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第三十九話 社会科見学 その3


 俺やフィリアは、「職人の思い」が聞きたかった。

 トモエやイーサンは、「職人の作業現場」を知りたかった。

 千早は……実験に付き合わされているが、フィリアとほぼ同じことを聞きたがっていたし、まあいいか。


 ノブレスであるが。

 ひとが質問している最中、オットーが答えている最中にも、眠そうにしていた。

 頼むよ。失礼だろうが!


 しかし、実際の「モノ」を目にする段になると、圧倒的に食い付きが良かったのもまた、ノブレスであった。

 リラックスと集中の落差が激しすぎるんだよ、お前は。


 そんなノブレス、案外と職人受けは良い。

 ボウガンの勘所はきっちりと押さえていて、じっとそこを撫でたり触ったり、遠目で見たり顔を近づけたり。


 「お、分かるかい。そこが肝なんだよ、それは。」


 「おじさん、これ、装填に相当な力が要るんじゃないの?……、ああ、それでこれか。こっちで補助するわけか。」


 「そういうこと。」


 「ちょっと試してみていいかな?装填時間は……これぐらいなら許容範囲か。」


 「おい坊主、聞き捨てならんな。」


 「速射を考えるなら、ギリギリだよ?でもこのボウガンは、速射性よりは、有効射程距離を意識してるってことでいいのかな?どういう人が使ってるの?」


 「悪いな、坊主。それは言うわけにいかないんだよ。参ったな、お前さんみたいのに見せたら、丸裸にされちまう。」


 延々と話を聞き続けている。

 どうやら、5月に挙げた手柄の褒賞金で、ボウガンを一つ新調したがっているようだ。

 「5月の仕事の報酬が、6月の末に支払われる。」

 その事実を知ったとき、本当にここは異世界なのだろうかという、小さな疑問が胸に浮かんだものだった。



 俺も、もう少し修行をして、身長が伸びたら、長巻をここで注文しよう。 

 でも、それはそれとして。


 「オットーさん、こちらでは刀の『拵え』もお願いできますか?」

 

 「『戦拵え』ならやっとりますよ。受けられない仕事なら、信頼できるところを紹介します。」

 

 「この刀には幽霊が憑いていて、霊気によって刀身が保護されているんです。」


 「それなら金属鞘で行けますな。黒系の金属か、黒塗りにするか。柄はどうするね?採寸も含めて、こちらで相談を。」

 ヒゲをしごくオットー。

 分かってくれている。


 刀を持ったら誰しも考えるでしょ。あの漫画は偉大だ。

 「お前!よく分かってるじゃねーか!やっとこの拵えから解放される!ありがてえ、ありがてえ……。」

 朝倉も興奮状態だ。そんなにイヤだったのか、今の外装。

 

 

 「ノブレスさんはともかく、ヒロさんまで!」

 特注武器を必要とせず、やや手持ち無沙汰のトモエには呆れられてしまった。



 一方でフィリアは、さらに突っ込んで行く。

 「買い手の中に、怪しい人物はいませんでしたか?これほどの技術が北賊に流れることは阻止したいのですが。」

 

 一瞬、言葉を失ったノーラ。すぐに否定した。

 「北賊に売ったりなんかしていません!お客様はみな確かな腕をお持ちの、きちんとした方ばかりです!」

 

 「あ、いえ、そういうつもりでは……」

 フィリアは困惑顔だ。

 

 「ノーラ、気持ちは分かるがね、それじゃあ証明にはなりませんよ。」

 オスカーが口を出す。

 「ノーラの言うとおり、見るからに信用できるお客さんばかりです。ただ、皆さん『紹介を受けた』『評判を聞いてきた』ということでおいでになりますからねえ。こちらからは突っ込めませんし。顧客名簿をお見せしましょうか。」


 「オスカーさん!信用はどうなるんです!」


 「まあ落ち着きなさい、ノーラ。……当然、警備や見回りを行ってくれるということでしょうね?メル家、あるいは警察において。」


 「オスカーさん?」

 ノーラの声が、不安に震えた。


 「ええ、お約束します。ノーラさん、身の危険を感じたことは?怪しい人物が周辺に出入りしていたことは?」


 「何をおっしゃりたいのですか?」


 「フィリアお嬢様がおっしゃっているのは、武器の横流しのことじゃないよ。『工房ごと引っ攫う』ぐらいの魅力が、うちにはあるということさ。」


 ノーラが再び言葉を失う。


 「だいぶ評判も広がってきたみたいですし。そろそろこちらからアインの警察署に申し出ようかとも思っていたのですが、自分から言うのはねえ。自惚れているみたいで恥ずかしいですし。」


 「フィリア君、そういうことなら。」

 イーサンがさらに何か言おうとするのと、オスカーが「これを。」といってリストを出すのは、同時だった。

 

 「あ、これは失礼。」

 イーサンが顔を赤らめる。

 「差し出口をいたしました。」


 オットー・マイヤー工房と同様に、高い技術を持っていて、警備が必要であるとオスカーが考えている工房のリストだった。


 「間違いなく同窓生ですね、僕たちは。このノリは久しぶりだなあ。」

 笑い出すオスカー。

 

 旧ソ連とか中国の政治局員って、こういうノリなのかなあ。

 文系じゃない、なんて思ってゴメンナサイ。

 

 「感謝いたします、オスカーさん。」


 「お構いなく。こちらも安心して研究に打ち込みたいだけですから。この地域、学園の北・アインの南には、おもしろい工房や研究者、職人がたくさんいます。保護や警備が必要な者、援助をすべき者、いろいろいますので、調べてみてください。おっと、レポートにもできますよ。『アイン南の職人達』とかいうテーマで。生徒さんなんだし、こっちを勧めなきゃいけなかったか!」



 実際、そのレポートは高い評価を受け、不得意な社会の点数を上げるのに随分と役立ってくれた。

 ……ノコギリつきボウガンのテストを引き受けるという条件付きで、安くボウガンを注文できたノブレスも、ご機嫌でオットー・マイヤー工房を後にしたのであった。




 次の週末に向かったのは、ブルグミュラー商会。

 新都南東の船着場と、極東道の政庁との間の地域にある。

 並木街も近く、商売という意味では新都の一等地だ。

 

 この社会科見学の期間中、移動のためにデクスター家が馬車と警護の郎党を出してくれていた。

 「『この時期には生徒が学園を離れる』ことは知られているから、念のため。」

 父にそう言われたんだ。そう語るイーサンの顔は、俯きがちだった。


 分かるよ。ちょっと恥ずかしいよな。中学生ぐらいだとなおさら。

 

 「いつもの三人」の移動ならば、安全面にはそこまで気を使わなくても大丈夫なのだが。

 今回のそれ以外の三人は、「優れてはいるが、年相応の腕」の二人と、「ウデはあるのに期待できない、むしろ足手まといになること間違いなし」のメンバー。

 警護をつけるのもやむなし、である。

 

 さすが名門・デクスター子爵家の馬車は、上品だった。

 派手ではない。それなのに高級な馬車だと分かってしまう。ひと目を引く。

 どこの馬車かが気になるならば、騎馬で従う郎党が掲げる旗を見れば良い。

 「ああ、あの家紋はデクスター家ね。道理で。」と、こうなるわけだ。

 

 そんな見事な馬車が、新都の一等商業地をゆったりと通り過ぎてゆく。

 商会というには、やや飾り気がない建物の正門前に、静かに止まる。


 ノブレスが真っ先に飛び出した。

 残念ながら、従者にしか見えない。女子の降車の手助けを忘れて、きょろきょろしている。

 仕方なく、俺が次に降り、千早とフィリア、二人を手助けする。二人も、降りる順番をよくよくご理解しているようで。イーサンとトモエよりも、前に降りていた。

 それを理解しているのかいないのか、続けてイーサンが降り、トモエをエスコートする。

 


 ちょうど正門の入り口まで、ベルンハルト・ブルグミュラー氏が出迎えに来てくれていた。


 「ようこそおいでいただきました。見学先に当商会を選んでいただき、喜びに堪えません。」


 フィリアにせよイーサンにせよ、名門の子女ではあるが、生徒に過ぎない。

 相変わらず腰が低いなあ。

 そんなベルンハルト氏が、こちらに笑顔を向けて来た。

 

 「ご無沙汰しております。」

 こちらから先にご挨拶。礼儀とかもあるけど、そうじゃない。

 こちらから、話しかけたかった。


 「その節は、大変なお手数をおかけしました。ハンスのこと、改めてお礼申し上げます。」


 「いえ、私は何もできませんでした。あの時は会長にも、ハンスにも、ご迷惑をおかけしました。」


 「奉公人だったハンスは忙しく、仕事仲間以外に友人はいなかったはずです。それでも最後に良い友人を持ち、皆さんと旅ができた。私からも感謝いたします。失礼しました。つい思い出話を。さあ皆さん、こちらへお越しください。」


 3ヶ月ぶりに訪れたブルグミュラー商会は、朝だということもあってか、随分と活気に満ち溢れていた。


 活気と言えば、ベルンハルト氏についても、だいぶ印象が変わっている。

 以前会った時には痩せていたのだが、今は肉付きがそこまで悪くない。肌つやも良い。

 前は体調が悪かったのか、それともハンスの話を聞いて元気を無くしていたのか。

 いずれにせよ、良い変化だ。ほっとした。


 一通り、商会内部を案内され、最後に応接室に通される。


 トモエの質問は、やはり経営や、「商家とはどういう活動をするところなのか」というところ。

 フィリアからの質問も、工房でのものと同じ。「経営の思想・方針」的なところ。

 

 「学園の生徒である皆さんに、区々たる商売の話をしても仕方ないですし。……そうですね、私の商売は、『ない地域に物を持っていく』・『そこから他の地域にない物を持ってくる』といったイメージです。それと、あまり大きな仕組み・枠組みが必要なものは避けるようにしています。手に余りますし、人付き合いにも煩わしいところがありますので。その分制約もかかりますし、大きな儲けも出ませんが、慣れないことに手を出して大失敗、ということもありません。」

 

 ……やはり、あまり皆さんの参考にはならないかもしれません。

 

 「大メル家、デクスター家。行政から軍事まで、大きな枠組みを作って動く必要がある組織ですし。アサヒ家も行政の一翼を担うお家柄でしたね。天真会も、『煩雑を嫌う』という発想とは逆でしょう?どんどん手を広げて、手を結んでいく。私は、『大きな枠組み』からこぼれがちな、その隙間隙間を縫って行くようなやり方をしているということでしょうね。……ブルグミュラー商会も、随分と大きくなりました。しかし私は、どうも行商の気分が抜けないようです。」



 イーサンの質問も、やはり工房で発したものと、同じだった。

 「そのことなのですが、ここに至るまで、どうなさってきたのかを伺えれば、と思っています。」


 「ハンスと同じですよ。」

 会長は、俺を見てそう言った。


 「失礼しました。若い頃は丁稚、そして手代になり、独立を許されて。行商を始めました。ちょうど30年前のことです。新都はまだまだ前線に近く、安定した地位や家庭を持った商人はあまり進出していませんでした。船着場に近いからと、この辺りに土地を買って住み、仕入れをしては売り。何せ戦争でしたから、物が売れます。瞬く間に土地を買い増すことができ、ここに店を開きました。今の商会の原型です。」

 

 ……


 「店を弟に任せて、私は相変わらず行商をしていました。もう会長でしたので、『新規取引先の開拓』とか何とか言っていましたが、要するに行商です。あちこちで、『この土地には何がない』『これが余っている』という情報を得ては仕入れをし、売る。」


 ……


 「弟は体が弱く、早く亡くなりました。その時に、こう言われたんです。『兄さん、今度は兄さんが僕の仕事をするんだ。今まで兄さんがやって来た仕事は、若い者に任せても大丈夫。そういう視点で人を雇い入れたから。だけど帳簿と金庫は、他人任せにはできないだろう?兄さんが管理するんだ。イヤなら早く結婚しなよ。それだけが心残りだ』と。……新都は軍都。男余りですので、結局結婚はできませんでしたが、弟の言うとおり、今はこうして部屋に収まっているというわけです。」


 ……


 「こうして商会が大きくなると、『立志伝中の人』のように言われ始めました。勇気を持って紛争地に飛び込み、将来の一等地に目をつけ、なお自ら飛び回り、後進を育成し……。一代で新都を代表する商会を作り上げたと。」


 ブルグミュラー会長が、照れくさそうな笑顔を見せた。


 「そんなことはありません。運が良かったのですよ。戦争を『運が良い』などと言うつもりはありません。人気商品とは分かっていますが、どうしても武器を扱う気にもなれませんし。ただ、めぐり合わせ。それがあったことは、否定できません。」


 ……本当に私は、運が良かった。


 「自前の縄張りを持っていないから、仕方なく、他に人がいない新都に飛び出した。とにかく仕入れのことを考えて、港の近くに家を持ったら、後からそこが一等地になった。大きな商会の経営者のように、計画的に頭で考える能がないから、外を飛び回った。頭脳を担当してくれていたのは、弟です。後進の育成だって、弟が線路を敷いてくれていた。私の今のあり方も、弟が決めてくれたんです。」


 イーサンに対して、切りつけるような目を向けていた。いや、これはもっと鈍くて分厚い。

 まさにメイスを叩き込むような目と言うべきか。


 「商売で大事なのは、派手な手柄じゃありません。確実な計算、身の安全の確保、小さな倹約。そういうものの積み重ねだと、私は確信しています。継続こそが大切なのです。代々続く商会や家を、つつがなく継承していく、運やめぐり合わせに左右されない経営。そちらの方がよほど難しく、偉大な業績だと私は思っていますよ。」

 

 そんな厳しい目は、しかし、すぐに柔らかくなった。


 「これは無い物ねだりですね。わたしが持っていない物、私にはできないこと。それを持っている人、できる人が、私には偉く見えているだけなのかもしれません。私を『立志伝中の人』と思っている人も、きっと立派に何かを持っているはずです。ただ、自分にできないことをした人が偉く見えるんでしょう。」


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