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第三十九話 社会科見学 その6


 馬車から降りてきた真壁先生は、脂汗を流し、真っ青な顔をしていた。

 それでも何事も無いかのように、「俺は隣の病院だから、また後で。」との言葉を残して、俺達に背を向ける。

 

 「だいぶきつそうでござったなあ。」


 「ネイト館には治癒魔法を使える者も多いのですが、それでは治らない症状ということでしょうか。」


 武家の旗頭、メル家。その館には一流の医者やヒーラーがいるはず。そちらの手に負えないとなると、やはり心配だ。

 それでも、ここの、言ってみれば総合病院に見てもらえば、きっと。真壁先生は体力もあるし。


 聖神教が運営している、総合病院。

 「安らぎの家」は、その中のいち診療科と言うべきか、いち病棟と言うべきか、あるいは分院と言うべきか。やや独立性が高い位置づけをされていて、少し離れたところにある。


 「現在の医療技術では治せない患者、長患いを抱える人、家族ではケアできない人。そうした人々を受け入れている病院なのです。泣き叫ぶ人、暴れる人、心が深く傷ついている人、絶望に打ちひしがれている人。いろいろな人がいます。もちろん医師もいますが、『それ以外』のところを求められる職場だそうです。」



 やや離れた、目立たない一角に、それでもしっかりとした建物が、佇んでいた。

 

 「見学をお願いしておりました、イーサン・デクスター以下6名です。」

 受付でそう申し出ると、出会った時のフィリアと同じ姿をした、女性の神官が現れた。


 「ようこそおいでくださいました。ここの責任者を務めております、ドロテア・カッチーニです。」


 聖神教には、洗礼名のようなものはない。また、家名を捨てるということもしない。ただ、教団内では、下の名前(ファーストネーム)で呼び合うのが「一応」の「建前」となっている。

 「主神のもと、信仰に生きる者には、身分など関係ない」から。


 「院長とお呼びすればよろしいでしょうか?」


 「教団の者ではない皆さんは、好きに呼んでくださって良いのですよ。シスターでも、院長でも、名前でも家名でも。」


 「その、私は死霊術師(ネクロマンサー)ですが、構わないのでしょうか。」


 「シスターフィリアから、お手紙をいただいております。あなたがヒロさんですか?見学を申し出られたとおっしゃる。主神のもとではみな平等。教団は万人に開かれております。我々はヒロさんを、皆さんを、歓迎いたします。」


 ただ、と言葉を継いだカッチーニ院長が、語気を強めた。


 「皆さんに、ひとつお願いがあります。怯えても良い、逃げても目を背けても構いませんが、『憐れむ』ことだけは、どうかなさらないでください。その行動は、『してはならぬ』ものだと私達は考えます。入院している患者も傷つきます。……それでは。」



 最初に案内されたのは、いわゆる末期患者の病室。

 もうほとんど動けない人、意識はあるが静かにその時を待っている人、病気の性質のせいだろうか、元気があって嘆く人、喚く人。

 それがみな、一緒の病室。


 シスターらしき人たちが2人、部屋に常駐している。

 話を聞いたり、世話をしたり。場合によっては取り押さえたり、いわゆる「ナースセンター」に通報したり、そんな役割を負う人だ。



 「症状や……その、態度と言えば良いかしら、そういうものが違う患者を一緒にして、大丈夫なのですか?」

 トモエが言葉を選びながら質問する。

 

 「部屋数や人員の数に余裕がないから一緒に過ごしてもらっているということもありますが。この運営方法で間違っていないと、私達は考えています。シスターとの話し合い、あるいは患者同士でのやり取りによって、ここで過ごす時間は患者さんにとっても、私達にとっても、意義深いものとなっている。そう思えます。」

 

 「喚いている人がいるようですが、その、暴れたりすることはありませんか?シスターの皆さんで対応できるのでしょうか?」

 イーサンらしい、管理運営についての質問。


 「そのご質問については、そうですね、こちらをご案内します。」


 いわゆる「ナースセンター」には、女性の看護師達と……健康そうな若い男性がいた。

 最近は少ないが、日本にもよくいる患者さんみたいな男性。

 本人としては元気になったつもりだけど、まだ入院してなさいと医者に言われて、暇を持て余している、そんな感じの人。


 「緊急の時には、説法師(モンク)のナースと、このような入院患者さんにもお手伝いいただきます。」


 「説法師(モンク)のナースでござるか!?このようなことをお伺いして良いか、待遇等はどうなさっているのでござる?」


 千早の疑問は、この社会では「もっともなもの」。

 女性の説法師は引く手あまた。特に、貴族の女性のボディーガードとして。

 「稼げる異能」と言えば、まず一番に名が挙がる。 


 「一般のナース、教団のシスターと、変わりません。それでも勤めてくれる人に、お願いしております。……そしてそちらの男性患者さんですが、『家族ではケアできない人』です。」 



 「院長、言葉を飾らなくてもいいですよ。見学の方?また随分とお若いね。」

 男性が振り向いた。日本で言う、高校生年代か。

 そのまま、語りだした。


 

 「家族に疎まれた人」と言うべきだね、俺は。親父がよその女に生ませた子で、母が早くに亡くなったから、家に引き取られて。そのあと正妻に男子が誕生。まあいびられたいびられた。

 それでグレてね。家に仕返ししてやろうってのもあって、家名を堂々と名乗りながらあちこちで暴れたものだから、親父もかばいきれなくなって。

 警察に突き出すんじゃなくて、「この子は頭がおかしいんです、心を病んでいるんです」っていう体にして、こちらに入院。毎月入院費が支払われているというわけ。姑息だよな。

 おっと、院長から言われなかったかい?「憐れむ」のだけは無しにしてくれ。気をつけなよ。昔の俺だったらもう殴りかかってる……と言っても、こりゃ勝てんな。バカやってたのが役に立ったか。怪我せずにすんだ。

 「学園」の生徒さんか。ここを見学とは、真面目なことで。いや、茶化してるんじゃない。真面目ってのは大切だぜ。俺みたいになっちゃいけない。

 「憐れむな」って言ったけどさ、実はもう、あんまり気にならないんだ。ここへきて俺は良かったよ。することないから畑仕事したり、力仕事手伝ったり。患者もナースも、お互いに必要とし合って、それぞれ力を出し合って。いろんな話をして。

 バカやったなあって思う。最近では、見舞いにくる親父にさ、「すまん。迷惑かけた。」って謝ってるんだ。親父のヤツ、泣き出して。「俺が悪かったんだ。すまん。」って。結局二人とも弱いんだよな。まさに親子だよ。親子そろってバカヤロウだ。

 院長の、「もう退院してもいいんじゃないか」って口添えもあるんだけど、「弟が家督を継ぐまではどうしてもだめだ」って、弟の母親が言ってるんだって。まあそうだよな、俺はお家騒動の火種。それに、また暴れでもしたら、家の存続そのものが危い。

 だからさ、「家名を捨てるから外に出してくれよ」って言ったら、親父が「それだけは許さん。お前は俺の息子、まごうことなき父祖の子孫だ」って。「頼む、あと数年我慢してくれ」って。弟が成人するまでは、まだあと7年はかかるってのに。

 それでこうしてクダまいてるってわけ。周りがシスターばかりだし、悪くないっちゃあ悪くないけど。

 おっと、「昔は悪かったんだぜ」の自分語りなんて、ウザいだけだよな。悪いね、何せ暇なもんで。目新しい客がいると、つい長話したくなる。俺みたいなヤツ、何人かいるんだ。話しかけられたら、ウザがらずに付き合ってくれるとありがたいな。 



 そんな話を、最後まで視線をそらさず聞いてやっていた千早が、さらにまっすぐに若者を見据えた。


 「あるでござるよ、家名を捨てずにここを出る()が。……運次第でござるが。」


 その言葉に、若者が目を光らせた。


 「彼我の実力を見極められる。喧嘩武術であっても、お主相当『遣う』でござろう?武家の出か?」


 「ああ、まあな。」


 「されば、大戦(おおいくさ)を待たれよ。志願兵で出れば良い。弟御が元服前であれば、家の一員として出ることすら可能になるはず。」 

 

 「あるかないかも分からないものに期待しろっていうのかよ。ほんとに運次第じゃねえか。」

 

 「と言いつつ、いま期待したでござろうが。最後の希望でござるよ。お仲間ともども、錆を落として時を待たれい。農作業にも励むでござるよ。……そちらのナース殿は説法師でござるな?暇な時にでも、『可愛がり』をしてやってくだされ。」


 「今でも時々していますよ。セクハラがあった時など。では、もう少し気合を入れることにしますね。せっかく退院するんです。生き延びてもらわなくてはいけませんものね。」

 やや年かさのナースが答える。


 確たる理由はないが、分かってしまった。

 このナースは、戦争を経験している。軍人か軍属だったんだ。

 こちらに勤務しようと思った理由にも、そこはかとなく理解が及ぶような気がした。



 ナースセンターを後にする。


 「ありがとうございます、千早さん。あの方の魂は完全に変わりました。私達ではとても思いつかぬ方法で……。」

 院長が感謝の目を向ける。

 「学園の生徒さんは、やはり違いますね。」


 「がさつ者どうし、通ずるものがあったということに過ぎませぬ。学園の生徒だから、ということではござりますまい。」


 「あの、ひとついいですか?失礼な質問かもしれませんが。」

 トモエが声をかけた。


 「ええ、何なりとどうぞ。」


 「健康で若い男性が、シスターばかりのところにいると、その、恋愛等の問題が生じたりしませんか?シスターは恋愛禁止ですよね?」


 「お答えする前に、こちらからもひとつよろしいでしょうか?天真会ではどうされていますか?合わせてお答えする方が、きっとご疑問への答えとして幅が出るのではないかと思います。」


 「天真会では、『恋愛は自然の営み、禁ずるようなものではない、むしろ禁じようがない』と捉えているでござる。……自立した男女であれば、問題にはなりませぬ。夫婦になるも良し、おなご一人で子を産み、育てても良し。それは自分で判断せよ、としていくのでござる。もちろん、ひとりで産む場合、母子へのサポートはするでござるよ。おのこの側からは取るべきものを取り立てて。」


 「こちらでは、そのようなことがあった場合には、病院を辞めてもらいます。シスターから還俗することも勧めます。誰にとっても、その方が幸せなのではないでしょうか。そこは天真会の皆様と、考え方としては通ずると思います。」


 聖神教からの還俗は、割とすんなり認められる。

 日本やヨーロッパ中世のように、大金や面倒な手続きが必要とされているわけではない。

 ただ、「そうもいかない」者も多い。

 教団以外、他に行き場がない人もいる。例えば貴族の六女など(メル家のフィリアは例外中の例外だ)。

  

 「いままでのところ、そのような例はありません。皆、しっかりと信仰を持し、つとめに励んでおります。」


 それぐらいの強さや覚悟がなければ、とても勤まらない仕事なのだろう。

 次に案内された、隔離病棟を見学して、そう思った。



 隔離病棟に入院している患者は、暴れたり、自傷を行ったり……その他、他の患者とは一緒に居させられない人たち。


 叫び、暴れている人がいた。部屋には鉄格子が嵌められている。

 汚物を身体にこすり付けてしまう人がいた。

 こうした患者は、食事の中に睡眠剤を混ぜ、寝ている間に、身体を洗うと教えてもらった。万一に備え、説法師(モンク)を待機させつつ。


 げんなりとして、まるで元気が無い人もいた。何かブツブツ言っている。

 と思ったら、急に暴れ出す。タイミングもきっかけも分からない。これでは他の患者と一緒にできない。

 酒の中毒患者に多いのだそうだ。

 

 急変に驚いたノブレスが逃げ出した。

 

 通りかかったとたん、あどけない顔をこちらに向けながら、為すべからざる行為を始めた患者がいた。

 女性陣が顔を背ける。

 イーサンがトモエの前に、俺と院長がフィリアと千早の前に立ち、衝立となる。


 「ごめんなさい。」

 そう言って、トモエが駆け去る。イーサンが付き添う。


 「若い皆さんにお見せするべきではなかったかもしれません。こちらの患者さん達をケアするのは、人生経験もある、ベテランで年長のシスター達です。」


 「いえ、勉強になります。」

 フィリアが気丈に答える。


 「シスターフィリア、教団に所属している、いわば身内だからと言って無理をされなくても良いのですよ。」


 「教団の者としての思いもあります。それとともに、私は、世俗では郎党の生殺与奪を握る立場の人間でもあります。何事であっても目を逸らさずに見据えることができないようでは、その立場に就いてはならないのです。」


 「主のお与えになる試練は、時として重いものなのですね。」


 「私は恵まれております。より厳しい試練の道を行く方もいらっしゃることでしょう。」


 「ええ、まさにここの患者さん達も、試練の道を歩む人々です。」



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