第四十話 くのいち その1
社会科見学が終わり、梅雨が明ける頃。
一学期の期末試験も終わる。
まあ、皆さん大体いつも通りの成績。
「ラスカルの持ち込み」を覚えたノブレスが、「進級だけなら確実な点数」を取れるようになった、ということを除いては。
俺も何かうまい手がないか、考えておきたい。
カンペ作って、ピンクに読み上げさせるかなあ。
ともかく、梅雨が明け、試験が終わると、夏休み。
その件で、話しかけられた。後ろから。ヒュームに。
「ヒューム、気配も無く後ろに立つのはやめてくれよ。」
「これは相すまぬ。ヒロ殿の場合は、お連れの幽霊殿が気づくであろうと思い、つい気が緩んで気配が消えてしまうのでござる。」
「え?気を緩めると、気配が消えるの?気配が消えているのがデフォってこと?」
「さようでござるが?学園ではあえて意識的に存在感を『あぴーる』しているでござるよ。」
やっぱりコイツもビックリ人間だ。
言葉を失っていると、レイナが口を挟んできた。
「あれ?ヒュームは潜伏が苦手だってこないだ言ってなかったっけ?」
「あ、いや、苦手なのは潜伏ではござらぬ。」
「でも言葉を濁してたじゃない。アレクサンドル様の前でウソついてたの?」
相変わらず、鋭い舌鋒である。
「ウソをついていたわけではござらぬ。ご容赦願えぬか。」
「なるほど、苦手なのは潜伏じゃなくて、北ネイトね。でもヒュームなら貴族にも庶民にもソツなく扮装できそうな気がするけどなあ。」
ご容赦する気はないようだ。
「と、ともかく。ヒロ殿、夏休みはどうされるでござるか?長期休暇の間、寮は閉鎖されるでござる。……某は例年、里に帰っておったのでござるが、今年は里から、『新都にて過ごすように』との指令があったもので、どうすべきか迷っているところにて。ひと月部屋を借りるぐらいの金子の持ち合わせはあるのでござるが。」
「あ、その件ですが。メル館のゲストルームを使え、と義兄から言伝てがありました。遠慮するなと。」
フィリアが俺に声をかけてきた。
「ヒュームさんについても、頼んでみましょうか?」
「ありがたい申し出ではござるが、そうなると某の一存では。霞の里としては、メル家とご領主、ミーディエ辺境伯との兼ね合いの問題になるゆえ。もし関係強化を図りたければ、頭領の方から、『こちらからお願いせよ』と言ってくるはずでござる。それがないのが、やや気になるところにて。……まあ、何も言ってこないのであれば、部屋でも借りて過ごせということでござろうか。」
「むっ?」
ヒュームが懐に手を入れる。
「これは?」
フィリアが杖を構える。
二人の様子を見た千早が、即座に棒に手を伸ばす。
まさか学園内で襲撃?
「あいや、待っておくんなんし。」
何かスゴイ言葉が、背中から聞こえてきた。
「若様、楓にありんす。」
忍者装束に身を固めた女性が、そこに立っていた。
「楓!何事か、人騒がせな。門で許可を取ったのであろうな?」
「もちろんでありんす。学園に入るときは許可を取り、気配をあぴーるせよとの頭領様の教えに従ったでありんすよ。……早速にありんすが、若様、頭領様からの指令をお伝えするでありんす。」
「待て、楓。くらすめーとがおるのだぞ。ニンジャの指令は密命によること、知らぬではあるまい。」
楓なるニンジャ、一切動じない。
「くらすめーとの前で読み上げよとの指令にありんす。……中忍ヒューム。年齢ゆえに免除してきた、中忍昇任の要件を満たすべし。この夏は里に帰らず、新都にて下忍・楓と共に暮らし、『くのいちの術』を身に付けよ。以上。」
かたちを改めた楓が、さらに言葉を継いでいく。
「続いて、頭領様からのお言伝てを申し上げるでありんす。『ヒューム、お主は次期頭領だ。苦手と言って済ませるわけにはいかぬ。くらすめーとの前で恥をかかされれば、さすがにこたえるであろう?ことが身の危険、里の危険に及ぶ前に、基礎だけでも身につけねばならぬ。』とのことにて。」
「ふらんく」で「おーぷん」とは聞いていたけど、いいのか?
ニンジャが弱点を曝すなんて。
ヒュームの代わりに、楓が答えてくれた。
「若様ならば、必ず克服してくれるでありんす。頭領様はじめ、里の者は皆信じているでありんすよ。学園にいる今ならば、まだ修行中の身。弱点があっても構わぬ、それが曝されておっても構わぬ、そういうことでありんす。」
そして、みなの前で堂々と宣言した。
「くらすめーとの皆様もお分かりいただけたでありんしょう?我ら『霞の里』のニンジャは、基本的に『ふらんく』で『おーぷん』。ご疑念は無用。気軽に接してほしいでありんすよ。」
「楓さんっていうの?初めまして!」
好奇心なら女神なみ。文学少女アンヌが、早速食いついた。
「言葉がヒューム君とは少し違うんだね。どうして?」
「若様の言葉遣いは男言葉、わっちの言葉は女言葉にありんす。恥ずかしい話でありんすが、わっちらの里は訛りがきついゆえ、外ではこうなるでありんす。」
みんなが千早を見る。
「ファンゾも訛りがきついゆえ、こうなるのでござる。男言葉?平たく言えば家庭環境ゆえにござる。」
楓が鼻で笑った。
「ファンゾ出身にあらしゃりんすか。さすがに荒海のおなごは違うでありんすな。」
千早も凶悪な笑顔で応える。
「あ゛?さよう、生臭い川魚は苦手でござるなあ。寄生虫も気に食わぬ。」
「控えよ、楓。千早殿、あい済まぬ。」
楓なるニンジャ、すでに面布を取っていたのだが。
そのほほを真っ赤にして、ヒュームに食って掛かる。
「若様はそれだからいかぬのでありんす!ここはわっちをかばうところでありんしょう!?」
マリアが口を出した。
「まあそうかもしれないわね。千早さん、美人だし。ヒューム君、ここは私達に仲裁を任せても良かったのかもよ。」
「あのさ、ヒュームが苦手にしている『くのいちの術』って、ひょっとして……」
レイナは確信を得たようだ。
「その通りでありんす。『くのいち』とは『女』。おなごであれば『おなごであることを武器にする』術、おのこであれば『おなごをころがす』術でありんすよ。」
うわあ。
何て言うか、うわあ。
「里の掟をとやかく言うようで申し訳ないけどさ。そういうのって、術だとか何とか、得意とか不得意とか、そういうのとは違うんじゃない?むしろ、苦手だって言ってるヒュームの方が、俺は好きだなあ。」
「ぬし様、何と?」
楓がこちらに厳しい目を向ける。
「あ、すいません。なにも悪口を言うつもりじゃあなくて。もちろん、同性愛とかそういう意味でもなくて。」
「聞かせて欲しいでありんす。里でも、『くのいちの術』の名手と言われる上忍の……名は伏せるでござるが、とある姐さんが似たようなことをつぶやいていたでありんす。」
楓は、真剣であった。
「『不得意だと申しておる者の方が、案外才があるものぞ。若様はまだお若い。無理をしておかしな技巧を覚えてはならぬ。才を捻じ曲げぬ方が良い』と、そう申して辞退されたのでありんす。『本来なれば手練のおなごに任せるべきだが、同年代で下忍の楓をあえて派遣してみては?』と。」
「手練のおなごって、オイ。」
マグナムがぽつりとつぶやく。
女子の冷たい視線が集中する。
マグナム、お前が善良なヤツだってことは、俺たちはよく分かってる。
やましい想像をしたんじゃないんだよな。俺と同じで里の発想にどん引きしただけだ。
ただマグナム。お前さん、正直な上に言葉が足りなすぎる。
「くのいちの術」の素質は、たぶんゼロだ。
「ヒロは『くのいち』マイスターのお墨付きってわけね。分からないでもないかも。」
「レイナ、よせよ。それを言うなら、立花伯爵こそマイスターだろ?」
「さよう、『分からぬでもない』。さすがはレイナ殿、この上なく適切な形容にござる。」
「千早、何が言いたいんだ。それこそ、ロータス姐さんに相談すべき案件じゃないか、これ。」
「ヒロ君、扇子ありがとう。」
ここで投下するのはやめてくれませんか、マリアさん。ああもう、笑い顔を隠してるし。扇子は失敗だったか!
「ずいぶん冷静ですね、ヒロさん。刀を抜くときにはあれだけ迷う人が。なるほど、これが天性の才能というものですか。」
分析は勘弁してください、フィリアさん。何で一歩下がるんですか。
「ヒロ殿。」
だからヒューム、気配を消したまま後ろに立つなって!
「ご指南いただきたく、お願い申し上げる。」
「やめろって、そんな他人行儀な!だいたい教えられるようなことは……。」
「わっちもお願いするでありんす。若様には上忍に、頭領になってもらわねば。里の存亡にも関わるのでありんす。」
「俺も頼みたい。切実に。転がすとかそういうんじゃないぞ。俺の何が悪いかを知りたいんだ。」
マグナム、お前は何も悪くないんだ、俺たちには分かってるから!
「ともかく、俺には教えられることなんてないから!」
「されば、夏の間、ヒロ殿を観察させてもらうでござる。部屋はいかがいたそう。ヒロ殿を観察するためには、ネイト近辺に借りるのが良かろうな。」
「そのことでありんすが。『くのいちの術の修行には悪くないが、北ネイトのような街は避けよ。』とのお達しにありんす。『外交の任務も引き続き負ってもらうゆえ、貴族の子女でも出入りしやすい住居を選べ。』と。」
「素敵な部屋で同棲生活!?若夫婦みたいに?」
アンヌ、おっさんじゃないんだから。若夫婦って。
「恐れ多いでありんすよ。わっちは侍女として入るでありんす。」
「若様はやがて里の外より奥様を迎えられる身ゆえ……。」
ちらちらとヒュームを見ている。
あざといなあ。
「くのいちの術」にはマニュアルでもあるんだろうか。教えられたとおりにやっている、といった趣。
そのヒュームだが……。
「ふむ、されば……。ラグアでは少々、高級にすぎる。鼻につこう。西ネイトでは庶民的になる。間を取って南ネイトにいたすでござるかな。」
頭を回転させるのに忙しい。
「ちょっと、ヒューム君!」
アンヌが噛み付く。
「楓さんの話を聞いてるの!?」
「聞いているでござるよ。侍女として入る、某はやがて妻を娶る。」
「で、何か言うことは?」
「外部のアンヌ殿への説明としては簡にして要を得ており、至極適切。他に何か知りたいことはござるや?」
あっ(察し)
ヒュームって、こんなにズレたヤツだったっけ?……その思いを、全員が共有した。
「……若様、楓は学園の地理を確認して参るでありんす。」
ふっと姿が消える。
「楓もウデを上げたでござるなあ。里からここまで、長旅の疲れもあろうに。」
「なあヒューム、いる時に言ってやれよ。」
「楓は褒めると付け上がって怠るのでござる。アンヌ殿への説明は褒めたでござろう?……いや、そこで褒めるのが『くのいちの術』ということでござるのか!?分からぬ……。統制を思えば、あそこで褒めてはならぬはず。それが中忍のつとめ。」
不得意をこじらせて、思考の迷路に入り込んでしまうヒューム。
全員で顔を見合わせる。
これはいかん。
ヒュームを交えて、話し合う。
とりあえず、夏休みの間に、立花伯爵とロータス姐さんを訪問することは決定。
「やっぱり、ヒロ君をよく観察するほうがいいと思うわ。」
と、マリア。
「さよう。何が違うのでござるかな。今の言葉を聞いても、ヒューム殿は誠実で責任感も強い。軟弱者のヒロ殿に比べると、おなごにもてそうな気もするのでござるが。」
これは千早。
「軟弱だから、かもしれないわよ。うちの父なんか典型じゃない。」
立花伯爵かあ……。
「でもやっぱり、普通はしっかりした人の方がもてるわよ。」
実感こもってますね、トモエさん。
じっと俯いているフィリア。頭を高速回転させるときの癖。
「記憶喪失だから、でしょうか?」
顔を上げて、そんなことを口にする。
「バカなこと言わないでよ、フィリア。ヒュームの頭を殴れって?」
まぜっかえすレイナを無視して(言い返せるアタマがあるのに言い返さないからレイナもヒートアップするのだが、まあそれはともかく)、フィリアが言葉をつなぐ。
「社会常識と言いますか、しがらみにとらわれていない、ということがあるのでは?」
「なるほど、フィリア殿のいうとおりにて。異能持ちに対する偏見はないでござるな。自分が異能持ちだから、というだけではなさそうでござる。」
「確かにそうね。メル家だ立花家だって目で人を見ないわよね。考えようによっては、ちょっと無遠慮かもしれないけど。よし、その仮説、とりあえず採用で。……ヒューム、楓さんを下忍扱いしないこと。自分も中忍とは思わないように。」
「レイナ殿、無茶を申される!我等はニンジャでござるぞ!上意下達、一丸となって目的を達成する集団にござる。それは『あいでんてぃてぃ』に関わる!」
「対外的には、中忍下忍、家主の若様と使用人で良いと思います。ただ、二人でいる時にはレイナさんの言うとおりにしてみてください。」
「フィリア殿、どうせいと言われるか!」
「クラスメートだと思えばいいんじゃないかしら。私達だと思って接するの。」
マリアが助け舟を出す。
「それは名案だ」とみんなが頷いた。
ただ一人、アンヌを除いて。
なにやら必死に、小説の原案を練っている。
「トラブルで同棲することになった、身分違いの二人……。めくるめく同棲もの……ダメ、リアリティが……。」
そのブツブツ言う声に、全員が気づく。
ヒュームがズレたヤツだからうっかりしていた。
同棲。そして季節はまさに夏。
事態としては、生々しい展開が予期されるものだということに。




