第三十八話 得物それぞれ その5
まさかね、と思っていた。
これまで聞いた話では、エリート部隊、若手の憧れ。
めちゃくちゃカッコいいに違いないと思っていた。
いや、実際に、王国民の感性からすると、めちゃくちゃカッコいい姿なのである。
だがしかし。
聖堂騎士の装い、俺にとっては、その「まさか」だったのだ。
「大仰に過ぎると思うのです。体格がないと似合いませんし。」
フィリアがしぶっていた訳だ。
そう、聖堂騎士の、カルヴィン・ディートリヒの、その装いたるや。
バケツ(かぶと)を被った、マヨネーズ(衣)。
「黒い死霊術師を倒して白くなる」。
そういう厨二的感性、この王国では嫌われていない。むしろ好評を博する。
嫌われてはいないが、俺から見れば。
灰色のバケツを被った、灰色のマヨネーズなのである。
「腹が痛え」と笑いを堪える俺の表情。なのだが……。
「片腹痛し」の不敵な笑いに見えてしまう。
ますます相手のヘイトが高まる。彼の同門や、敬虔な聖神教徒達の視線が鋭くなる。
「ちょっとヒロ、リラックスしすぎよ。」
アリエルが俺を引き締めにかかる。
「あの衣の内側、相当なスペースがあるね。暗器とか飛び道具、気をつけて。」
やっぱりピンクの感性は独特だった。ありがたく言葉を受ける。
「問題ない。あの装備なら切れる。」
朝倉は落ち着いている。
「むしろ、俺達が出る必要を感じない。刀身を保護する霊気とアドバイスだけは出してやるから、地力で勝負しろ。そうすべき試合だと思わないか、アリエル?」
「あら、名前で呼んでくれるのね?こういうことだけは真面目なんだから。ええ、同意するわ。ヒロ、一人でやってみなさい!」
この日の最終戦だ。
ボクシングだって競馬だって同じ。最後の試合が、メインエベント。
あちらのコーナーからは、1年の癖に、生意気にも叙任された、不気味な兜の死霊術師。
こちらのコーナーからは、家名持ちで、エリート道場に所属する、テンプルナイトの姿を借りた敬虔な聖神教徒。
ヒールとベビーフェイス。
盛り上がらないわけがない。
会場の中央に出て、一礼を交わす。
三人の審判に、一礼。
主審である学園長が、大音声で確認をした。
「真剣を用いる勝負、異能あり。双方この条件に同意するか!」
「諾!」
「同意する!」
「カルヴィン・ディートリヒは片手剣と霊弾を用いるということで良いのだな!」
「諾!」
「ヒロは刀を用い、幽霊を使役するということで良いのだな!」
「否!霊気のみを用いる!幽霊は使役しない!」
会場がざわめく。
学園長の口角が上がる。目が見開かれる。
「二言は無いな!」
「無い!」
「よろしい!それでは双方、所定の位置へ!」
宣告の間にも、カルヴィンは詠唱を始めていた。手中に霊弾を作り始めている。
卑怯とは言わんよ。腹立つよな。幽霊を使うまでもないなんて言われちゃあ。
「始めい!」
間合いを詰める前に、顔をめがけて一発撃ってきた。
いわゆる「スナップスロー」で。
首を振ってかわす。
バケツヘッドから覗いている目が、驚きの色を見せた。
「霊気が、幽霊が見える」ということを知らなかったのか?
よし、間合いを詰めるぞ……。
「痛い!」
後方で、叫び声が聞こえた。
カルヴィンの放った霊弾が、観客に当たったのだ。
霊能がない者には、霊弾は見えない。対処のしようが無い。
霊能がある者でも、カルヴィンよりも霊能が弱くては、かばってやることができない。
思わず振り返ってしまった。
再びカルヴィンを見ると、再度霊弾を作り始めていた。
何が起こっていたのか、正面に見えているはずなのに。
「おい!観客がケガしてるぞ!」
「お前が避けるのが悪い!」
ハア?
「邪悪な死霊術師め!お前のせいでけが人が出たんだ!悪いのは貴様だ!これは神罰の代行だ!避けるんじゃあない!」
霊弾が大きくなった。
霊能は、気力の乗りに左右される。千早はそう言っていた。
こいつ、本気で言ってるのか……。
「俺が傷むわけないだろうが。あの程度で。」
尋ねるまでも無く、冷えた朝倉の声が聞こえてきた。
刀身を保護する分だけ、薄く霊気を流してきた。
ん。
八相に構える。
八相と言うか……ぶっちゃけて言ってしまえば、オープンスタンスのバッティングフォームだ。
打ち返す必要のある、野球じゃない。
刀身を霊弾の軌道に合わせるだけなら、俺でもできる。
「どうした!恐ろしいか!」
挑発してきた。まだ霊弾が球状に成形されきっていない。不安定に動いている。
踏み込むころに完成するから至近距離で、というつもりか?
その手に乗るかよ。
「待っててやるから、早く投げろ!」
目論見が外れたカルヴィン。
今度はスナップスローではなく、肩と腕を振って投げてきた。
やはり顔をめがけて。
オープンスタンスから腰をひねり、朝倉を面前にかざす。
後ろに引いていた右足を、前に出ている左足に寄せるように体重移動。
自然と朝倉が前に押し出され、その動きだけで霊弾が両断される。
抜群の切れ味。
これ以上、間を、余裕を与えてはいけない。
左腰に朝倉を据えて、走り寄る。
盾を突き出してきた。ナイトの守備だ。
初陣での初太刀、弓を断ち切ったのと同じ軌道でいける!
なぜか、そう確信した。
「うん、その角度だね。」ピンクの声が脳内に響く。
いいいぃやあああっ
気合声が漏れた。自然に、声が出た。
左下段から刀を振り上げる。
カルヴィンが突き出してきた金属盾。
その左下、四分の一を、切り飛ばす。
あああああっ
もう一歩踏み込む。伸び上がった腰を、沈ませる。
大上段に振り上がった朝倉を、切り返して振り下ろす。
カルヴィンの盾の右上、四分の一を、断ち落とす。
沈み込んだ姿勢のまま、カルヴィンの左脇を駆け抜け、振り返る。
一瞬俺を見失い、左右に首を振っている背中を見せたカルヴィン。
駆け抜けきらずに、一刀浴びせるべきだったか。
「さすがにそれは逸りすぎよ、ヒロ。お互い真剣なんだから。」
アリエルの声が聞こえてきた。
ん。
落ち着いて、ひとつひとつ、だな。相手は重装備なんだし。
「カルヴィン、後ろ後ろ!」
同門の声に、振り返るカルヴィン。
余裕は与えないと決めたんだ!
体勢を整えきる前に、走り寄る。
右袈裟。再びカルヴィンの左脇を駆け抜ける。
灰色のマヨネーズ容器みたいな衣が切り裂かれた。
中からサブウェポンが転がり落ちた。
ピンクの言っていた通りだ。
金属鎧の胸を裂くところまでは行った。
身にまでは届かなかったか。
装備の重たいナイト。切り裂かれた衣が纏わりついて、なお動きが阻害されている。
それでも必死にカルヴィンが振り向いたそのタイミングは、俺が走り寄って胸に横薙ぎを入れるのと同時であった。
咄嗟にしゃがみ込んだカルヴィン。
危ない!
軌道を修正する。腰を伸ばし、やや上向きに朝倉を振りぬく。
バケツヘッドの頭頂部が吹っ飛ぶ。穴あきバケツ状態になった。
良かった。
もうワンテンポ、カルヴィンがしゃがむのが遅かったら、首に入っているところだ。
騒いでいた観客も、その一刀に悲鳴を上げた後は、黙り込んでしまった。
いい加減やめにしてやらないと。
駆け抜けていったん距離を取り、審判の方を見る。
塚原先生の方から「それまで」を言うわけにはいかない。
片手剣の先生は……青筋立てて身体を震わせている。
頼むから、言ってくれ!
俺の思いは伝わらない。
主審の学園長は……。
腕組みして、試合会場全体を眺めている。こちらを見ない。
これじゃ足りないって言うのかよ……。
カルヴィンが立ち上がった。
邪魔になる衣、マヨネーズ容器を手で引き裂く。
穴あきになったバケツヘッドを脱ぐ。
イケメンの部類と言える顔には、怯えは見えなかった。
憎悪に歪んでいる。
まだやる気なのだ。
片手剣を構えている。
仕方ない。
互いに間合いを詰め、片手剣と朝倉を撃ち合わせる。
つばぜり合いをする。
カルヴィンのほうが上背もある。重装備のナイトは筋力・体重に優れる。
しかし、相手が悪い。俺は女神のギフトを受けているのだ。どうしたって敵い様がない。
押し込む。
ようやく驚愕と恐怖の表情を見せた。
なお押し込む。
片手剣に朝倉が食い込んでいく。
片手剣を両断するのと、カルヴィンが柄から手を離したのは、ほぼ同時だった。
賢明だ。そこで逃げていなければ、顔面を両断される。
これで終わりだよな。
そんな俺の期待は、再び裏切られた。
すぐ近くにいた3人の審判たち。誰ひとりとして、声をかけない。
片手剣の先生は、震えと青筋を大きくするばかり。
学園長は、肩を揺すった。
道着の袖口から、ちらりと念珠を覗かせる。
眉根を寄せた。
……!
驚愕に見開かれた俺の視線を受けた塚原先生は、瞑目して首を振った。
視線を戻す。
カルヴィンは、再び距離を取り、詠唱を始めていた。
ケガのひとつもない。闘志も尽きていない。
である以上、止めるわけには行かないのだ。
真剣での勝負。
「その結果」はお互いに覚悟しなければならない。
3人の審判はそう言っているのだ。
カルヴィンは必死の覚悟のはずだ。
必死の相手である以上、丸腰でも手加減をする余裕はない。
どうする?
「汚いぞ!」
カルヴィンの口から漏れたのは、しかし、そんな言葉。
もう少し他にあると思うのだが。それが最後の言葉になるかも知れないって分かってんのか?
「全部刀のお陰じゃないか!そんな分不相応な切れ味の刀、どこで手に入れたんだ!」
さすがにこれには、反発が出た。
塚原道場の2年生から。
「技が無ければ金属は切れないぞ!」
「見苦しいぞ、カルヴィン!お前の鎧兜だって分不相応じゃないか!」
「うるさい!この卑怯者!死霊術師!正義の一撃を、浄化の光を受けてみろ!刀なんか捨ててかかってこい!」
俺は○ネットじゃねえ!
それはともかく。ようやく分かった。
「やられる覚悟」。
こいつには最初から今まで、それが無かったのだ。
じゃあ何で真剣での勝負を申し込んだんだよ。
形成されている霊弾は、試合開始当初より大分小さくなっていた。
やっぱり多少はくじけてるのね。
……付き合ってやるか。あれなら大したことないし。
「これ以上恥をさらさせるのか?息の根を止めてやれ。ヒロ。見苦しさでは貴様も変わらんぞ。『殺す覚悟』を持たずに真剣勝負を受けていたのか?」
朝倉の声が聞こえた。
平淡な、いつも通りの口調。しかし冷たく突き刺さる。
済まん、朝倉。お前の言うとおりだ。
殺されまいとばかり考えていて、殺す覚悟を持っていなかった。
だけど、朝倉。お前を汚すほどの価値、あいつにないだろう?
カルヴィンが霊弾を放った。
フィリアよりはだいぶ弱い。問題ない。顔面で受ける。
……やっぱり痛いことは痛い。
だけどこれ、霊弾が痛いんじゃないな、たぶん。
煽ってやろうかとも思ったが、ただでさえ見苦しいのに、これ以上は、な。
無言のまま、朝倉を塚原先生の前に置く。
申し訳ありません、私の覚悟不足でした。
「悪いな、朝倉。」
カルヴィンに走り寄る。刀術も何も無い、全力ダッシュ。
で、ドロップキック。すっ転がす。
鎧のせいで、バランスを崩すとなかなか立ち上がれない。それは間違いなくナイトの弱点である。
立ち上がろうとする度に、いわゆるヤ○ザキックをかます。
転がす。ジタバタする。起き上がりかかる。蹴る。
転がす。ジタバタする。起き上がりかかる。蹴る。以下ループ。
重い鎧をつけている分だけ、カルヴィンのスタミナが切れる方が早い。
荒い呼吸を繰り返すばかりで、起き上がれなくなった。
「それまで!」
学園長が声をかけた。ほっとしているが、厳しい表情だ。
申し訳ありません。
朝倉を拾い、転がっているカルヴィンに一礼。
三人の審判に一礼。
申し訳ありませんでした。
本当に顔が上げられないよ。
カルヴィンの派手な入場に始まり。
中盤、俺の……というよりは朝倉の、見事な演武があり。
そして終盤はグダグダ。
メインエベントにはふさわしからざる内容だったと思う。
真っ先に迎えてくれたのは、いつもの二人、フィリアと千早だった。
「締まらないでござるなあ。他にやりようはなかったのでござるか?」
「友人の命を助けていただいたこと、感謝します。」
「俺にも覚悟がなかったんだよ。見苦しい試合を見せて、申し訳ない。」
「ヒロさん、日頃から今の試合のような猛々しさを、もう少し。相手に覚悟を持たせるためにも。」
フィリアからも、これだ。
会う人ごとに言われてしまう。
意地と面子の社会。弱そうに見えることは、それ自体が問題を引き起こすんだな。
同門のレイナとヒュームも、迎えてくれた。
「こないだ、父が真剣な顔して言ってたのよね。ヒロを怒らせることだけはしないようにって。」
「金属の盾を切断。鎧も兜も用を成さぬ。凄まじいものでござるな。」
「それより私は、最後が怖かった。あそこまで追い詰めた相手にああいう煽られ方されたら、激怒して切り捨てるところでしょ?それを冷静なまんま、あのあしらい。刀にかける価値も無いって。何にも言わずに無表情で。怒らせたらどうなるのよ。どこまでやったら怒るのかも分からないし。ちょっと付き合い方、考え直さないといけないかも。」
さすが図星です、レイナさん。
だけどそういうことは、できれば胸のうちにしまっといてくれませんかねえ。私の好感度に関わりますので。
「戸惑ってたんでしょう?どうしたらうまく収められるかって。刀にかける価値も無いってことじゃなくて、命を奪う事はしたくなかったのよね。」
いつものようにフェミニンな装いのマリアも、試合を見に来ていたようだ。
そういう思いもあるにはあったんだよな、そう言われれば。
「そ、そう。そうなんだよ。だいたいマリアの言っている通り。どうしたら収められるか迷った結果があれだったんだって。うん。」
ああ、カッコ悪いなあ。
正直に、レイナの言ってる通りだ、って言うべきだったかなあ。
「勉強になったわ。私の家伝も、重装備相手にはあまり効かない武術だから……。転ばせばいいのね。」
「そういえば聞いてなかったね。マリアの得物って何?」
「私?鞭。」
できるだけさりげなく聞こえるよう、早口で答えるマリア。
「家伝なの。受け継ぐ義務があるから。」
言い訳がましく、早口で付け加える。
マグナムがゴクリとつばを飲み込んだ。
一瞬皆が息を呑んだタイミングだったから、ひとり突出してしまった。
女子の冷たい目が、マグナムに集中する。
サンキューマッグ、フォーエバーマッグ。
君のお陰で救われたよ。
本当に、救われた。