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第四十一話 社交 その1


 少し時間を遡るが、8月・夏休みにあったことをいくつか、記しておこうと思う。

 ひとつひとつは小さな話なのだが、それなりに意味があったと思われたものを。


 8月の末には、征北大将軍府が主催する武術大会があるのだが、6月の時点で「そちらへの参加は見送るように」と、アレックス様・ソフィア様ご夫妻から勧められていた。

 その際、ソフィア様からは、「次の一手は武功以外のところを狙うべきですし。」との伝言をいただいていたのだが。

 その「次の一手」。具体的には「貴族社会に顔を売る」ということだったようだ。

 3月、初めてお会いした時にも、「……もう少し大きくなって、名前が売れ出して、サロンや社交の場に出るようになってから……」というお話をいただいていたし、どうやら既定路線ではあったようだ。


 「私たち姉妹は、パーティーに出たりするうちに、自然と社交デビューしてしまいますから。人のデビューのバックアップって初めてなの。もう楽しみで。」

 なんてこともおっしゃっている。


 俺は育成ゲーマーではなかったから、ソフィアさまのお気持ちについては、少し分かりかねるところがある。


 「思っていたよりは早かったですね。ウッドメル大会戦の詩が効きました。詩の決闘とは良かったわね。私達の名誉も保たれましたし。」


 くすくす笑ってらっしゃる。勘弁してください。あらためて経緯を見返してみると、恥ずかしくて仕方ないんですから。


 「アリエルさんを使役しているだけあって、詩藻があるのね。おかげで売り出しやすくなりました。当初の予定では、『怖くない死霊術師』という、失礼だけど『イロモノ路線』で行くしかないかと思っていたんです。あ、でも、アリエルさんのことはまだ言わない方がいいわ。騙りと思われるのも不快ですもの。」


 詩藻(笑)の話は勘弁して欲しいんだけどなあ。

 厨二王国(ジャキガンキングダム)で褒められても、切ない気分になるばかりなんで。

 

 面映い思いをしていたのだが、さすがソフィア様は、それで済ませてはくださらない。どんどん切り込んでくる。

 「他にできることはありますか?……主に芸術方面で。」


 「私は不調法者ですが、アリエルが楽器を演奏できます。後は……4月に仲間になった幽霊が、絵を得意としています。」


 「まあ、おもしろそうね。私の似顔絵を描いてくださる?」


 気配を大きくしたり小さくしたりするピンク。慌てている。

 「無理無理、畏れ多くてできない!」


 「小心者で、畏れ多いと言っていますので、とりあえず私の似顔絵で。」


 さらさらと描きあげるピンク。俺ってこんな顔してたか?

 「まあ、上手。これなら十分以上です。」


 そうですか、こんな顔でしたか。

 

 

 「後は、売り出し方を考えないと。」

 本当に楽しそうなソフィア様。

 結論として、単独デビューはさせないという方針になった。

 庶民なので、どうしても道化師・イロモノ枠になりがちだから。できればそれは避けたいとのこと。


 まずはレイナ・マリアのコンサートに、作詞家兼演奏家として参加させる。

 その後サロンに出す。千早と共に、フィリアの側近として。

 これならば、第一印象が芸術家。で、フィリアが傍にいるから侮りを受けることもない。


 正直ほっとした。それならお作法のミスが目立たないし、フォローも期待できる。


 「まあ!楽しみだわ!ヒロについてきて良かった!」

 もともとそっちの畑だもんな、アリエルは。

 「恥をかかせたりしないわよねえ?私の再デビューなんだから。」

 重低音でプレッシャーをかけてくる。

 「ピンク!あんたもよ!似顔絵描けないとか言ってんじゃないわよ!他に取り柄がないんだから!」



 と、いうわけで。6月中(試合の準備のかたわらで)、アリエル先生の厳しいご指導が続き。

 その甲斐あって、アレックス様・ソフィア様から合格点をいただいた。 

 

 「また随分と古式ゆかしい作法ですね。少し堅苦しすぎはしませんか?」

 アリエルの指導だもんなあ。70年以上前の人だったっけ。


 「やだ、あたしのマナー、時代遅れだったの!?」

 お二人には聞こえない声で落ち込むアリエル。


 「いや、悪くない。男だし、軽々しいよりはずっとマシだ。」


 「『フィリアの側近、メル家の身内』ですものね。武功もありますし、軍人貴族らしいとは言えそうですね。」


 「それとな、ソフィア。君にはあまり分からないかもしれないが。何と言うか……『本物の貴族』であれば、細かい作法なぞ気にもしないのだが。中途半端な貴族に限って、細かい粗捜しにうるさいものなんだ。こういうことを言いたくはないが、ヒロは身元不明だから庶民扱いだろう?どうしても侮りを受けやすい。多少大げさで威圧感があるぐらいでいいんだよ。」


 貴族ではあっても、もともとはそこまでのハイクラスではなかった、アレックス様。

 いろいろあったのかもしれない。


 「つまらないことを気にする方もいるのですね。その場を楽しめなくなってしまわないのかしら。でもアレックス、いいことを思いつきました。そうです、ヒロさんは庶民と決まっていたわけではなくて、『身元不明』でした。」

  

 プレゼントした扇子で口元を覆い、ごにょごにょと話し合うお二人。有効活用していただいて、光栄至極に存じ上げたてまつります。

 話し合いが終わると、いつもの悪戯な笑顔。

 

 「ヒロ、これからは『庶民』と名乗るな。『身元不明、記憶喪失』で行け。」


 「事実ですし構いませんが、何をお考えなのですか?」


 「若者には見合わない、ゆかしくも正式な作法。『ひょっとしたら、忘れられた貴族の後胤では!?』という路線で行きます。」


 「それ詐欺じゃないですか!」


 「人聞きの悪いことを言うものではない。私達が勝手に、『そうなのかもしれない』と思っているだけのことさ。実際、君自身からして本当のところを知らんのだし。」


 「『事情があってそういうことにしているのね』と周囲が思ったとしても、それも勝手ですしね。」


 「社交なんてそんなものさ。『多少自分を膨らませて見せる』ことを覚える良い機会だ。」


 「おもしろければそれでいいんです。貴族の夫人なんて退屈なんですから。」

 

 「さすがに分かってるわねえ。やだ、楽しくなりそう!」

 もともと大きなアリエルの霊気が、さらに存在感を増した。




 マリアとレイナに会いに行く。

 二人のマネージャーと近い位置にいる千早と、メル家の意向を聞かされたフィリアと、3人で。

 アリエルにハープを演奏させたら、マリアとレイナが目の色を変えた。


 「ヒロ君とこの幽霊、プロの音楽家だったの!?」


 「死霊術師の『手の内』だから明かせないんだけど、相当の実力者らしいんだ。」 


 「ちょっとセッションしてみたいんだけど!マリアの家に行くわよ!」



 マリアのクロウ家は、代々音楽に優れた者を輩出している。

 家には多様な楽器があり、練習するに適した場所もある。


 ……それは結構なことなのだが。

 マリアのお父さんが、大暴れを始めた。

 「娘が家に男を連れて来た」と言って。


 「分かってるのか!マリアがどれほど苦しんでいるのか!どうせ逃げ出すに決まってる!マリアをこれ以上悲しませてたまるか!」


 「やめてよお父さん、恥ずかしい!彼氏とかそう言うんじゃないんだから!」


 「男なんてのは、みんなそう言うんだ!友達だとか言って、いつの間にか距離を詰めて!」

 女子4人が一斉にこっちを見る。

 収拾がつかなくなるからやめてくれ!


 「あなたがそうでしたよね。友達だとか言って、いつの間にか。自分のことを棚にあげるもんじゃありません!」

 マリアのお母さんが助け舟を出してくれた。

 「とにかく話を聞いてみましょう?」

 

 「何度も言うけど、彼氏じゃなくてクラスメート。フィリアさんの側近としてメル家に身分保証されている人です!ウッドメル大会戦の作詞家よ。今日は演奏の話で来たの。」


 古式ゆかしいご挨拶をすると、ご両親が目を丸くした。お作法って大切かも。


 「このヒロ君も、神の祝福を受けているの。いろいろ大変なのよ。」

 このひと言が、決定打。


 「それは……君も大変だろう。怒鳴ってしまって済まなかった。」


 「いえ、マリアさんのお話は伺っています。大変な努力をされたと。」


 「分かってくれるかね。ありがとう。だがマリアには近づくな!」


 「だからお父さん、彼氏じゃないって言ってるでしょ!恥ずかしいからやめてよ!」


 「我らが監視しておるゆえ、ご安心を。指一本とて触れさせませぬ。」

 千早さん、私は犯罪者か何かですか?



 「いいかしら?さっそくいくわよ。」

 

 アリエルはハープとフルートが得意らしい。

 主に鍵盤楽器を得意とするレイナとは、うまくコンビが組める。


 何も無い空間にハープやフルートが浮かんでいるという情景は、霊が見えない人からすると、ややシュールではあるようだが、そんなことが気にならないぐらいには素晴らしい音色だった。

 

 「コンサートに一緒に出てもらえるかしら?」

 レイナは大乗り気になった。

 「演出としてもおもしろいけど、そんなもんじゃない。スゴイよ、この人。」


 ぜひお願いします、レイナが頭を下げた。珍しいこともあるもんだ。

 ……などと思っていたら、案の定。


 「ただねえ、隣でヒロがぼさっと突っ立ってるんじゃ、興醒めなのよ!」


 さようでありますな。まことその通り。

 

 「何か演奏できないの?」

 

 「正直、たぶん何もできないと思うんだけど……。」

 楽器室を見回す。

 片隅に鞭が並べてあった。武器庫兼用か。

 マリアが慌ててその前に立って隠す。

 「これはいいから!」


 「これならいけるかも。」

 俺が手に取ったのは、「たて笛」。

 プラスチックじゃなくて、木製だった。

 小学校以来だよ。

 

 「ドレミファソラシドレ~プピッ」

 あ、一応覚えてた。

 それにしてもキレイな音色だ。これ本当にたて笛か?

 たて笛にも高級品があるなんて知らなかった。


 「何か似合うわね、ヒロ君。」

 え?マリア?

 「さっきの挨拶に、見るからに軍人さんで、リコーダー。」


 「うん、分かる。古朴って言うの?そういう感じで統一されてるよね。刀も地味にするって言ってたっけ。……よし、それでいこう。マリアの歌に合わせて一曲。幽霊のハープも合わせて、全員でもう一曲。リコーダーソロは厳しいかな。でも追い追い、リコーダーメインで一曲。素朴な感じのを2~3曲やってもらうわよ。」


 「そうね、レイナさん。ウッドメル大会戦もどっちかといえば素朴な詞だものね。イメージとしてはいいんじゃないかしら。」


 「おい無茶だ、俺の笛はお金を取れる演奏じゃない!」


 「いいのよ、マリアの歌があれば、演奏なんて誰も聞いちゃいないんだから!大切なのは雰囲気!無理なら演奏する振りだけでもしてろ!ライト当てずに薄暗くしといてあげるから!」


 無茶苦茶だ。


 

 ともかく必死でたて笛を練習し、7月の週末には二人とともにコンサートに出かけ。

 あちこちに少しずつ名を売るようにはしておいた。


 もともと、「ウッドメル大会戦」の作詞家として、名前だけは広まりつつあったし。

 『新都の歩き方』も、地味にロングセラーになりつつあった。男性誌である『おとなの新都の歩き方』とは異なり、主な読者層は女性。そして社交界はどちらかと言えば女性の社会。話題の「つかみ」ぐらいにはできる。


 準備は整った。後はサロンとかパーティーとか、そちらへ出席するだけ。


 武功を挙げ、「十人隊長」に叙任された俺は、すでに軍人のタマゴ。

 ここでさらに、貴族予備軍としての名乗りを挙げることになるわけだ。

 


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