第四十三話 武術大会 その3
武術大会・17歳以下の部。
128人によるトーナメント戦が始まった。
ベスト16までは、広い会場を仕切って、複数の試合が同時に行われる。
試合で使用が認められるのは、木製武器のみ。防具は自由。
選手には2名のセコンドをつけることが認められている。
タオルを投げ入れたり、試合の合間に治療をしたりする役を担う。
決勝まで進むとなると、7回戦う事になるので、セコンドの役割がかなり重要となってくる。
イーサン・デクスターには、トモエ・アサヒと、彼女の乳姉妹がついていた。
イーサンは、出場することを実家に伏せている。デクスター家からの援助を受けられない。それを聞いたトモエが、いや、聞く前から、セコンドを買って出たのだそうだ。
トモエの乳姉妹は、生まれながらの浄霊師。能力的に高くはないが、回復術が使える。トモエもトモエで、夏の間は応急処置の勉強に励んでいたそうだ。出場選手のデータも集めまくってたし。
これだから、恋する女子ってヤツは。
128選手による1回戦64試合は、4回に分けて行われるが……。
イーサンは、その2回目の16試合に登場した。
相手は、どうやら野生の腕自慢のようだ。
木刀一本を携えるのみで、セコンドもなし。家の援助も無ければ、友人もいないというわけだ。
これまでの行動に原因があるとは言え、さすがに少しかわいそうになってくる。
開始直前、イーサンがトモエに盾を渡し、代わりに両手持ちメイスを受け取った。
それを見た一部の観客が、拍手を送る。防具の無い相手に対するフェアプレー精神と見たか。
「そうではあるまい。が……。」
「観客を味方につけることが出来たのですから、結果として得策ではありますね。」
素人ではない千早とフィリアは、事態を正確に掴んでいた。
128人のトーナメント。決勝戦までは7試合ある。
体力を消耗するわけにはいかない。特に、装備の重いナイトであれば、なおさら。
鎧だけで攻撃を防げるならば、少しでも軽量化を。そういうことだ。
「本気だな、アイツ。勝ち残るつもりだ。」
マグナムが武者震いした。
「いつもは涼しい顔してるけど、今はどうなのかしら。どうせなら兜も取りなさいよ。」
レイナも、多少興奮気味か。
結果は、イーサンの圧勝。それはそうだ。
鎧の一番頑丈なところで攻撃を受け止めつつ、思い切り打ち込めば良いのだから。
二回戦、32試合。
イーサンは、1回目の16試合に登場。
相手は、槍使い。
とは言え、試合では、真槍の使用は認められない。
相手が手に携えているのは、いわゆる「たんぽ槍」。棒の先に、お手玉のような布が被せてある代物であった。
トモエがイーサンに耳打ちする。
再び盾を手放し、片手持ちメイスを選択したイーサン。
試合開始とともに、右手のメイスを肩に担ぐようにして、しゃにむに距離を詰めていく。
長物相手なのだから、距離を詰めるのは当然と言えば当然なのだが、あまりに無警戒に見えた。
案の定、相手が槍を突き込んで来る。
胸に突きを食らったイーサンだが……同時に、空いている左手で、槍の柄を掴んでいた。素早く脇に掻い込む。
これで勝負あり。
距離を詰めながら、相手の槍を脇と左腕で「極め」ていく。
右手のメイスで殴りかかるイーサンに対抗する術を、相手は持っていなかった。
「突きはまずかったでござるな。なれど……。」
「無警戒な突進。反射的に最速の手段を選択してしまったのでしょうか。」
「槍の道場試合なら、突きが決まった時点で勝負ありなんだろうな。」
「トモエさん、何を耳打ちしたのかしら。」
「優秀なセコンドよね。イーサンは感謝しないと。」
試合で使用が認められるのは、木製武器のみ。対して、防具は自由。
そこに勝負の「あや」があった。
ベスト32に残ったイーサン。
迎える三回戦は、4試合ずつ4回に分けて行われる。イーサンは、その2回目に登場した。
この試合の相手は、随分と軽装であった。だが、体格に優れている。
上背はマグナムほどではないものの、体の厚みはマグナムを上回るかもしれない。
「ドルオタ」が出版したパンフレットによると、相手は「野生の腕自慢」、17歳。得意武器の欄に書かれていた文字は、「ステゴロ」。こりゃその道のエリートだな。
「頭悪いわねえ。武器名を聞かれて『ステゴロ』って。答えになってないじゃない。」
乱暴者を嫌い、マッチョを苦手とするレイナが、吐き捨てる。
「バカにしたもんでもないぞ。それで2つの試合を勝ち上がって来てるんだから。」
最近ステゴロにも取り組んでいるマグナムは、多少の親近感を覚えているのだろうか。
イーサンは、片手持ちメイスと盾を選択。
彼が一番得意としている装備である。やはり難敵と見ているのか。
試合開始直後、いきなり距離を詰めてきた相手選手。
得物も何も無い。素手で殴りかかっていく。手数ではイーサンを圧倒していた。
それでも必死に反撃するイーサン。メイスを、相手のアゴに入れる。
相手は一瞬ぐらついたが……なお2、3発イーサンを殴ってから、飛び退る。こりゃ相当タフな相手だ。
一呼吸入れ、相手の様子を窺う両選手。
実家の援助を得ていないとは言っても、子爵家の跡取り息子であるイーサン。
個人所有のその防具は、高級品である。
思ったほどダメージが入っていないことに首をかしげ、殴った手の痛みに顔をしかめる相手選手。
これまで出会ったことがないタイプなんだろうな。
今度はゆっくりと間を詰めてきた。
頭を下げ、飛び込む隙を窺っている。
どうやら、タックルして倒そうとしているようだ。
相手は重装備。足を狙うという発想は、悪くない。
「バカにしたもんじゃない」というマグナムの評価は、正しかったようだ。
イーサンとて、重装備の弱点は知悉している。
俺とカルヴィン・ディートリヒの試合を見てもいたのだし。
右足を引き、重心をやや下げる。
飛び込もうとする相手を、左手の盾で牽制する。
実際に飛び込んでくれば、盾で顔面を殴りつける。
業を煮やした相手選手、もう一度飛び込み、今度は盾を捕まえた。
相手の武器を捕まえてたぐりよせ、付け込もうという発想。
先の試合でイーサンが見せた戦い方だ。やはりバカにしたもんじゃない。
彼にとって不幸だったのは、「付け込む」ことを知っている者は「付け込まれる」ことへの対策も抑えている、ということ。
盾を掴まれたイーサン、そのまま盾を手放した。
盾を掴んだ瞬間に突っ込もうとしていた、「野生のステゴロ自慢」選手、つんのめるようにして前へ出る形となった。
後頭部を、イーサンのひざの高さに、もろに曝しながら。
右手のメイスが容赦なく振り下ろされる。
鈍い音が響く。
イーサンのKO勝ちであった。
ベスト16からは、1試合ずつ行われる。
イーサンが出場したのは、最後の8試合目。
この試合の相手は、イーサンと同じ、「メイスを使うナイト」。
やはり年上で、体格もイーサンに比べて優れている。ただ、前の試合で怪我をしたか、左足を引きずっていた。
家名持ちであり、装備品の質も高級だ。似た者同士の真っ向勝負である。
双方、両手持ちのメイスを装備。
その対戦は、壮絶な殴り合いとなった。
初めは大声援を送って盛り上がっていた観客だったが、いつ果てるともしれない殴り合いに、途中からは固唾を飲んで見守る展開に。
いまや会場に聞こえるのは、交互に響く鈍い打撃音と、メイスを振り下ろす度に肺から漏れる呼吸音ばかり。
貴賓席が、やや騒がしくなった。
デクスター子爵が、家名無しで登録している「イーサン選手」の正体に気づいたのだ。
慌てて席を離れる子爵夫妻。
勝負を決めたのは、消耗の差。
相手選手は、打ち込みの際に踏ん張りを利かせるべき、左足を傷めていた。
体格、経験の優位によって粘りを見せていたのだが、打撃に力を伝えきれなかったようだ。
交互に一発ずつ殴り合っていたのだが、ついに、上段からの振り下ろしを空振り。
下がった頭に、イーサンが棍棒を振り下ろす。
ふらふらになりながらも、なんとか両足を踏ん張って持ちこたえた相手選手。
しかし、セコンドが、タオルを投げ入れた。
引きずられるようにしてそれぞれのコーナーに帰った両選手。
セコンドが、兜を脱がせる。
汗まみれ、あざだらけで、乾いた鼻血がこびりついている。
両選手の壮絶な素顔を目にした観客が立ち上がり、惜しみない拍手を送る。
8試合の中では、文句なしのベストマッチであった。