第四十三話 武術大会 その7
ヴァンサン・ビガールと孝・方による決勝戦。
もちろん予想など、できたわけではなかったが。
2人が向かい合っているのを見ると、「なるべくしてそうなった」ようにしか思えないから、不思議なものだ。
上位に勝ち残った者はナイト系・防御重視で重装備の者が多かったのだが。
眼下の会場にたたずんでいる2人は、共に軽装。
武技に優れた者には、装備など関係ないということか。
「剣士」、ヴァンサン・ビガールの装備は、顔が見える兜に胸甲。腕には木製の両手剣。
「武術家」、孝・方の装備は、ゆったりとした道服。得物は、なんと、持っていなかった。
「試したいのか、自信があるのか。老師、どちらですか?」
真壁先生が、尋ねる。
「分かるような、分からぬような。恐らく本人もそうだろう。最も得意としてはいるだろうが、棒や槍でも悪いことはあるまいに。」
試合が始まった。
「間合い」が大きく異なる二人。
方寮長が、静かに前へと進んで行く。
それを制すべく、ヴァンサンが、両手剣を水平に振るう。
方が、大きく飛び退る。
再び方が、前へと進んで行く。
走るでもなく、おっかなびっくりというわけでもなく、地を擦るように、淡々と。
ヴァンサンが、両手剣を振るう。
方が、再び飛び退る。
今度は、やや小さく。
繰り返すこと三度。
方が飛び退らなくなった。
その場に脚をとどめ、身をかわす。
ヴァンサンも大振りはしない。小さく刺突し、細かい横薙ぎを入れる。
あの大剣を、細かくコントロールできるものなのか。
「相当な力だな。」
「思った以上に錬れているよの。」
真壁先生と李老師の評価も、高い。
すうっと、方が前に出た。
刀身に沿うかのように。
地面と平行移動するかのような動き。
千早が、『はぐれ大足』に近づいた時に見せたのと、似たような移動法。
そして、そこからの、半身のタックル。
それほど威力があるようには見えなかったのだが、結構な勢いでヴァンサンが吹っ飛んだ。
さらに近寄ろうとした方だったが、地を擦るようにして振り上げられてきた大剣に、動きを制される。
「やるのう。」
「タックルを受ける前に、脱力したな。両手剣で相手のコースを制限したのも効いたか。」
「よく分からないけど、馬鹿力でぶんぶん振り回してるだけじゃないってこと?」
「そういうことよ、レイナ嬢。ああ見えて意外と『柔らかい』。」
「方寮長の動きが、よく分からないんだが。いつの間にやら前に出ているような。」
「我らが流派の歩法でござるよ、マグナム殿。」
「私は何度か見たことがありますが、非常に見極めにくい動きだと思います。」
「そうだの、ヒロ君。初見で見切るのは難しかろう。動きを見るに、ヴァンサン君も対戦経験があるようには見えぬ。なれど、あの対応。見事よの。」
「武術の才能があるんだろうな。老師の言われたとおり、『柔らかい』から対応できる。どうだ、千早。お前だったら、ヴァンサンを仕留められるか?」
仕留めるって、真壁先生。
まあ武人の発想って、そういうものだよな。
「方寮長と同じ技・同じ動きをしていたならば、ヴァンサン殿を壁に叩きつけているところでござる。」
「そんなに違うのかよ!?」
「単純に、筋力と速度が違うゆえ、な。3倍速ければ威力は9倍、でござろう?何を驚かれる、マグナム殿。お主にもできるはずでござるよ。」
「それが千早の不幸よ。力押しできてしまうから、工夫の効果をいまひとつ体験できぬ。ヴァンサン君の動きをよく見ておけ、千早。お前もあの柔らかさを持っているのに、使わずにおる。」
「方寮長じゃなくて?」
「千早には才がある。才なき孝では参考にならぬのよ、レイナ嬢。」
ピシャリと言ってのけた、李老師。厳しいもんなんだな、武術って。
眼下の試合会場では、再び応酬が始まった。
ヴァンサンが剣を振るい、突き出し。
方が身をかわし、入り込む隙を窺う。
「ヴァンサンの剣捌き、鋭くなっていませんか?」
疑問を口に出してみる。
「体が温まってきたのか、それとも一撃食らって本気になったとか?」
「分かるか、ヒロ。確かに動きが良くなった。だが、おそらくそういう理由ではないな。いまのやり取りで何かを掴んだんだ。」
「さよう。まこと、思った以上に才がある。楽しくて仕方なかろうよ。見知らぬものに出会い、自分が変わる。」
人と人とが出会い、交流したり影響しあったり、あるいはすれ違ったり。
そういう場とか流れを大切にするのが、天真会だったよな。
「さよう。それが我ら天真会よ。」
染み入るような、それでいて幼子のような、無邪気な笑顔をこちらに向けた李老師。
またバレバレだったわけだけど、今度は、何の不気味さも感じない。
「孝はどうでしょう?あれぐらいの腕があれば、相手の変化に気づくはずですが。」
疑問を口にした真壁先生。
急に笑い出した。
「ハハハ、いや、失敬。しかし、いや、ハハハ。真に業が深いのは、孝のほうか。」
「さよう。才の違いを見せ付けられて、なお喜んでおる。」
「何か、方寮長とは仲良くなれそうな気がするぜ、俺は。」
「そうよな。マグナム君、孝とは仲良くしてやってくれ。」
実際、試合会場は、なんだかおかしな雰囲気になっていた。
木の大剣が孝・方の腕を、脚を掠める。顔には切り傷が生じ、血が流れ始めた。
拳が、蹴撃が、ヴァンサンの胸甲に打ち付けられ、凹みを作る。口から何かを吐き出してもいた。
それなのに、二人の顔には笑顔が浮かんでいる。
「アタマおかしいわよ、あいつら。……分からなくもないけどさ。」
「あたし達は自分がアレだってこと、分かってるよね。あの人たち、分かってるのかしら。」
レイナとアンヌのそんなやり取りに、ピンクが反応した。
「そうだよ!イッちゃってるって意味では同じなのに、なんで武術は評価されて、文化方面は認められないんだよ!」
「下品ねえ、ピンク。」
「アリエル、あんたに言われたくはない!」
「まあそうよね。」
孝・方が、するするっと前に出た。
半身になり、脚を止め、正拳突きを打ち出す。いや、貫き手か?
ちょっと無防備すぎやしないか?
案の定、ヴァンサン・ビガールの大剣が、上段から撃ち下ろされる。
嫌な音が響く。
ヴァンサンが血を吐き、方の左腕がだらりと垂れ下がる。
貴賓席に、動きがあった。
アレックス様が、何事かをゲストに伝えている。
審判が飛び出し、両者の間に立つ。
両者の様子を確認し、試合を止めようとしたが……。
二人の表情を見て、引き下がった。
両者と、そして審判が、頷いた。
「これは……。」
「そうよの、ヒロ君。」
「次で終わり。止めることはできませんな、あの顔を見せられては。」
「さようですな、真壁先生。大怪我をしなければ良いのだが……と思うのは、ジジイゆえ、か。」
またもするすると前に出る、孝・方。
いや、今までとは少し違う。
あいかわらず淀みない動きなのだが、速い。力強い。
「掴んだな、孝!」
真壁先生が驚きの声を上げた。
「ようやくか。ヴァンサン君に比べてなんたる鈍さ!」
叱りつけた李老師、しかしその声は嬉しさに上ずっていた。
最初の一撃と同じ、半身のタックルを食らわせに行く。
しかし、ヴァンサンは、牽制をかけていなかった。
上から、両手剣を、振り下ろす。
舟の櫂のような、木製の大剣が、なぜか、ぐにゃりと曲がって見えた。
「あの技は!」
「また掴んだか!」
「才の差か。」
李老師のひと言は、切り口上ではあったが、寂しそうだった。
嫌な音がした。
右ひざか、太ももか。脚に決まったのだ。
タックルを打ち付ける前に。
道服姿が、崩れ落ちる。
李老師が太い息を吐いた。
「骨は折れておらぬか。幸いだ。」
即座に両手剣を手放したヴァンサン・ビガール。
手を差し伸べ、孝・方を扶け起こす。
痛みに顔をしかめながらも、しかし、二人は笑顔を見せていた。
会場に、修道服を着た年配の女性が現れた。
先ほど貴賓席で、アレックス様と会話していた、ゲストだ。
「聖神教女子修道会の、極東大司教区代表です。」
「治癒・回復術については、第一人者でござったな。」
拍手。喝采。
会場は興奮の渦に包まれていた。
「あの一撃は?」
「剛だけでもダメ、柔だけでもダメ。そういう一撃だ、ヒロ。下半身からの、全身の筋肉の連動と、脱力と。まあ、そういうことさ。」
「精神的にも、集中しつつ、こだわらず、でござるよ。」
「雑念があっては、出せないでしょうね。……李老師、ヴァンサンさんに、違和感を覚えますか?」
「いまは覚えぬ。晴れ上がった秋空のようだな。すがすがしい限り。これがヴァンサン君の地であろう。いや、得心がいった。若者でもあるし、何か悩み事でもあったのやも知れんの。」
「うじうじしていたと。やはりヒロ殿とどこか似ているでござるな。ヒロ殿、何か思い迷うことがあれば、稽古をなされよ。何なら某がお相手つかまつるゆえ。」
「千早、お主は少し押さえよ。試合に当てられおって。」
表彰式があり、優勝者のヴァンサンは十人隊長を得た。
あの腕で職階を持っていなかったのか。意外だ。
これまで割りと目立たなかったヴァンサン・ビガールだが、しばらくは新都でアイドル扱いだった。
準優勝の孝・方と準決勝敗退の女性剣士が、特別叙任を受けた。
方寮長は十人隊長に。これで卒業すれば百人隊長か十騎長だ。
女性剣士は、ひとつ上がって百人隊長。十騎長ではないけれど、「壁」を乗り越えることはできたというわけだ。
イーサンにも、特別叙任の話が出たそうだが。
デクスター子爵の内意があって、見送られた。
まあ、彼はここで叙任される必要がない家柄の人間だし。
本人もそのつもりはなかったから、良いのだろう。
新学期が始まっても、イーサンはしばらくあちこち痛そうに、ひょこひょこと歩いていた。
それと。
デクスター子爵家とアサヒ家が、「なぜか」会食したらしい。




