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第四十一話 社交 その2


 夏の間、俺はネイトのメル館に寄宿していた。

 そういう訳で、ネイト館でソフィア様が開くサロンに、ちょくちょくお呼ばれする運びとなった。


 当たり前と言えば当たり前かもしれないが、貴族夫人にもいろいろな人がいる。


 たとえば、俺に対する関心の持ち方も、いろいろ。


 「ひょっとしたら、忘れられた貴族の後胤では!?」的な設定を、「楽しむ人」。

 そういう人は、ソフィア様にとっては、「やりやすい人」「つきあいやすい人」である。

 「真偽はともかく、楽しいじゃない」というノリを共有できるのだから。


 設定を、「頭から信じ込む人」もいる。

 以前ソフィア様がおっしゃっていた、「間抜けなお姫様」である。

 大丈夫かよ、と思う。詐欺とかに遭ったりしないのかな。心配になってくる。

 しかし実はこういう女性の方が、貴族の令嬢や夫人としては理想的な存在とされている。

 

 貴族夫人としては、むしろそれぐらいに善良で鷹揚なほうが、「モテる」のだ。

 どんなつまらない話にも素直に驚きを示し、「まあ、素敵ね。」と、ニコニコしながら聞いてくれる人。サロンの女主人にとってはありがたい存在だ。

 社交の場で「モテる」から、あちこちにお呼ばれする。コネをあちこちに繋いでくる。情報を家に持ち帰る。

 善良なご夫人は、全てを包み隠さず夫に話す。何が嘘で本当か、それは夫が判断すれば良い。

 同じ理由で、意外と詐欺に遭うこともない。

 「私には分からないわ、お願いするわね。」と執事や夫に丸投げしてしまうから。

 「間抜け」どころか、賢者なのかもしれない。

 

 この辺りの事情を知らなかった俺。貴族令嬢・夫人は、ソフィア様やフィリア・レイナ、あるいは学園の女子連中のように、「才気煥発」なものだと思い込んでいた。

 それで、初めてサロンに出た後に、ソフィア様に聞いてしまった。

 「あの方、大丈夫なのですか?詐欺に遭ったりとかされないのですか?」と。


 それに対していただいた答えが、上の説明である。

 くすくす笑うソフィア様は、さらに続けた。

 「そう思わせるのも、令嬢たちの、巧まざる恋の技巧なのですよ。『この方はあまりに可憐で、善良すぎる。大丈夫だろうか。』と、そう思わせてしまえば、男性の心をもう半ばは捕らえているというわけです。」

 間抜けにもひっかかっていたのは、俺という訳か。


 ソフィア様やフィリア、レイナと言った、頭の回転が速く行動も積極的な女性は、令嬢や夫人としてはむしろ、「少々はしたない」的な扱いをされているらしい。

 「(学友達がいてくれなかったら)私は間抜けなお姫様だったと思います」という、以前のソフィア様の発言は、貴族夫人達への侮蔑ではなかったのだ。

 むしろ、「そういう風にいられれば、幸せだったのかもしれないわ。」という、半ばは羨望が込められた感情……いや、羨望なんて感情を持つ方ではないな。このご気性ならば、今の人生の方が幸せなはずだ。

 「そういう人生もあるのよね。」ぐらいの述懐だったということか。


 それでもソフィア様は、学園になど通わず家庭で教育を受け、外に対しては猫を被り続けていらっしゃるから、バレていない。「理想的な夫人」で通っている。

 問題はフィリアやレイナ。外からは窺い知れぬ「深窓の令嬢」ではないから、性格がバレてしまっている。いや、そもそも学園に通っている時点で、「才媛」(その評価は、この世界では必ずしも褒め言葉とは限らない)である。

 レイナはまだいい。「立花だもんなあ」で済ませられる。安心と安定の立花ブランドである。

 問題はフィリア。大メル家の直系なのに、どの世界線のどのご家庭にも共通する「父に溺愛される末娘」なのに、「これ」である。


 ソフィア様からすれば、「嫁の貰い手があるのかしら」ということになる。

 メル家なら大丈夫じゃないかと思うのだが、家格の釣り合い他、いろいろな問題を考えると、選択肢は狭い。ハイクラスの若君は縁談の引く手あまた。「少々はしたない」お嬢様を選ぶ必要がないのだ。

 再び、「あんまりかわいげがないと苦労しますよ」と言われたフィリア、少々不機嫌であった。



 少し話が逸れた。

 他にももちろん、いろいろな反応があった。


 「ひょっとしたら、忘れられた貴族の後胤では!?」的な設定を、「まるで信じない人」。

 このタイプは、サロンでは「不愉快な人」である。

 いや、信じないとしても「流す」「触れない」のであれば、構わない。「家系は貴族の根幹・存在理由。ネタにするのはいかがなものか」という考え方もあるから。ただ、そういうことを言い募ってはいけない。

 このへんの呼吸は、談話室で理解はできていた。

 が、理解できていなかったのは、「不愉快な人」が受ける不利益。先述の、「モテる人」とは逆。呼ばれる機会が減少し、情報やコネがやせ細る。家の浮沈に影響するのだ。

 貴族の社交って怖い。


 

 設定に「気を回す人」。

 これも、ソフィア様にとっては「やりやすい人」である。

 「やりやすい」にもいろいろな意味があるということのようで。

 「事情があってそういうことにしているのね」と思ってくれて、勝手にいろいろな想像をし、場合によってはその推測を周囲にしゃべり散らす。意図通り。

 「少なくとも、この少年が高く評価されているということは、間違いない」という印象が広がる。「直系の娘につけるほどだし、(千早と同様、)やはりそれなりの家なのだろう」という方向で、印象が強化される。

 ソフィア様は、俺の身分については、何も口にしない。「身元不明ですが、今の貴族ではなかなか知る人も少ない、古式ゆかしき儀礼を身に付けている少年です。」そう言うだけ。

 

 やっぱ詐欺臭い。どう収拾をつけりゃいいのやら。

 「大丈夫なのですか?身分詐称は大問題では?」


 「収拾をつける必要などないさ。問題が生ずれば腕力でごり押し、それが領邦貴族だ。こんな小さなこと、誰も問題になどせぬし、できぬよ。言質を与えるほど間抜けなソフィアでもあるまい?」

 平然と答えるアレックス様。

 「もう少し厚かましくなりたまえ。」

 また言われてしまった。


 

 設定に「関心を示さない人」もいた。

 「設定とは別のところに関心を示した人」と言うべきか。

 

 まずは、文学や詩、音楽に興味がある人。

 ウッドメル大会戦の詩・詞や、レイナ・マリアとのコンサートの話を聞きたがる。

 アリエルの演奏を聞かせると、喜ばれた。ピンクの絵画も、受けが良かった。

 

 またあるいは、文壇・芸能界に興味がある人。意外と多かった。一番食いつきが良かったかもしれない。

 決闘のウラ話や、コンサートの楽屋話、立花伯爵のことなどを知りたがる。

 話題を選ぶのに神経を使ったが、案外いろんな話を思いつくもんだ。

 考えてみれば、俺の交友関係も、結構広がっていたんだなあ。

 

 

 「死霊術師(ネクロマンサー)であること」に興味を示した人もいる。

 アリエルの演奏やピンクの絵画の素晴らしさ以上に、楽器やペンが中空に浮かんで動いていることに興味を抱く人。

 若い人……というか、社交界にデビューしたての、子供に多かった。目をキラキラさせている。こういう子供には、ゴシップなど聞かせたくない。

 そういうこちらの配慮を、瞬時に理解してくれるご夫人もいる。話題を切り替えてくれる。そういう人が、「付き合いやすい人」「サロンでモテる人」なのだ。

 

 初めは嫌悪感や忌避感が先立っている人でも、芸術家としての側面を匂わせ、礼儀正しく接し、拙いまでも社交のマナーを守る姿勢を見せる。

 そして何より「大丈夫。メル家の紹介だよ。」となれば、たとえ黒本のように黒い死霊術師(ネクロマンサー)だったとしても、信用してもらえるのである。その可能性は、小数点以下ではない。

 後に続く死霊術師、天真会のユウのような存在のためにも。

 そんな思いも生まれ始めた。


  

 「意外とすんなり馴染んでいますね。あまりフォローする必要が無いかもしれません。」


 「さよう。(それがし)など困り果てているというのに。」


 「千早は美人だから、だまってニコニコしている今のやり方がかえっていいんじゃないか?男はどうしても、主導権を取ることを求められると言うか、話題の提供を求められるみたいだけど。」 


 「ヒロ殿は思っていたより、引き出しの数が多うござったなあ。」


 「アリエルとピンクが効いてるよ。芸術家が2人だもん。レイナたちのおかげも大きい。フィリアや千早も含めて、全て人の縁だ。会えて無かったらと思うと、背筋が寒くなる。」


 「さればサロンでも人の縁を……と、某にはなかなかそうは思えぬでござるよ。どうにも居心地が悪うござる。」


 「千早さん、それでもお願いしたいの。」

 声をかけてきたのは、ソフィア様だった。

 「フィリアには能力はあるけれど、立場がない。私のせいで、宙ぶらりん。せめて少しずつでも地歩を築いていかないといけないから。多芸なヒロさんと、力強い千早さん。末娘で勢力は小さくとも、精鋭を従えているフィリア。そういうイメージ戦略が必要なの。」

 技の一号、力の二号か……。俺は改造人間みたいなもんだしなあ。


 「ソフィア様、おやめくださりませ。フィリア殿のためならば、否やはござらぬ。喜んで付き合うでござるよ。」

 

 「ヒロさんにも、いろいろと面倒をかけているわね。」


 「いえ、貴重な機会を与えていただき、感謝しております。学園では、多様な友人に恵まれております。初陣では地位をいただき、叙任もされました。今回は貴族社会を経験できました。好奇心の女神の影響もあるかもしれませんが、楽しくて仕方ないのです。もっと上を目指したい。今はそのような気分です。」


 「あら。そういうことならばこちらとしても嬉しいわ。」


 「そう来なくてはな。いい面をしている。男になってきたな。」



 ヒュームが大人の階段を登ったか?という疑惑を生じつつある中、俺も少しだけ大人に近づいたようだ。

 ……日本にいたときよりも半年ほど早く、毛が生え始めた。

 社交の場では決して口にできないような話題で、申し訳ない。

 

 「成長補正の影響だね。」

 ラスカルの中から、好奇心の女神の声。

 「日本にいた時よりは、たぶん体格も良くなると思うよ。」

 そんなことも言われた。

 そうであることを期待する。この世界は、やや脳筋寄りだから。


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[良い点] 黒本ネタで吹き出しました。主人公が装備している刀は正宗では無かったww
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