第四十三話 武術大会 その6
ベスト8に残っていた者の多くは、ナイト系だった。
「武器は木製、防具は自由」となれば、重装備が強いのは当然かもしれない。
年齢構成的には、15歳以下が3人。さも当然のごとく、全員が学園の生徒であった。
その中でも、13歳の最年少選手・イーサンが敗退。
それでも、まだ注目選手は残っている。注目選手としては本命と言うべき存在が。
万緑叢中紅一点。そう、女性選手。
準々決勝第二試合に、さっそく登場した。
会場は大盛り上がり。
「128選手の中のベスト8。4つの試合を勝ち抜いたということですよね。」
「異能なしとは恐れ入ったでござる。」
「確か、そもそも20人ぐらいよね、女性選手。」
「職階が欲しいということは、軍人さんかしら?」
「そうみたいだな、マリア。パンフレットによると、16歳で学園のOG。十人隊長を持っているはずだから、優勝すれば百人隊長か十騎長になれるな。」
「女性軍人にとっては、ひとつの壁ですしね。大会で越えてしまおうということなのでしょう。」
「どういうことよ、フィリア。」
「十騎長は、騎士10人を指揮します。騎士には歩兵が随伴するので、100人からを率いるわけですから、これは立派な指揮官です。百人隊長も同様。ここから上は、統率の能力は必要ですが、武術の腕は必ずしも必要ありません。……しかし、兵卒、あるいは十人隊長の段階では、やはり隊の先頭に立つ必要が出てきます。武術の腕がないことには、手柄が挙げられず、上に行けません。」
「なるほど、それで壁か。千早でもない限り、女性でそこを超えるのが大変なんだな。」
「マグナム殿?どういう意味でござるか?」
「いや、ほら。説法師とか異能持ちでないと、ってことだよ。」
「ここでもか。『必要としないヤツに限って、持っている』ってわけね。」
レイナがため息をつく。
「千早は卒業すれば百人隊長でしょ?壁を越える能力があるヤツが、最初から壁を越えてるわけじゃん。」
「レイナがそれを言うかなあ。文才無くたって、立花の名でどうとでもできるのに。ため息つきたいのは私だよ。」
早口で言うアンヌ。笑顔を浮かべている。
「心にも無いことを。文才で私に負けてるなんてこれっぽっちも思ってないくせに。」
「レイナさん。千早さんは実績を積んだから職階をもらえたのよ。」
「そうだったね、マリア。ごめん、千早。」
「気に病まれるな。某も気にしてはおらぬゆえ。それよりも、かの選手でござるよ。おなごでここまで残るとは、いかなる装備にて、いかなる武術を用いるのやら。」
パンフレットに目を落とす。
名乗りは「サムライ」。得物は「薙刀」であった。セコンドには、何と、先日模範演武を披露していた刀術家の名が記されている。
「学園で塚原に薙刀を習い、卒業後はあいつを師に仰いでいる。お前の姉弟子ということさ、ヒロ。レイナの姉弟子でもあるか。あいつ等の弟子なら、これぐらいは当然だ。しかし自分でセコンドにつくかね。よっぽど心配してるのか。……ヒロ、この試合はよく見ておけ。俺達の流派の薙刀が、どういうものか。」
相手選手は、片手剣に盾装備のナイト。少し脚をひきずっている。
やっぱりダメージの蓄積はあるよな。
そう思って女性選手の方を見ると、これがなんと、ほぼ無傷。それだけ腕があるのか。
彼女の装備は、下から順に、革のブーツ、すね当て、袴。
上半身は、胴丸。肘にプロテクター、篭手。そして和風の兜。前立ては付いていない。
どちらかと言えば軽装備。まさに「サムライ」であった。
試合開始の合図があった。
当然ながら、間を詰めようとする相手選手。
一閃。薙刀というその名のごとく、薙ぎが入る。
傷めているらしい、相手の膝へと。
「バキイッ」と乾いた音が鳴り響き、粉砕された木片が飛び散る。会場が騒然となる。
「これが薙刀だ。遠心力と技術が伴えば、あれぐらいの威力は出せる。膂力があれば、なお良いのだが。」
真壁先生の解説は、淡々としていた。
相手選手の前進の勢いが、やや鈍くなった。
しかし彼女は武器が……と思ったのも束の間、セコンドについていた先生が、次の薙刀を投げ入れる。
そういえば武器の持ち替えは自由だった。
間髪入れずに、全く同じ軌道を描いた薙刀が、全く同じ部位を打ちのめし、再び木片を飛び散らせる。
三本目の薙刀が彼女の手へと投げ込まれる。
膝に三発食らった時点で、相手選手は立ち上がれなくなっていた。
「よく耐えたな。見事なものだ。」
そっちですか、真壁先生。
木製のハンデ・重装備の不利を跳ね除けるほどの威力。
それが薙刀であった。
それにしても。一体何本の薙刀を持ち込んだのだろう。
順々決勝第四試合には、見知った顔が登場していた。
孝・方、学園男子寮の、寮長。
穏やかな人だけど、思い起こせば「威」があった。
やはり当然という気がしてくるから不思議だ。
ゆったりとした道服を着ている。
名乗りは「武術家」。
「あのさあ、武術大会に『武術家』って。説明になってないじゃない。」
相変わらずレイナは手厳しい。
「武芸十八般。」
李老師がレイナに笑顔を向けた。
「説明のしようが無いってこと?『大概の武器は何でも使いこなせます』って?」
省略型と、饒舌型。それなのにかみ合うこの二人。
なんとも不思議だ。
老師がこちらを見た。
「これも『分かるような、分からないような』ってことですか?」
うなずく老師。
「老師、もしや。」
「そうよ、千早。ワシの孫弟子よ。」
方寮長、この試合では、棒を選択していた。
千早と真壁先生の目が光る。
相手は、ナイト。
やはり、重装備は、強い。「守備の堅いは七難隠す」というわけか。
得物は戦斧。短兵よりはリーチが長いが、棒ほどではない。
間を詰めるべく走り寄ってくる。
寮長、体を回転させるようにして、相手の脚に棒を打ち込んだ。
いや、打ち込んだという感じではない。脚に「絡める」ように見えた。
おかしい、しなったり曲がったりするような棒ではない。
真っ直ぐな棒なんだけど、なぜか「ぐにゃあ」っと動いたような……。
脚を取られた相手選手、転倒。
起き上がろうと頭を起こすところに、突きを一撃。兜越しだが眉間に決まった。
「ゴッ」という音がして、頭が床に打ちつけられる。そのまま動かない。勝負あり。
会場、またも騒然となる。
「大丈夫なんですか?」
思わず老師に聞いてしまった。
「気絶しとるだけよ。水でもかければ息を吹き返す。」
「恐ろしいですね。これが老師の流派ですか。」
「真壁先生にはまだ遠く及ばぬよ。あれでは千早にすら勝てぬ。だが長く続ければ、ワシぐらいにはなれるかもしれんな。」
「有望なお弟子さん、いやお孫弟子さんですな。」
「才は無い。だが、精進はしておる。そう聞いておるし、確かにそのようだ。」
「某は学ぶところが多いと感じたでござる。」
「やっと気づいたようだな。孝に感謝するとしよう。」
準決勝・第一試合は、ヴァンサン・ビガールと、女性剣士の対戦。
その使用法が長巻に似ると言う両手剣と、塚原流の薙刀とのぶつかり合い。
これは俺にとって大切な試合だ。
「ヒロ殿のようにカッコつけている丈夫となると、おなご相手ではやりにくかろうな。」
「さすがにそこまでだらしないヤツだったら、準決勝まで残らないでしょ。」
「二人とも、言いすぎよ。ヒロ君は実戦で手柄を挙げてるんだから、情けなくても彼らより『格上』なのよ。武術の上では。」
「ヒロさん、これが日頃の信用というものです。常に心しておくように。」
「散々よのう、ヒロ君。」
「それほどだらしなくも情けなくもないと思うんだがな。塚原の弟子だし、それなりの使い手だぞ、ヒロだって。」
「男子と女子とで、ヒロに対する見方が違うんだよな。……って、俺もそうか……。」
いいから試合に集中させてくれ!
マグナムは凹むな!
常に先手先手を取って動いていたのは、女性剣士の方であった。
ヴァンサンの身に届くか届かないかのところで、両手剣に阻まれる。
先手先手を取らないと、勝ち目がない。
彼女はそう考えているのだ。それぐらいは俺でも分かるようになってきた。
先ほどの準々決勝で見せた太刀筋は、見事なもの。
あれだけの腕を持っていてなお、ヴァンサンに勝つのは難しいと見ているのか。
身に迫る薙刀を、両手剣で受けるヴァンサン。
受ける間合いが、薙刀と両手剣を撃ち合わせる場所が、だんだんと体から遠いところになっていく。
それだけ両手剣を振れるようになってきているのだ。
八合めであったか。
いい感じに振られた両手剣と、薙刀が真っ向からぶつかり合い。
そして、薙刀が、折れた。
前の試合同様、「バキイッ」という音を響かせて。
直ちに薙刀が投げ込まれる。
ここから先は、形勢が逆転していった。
一合一合、撃ち合わされる間合いが、だんだんと、女性剣士の体に近づいていく。
両手剣の風切音が、より大きく、より鋭くなっていく。
それでも彼女は、よく粘っていた。なお十合は撃ち合っていたか。
刀術で言う、つばぜり合いの間合いに両手剣が迫り。
二本目の薙刀が折れ。
そのタイミングで、タオルが、会場の床に落ちた。
彼女の師匠が投げ入れたのだ。
ヴァンサンの腕に、女性剣士の健闘に、万雷の拍手が送られた。
「双方見事でござったな。」
「ヴァンサンだっけ?彼、そんなに思い切り悪くは見えなかったけど。」
「いえ、まだ分かりませんよ、レイナさん。あそこから先、さらに打ち込んで行けるかどうかこそ、でしょう。」
「まあ、その前にタオルを投げ入れるのは分かる。やはりな、女子でもあるし。双方のことを考えれば、師匠とすればああなるさ。」
塚原先生の、師匠ならではのひと言。
「レイナ嬢、そういうわけよ。ワシが何も言わなくとも、皆が説明してくれたわ。……この試合はそうでもなかったが。どういうことかのう。いまひとつ分からぬのよ、ヴァンサン君が。」