第三十九話 社会科見学 その1
試合を終えた、その日。
寮で、塚原先生に謝罪した。
「申し訳ありませんでした。『殺す』覚悟を持たずに真剣勝負を受けてしまいましたこと、お詫び申し上げます。」
「気づいたなら、私から言う事は無い。意地で試合を受けてしまった私も悪かったし、カルヴィンにも問題はあった。学園長には私から伝えておく。」
塚原先生が、厳しい顔を緩めた。
「だがな、ヒロ。命を奪わずに済ませたという結果自体は、悪くないと思う。実力に差があれば、その選択ができる。選択肢が増えていく。」
「励みます。」
「ん、よろしい。なに、そんなに気にするほどのことじゃない。途中までは良かった。刀のお陰もあるだろう。だがそれを措いても、いい太刀筋だったぞ。」
朝倉にも詫びを入れた。
「気にするな。おまえの勝負だ。相手があの程度なら、ケリのつけ方はお前の裁量に預けられる。お師匠さんが言っていたとおりさ。実力に差があれば、どうとでもできる。ただ、俺様を腰にぶら下げるからには、次からは『殺す覚悟が無い』とは言わせねーぞ。抜いたからには殺る気になれ。忘れんなよ。」
雨の多い6~7月。
屋内で行われ、大規模な移動も伴わない、そんな活動がこの時期に組まれる。
新都内での移動で事足りる、社会科見学である。
6月後半からの4つの金曜日。うち一つを予備日とし、事前に申請した3箇所を班ごとに見学する。
学園の社会的信用は絶大。申請すれば、大抵のところで許可が下りる。
イベントの多い学園。
素人としては、授業時間足りるのかいな、と思うのだが。
王国には、「外国語」が存在しない。
それに学園の生徒は優秀で、授業はハイペース。何とかなってしまうのだ。
いつもの三人組。俺と、フィリアと、千早と。
今回は、そこにイーサンとノブレスと……ノブレスあるところ、必ず付き合わされるトモエ・アサヒだった。
「どこにする?」
見学先を決める話し合いの席で、最初に口を開いたのはノブレスだった。
「僕はどこでもいいよ。」
「悪いけど、そもそもどんなところがあるのか、そこから教えてもらえるかな。」
「そっか、ヒロ君は記憶がなかったんだよね。」
「そうですね、では大きな分類から。」
系統立てた説明をさせるなら、フィリアが一番。みなさん分かってる。
「『士農工商』ではありませんが、『農業・工業・商業』、いずれでも構いません。その他、すなわち『医』や『芸術』、『宗教』も認められます。『士』、つまりは政府関係・統治機構全般も行けます。軍・行政・司法・立法まで。」
「いろいろありすぎて、迷っちゃうね。」
「選び方は2つあるのよ。」
トモエが言う。
「顔つなぎ的に、将来希望する分野に行くか。逆に将来行くところを決めているなら、それ以外の分野を選ぶか。」
「この班は、恐らくだけど、『政府・統治機構以外を選べ』って暗に言われているんだと思うな。」
と、これは右肩から湿布の匂いをさせているイーサン。
「軍関係が4人に文官が2人。行き先がほぼ決まっていて、かつ顔つなぎを必要としていないメンバーだろう?今のうちに民間・産業を見ておけ、ってことだと思うよ。」
そう言われてみれば。
隣で話し合っているのは、マグナム・ジャック・スヌークとマリア・アンヌ・レイナで構成されている班であった。
この班は、軍関係を勧められているということか。
前者三人は「顔つなぎ」のために。後者三人は「絶対行かないんだから今のうちに見ておけ」というわけだな。
「僕は顔つなぎが必要な気もするけどなあ。」
ノブレスがぼんやりと発言した。
あのな、ノブレス。今回はいつもの逆、お前がトモエに付き合うんだよ。
将来有望なトモエにきちんと社会科見学させるために、被保護者のお前もついでにこの班なんだよ!
お前はどこを見て回ってもあんまり意味がないだろう?
……とは、誰も言わない。
「いや、その。アレでござる、ノブレス殿は先だって手柄を挙げられたゆえ、軍を見に行かずとも大丈夫だと思われたのでござろう。」
直情型なのに、世故に長けている。それが千早である。うまく丸め込むものだ。
「そ、そうよ。ノブレスさんなら大丈夫よ。」
「トモエちゃんがそう言うなら、きっと大丈夫だね、エヘヘ。」
だらしない顔だ。
イーサン?
「あ、いや、そうだね。それじゃあどこにするか、細かく詰めてこうか。」
やけに険しい顔で、下を向くイーサン。
顔を上げたときには、いつもどおりだった。
「みんな、希望を言ってみてくれ。」
「僕はどこでもいいよ。」
「某は工業関係を。天真会は商業関係と縁が深いゆえ。『それ以外』ということで。」
「私は逆に商業関係を見ておきたいわ。家がそちらとは割りと縁遠いから。」
アサヒ家は刑事司法畑である。日本的に言うなら、検察と裁判官がくっついたような仕事。
「私とイーサンさんは、どの分野とも実家が関わっていますね。特に縁遠いところはないかと。」
武人の棟梁・メル公爵家と辣腕行政家・デクスター家。どの業界とも付き合いがあるのは、当然だ。
「ヒロ君は?」
「俺は……。具体的にどう、っていうところはないけれど。……『キツイ仕事をしているおとな』を見に行きたい。『それをするのに、ためらいを感じる人が多いような仕事』を。『どうして逃げずにいられるのか』って言いたくなるような。」
「ヒロ君?」
トモエが心配そうに俺の顔を覗き込む。よほど深刻な顔をしていただろうか。
「あ、いや、無理にとは言わないけど。」
「覚悟を求められる仕事、でござるか。」
千早は、聡い。
「この前の真剣試合か。」
イーサンは、鋭い。
「そういうことならば。」
広い知識を持ち、それを適切に選択・活用できる。それがフィリア。
「私から提案できるかと思います。聖神教女子修道会が運営している、病院です。」
「千早さん、それでいいですか?」
「会へのご配慮、痛み入る。天真会にも病院はあるでござるが、一日見学できるほど大きくはない。聖神教の病院の方が適切でござろう。」
聖神教は一枚岩の集権的組織。対する天真会は、支部ごとの独立性が強い。
病院経営にもその違いが現れる。大病院を作る聖神教、地域密着型の診療所を作る天真会。うまく住み分けているのだ。
「ちょうど提案が3つ出たね。」
イーサンがまとめに入った。
「工業関係、商業関係、病院。それでいいかな?」
「天真会にも、人に忌まれる仕事をする者は多い。そちらの仕事を担当することもありうるゆえ、『志』を知る必要がある。某は賛成でござる。」
「私も、死刑判決を出す家だし。実際に執行するのは、うちの郎党なの。そういう『覚悟』、勉強する必要があるわね。」
天真会は宗教団体ゆえ、葬儀も行う。関係者は、この社会では人からやや忌まれる存在だ。
それだけではない。芸能界や歓楽街のバックアップ。し尿やゴミの処理。天真会はそちら方面に深く関係している。
千早は天真会の中では、いわば「キャリア」ゆえ、そういう仕事に直接従事することはない。しかし天真会に残る場合、あるいは民間部門で働く場合には、彼らの管理職になるということは、十分にありうる。
「じゃあ、決まりだな。……病院はフィリア君が決めてくれるとして。工場と商家、具体的にはどこに見学をお願いしようか。」
「武器工房がいいんじゃないかな!」
ノブレスが初めて意思を示した。
「全員に関係してるでしょ?」
「ノブレスさんったら!自分の趣味じゃない!」
トモエがたしなめる。
そう言えば、寮の部屋にもカタログが転がっていた。(ボウ)ガンマニアなんだな、ノブレス。
「バレた?エヘヘ。」
「動機はともあれ、悪い選択ではないですね。」
「武器工房なら、ひとつ心当たりが。この棒を作ってくれたところでござるが、メル家付きの武術師範、真壁先生が勧めてくれた工房にて。腕は折り紙つきでござるぞ。」
「それは期待できそうだね。じゃあ、そこでいいかな?」全員がうなずく。
「次は、商家だけど……。各人の家とあんまり近いところはねえ……。」
「『イーサン若様やフィリアお嬢様が、出入りの商会からうちを選んでくれた、うちは選ばれなかった』では、やかましくなりそうでござるなあ。かといって外に見学を求めれば、『すわ商機到来!』でござるし。」
「そういうのがあるのかあ。千早ちゃん、庶民なのによく知ってるねえ。」
「ノブレスさん!失礼よ!」
「トモエ殿、かたじけない。某は構わぬでござるよ。ただ、ノブレス殿。ひとによっては血を見ることになりかねぬ。そこは心しておかれよ。」
「学園はどうしてみんな血の気が多いんだろう。怖いよねえ。」
「私達の家に出入りしているのは、王都資本の大商会が多いですね。トモエさんもそうでしょう?」
「ええ、そうね。やっぱり、それ以外から選ぶべきよね。」
「やっぱり、うちとは違うなあ。」
「ノブレス殿、思っていてもそういうことを言うものではござらぬ。気を使わせる。」
「その点、千早さんは気さくよね。人気者なのも分かるわ。」
「女子限定の人気だよね。」
「ノブレスさん!」
「あまりトモエ君に迷惑をかけるなよ、ノブレス君。……千早君が人気なのは、庶民とか貴族とか、一切気にしていないからだろうね。自らを拠り所にしている。そういう人は、強いよ。」
「もう、デクスターさんまで、らしくない!女の子に『強い』なんて言うもんじゃないわ。」
トモエのその言葉に、憂い顔を切り替えたイーサン。
「あ、これは申し訳ない!」
女性の進出が目覚ましい社会ではあるが、形式としては「レディ」として扱うことが求められる。
それが王国の礼儀作法。
「構わぬでござるよ。言われ慣れておるし、事実ゆえ。」
笑顔を見せた千早。
「ともかく、王都資本以外、地元資本から選ぶ。中小規模で、大貴族への食い込みを考えていない商会、ということでござるか。」
「考えてみれば、『つきあいがないところ』からどう選ぶか、どう評価するか、って、難題だね。」
「ごめんなさい、デクスターさん。やっぱり商会はやめにしましょうか。」
「いや、済まない。そういうつもりじゃあないんだ。商会を選択するのは、いい判断だと思うよ。」
商会、ねえ。
そういえば、俺も一つだけ、知っていた。むしろ、そこしか知らない。
まだ3ヶ月しか経っていないのに、随分昔のことのような気がするけど、きっとあそこなら。
「ブルグミュラー商会は、どうかなあ。」
「それはいいですね。条件としてはピッタリです。」
「冴えているでござるな、ヒロ殿。」
「ヒロ君のお知り合い?」
「説明を頼めるか?」
「細かいところは、その……。」
「新都資本を代表する商会の一つです。新都の成長と共に大きくなりました。規模としては、大規模の二歩手前でしょうか?商圏は極東道全域に及びつつあります。大貴族への出入りには見向きもしません。王都資本と張り合うことを避けていると考えられます。軍や行政との関わりが生じがちになる、木材・石材・鉱石等の『重くて大きい物』も扱いません。食品、繊維製品、生活雑貨……などを中心に取り扱っています。」
「調べたの?」
「3月、訪問する前に。千早さんからもいろいろ教えてもらいました。」
「『メル家令嬢が訪問した』ことを利用したり、それが周囲に影響するような商会ではないことは、まず間違いござらぬ。そこは調べておく必要があったゆえ。」
「僕も後で調べておこう。フィリア君、良かったら……。」
「ええ、情報交換は私としても喜んで。」
「私にも見せてもらえるかしら?」
「もちろんでござるよ。見学前の予習として、全員で検討すべきでござろう。」
みんなすげえなあ。
呆けた顔をしている俺に、フィリアが気づいた。
「ヒロさんが作ったご縁です。この場で思いついたのもヒロさん。そこはもう少し得意顔をすべきところですよ。」
「日頃からもう少し気合を入れられよ。皆がそう申しているに。これはまだまだ時間がかかるでござるなあ。」
「よし、全部決まったね。じゃあ申請書を書こう。」
イーサンが書面を作り、全員が署名して、終わり。
隣の班は、まだ揉めていた。
男子が、軍を2ヶ所と警察を。
女子が、「1ヶ所、ブライダル業者を」と主張しているのだ。
言い出したのは、アンヌ。小説の題材に使うらしい。
レイナとマリアも、「そっち方面の歌」を作るヒントにできると踏んだ。
初めは3対3だったのだが、いつものようにレイナが鋭い所を突き始めた。
「ジャック!妹さん、クリスチーネ・ゴードンの恋愛小説の資料にもなるのよ!」
このひと言に、ジャックが揺れた。彼は家族想いの人情家なのだ。
「ジャック、クリスチーネは来年進級してくるじゃん!」
スヌークの説得に、揺り戻されるジャック。
マリアと鞭の件で、肩身の狭い思いをしているマグナム。
強硬な主張ができずにいる。
これは女子が押し切りそうだ……が。
この班は、男子の方が社会科見学については「切実な事情」を抱えている。
「あのさ、顔つなぎとかコネとしちゃあ弱いかもしれないけどさ。メル家の鍛錬場、紹介しようか?たぶん歓迎されると思うぞ。学園の生徒だから、身元審査は絶対通るだろうし。それで妥協できないか?」
「ヒロさん?……そうですね、私達も軍や警察を一箇所も見ないというのも何ですし。義兄に言って、個人的に見に行く機会を作ってもらいましょうか。」
「本当か!」
「それなら一つはブライダル業者で決まりね!」
「おおヒロ、心の友よ!」
大げさな……とは、言えないんだよな。ジャックについては。
「気に入った!家に来て妹を……」
「おい、それはマズイって!」
「何を言わせるんだ、このヤロー!」
スヌークが殴られた。
学園は暴力禁止のハズだったよなあ……。本当にその辺大丈夫なのか?
まあ、よっぽど嬉しいんだってことだけは、よく分かったよ。




