第四十話 くのいち その4
ロータス大先生にヒュームを診てもらうべく、天真会新都支部に赴いた、学園のエリートたち。
俺は日持ちのするお菓子、フィリアは茶葉、マグナムは本、……思い思いの手土産を持って。
今日はこっちも大所帯。子供たちのエネルギーに、そう簡単には押し負けない。
「ヒロさん、刀を買ったんですか?」
さすがは小さなレディ……マリーは目聡かった。
「この間の鉈もそうだけど、今度の刀も、武人っぽくてかっこいいですね!」
オットー・マイヤー工房で作られた「戦拵え」に身を包んだ朝倉が、機嫌を良くしている。
マリーには「くのいち」の術を教える必要、皆無だな。そもそも子供に教える気もないけど。
マグナムは、子供たちに大人気だった。
単純に大きいから、肩車をせがまれる。
力持ちだから、何人ぶらさがっても平気。
お昼寝の時間には、マリアが子守唄を歌う。
蒸し暑い8月。夜にしてもお昼寝にしても、なかなか寝苦しい日々が続いているが、さすがマリアにかかれば、一発であった。
「寝苦しい夜とか、これは助かるなあ。俺もお願いしたいよ。」
マグナムが、また無邪気なひと言。
感情……というか妄想を処理しきれず、赤くなる顔を隠すため、ぷいと後ろをむくマリア。
慌てるマグナム。
「マグナムさん、セクハラです!」
マグナムよ、そっち方面ではマリー以下か……。
いや、実はそれどころか、ダンスィ代表、シンタ以下であった。
普段はそれこそもう大暴れしているシンタであるが、今日はまさに「借りてきた猫」。
マリアを見て赤くなっている。
まあねえ。
ロータス姐さんは言ってみれば「母ちゃん」だろうし、千早は「がさつな姉ちゃん」だろうし。
フィリアやレイナは、「お姉さん」にしては、その、なんだ、コメントは差し控える。優雅だよ、うん。
その点マリアは、物腰も、声も優雅だし、見た目もフェミニン。
「ダンスィ」シンタにとっては初めて見るような存在だったんだろうな。
小さな子を寝かしつけた後は、大きな子を集めていろいろなお話。
マグナムは、ここでも大人気だった。
霊能を持つ子供が集まる天真会ではあるが、やっぱり千早は「規格外」。子供たちから見ても「千早姉ちゃんは参考にならない」のである。その点、マグナムは違う。霊能のレベル自体は、子供たちと変わらない。
「常人の数倍」の身体能力を持つ者にできること、できないこと。身体をどう鍛えるか、異能をどう伸ばすか。努力の人・マグナムは多くの悩みを抱え、解決してきた。
子供たちの疑問は、彼自身が経験し、克服してきたものばかり。具体的で適切なアドバイスを与えることができるのだ。
「シンタ、大切なのは勉強だぜ。俺達は千早じゃないんだから、アタマを使わなくちゃ。」
あのシンタが、神妙な顔をして頷いている。
千早に睨まれ、慌てて付け加える。
「千早にしたって、頭は相当切れるぞ。俺達はそれ以上に頑張らないといけないだろ?」
異能持ちでない、マリーも食い入るように聞いていた。
「無いからって羨むんじゃなくて、どう穴を埋めるか、別に何を伸ばすか、そこを考えるんですね。」
「ああ、俺はそう思ってる。マリーは頭がいいな。うまくまとめてくれた。」
人気と言えば、やはりニンジャは子供たちには大人気。
忍び装束に着替えさせられたヒューム、手裏剣や身代わりの術などを披露している。
男の子が大喜びするだろうとは思っていたのだが、あにはからんや、一番熱心に食いついていたのは、マリーだった。
「ヒュームさん、楓さん、これは異能ではないんですよね?私でも身に付けられますか?」
ああ、そうか。そうだった。
「教えられる範囲は、後で手紙で教えてあげるでありんすよ。」
「新都には、忍術やニンジャ技能を教える教室もあるでござる。踏み込んだ内容は身に付けられぬが、一通りのことならばそちらでも身に付けられるでござるよ。」
良かったな、マリー。
ユウも随分と活発になった。当座の心配は無い。
昼食の後、大きな子供たちを、寺子屋・午後の部に放り込む。
いよいよ本題だ。
ロータス姐さんに、ヒュームを見てもらわなくてはならない。
のだが。
肝心のロータスが、マグナムに食いついてしまったのである。
必死に止めるアランと押し問答が始まる。
「彼はまだ13歳ですよ?」
「身体は十分に大人でしょう?」
「心はまだ子供です。初めての相手が姐さんなんて、トラウマを植え付けるつもりですか?」
「ひどいわ、アラン。そんな風に思ってたの?いろいろ教えてあげるだけじゃない。」
「ダメです!女性に幻滅するかもしれない!女性に対する『遠慮』や『敬意』を失いかねません!」
なんだろう、この押し問答。
「お酒は20歳になってから」的なアレ。
「里を思い出すでありんす。」
ひょっとして、くのいち名人の姐さんって……。
「そちらのロータス姐さんと、雰囲気がそっくりでありんす。」
これは期待できそうだ。
「ロータスさん、マグナムのことはさておき、こちらのヒュームを診てやってくれませんか?」
くるり。
まさにくるりとこちらを振り向いたロータス姐さん。無表情だ。
ちょっと怖い。
「ヒロくん。何でヒュームくんの話を無視して、マグナム君のことばかり口にしていたか、分かる?……ごめんなさい。ヒューム君には食指が動かない。一応、『誘惑』を向けてはみたけど、ほとんど効いてないわ。私の気分の乗りが悪いせいもあるけど、効きが薄すぎる。」
そのあとのひと言が。
率直は率直なんだろうけどさあ。
「彼、同性愛者?」
「何を言うでありんすか!そんなことはありんせん!」
ムキになって否定したのは、楓。怒りの表情全開で。
当のヒュームが口にしたことと言えば。
「楓!何事か!感情に身をゆだねるなど、ニンジャにあるまじき行いぞ!」
声そのものは厳しいけれど、抑揚の無い叱責。
「同性愛者じゃないとしたら、性欲が無いってことかしら?それとも恋愛感情の問題?実は私も初めてのことで戸惑ってるのよね。」
首をかしげ、考え始めたロータス。
「私の異能って、男性の何に働きかけてるのかしら?恋愛感情?性的欲求?それとも肉体そのもの?突き詰めて考えたことがないから、分からないの。」
いや、考えてなどいなかったのかもしれない。
「だからね、アラン。確かめる必要があるでしょう?……ヒュームくんのためにも。」
取って付けやがった。
「せっかく来ていただいたんだから、マグナム君にお願いしたいなあって。」
理由になっていませんよねえ。
「分かりました、後で私がお相手しますから。」
「本当?絶対よ?……でもアランじゃ、効きが良すぎて何に働きかけてるか分かりそうに無いし……。」
一連の会話に、初めてここを訪れた女子は真っ赤になっている。
男子は……。やや前かがみ。そりゃそうだよなあ。
話題の中心であるマグナムは、もうどうしたものか、おたおたするばかり。
「少しは遠慮してくださいよ、二人とも!」
くるり。
俺の声に応じて、ふたたびくるりと、ロータス姐さんがこちらを振り向いた。
「あらあらうふふ」系美人の、素敵な笑顔。
のはずなんだけど、寒気がする。
「効きが悪いひと、もう一人いたじゃない。ヒロ君なら、冷静さも残ってるから、自分の何に作用してるか、分かるわよね?」
「姐さん?いい加減にしないと、本気で怒るでござるよ?」
千早が霊気を集め始める。
「しかし、確かに適任ではありますね。」
何考えてんだか読み取りにくい、アランの糸目。だが今回ばかりは、ハッキリ分かる。
今アンタ、ホッとしただろ!なあ!
「ヒロ殿であれば、某の異状が分かるのでござるか?」
「お願いするでありんす。里の未来がかかっているでありんす。」
ヒュームと楓も、期待の目を向けてくる。
そんなところに。
「皆さん、ヒロさんの情に付け込むのはいかがなものかと。さすがに許容範囲を超えてはいませんか?」
背筋が凍るような冷たさを帯びた声。
万人いや、十万人単位の生殺与奪の権を握る、メル本宗家。その直系たるフィリアが発する一言は、さすがにドスの効きが違う。
ロータスがしゅんとなる。アランの糸目が細くなる。楓が硬直する。
ヒュームは、耐えた。さすがだな。
他人事ではなかった。断罪の一声が、返す刀でこちらにも向けられる。
「ヒロさんも、日頃から自分の弱さを見せつけすぎるから、こうなるのです。」
「は、はひい。」
「お分かりいただけていないようですが?」
「日頃より気合を入れることを宣誓いたします!」
「さて。とは言え、これでは振り出しに戻ってしまいますね。」
「そのことなんだけど……。ロータスさんの『誘惑』、受けてみようかと思うんだ。」
「ヒロさん?そこまで物分かりが悪い方でしたか?」
クラスメートまで俯き出す、底冷えのする声。
どうにか耐える。
「ヒロ殿?そこまでの好き者でござったか?」
噴火前の火山を思わせる、腹の底に響く声。
これにも耐える。
「そうじゃない、聞いてくれ。前にもロータスさんの『誘惑』を受けたけど、抵抗できた。大丈夫だよ。それにさ、俺も、異能についてはいろいろ知りたいことがある。ロータスさんも、マリアもそうだろ?ジャックだって。」
それだけじゃない。
「今のフィリアの叱責、耐えてはいたけどヒュームには一応効いてたみたいだ。ヒュームについても、もう少し調べることがあるんじゃないか?ジャックやマリアの声を聞かせてみたり、やってみる価値はあるんじゃないか?」
「これが、好奇心の女神の祝福を受けた人間でござるか。呆れるほか無いでござるな。」
「こちらまで、もの哀しい気分になってきますね。」
マリアが、ロータスと顔を見合わせる。
「分かってくれたかしら?神の加護・祝福とは呪いのようなものだって。」
「マリアさん、あなたもなの……。そうよ、本当に業が深いのよね。」
ため息をつくフィリア。
「分かりました。ロータスさん、出力?と言えば良いでしょうか。そちらは絞ってくださいね?」
当然のように、フィリアが仕切り。
当然のように、皆がそれを受け入れる。
異能でないとしたら、これはいったい何なのだろう。
!……そんなことが気になる、これも好奇心か。
我ながら呆れる。「異能のコントロール」の話、少し真剣に考えておかないといけないかもな。
「じゃあ早速。」
ロータス姐さんが、こちらに微笑を向ける。
相変わらず美人だ。それも、婀娜とか、そう言うんじゃないんだよな。
「あらあらうふふ」な、柔らかい笑顔。
来た。
目が回る。
くらっ と来る。
柔らかい笑顔と、豊かではあるがまるで露出などされていない胸とが、大きく目に映る。
引き寄せられるような感覚。
実際に引き寄せられる。二、三歩前に出る。さらに引き寄せられる。
再び、 くらっ と来た。
逆向きに目が回る。
あとは引き戻されるはず……。
自分では分かっているのだが。
「そこまでで。」というフィリアの声が聞こえ……。
千早の「ノーバインドタックル」を食らい、吹っ飛ばされる。
「これから女神の加護による抵抗があるから、大丈夫なんだって!」
身体をしたたか地面に打ち付けられた俺の声が、あまりにも情け無く響いた。
これまで、主人公ヒロの台詞を、地の文章と一緒にしてきました。
カギカッコが多くなりすぎる気がしたから、というのが理由です。
しかし、自分で読み直してみても読みにくいように思われましたので、訂正します。
今後は、ヒロの台詞もカギカッコの中に入れるようにします。これまでの文章にも、少しずつ訂正を加えていく予定です。
よろしくお願いいたします。
(2015年10月25日付け)




