第三十八話 得物それぞれ その2
十人隊長の職階を得たことをきっかけに、フィリアの聖神教団内での地位が、助祭から司祭に上がった。
卒業後も教団に残るならばすぐに上がる地位ではある。残らなくても世俗で出世すれば上の地位がもらえもする(有名な将棋のプロ棋士が、ローマから勲章をいただいたのと同じように)。
そう考えると、あまり意味は無いけれど、まあ一応。
フィリアは司祭に上がった。
司祭と聞いて、ヨハン司祭のことを久々に思い出した。
クマロイ村の人々。トムじいさんに、その一家。トマス坊やの一家に、やはりヨハン司祭。
この世界での最初の出会いは、幸福なものだった。
女神には感謝しなきゃいけないかな。
「おめでとう。ヨハン司祭に並んだんだな。」
そう言うと、「謙遜ではなく、まだまだだと思っています。」と返された。
それでも、照れくさそうな笑顔を見せてくれた。
「聖堂騎士団員に任ぜられる条件」を満たすことにもなった。
「聖堂騎士団員」になるためには、「職階、爵位、位階などを何か得ていること」、「固い信仰を持する誓いを立てる事」などが必要となる。後者は有って無きがごとき条件だ。
つまり、フィリアの場合、誓いを立てれば聖堂騎士団員になれる。今のところ特になりたいとは思っていないそうだが。
同時に「聖堂騎士に任ぜられる条件」もほぼ満たすこととなった。
ただの団員以上の存在、聖堂騎士になるためには、「なんらかの『階』」では足りない。「『職階』で『十騎長』以上」が求められる。
軍人としての高い能力も要求される、聖神教団内でのエリートなのだ。
フィリアの場合、卒業すれば十騎長はほぼ確実。卒業を機に聖堂騎士になることができる。やはり特になりたいとは思っていないそうだ。
「あまり言いたくはありませんが、聖堂騎士団員や聖堂騎士は、姿が、少々……。」
よほどイカツイのだろうか。
我ながら面倒な説明をしたと思う。
しかし、この話が意味を持ってきたのだ。フィリアではなく、俺に関係する話として。
家名持ちなら、十人隊長さえ持っていれば、卒業を機に十騎長(≒百人隊長)をもらえるので、すぐに聖堂騎士になれる。
聖堂騎士を目指す若者から見た場合、俺たちは羨ましい存在ということになる。
だが、フィリアはフィリア・S・ド・ラ・「メル」なのである。雲の上の存在。羨んでも仕方ない。
千早は天真会に所属している。両宗教の関係者は、非常に賢明な事に、対抗意識を持つ事を(表向きは)お互いに慎んでいる。(転生前の世界に彼らのことを伝える方法はないものか!)
その点俺は聖神教徒から見ると、「邪悪なる」死霊術師なのだ。彼らのヘイトを一身に集めることとなった。
それに、フィリアは「メル」である。喧嘩を売るなら、一族の危機を覚悟する必要がある。
千早は直情型である。喧嘩を売るなら、命の危機を覚悟する必要がある。
その点俺は大したことがない。背景なし、武術の才なし、自分で言うのもなんだが、性格も穏和と来ている。学園の連中の沸点が低すぎるだけのことなのだが。そういうわけで、喧嘩を売りやすい。
「暴力厳禁」が定められている学園内において、喧嘩を売りたければ、決闘か演習ということになる。
決闘を申し込むのは、簡単に見えて案外難しい。基本的には名誉のために申し込むわけだが、「理」が通っていない申し込み(要はイチャモン)は、己を安くするものとみなされて、かえって名誉を損ねてしまうのだ。
ならば演習。
と、言うわけで。
塚原道場に、他流試合が(正式名称は「交流試合」だが)申し込まれる運びとなったのである。
6月は武術の強化月間。これ幸いと言う訳だ。
他流試合が申し込まれた理由は、それだけではない。
実は8月下旬に、征北大将軍府主催による、武術大会がある。
いろいろな種目があるのだが、学園の生徒達が狙っているのは、17歳以下のカテゴリーである。優勝できれば職階をひとつ上げてもらえる。優勝者以外にも、特別叙任の可能性がある。
今年は俺達の(というか、言ってしまえば俺の)叙任により、生徒達が熱くなっている。
学園内にある各道場・各流派にて、「大会に備えるためにも、交流試合を……」と申し出る生徒が多く、例年に比べて積極的に他流試合が行われているのだ。
なお俺は、事前にアレックス様から「大会には出ない方が良い」と言われていた。
「あの大会は、戦場に出る機会が無かったり、腕もあれば戦場にも出ているのに、不幸にして手柄がない若者のためのものだ。実戦で手柄を挙げたヒロにとっては、『下のカテゴリー』なのだよ。腕もまだまだだし、そうは思えないって?死霊術を使えば間違いなく優勝レベルにはあるぞ。自信を持ちたまえ。何もふんぞり返れとは言わぬが、もう少し気魄を表に出した方が良い。『武功があるのに弱そうに見える』と喧嘩を売られる原因になる。私がそうだった。何せ優男だからな。」
その後のひと言が、気になった。
「相手が不幸になる。弱そうなやつに喧嘩を売ってボロ負け。恥ずかしいことこの上ない。弱そうなやつを狙うような男は、反省せずに逆恨みするものだ。遺恨を買うと面倒だぞ。」
立花伯爵も、「周囲の人のためにも、もう少しドスを効かせろ」と言っていた。文弱の徒もとい文雅の人と、武人の頭領アレックス様が、同じ事を言っている。
「名人」から見て、「明らかに足りていない要素」なのだろう。心しないといけないなあ。
「話が逸れたな。ソフィアも『ここで手の内をさらすべきではないと思いますよ。次の一手は武功以外のところを狙うべきですし。』と言っている。」
ソフィア様、何を考えているんだろう……。そっちの方が恐ろしい。
武術大会不参加を塚原先生に告げると、ホッとした顔を見せた。
「試合や勝負でこそ腕が上がると言う人もいるが、必ずしもそればかりではあるまい。特にヒロは、まだまだ初心者だ。試合向けの技術を磨く前に、やることも多いからな。……そう言っている先から、他流試合を受けてしまったわけだが。この時期はなかなか断りづらくて、な。ヒロに対するご指名も多い。全てを受けるわけにもいかぬし、そのつもりもないが、いくつかは受けてもらうことになりそうだ。……すまんな、心してくれ。」
どうやら他流試合は、相当危険なものらしい。
「当然でござる。わざわざ師に申し出て他流と試合をする。外には流派の看板を背負い、内には同輩に大見得を切るのでござるよ?負けるわけにはいかぬのでござる。」
千早が教えてくれた。
「それだけ腕もあり、向こう意気が強い者も多い。単に意気軒昂なだけならば問題はないが、無駄に嗜虐性が強い者もおるゆえなあ。弱いと見るや、かさにかかる。」
そしてまた、言われてしまった。
「ヒロ殿はもう少し気合を入れられよ。無駄な喧嘩を呼び込む事はござるまい。」
「確かに、ね。それを見て喧嘩を売ろうとは思わないよなあ。見事な棒だねえ。」
「で、ござろう?」
千早はうれしそうだ。
180cmの金属棒。色からして、鉄ではない。
この世界の金属は、俺が元いた世界とはいろいろと事情が異なる。まだ覚え切れていないので、詳細はもう少し勉強してからとさせてほしい。鉄は存在していると言うにとどめたい。
ともかく、鉄よりは重く、硬い金属だということだ。
「かなり重いんじゃないの?」
「某より重いことは確かでござるよ。見栄ではござらぬぞ!」
どうやら千早の体重とほぼ同水準、と。とんでもない武器だ。
「もう二本、これの倍の長さの棒と、その間の長さの棒も作ったのでござる。これで壊れることを気にせず思い切り棒が振れるでござる!」
そういうわけで、ここのところの千早はご機嫌なのである。
他流試合が行われる日取りが決まった。
その日、俺は二人と対戦することとなる。
ひとりは、イーサン・デクスター。
まさか、と思った。
イーサンには、武功は必要ない。宮廷貴族(官僚政治家)として子爵家を継ぎ、順当に出世できるのだから。
彼の師匠から塚原先生にあてられた手紙には、以下のように書かれていた。
どうも思うところがあるらしく、8月の大会に参加したいと言っている。必要ないと叱ったのだが、素直なイーサンが珍しく我を張っている。彼は元々筋が良く、目標ができたためにますます熱心に取り組むようになった。その姿を見ていると、武に生きる者としては、押し留めることができなくなった。
ヒロ君は、同年代の出世頭。塚原君の指導を受けてもいるわけだから、結構な使い手なのだと思う。イーサンも、ひとつの目安・目標として対戦してみたいと申し出て来た。
イーサンの人柄はご承知のことと思う。交流試合の礼儀を踏み外す事はない。お互いのことを考えて、木製武器・異能なしの条件で試合を申し込みたい。塚原君、お願いできるだろうか。ヒロ君の許しを得てもらえるだろうか。
きちんとした手紙だ。
塚原先生のみならず、実際に対戦する俺の許しも必要だ、と考えているのか。
「どうする、ヒロ。受けるか?」
こんな手紙をくれるなら、事情がない限りは受けなきゃいかんでしょ。
イーサンの腕も、彼がどういうつもりなのかも、気になるし。
姿勢を正す。
「『こちらこそよろしくお願いします』とお伝えください。」
「ん、分かった。いい試合になりそうだな。交流試合も悪いばかりではなさそうだ。最低限の情報だけ、伝えておく。イーサンはナイトで、得物はメイスだと書かれてある。それでは私も当日を楽しみに待つとしよう。」
メイス持ちのナイト。
いかにも正統派だ。イーサンらしい。
「で、もう一つの試合だが。受けたくは無いが、受けざるを得ない、といった試合だ。ヒロが嫌ならば断るが。……相手は、2年生の、カルヴィン・ディートリヒ。片手剣使いのナイトで、浄霊師だ。」
カルヴィンがどうこう、というわけではないが。
そう、塚原先生は説明を始めた。
片手剣使いは数が多いから、教官も多い。そのうちの一人、このカルヴィンの師匠だが、彼と私はどうも馬が合わなくてな。
初っ端から叩きつけるようなスパルタ指導をするのだ。ついていけない者は来なくて良い、と。そういう教え方をする。型もできていなければ基礎体力もない者に、そんなことをする意味はないと私は思っている。だいたいそれでは、あらかじめ家で武術を身につけている貴族以外はついていけない。そういう絞り方をするのはどうかと思うんだがな。
彼に言わせれば、「学園は王国のため、結果を出すことを求められている。厳しく指導して優秀な武人を送り出すことこそが私達教官の義務だ」そうだ。
だがなあ、それこそレイナやイーサンだって、王国のために優秀な人材になる若者だろう?基礎体力、身のこなし、もろもろの心構え、そちらを教えていくのも私達の仕事だと思うのだよ。
確かにな、彼の指導を受けた卒業生は、すぐに結果を出す。だが、数としては、それこそ他の道場と変わらないぞ。少数精鋭だから。当然だがそれ以外の分野では実績を挙げていないし。
それだけではない。軍部に行っても、初めは結果を出すのだが、十騎長から上に上がれる者が少ないんだ。何と言えばいいのか……。
とのお話。
「真壁先生がおっしゃっていたのですが、『脊髄反射の、優秀な兵』ということですか?」
「それだ!真壁め、うまいことを言う。余裕と言うか、周囲を広くとらえる目というか。そういうものを養えるやり方ではないんだよ。最近では他の教官も、生徒も何となくそれに気づき始めた。彼自身も少し焦っている。で、文官候補や女子生徒を多く抱える教官につっかかる。『教え方が甘い』とかなんとか。」
苦笑を見せる。
「今回の交流試合の件も、絡むような言い方で申し込んできた。ヒロが叙任されたことで、酒が不味いような感情を抱いているのだろう。……こちらとしても気分は悪いが、武術の教官の世界と言うのは、意地と面子の張り合いというところもあってだな、その。」
ああ、ここでもか。
軍人も、貴族も、警察も、教官も。
この社会、意地と面子にはよほど気をつけなくちゃいけないんだな。
「そういうことでしたら、承ります。」
「頼めるか?……相手は、真剣での勝負、異能もありでと言ってきている。実は、嫌な予感もしているのだ。試合を口実にして、だな。」
「私に大怪我をさせる、あるいは……ということですか。」
「ああ。だが、異能を使えば真壁の手から木刀を飛ばすこともできると聞いている。ヒロが負けるとは思っていない。だから受けた。そこは自信を持って欲しい。必要であれば実戦稽古もつける。」
「よろしくお願いいたします。」
「ん、よし。しかし、一番後から入門してきたヒロが、一番最初に剣士の業を負うことになるとはなあ。運命の神の悪戯か。いや、好奇心の女神だったな?」
「間違いなく、アイツの影響だと思います。こうなったら、全て受け止めて前へ進むのみかと。」
「ん、よろしい!まさに修行だな。」
設定上の訂正を2つ行いました。
ひとつは、聖堂騎士について。
「第二十三話 決闘 その1」で、盾役には「~ナイト」という「名乗り」が多い、という記載をしております。
その「名乗り」の中から、「テンプルナイト」を削除しました。
聖堂騎士は、聖神教団に所属する騎士として、名乗りではなく、一種の職業として位置づけることにしました。
もうひとつは、アリエルの家系について。
「第二十一話 ボーイ・ミーツ・ガール? その2」において、アリエルは「立花の流れを汲む一族の出」としておりましたが、「立花家とは縁戚」という記載に訂正します。
アリエルは四大氏族以外の、独立系として位置づけることとしました。
よろしくお願いいたします。(2015年10月11日付け)
追記
新しく小説を書き始めました。『易者Mの事件簿』というタイトルの、推理小説です。
不定期更新で、投稿間隔が開いてしまうと思いますが、こちらもよろしくお願いいたします。