第四十三話 武術大会 その1
8月の末に行われる武術大会。
俺達に関係してくるのは、「17歳以下の部」だ。これに優勝すると、職階をひとつ上げてもらえる。
カテゴリーは細かく分かれているが、いわゆる「一般の部」には、そのような特典はない。
「一般の部」は、若手軍人やそのタマゴではなく、「職業・武人」のための大会となっている。
道場を開いている人や武術師範となっている人、塚原先生や真壁先生、天真会の老師……そういったレベルの、達人・名人が出場する。
競技会ではなく、「征北大将軍殿下の御前で、模範演武を披露する」会という位置づけである。
試合形式で披露する者がいる場合は、勝ち負けは一応つけるけれども、勝ったから名誉とか負けたから不名誉というものではない。むしろ、殿下の前で大怪我などさせてしまうと、その方が不躾とされる。
「一般の部」は、極東道の政庁(城)の、いわゆる「三の丸」で行われる。その名とは異なり、一般公開はされない。
理由は、ぶっちゃけてしまうと、退屈なものだから。
最低限の武術の心得が無いと、見ても分からないのだそうだ。一般受けしない。見たいという需要が小さいのだ。
そういう訳で、見学が許されるのは、出場者の推薦状がある者(だいたいは、お弟子筋)や、一定以上の職階・爵位・位階などを有する者など。
学園の生徒は、こんなところでも優遇されている。希望すれば見学できる。
今年は、塚原・真壁両先生は出場しないものの、同門の先生が出場するらしい。天真会の老師も出るとのことなので、いつもの3人で見学させてもらうことにした。
正面やや高いところに貴賓席があり、その中央に征北大将軍殿下らしき方がお掛けになっている。
遠いので、顔は分からないけれど。
その隣は、遠くからでも誰だか分かる。征北将軍、アレクサンドル・ド・メル閣下だ。
VIP中のVIPが来臨しているのだし、もっと観客がいてもいいような気がするのだが、「三の丸」こと「北門前広場」は、閑散としていた。
「師匠の名誉と言っても、お弟子筋が来ることは少ないのだ。『見慣れたいつもの技を披露するだけだから、来なくていい』っていう師匠が多いんだ。」
とは、真壁先生の解説。
そういう素朴さが武人の良いところ、なのだろう。
「そういうわけで、かえって他の流派の者の方が、見学に来てるってわけだ。後は、お前らみたいな若手だな。誰のどんな技であれ、全て勉強になるから。」
塚原先生・真壁先生の同門の先生という人は、すぐに分かった。
塚原先生が教えてくれた、基本の型を披露していたから。
何でもないようでいて、まるで隙が無い。打ち込める気がしない。絶句した。
あれが本来の型なのね。塚原先生は初心者向けに教えてくれていたわけだ。
「そんな顔になるぐらいには上達したようだな、ヒロ。」
真壁先生が笑顔を見せる。
「あいつと塚原は、刀術に関しては一流だ。あんな技、俺にもできん。型稽古だって、あそこまで極めてしまえば、実戦になってもまず負けないもんさ。変に実戦ふうの技術を身につけるより良いかもしれん。」
抜刀術を披露している先生もいた。
少し刀身が短いような?
「流派の違いだな。お前の朝倉もそうだが、俺達のところでは三尺を定寸とする。あそこは二尺三寸だったかな。官僚・文官のお弟子が多い流派だ。軍人でないなら、三尺はちと長いからな。三尺の稽古もやっているだろうが、やや短めの刀を標準としているわけだ。」
槍の人、メイスの人、空手(拳法?)の人、剣の人。
ひとりひとりの演武の時間は短かったが、どれもこれも濃密だった。
見ているだけで、けっこう疲れる。目頭を揉む。
「武術をやっていないと、そこで欠伸が出るものなんだ。だから一般公開が取りやめになった。」
なるほどね。高校生の時、学校で能を見に行ったけど、眠くて仕方なかった。それと同じか。
今更だけど、ゴメンナサイ、能の人。
「老師でござる。」
千早が教えてくれた。
天真会の道着に身を包んだ老人だった。
いくつなんだろう。
60歳以上であることは確かだけど。
クマロイ村のトム爺さんとどっちが年上かな。山の民の大ジジ様よりは若く見える。
体つきは、中肉中背。
学園長みたいにゴツゴツという感じではなくて、何となく柔らかな輪郭。
塚原先生と似ているような?
老師は、やや短めの棒を携えていた。
型を披露しているみたいだけど……。
真壁先生や千早のような、見るからに「剛」というスタイルではない。
円を描き、舞うような、柔らかで、どこか華やかさもある。そんな動き。
でも、あれを当てられたら、大変なことになるような気がする。ただの型じゃないような?
アレックス様が、身じろぎした。
それが、目に入った。
ここまで、その手の動きは一切してこなかったのに。
あ!
天真会の老師、悪戯してたんだ。
征北大将軍殿下の「あたり」に仮想敵がいるかのような演武か、あれ。
会場を見ると、やはり観客の皆さん、一瞬「なんらかの反応」を示していた。
腰を浮かす者、武器を握る者、目を光らせた者……。
実は、俺ですら、思わず朝倉に手をかけていた。
と、その直後に演武終了。
何も知らされていないウグイス嬢の、アナウンス。
以上、周・李老師による演武、「メメント・モリ」でした。
会場の空気がゆるむ。思わず噴出す者もいた。
「老師……」
千早が首を振る。
「さすがお見事な腕前だが、少々、な。」
真壁先生が苦笑する。
演武を終えた李老師のところへ、ご挨拶に伺う。
天真会・極東総本部代表の、李老師。
見た目は普通のおじいさんだった。
だけど、「見た目は慇懃・中身は冷徹」なアランと、「見た目は聖母・中身は肉食」のロータスの上に立つ人なわけだし。
さっきの悪戯を見ても、相当恐ろしい人と見て間違いないんだろうなあ。
「こりゃ、騙せぬみたいだな。つまらんなあ。」
挨拶する前から、これだ。何考えてたか、お見通し。
「アラン兄さんとロータス姐さんを見た後でござるゆえな。」
「ひとを棚にあげて、よう言うわ、千早。お主とて外見と中身の差はひどかろうに。」
千早に向けた目を、再びこちらに向ける。
「異能者が己から世に根を張って行こうとすると、こうなってしまうのよ。……天真会の浄霊師、チョウ・リーと申す。今後よろしうに。」
「死霊術師のヒロです。よろしくお願い申し上げます。」
「ふむ、ちょいと連れションに付き合ってくれるか?」
「老師、二人だけで話がしたいのなら、そう言うてくだされば席を外すでござる。何もわざわざ、そのような。」
「千早よ。連れションすることに意味があるのだ。おう、お久しぶり、真壁先生。真壁先生ならば分かってくれよう?」
「分かるような、分からぬような。」
「真壁先生、お主は天真会向きだな。フィリア嬢も久しぶり。お主は分からんでも構わぬからな、気にせんでいいぞ。」
そんなことを言いながら、トイレに向かってすすっと歩いていく。
後をついて行く他ない。
「お主も妙な男だな。大人が子供の中にいる。またどうしてそんなことに。」
やっぱりバレバレ。
大ジジ様よりもなお怖いのは、驚きも警戒もしていないということ。その必要がないわけね。
「実は……」
「いや、済まぬ。言わんで良い。言葉にしてしまっては、面白みがなくなってしまう。そういうものよ。『分かるような、分からぬような』。そうしておくのが良いのよ。」
こちらが何か言う間を空けずに、言葉を継いでいく。
呼吸もの、か。
「アランとロータスから、いろいろと話を聞いた。ヴァガンのこと、お礼を申し上げる。千早にもだいぶ良い影響を与えてくれているようだ。恐らくはフィリア嬢にも。」
「お礼だなんて。身につまされただけのことです。私も二人から、周囲の皆さんから、いろいろと影響を受けています。ありがたい、そうとしか言いようがありません。」
「うらやましいなあ。」
不意にこちらを見た、李老師。
なんとも言えない笑顔を浮かべている。
天真爛漫、とはまさにこれか。天真会だから、ということはないだろうけれど。
「はい?」
「年を追うごとに、切れが悪くなる。」
そこかよ!よく聞く話だけどさあ……。
「大人と言っても、そこまでの年ではなかったようだな。ヴァガンや千早への態度から考えても、若者だったか。」
上下に振るっている。
何度も。
「メメント・モリよ。楽しめば良い。悩めば良い。思い切り好きなように生きてしまえ。難しく考えすぎる必要はない。『分かるような、分からぬような』。『あるものを、そのままに』。」
「やっと切れた。それでは戻るか。」
再び後を付いていく。
ジジ臭いことを言っていたけど、さきほどの演武の、あの動き。
ロータス姐さんが食指を動かすぐらいには、いろいろと「現役」なんだよな、この老師。
「やはり騙せぬか。」
くるりと振り返る、李老師。心臓に悪い。
天真爛漫な笑顔。
「思慮深いが、その分、思い切りは悪そうだな。」
「もう一つの童貞卒業までは、時間がかかりそうだな、こりゃ。千早にとって、良いのか悪いのか。」
アランにロータスに、李老師。
こんな恐ろしい保護者がいるところの娘に、おいそれと手など出せるもんかい。
どんな目に遭わされるか、分かりゃしないよ。
「それこそほれ、『分かるような、分からぬような』と言うべきところよ。」
またバレてる!
「ま、そういう雰囲気にでもなったら、これもそれこそ、『そのままに』ならざるを得ないものだて。」
「ヒロ殿、随分と複雑な顔をしているでござるな。老師がまた悪戯をしかけたのでござろう。」
控え室で待っていた、当の千早に声をかけられる。
「ヒロ殿もヒロ殿ぞ。思い切りが悪いゆえ、翻弄されるのでござる。もう少しこう、何事にも即断即決、『隙あらば踏み込んで仕留めて見せる!』ぐらいの意識を持つべきでござる。」
よしてくれ、千早。
老師の笑顔も千早の顔も、まともに見られやしない。