り出す。  

 

   

 「武技に自信がない人は、後衛となります。必要な情報の確認が取れるまでは、動きません。この隊の隊長は私。『ナイト』の皆さん、守備をお願いします。逆に、武技に自信がある人は、前衛です。何かの時には突破役をお願いします。千早さん、隊長をお願いします。」


 「俺はここだな。」

 ジャックが移動する。 

 


 「つなぎとして、遊軍を置きます。必要に応じて前衛にも、後衛にもつきます。特殊技能のある人はそちらに。隊長はヒロさんで。」


 「え?」

 声が上がる。「コイツで大丈夫かよ」という視線を受ける。


 これが日頃の信用か。

 普段からもう少し、頼れる武人を演じなければいけなかったわけね。



 雰囲気を察したマグナムが、軽口を叩く。

 「任せたぜ、十人隊長殿。俺はこの隊だな。」


 マリアも察した。殺伐としたことを口にしながら、こちらに歩いてくる。

 「鎧も盾も真っ二つだものね。私も遊撃の方が安全かしら?」


 「マリアには、後衛をお願いしたい。……パニックが起きそうな時に、頼む。」そのひと言は、小声で。

 

 「さすがは十人隊長、冷静な判断ね。」

 ころころと歌うように笑いながら、後衛に下がって行く。

 早速、異能を使い始めたようだ。



 「それでは、二人が帰ってくるまでの間に、各人武装して、隊ごとに簡単な打ち合わせをお願いします。」

 幸いにして、今日は演習の授業がある日だった。各人装備を持ってきている。

 

 「イーサン。」

 ん?という顔をこちらに向けてきたので、スヌークに一瞥を送る。

 

 「スヌーク君、ナイトの先頭に立ってくれるか?僕は怪我をしていて足手まといだから、後ろに回って指示役に徹しようと思う。」


 肩透かしを食って、恥ずかしさに意気消沈していたスヌークも、どうやら元気を取り戻したようだ。

 イーサンがこちらに頷きを返してきた。


 後衛は、隊列の問題がある。

 前衛は前衛で、武器を振り回すからポジションを確認する必要があるが……。

 遊撃というのは、是々非々だから、あまり決め事がない。常に周囲を確認し、気づいたことがあったら俺に報告するようにお願いするぐらいだ。


 「なあマグナム、戦術目標としては、時間を稼げばいいんだろう?」


 「そうだな。どれほど遅くとも、3日もあれば新都の警察か軍隊が鎮圧してくれるだろうから。」


 「じゃあ、安全な場所に移動すればいいわけだ。あとはせいぜい、食料の問題か。」


 「非常食は、教室の後ろに置いてあるから、考えなくても大丈夫だよ。」


 「情報ありがとう、ノブレス。みんなに配っといてくれるか?」


 「了解。手が空いてる人、手伝って~。」


 

 「各隊、打ち合わせはまとまりましたか?今後の大まかな予定を、話し合いましょう。今そこで少し話題になっていたみたいですが、状況が許すのであれば、立てこもりやすい場所に移動しようと思います。」

  

 「頑丈で、火をかけられても鎮火しやすい建物。この人数で守れる。そういう条件を満たしているのは、演武場だと思う。あとは、寮か。」

 厨二妄想のシミュレーションを日頃から繰り返していた、いや、もとい。常在戦場の心を忘れずにいたスヌークが、きっぱりと回答した。

 この答えは、信じて良いだろう。

 

 「他の学年の生徒が、どこに避難しているかとの兼ね合いもありそうだね。収容人数の問題があると思う。」

 行政官僚の卵、いや、すでに雛ぐらいには間違いなく育っているイーサンも口を開く。常に「数字」を考慮に入れることを忘れない。


 

 校舎の外が、騒がしくなってきた。

 窓際の高いところに矢が数本、突き立つ。

 その音に、数名の女子が悲鳴を上げた。

 

 まずいな。


 「こりゃ、ただの流れ矢だな。距離も離れてる。だろう、ノブレス?」

 あえて窓際に近づいたマグナムが、のんびりと口にした。

 身を呈して雰囲気の沈静化を図ろうとしている。


 「中の人間を狙ったという角度ではないね。」

 心理的配慮にはまるで気が利かないノブレスだが、その分、ウソがつけない。

 どこまでもボンクラだが、ボウガンをメインに、弓だの銃だのに関する目利きだけは、正確無比。

 誰もがそのことを知っているので、どうやら一部の女子も落ち着いたようだ。

 これも日頃の信用だ。

 


 「フィリア、少し良いかな。」

 スヌークが口を開いた。

 「外の状況がまだ分からないから、断定できない部分もあるけど。この校舎から演武場に行く場合、ルートが3つある。そのうちのひとつは、絶対に使うべきじゃないと思うんだ。……実験棟と教官棟に挟まれたルートなんだけど。そう言えば分かるだろう?」


 「高い建物に挟まれ、回廊地帯になっています。上から物を落とされたり、前後を塞がれて挟撃されたりする危険がある、ということですね?」


 「そうすると、残りのルートは2つ。開けた、広い道を通るか。途中で建物の中を突っ切る、やや距離の短いルートか、だな。」


 「ああ、そのとおりだ、ジャック。広い道は、動きがとりやすいという利点はあるが、見つかりやすい。戦闘になれば、いわば会戦だ。全員が危険にさらされる。建物ルートは、距離が短いという利点があるが、狭くて動きが取りにくい。戦闘するとなれば、工夫が必要だ。後衛は怪我の恐れが少ないが、前衛が苦労することになる。」

 

 「やるじゃん、スヌーク。」

 アンヌが声をあげた。

 「見直したよ。」


 正直、俺も見直した。妄想でも、ここまできちんと考えてあるなら、立派なものだ。

 

 スヌークのことを厨二厨二とバカにしちゃ、いけないよな。


 獣の頭蓋骨で作られた兜に真っ黒な詰襟、同じく真っ黒な金属鞘の日本刀という、厨二を極めた己の姿を省みる。

 

 兜を装備し、朝倉を引き抜いて確認し、再び納刀した俺の姿を見た途端に、不安がっていた周囲が尊敬と安堵の眼差しを向けてきたのには、正直いたたまれない思いをした。顔から火が出そうとは、まさにこのこと。

 でも考えてみれば、兜は「獣を退治した証明」である。その不気味さは、死霊術という霊能を嫌でも意識させる。朝倉の性能については、誰もが知るところ。「十人隊長」を勝ち取った証なのだ。


 今回は、そういう芝居がかった姿を、前面に押し出していく必要がある。


 初陣の際に俺達が率いていたのは、プロの軍人だった。

 今回俺達が指揮するのは、素人。それでも経験者や異能者、武術自慢がフォローしてくれる俺や千早はまだマシで、フィリアの下には、荒事を知らぬ、まさに「お嬢様」がいたりする。

 フィリアをフォローするためにも、「上」に立つ隊長格は、嘘でもカッコつけて、強そうに、自信ありげに振舞わなければいけない。



 「ねえ、大丈夫なの?二人が帰ってこないけど。」

 まだ何分も経っていないのに、早速これだ。気持ちは分からんでもないけど、口に出すのは、「心得に欠ける」。

 ただ、それを誰かが非難すると、泣かれて集団パニックだから……。


 「この周辺は大丈夫だ。霊を斥候に放ってある。安心して二人を待とう。」

 大ウソ。

 口にしてからアリエルにテレパシーを送ったのだから。

 「悪い男ねえ。でも悪くないわよ、その判断。行って来るわね。」 


 千早が呆れたような顔を見せたが、フィリアは微笑してうなずいた。

 霊能のある二人には、バレている。マグナム他、数人にも。

 

 アリエルはすぐに帰って来た。周辺は、特に問題ないそうだ。

 帰還に気づいた霊能者達に、頷いてみせる。


 「どうです?」

 

 「主戦場は別のところらしい。」

 「出入り口は見張られているけどね。」というアリエルの言葉の後半は、あえて今は伝えない。



 偵察に出ていたヒュームとキルトが帰って来た。

 「現時点での主戦場は、寮にござる。寮に残っていた3年生が、女子寮に集合。てろりすとが男子寮を落としてござる。一進一退、寮を守りつつ落とさんとする攻防にて。また、一限が演習であった2年生が3年生に合流せんとして、てろりすとに阻まれておるところにて。こちらは野戦でござる。」

  

 この時期の3年生は単位をほぼ取り終わり、授業のコマ数が少ない。今日も一限は空いていたので、大多数が寮に残っていたのが幸いしたようだ。

 2年生も、一限が演習ならば、全員が武装状態だったはずだ。


 「寮から矢文が放たれてござる。『戦線の維持は十分に可能です。1年生は身の安全だけを考えて。女子寮長、署名』。ぴいえす。『男子は部屋に入れていないから、女子のみんなは安心してください。』」

 

 「余裕あるみたいね。安心したわ。」

 歌うように、マリアが口にした。異能を発動させている。


 「2年生には、俺が接触した。」

 キルトが報告を継ぐ。

 「『うまくいっている。このまま行けば、女子寮に集合して、協力して男子寮を奪還できそうだ』と言っていた。実際に押し気味だったな。ただ、『演習場と寮の間は幸いにして敵が手薄だったが、校舎と寮の間は敵が分厚く配置されているのを確認した。いま校舎にいるならば、こちらに来ることは避けた方が良いと思う。』とも言われた。」

 

 「わん。」

 ジロウからテレパシーを受ける。


 「霊からの報告は、キルトの証言を裏付けるものだったよ。実際に、校舎から寮の間には、かなり重厚な、いや、『いやらしい』構えだな、これは。そういう構えを敷かれている。」

 ピンクに絵を描かせる。

 

 「これは、怪我人が出かねぬでござるな。」


 「ええ。やはり演武場を目指すべきですね。」

 

 脱出行が、始まった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ