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第四十話 くのいち その5

 

 「で、どう?」

 ロータス姐さんが笑顔を見せる。

 

 「どうと言われても、何を答えればいいのでしょう?」

 まだめまいがする。千早に食らったタックルも痛い。


 「どんな風になるの?」


 説明する。

 くらっと来て、顔と胸が大きく目に映って、引き寄せられる。

 女神の加護は、途中から逆回転で目が回って、引き戻される。

 そういう働きだということを。


 「恋愛感情に作用するわけではなさそうでござるな。」


 「そうだね、ロータスさんを恋しく思うとか、そういうことじゃなさそうだ。」


 「ひどいわねえ。そういうことを言うなら、遠慮なく聞くわよ?性的な方面はどう?」


 「おそらくですが、そこまで行く前に、女神に引き戻されるんじゃないかと。前も、『近づきすぎている』と思ったところで女神の加護が働いて、『これはマズイ』と……。」


 「そういえば、アランもそうね。近づいてきたところで、一瞬正気に戻るように見えて、そのまま。」

 うふふ、と笑うロータス。

 みんな気まずそうな顔をする。


 「精神への干渉ということでしょうか。引き寄せて、その後で性的な衝動のトリガーを入れる。」

 相変わらずフィリアは、いつだって適切だ。生々しさをうまく処理してくれる。

 「ヒロさんの場合は、精神の抵抗力が強いか、女神の加護によりそれが引き上げられている。それで引き寄せられにくい上に、衝動のトリガーも固くなっている。そういうことでは?」

 

 「そうね、私の『共鳴』は、感情に働きかけるものだということはハッキリしているんだけど……。ヒロ君には効きが弱い。ヒロ君もロータスさんの異能も、とりあえずはそういうものだと仮定しておけばいいんじゃないかしら。」


 「あらあら。仮定を立証するためにも、まだまだ実験が必要と言うことね。うふふ。」

 一同絶句。

 

 そんな微妙な雰囲気に勇気を持って踏み込んだのは、恋する乙女であった。

 「それで、若様はどうなのでありんすか?」

 楓が切なげに質問する。

 「まさかその、同性愛とか、せ、性欲が無いとか……。」

 真っ赤になっている。

 

 場の雰囲気が変わる。

 こんな可憐な子に何を言わせるんだ!とばかり、男子連中の必死のフォローが動き出す。

 

 「そうだ、ヒューム、お前はどうだったんだ!」

 「お前のために楓さんは恥ずかしい思いをしているんだぞ。いちおうロータスさんも。」

  

 女子連中がイラッとした。

 ロータス姐さんも、笑顔のまま額に青筋を立てている。取って付けられたことにおかんむりだ。

 いや、あなたまで張り合わなくても……。


 「妖術か幻術を仕掛けられた、とは感じたでござる。その時点で、かかってはいたでござるよ。里に伝わる、幻術から身を守る忍術を用い、必死で抵抗したでござるが、気づかぬうちにかけられるとは、不覚でござった。」 


 「つまり、ニンジャの修行により、基礎的な精神抵抗値が高いところに持ってきて、さらに忍術で抵抗した。ロータスさんの食指が動かなかったため、出力も弱かった。それでほとんど効いていなかった、ということですか。」


 「蓋を開ければなんという事はなかったのでござるな。性的なスタンスの問題とか、なんらかの感覚の欠如とか、そういったことではない。むしろヒューム殿の鍛錬を讃えるべきであったと。」

 


 青筋立てっぱなしのロータス姐さんは、追及をやめない。

 楓ひとりに振り回されて、急に「綺麗ごと」を言い出した男子どもが許せないようだ。

 

 「もう一つの可能性も聞かないといけないわ。天真会の会員としては。」

 いやな切り出し方だ。

 「天真会では、精神と肉体は一体と考えるの。性的欲求と言う精神に働きかけているなら、肉体にはどう変化が起きているのかしら?皆さん?」

 全員に対して「誘惑」を発動させる。一瞬ではあるが、出力はかなり強い。

 

 全員が一歩引き寄せられ。そして。

 前かがみになる。


 「あらあら。精神だけではないみたいね。アランで分かっていたんだけど、一応確認が必要かなって。」

 分かってるんならこんなことしなくても。

 

 「最低でござるな。」

 千早が一同を睨みつける。


 「若様。」

 楓が真っ赤になっている。

 恋する乙女は、一人の少年から目を離していなかったのだ。きっちりと目視で確認を取った模様。


 「楓さん。ヒューム君は男の子よ。そこは安心していいみたい。……男の人って、体裁を気にしすぎるのよね。可憐な女の子を前にすると特に。」

 思い知ったか、とばかりに最高の笑顔を見せるロータス姐さん。

 額の青筋が消えている。


 「不意討ちとは卑怯な……とは言えぬのがニンジャでござる。」

 呻くヒューム。

 

 言葉は心の鏡。

 ……かどうかは置いておくとして。


 言葉に対して非常に鋭敏な感覚を持っている、文学少女のアンヌとレイナが、その呻きを聞き逃すはずがなかった。


 「ヒューム君、効いてたんだ。我慢してたんだ?」

 「精神抵抗値が強すぎるわけだ。」

 「ならさ、我慢しなければいいのよ。」 

 「精神抵抗の鎧を脱いで、リラックスね。気を緩めればいいだけじゃない。」


 「無茶を言わないでほしいでござるよ。ニンジャの修行はつねに緊張を伴うもの。いや、修行だけではござらん。行住坐臥、全てにおいて精神を研ぎ澄ますべきもの。りらっくすして心を許して……など、もっての他でござる。日頃の修行で抵抗値を高めていたからこそ、ロータス殿の不意討ちにもどうにか抵抗できたのでござるぞ。」


 「若様、楓の前でも緊張して我慢しているでありんすか?我慢など、しなくていいでありんす。」


 精神抵抗値が高くて良かった。この言葉をまともに聞けたのは俺とヒュームだけ。

 他の男子連中は、何を妄想したか分からないが、いや、だいたいは分かるが、そのせいで前かがみの角度を深める。


 「楓、同じ里の者とは申せ、中忍と下忍、命令を下すものと下される者の間には、緊張関係なかるべからず、であろう?」


 「ヒューム!クラスメートみたいに対等に、って言ってるじゃない!」


 「対等であっても、クラスメートであっても、気を許すことはできぬ。いや、皆様を信用していないというのではござらぬぞ。だが、気を許して良いというものではない。それがニンジャでござる。楓のことも信用していないわけではない。それでも互いに、誰に対しても気を許してはいかんのでござる。」


 「だからって!」


 「レイナ殿にアンヌ殿、筆を取ることをやめられるでござるか?マリア殿、歌を歌わずにいられるでござるか?フィリア殿、メル家に寇なすこと、できるでござるか?……ニンジャに対してりらっくすせよと言うのは、そういうことなのでござる。」


 「原因は分かった。なれど、これは思っていたよりも根深いでござるな。」


 「ヒュームさんの言葉を是とするならば、気を緩めてしまっては、ニンジャではない。しかしこのまま『くのいちの術』を会得できなければ、ニンジャ失格ですよね。里からの指令では、才能を開花させるように、自然と会得しなければいけないのでしょう?」



 「それができたら、たぶん私の食指も動くわ。また来てくださいね。マグナム君も、いつでも。」

 歌うような、ロータスの言葉。その優しい微笑。そして他の四本の指と一緒にアランの袖を捕らえている、その食指。

 マグナム以上にアンバランスで危険、それでいて魅力的なものが、そこにはあった。


 


 数日後、立花伯爵に話を聞きに行った。


 事前に、「アポイントメントは?」と、みんながレイナに尋ねたのだが。

 「じゃあ、~日に」と、即答された。

 「どうせあいつは家にいて原稿書いて、夜には飲みに行くんだから、いつだっていいの。その日はあたしの都合がいいのよ。」とのお言葉。


 超・高級住宅街である東ジュヴェーヌ。

 さすがにメル館のような大きさは無いが、それでも普通に「大豪邸」だった。

 これでどうして授業料にも苦しむのか。


 「今は大丈夫よ。自分で稼いでるから。」

 これが伯爵令嬢の言葉だろうか。家を目の前にすると、どうしても疑いたくなる。 

 「そういえば、ヒロが決闘を申し込んでくれたのがきっかけだったのよね。ありがと。」

 どういたしまして。


 立花伯爵、原稿が書きたいの、飲みに行きたいの、ぶーぶー言っていたのだが。

 きれいどころの女子に囲まれて、ご機嫌を直した。

 このおっさんも、大概正直だなあ。

 「不適切な行動があった場合には、こちらのヒロに暗殺してもらうから。心してよね。」

 真っ青になる。もう本当にわかりやすい。

 

 ヒュームのことを伝えると、目を丸くした。

 「お前たちはダメだ~!」



 「意味がわからん。……『くのいちの術』ってのはつまるところ、『スケコマシの術』ってことだろう?」

 誰もが分かっていてもあえて言わなかったことを、このおっさんは。

 これが伯爵の言葉だろうか。どうしても疑いたくなる。


 「で、こちらは若様だから、そのレベルではいかんと。ただの『スケコマシの術』じゃなくて、『天然ジゴロ』になれと。」

 ひどい発言だ。だが、的確に核心を突いてくる。


 「馬鹿じゃないか、君達。そんなもの、なろうと思ってなれるものではあるまいに。誰もそれに気づいていないのかね?」


 「ヒロは気づいてたわね。」

 レイナが口を添える。


 「やっぱり君か。分かってるんじゃないか。ま、あえて言うなら、多くの恋をすることじゃないかね。」


 「恋の質は?」


 「ヒロ君。分かっているようで、やはり童貞だね、君は。恋と言った時点で、質も何も無いよ。全て最高で最低さ。」 

 

 なんかうまいこと言いやがった。


 「簡単な話だ。君、ヒューム君だったか。適当に女性と同棲でもすれば、3日で分かる。」

 

 「それはもうしてるんだって。物分かりの悪い父親を持つと、こっちが恥かくんだからやめてよね。」

 

 「ますます馬鹿じゃないのか?その年代で、女性と同棲して、何もなし?君、本当に人間かね。あ、いや、同性愛とかだったら失礼。」


 「いえ、そういう諸条件はクリアされています。」

 伯爵の下品な言葉に面食らっている連中の代わりに、俺が答える。

 「どうも、ニンジャ修行にともない、感情をあまり動かさないようになっているというか、そのような状態らしいのです。」

 

 

 立花伯爵の表情が変わった。

 真っ青になり、歪んでいる。

 こちらの世界に来てから、時々出会う表情。


 恐怖と、嫌悪。

 それが、ヒュームに対して立花伯爵が示した感情だった。


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