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第三十七話 新都の歩き方 その3

 地名について補足いたします。

 この異世界は、ほぼ日本列島と似た形をしております。ただし縮尺は約9倍、面積にして約80倍。

 また主人公ヒロは、女神に記憶をいじられているせいで「日本と似ている」ことに気づいていません。


 ここで挙げた地名、また今後出てくる地名については、第593部分「作中の地理」に、モデル(元ネタ)を挙げております。

 ご参照いただければ幸いに存じます。


 地理が分かりにくいとのご指摘をたびたびいただきました。

 筆の拙さをお詫び申し上げます。



 仮面を脱ぎ捨てたソフィア様。

 ご機嫌がうるわしいようだ。

 初めて見る連中は驚いていたが、俺はもう慣れた。


 「北ネイトは、メル家のコントロール下にあります。私が言うことではありませんが……。」

 

 「そう、奥様よりも私が適任だろうな。」

 遮ったアレックス様。ソフィア様と笑顔を交わした。

 本当に絵になるわ、この人たち。


 「君付けはやめさせてもらうよ。マグナムの言う通りだ。男がいる限り、夜の街は存在する。まして新都は軍都。明日をも知れぬ命を生きる者も多い。暴発を防ぐためにも必要だ。メル家としても……何だ、郎党の精神的安定のために、そういう商売は存在してくれることが望ましい。」


 そんなことを口にしつつ、奥歯に物が挟まったような顔になって。


 「ただな、男ってのはやっぱり酒や女で失敗しがちなものなんだよ。こればっかりは君たちにはまだ分からないと思うが。それは敵さんも同じこと。防犯・防諜の観点からも、逆にこちらから探りを入れるためにも、そういう街を持っておいたというわけだ。ヒュームが指摘したように。……北ネイトという位置にも意味がある。高岡軍道から新都への入り口でもあり、メル家の本拠にも近い。潜入拠点にしたくならないか?」

 

 

 「極東総本部の南西にある並木街は、身も蓋もなく言えば、天真会の縄張り(シマ)でござるよ。」

 千早も口を出した。

 「メル家はご存知でござろうが、そこまで情報を明かされるならば、某も言わねばなりますまい。」 

 

 「何か意外ね。メル家の方が高級路線で、天真会の方が庶民派っていうイメージなんだけど。」

 レイナが口を挟んだ。

 もっともな疑問だ。


 「北ネイトが庶民派というのにも、理由がある。郎党が気軽に入れるようにするためだ。それと、高級店は防諜や顧客の個人情報保護の意識が高い。頻繁に出入りすれば目立ちもする。ヒューム、君だって庶民派の街の方が潜伏しやすいだろう?誘っているのさ。」

 これはアレックス様の補足。

 

 「某はそちらはあまり……」


 「あら。前言っていた不得意な忍術って、それだったの。」

 

 「レイナ、勘弁してやれって。」


 「サロンでの社交には、そういうところもあるのですよ。」

 ソフィア様からフォローが入った。

 「お互い親密になる。裏情報も出し合って、強みも弱みも理解しあう。運命共同体にならざるを得ない。少し後ろ暗いかもしれませんけれど。」

 

 「背徳的ゆえにこそ魅力的、というところもありますわ、ソフィア様。でも、北ネイトにおける父伯爵の行状、全て知られていたというわけですか。せっかく笑い話にして父をかばってあげたってのに、嫌になるわ!……おっと、失礼、千早。続けて?何で天真会が高級路線なのか。」



 「アレックス様の言われたことと、根っこではつながっているのでござる。男は酒と女で失敗しがちでござるが、おなごとてそれは同じこと。……庶民の男には全く縁のない高級店。身を持ち崩すことすら適わぬような高嶺の花。おなごについては……ホステスには、天真会のおなごも多い。性質の悪い男に泣かされずとも済む様に、客筋を選んでいるのでござる。マネージメントも行い、貯金等も手助けし、やがて嫁ぐなり引退するなりできるようにしているのでござるよ。」



 「伯爵閣下が、『並木街ならこんな困り方をする娘はいない』っておっしゃってたけど、そういうことなんだね。」

 天真会の配慮の周到さに感心して、思わずつぶやいていた。

 

 「ヒロ?父は何をしてたの?」

 レイナに食いつかれた。

 

 「あ、いや、その……。」


 「男ってのはそうやってかばいあうのねえ。あのねえ、ヒロ。伯爵に隠し子がいたとなると大変なことになるのよ?教えなさい!」


 「レイナさん、大丈夫です。その娘と伯爵閣下の間には何もありませんでした。無事実家に帰りついたことも報告されています。……ヒロさんも安心したでしょう?」

 

 「ソフィア様!あれも見られていたのですか。お恥ずかしい。でも、メル家のコントロール下にあるならば、あのような乱暴者を取り締まらなくて良いのですか?」



 「あえて、多少ガラが悪い街にしてあるということさ。それを品良く表現すれば『庶民派』ということになる。その『品』という意味では中間のヘンウッドだが。……いや、私は知らぬよ。風流を解する伯爵閣下がそうおっしゃるならばそう言うことなのであろう?……ともかく、あそこは防諜防犯という観点からは実にやりにくい。」

 

 「アレックス?」

 問いかけるソフィア様の少し尖った声に応えるように留保をつけたアレックス様であった。


 「ソフィア様、アレックス様が出入りしているのは並木街のほうでござるゆえ、ご安心あれ。」


 「千早さん、後で詳しくお願いしますね?」

 

 カワイソス。

 まあそりゃさ、これほどのVIPでイケメン、行動を隠すことなんてできるわけないけどさあ。

 

 「ともかく、だ。ヘンウッドは、それこそ『誰それの縄張り(シマ)』という状態に無いのだ。夜の蝶とカラス達の戦国乱世だよ。あの街の利権については、聖神教が……と言うか、カヴァリエリ司教が一時期ちょっかいをかけていたようだが、蝶達にそっぽを向かれて追い出された。」

 

 「聖神教には向かぬ仕事でござろうに。」

 「嘆かわしい限りです。」


 「まあヘンウッドは、芸術家や若手の街。大きな情報が漏れる心配は少ない。位置的にも新都の内部にあるから間者の潜入が難しいし。出入りしている『高官の子女』の方をマークしておきさえすれば良い。」           

 

 「むしろ気になっているのは、最近大きくなりつつある街なのだが……。雁ヶ音街道沿いにある、新都北西部の街、ピエールブーケだ。ここから見ればほぼ真北だな。この街は、元々この地域に住んでいた住民が中心になって形成された。当然北賊との親和性も低くはない。そういう民が雁ヶ音街道沿いの新都入り口付近に集まっているとなると、な。やや気にはなっているのだ。ヘンウッド同様、統制が取れていないのも、頭の痛いところではある。」



 「北賊」は、極東に住んでいた者のうちの、支配層を意味する。

 この地に住んでいた庶民たちは、上が「北賊」になろうが「王国」になろうが、あまり気にしていないようだ。

 だからこそ、地元農家出身のリタでも、雁ヶ音城に婦警として就職できたわけで。


 ただ、アレックスさまの言われるとおり、「北賊との親和性」が「低いわけではない」というのも、少し問題ではあるのだ。それこそリタの事件の遠因でもある。

 もっとも、それを言い募って住民を差別・弾圧してしまうと、極東道の経済は成り立たない。

 それに王国はその拡大過程で現地住民を取り込んできた。融和路線は、いわば「国体」でもある。

 いろいろと難しいのだ。


 「新都の地理」という観点から言えば。

 現在の新都は、北賊支配の時代には、人口過疎地帯であった。

 そこに王国が進出し、計画的に軍都を建設したというわけである。


 したがって、新都内部には、従来からの現地住民はほとんどいない。

 だが、新都経済が発展するにしたがって、現地住民がその周辺に住み着くようになった。

 当然ありうる話であり、別に悪いことでもない。

 ピエールブーケの街の成り立ちは、その流れの中にある。

 

 

 「それにしても、やっぱり夜の街を中心に説明されるんですね?」

 マリアが微笑んだ。

 これはたしなめられているのか?


 「これは失礼、マリア。やはりレディが聞いていて面白い話ではなかったようだ。ヒロ、これほどの美少女に囲まれるという羨ましい環境にあって、なお夜の街に興味を示すかね?」

 

 「アレックス様、これほど美しい奥様がいらっしゃるのに、美少女に囲まれることを羨ましがられるのですか?」

 

 「アレックス?」

 ソフィア様の声の尖り具合が、やや増した。


 「ふた月前とは随分違うな、ヒロ。会う度に成長するのは頼もしいが、こういう方向は困るなあ!」



 

 「お義兄様にお任せしていては、そちらから離れられそうにありませんね。私から説明します。ヒロさん以外はご存知かとも思いますが。」

 そう言い出したフィリアに対し、マグナムが答える。

 「俺は田舎者だから、今でも分からないところが多いんだ。よろこんで拝聴させてもらう。」



 そういうことでしたら。


 「計画的に作られた新都中枢部は、ほぼ円形をしています。中心点になっているのが、極東道の政庁です。……これを時計に見立てますね。ネイトの街は9時方向ということになります。『長針で9時』だと思ってください。」


 さて、それでは。


 政庁から見て、「短針で1時」の少し向こうにあるのが「学園」のある「香具邪台(かぐやだい)」です。

 「短針で2時半」が「天真会極東総本部(兼新都支部)」。

 「短針で3時~4時」が「並木街」を含む商業地域です。船着場にも政庁にも近く、非常に賑わっています。

 「新都の船着場」は、「短針で4時半~5時半」ぐらいでしょうか。もう少し政庁からの距離がありますが。

 極東道の政庁から「短針で6時~9時」の範囲内は、官庁街ですね。同じく「短針で10時~12時」の範囲内は、防衛施設が多く存在する地域と言えます。

 短針で「12時~1時」は、文化の街です。書店街、コンサート用ホール、実験施設、植物園、動物園。学園の教官も、多くはここに住んでいます。

 

 「先ほど、新都中枢部は円形と言いましたが、東側は大河ティーヌがありますので、小さくなっています。」


 「長針で12時~6時」の地域は、大雑把に言ってしまえば、荒河と南ティーヌ河、それに海ということです。その内側の地域、「短針と長針の間」の地域は、湿地帯です。現在、主に船の拠点とすべく開発が進められています。防衛施設も作られる予定です。

 「長針で7時」の位置にあるのが、新都の南の入り口、クリーシュナグの街です。今はあまり使われていませんが、防衛施設があります。

 聖神教極東大司教区の、司教区座聖堂(カテドラル)があるのも、この街ですね。なお、新都司教区の聖堂は、政庁と学園との中間地点にあります。



 「天真会や学園に近すぎるため、影響力が弱くならざるを得ない。カヴァリエリ司教が学園嫌いなのは、そういう理由もあるのさ。」

 と、これはアレックス様の補足説明。



 「長針で8時」方向は、ガーデンと呼ばれる平原でした。最近は「やや高級」クラスの住宅街に変わりつつあります。

 「長針で8時半」が南ネイト、「9時」がネイト、「9時半」が北ネイトです。

 「長針で9時半~10時半」も住宅街ですね。こちらには非メル系の武家が多く居住しています。 「長針で11時」の先にあるのが「ピエールブーケ」。

 「長針で11時半」のところ、ピエールブーケの手前に、雁ヶ音街道を扼するかたちで、「アイン」の街。アリエルの歌でも有名な街です。クリーシュナグ、ネイトと並ぶ防衛の要でしたが、現在は防衛機能をネイトに集中したので、警察機能が中心となっています。



 「さすがフィリアちゃん。必要な説明は絶対に外さないわね!」

 アリエルが得意満面の笑顔を見せる。



 「短針と長針の間の地域」ですが。

 新都中枢部の北側は、雁ヶ音街道と船運の影響もあって、工業地域となっています。

 東側は大河、南側は海ですので、特に説明することはあまりありません。

 南西~西側、クリーシュナグからネイトにかけての地域と官庁街との間の地域が、高級住宅街となっています。

 「7時~7時半」方向が、「ジュヴェーヌ」。「7時半」方向が、「ヘンウッド」。「8時~9時」が、「ラグア」です。



 「細かく言えば他にもありますが、まあそういった感じですね。」




 「ノブレス殿やジャック殿の実家が、今の説明で言う、『長針で9時半~10時半』だと聞いているでござる。」


 「私の家、クロウ家は短針で1時。学園の寮に入る必要ないだろうって、父が文句を言っていたわ。」


 「デクスター子爵家があるのが、ラグアね。政治家・官僚の住宅街。私の家、立花伯爵家は、東ジュヴェーヌ。貴族や大商人の街って感じかしらね。」


 「超・高級住宅街なんだな。」


 「一応これでも四大氏族で伯爵家なのよ?格式ってものを求められるわけ。」


 「で、その隙間隙間に商業地域があると、そういうことでござるな。」

 


 「だいたいこんな感じかしらね。あたしも元は新都の住人だし、ある程度は分かってるつもりだけど。」

 そう言いながら、ピンクが地図を起こしてくれた。

 

 「閣下、軍事機密等の問題は?」


 「こういう地図ならば、問題はない。防衛施設等を描き込むのは遠慮してもらいたいがな。」

 


 好奇心に駆り立てられるまま、この後にも、いろいろと調べまわったわけだが。いや、純粋に好奇心とは言えないか。ともかく、その結果が。


 俺にとって、初めての異世界チート。

 『新都の歩き方』の出版であった。

 お小遣いも入ってきたし、どんなもんよと鼻息を荒くしていたのだが。


 後に、『おとなの新都の歩き方』という本を立花伯爵がかぶせてきたために、あまり売り上げが伸びなくなった。

 新都は軍都。若い男の街だ。風俗情報誌(は言い過ぎか。お姉さんのいる飲み屋の情報誌、ぐらいにしておこう)は強かった……。


 チートがあっても、元を正せば俺はただの大学生。

 現地に長い、そちら方面のエリート(?)による、それも足で稼いだ実体験に基づく情報に、勝てるわけが無いのだ。


 なお、レイナはまたしてもおかんむりであった。

 「パクリをするなんて、立花の風上にも置けない!あちこちで嫌味も言われるし!『お父様の本のお陰で、宅が家を空けることが増えましたわ。サロンにも遠慮なく出られますのよ』って!もとを正せばヒロのせいなんだから!」

 

 パクリといいレイナの八つ当たりといい、立花伯爵に一杯奢ってもらう理由ができたことだけは確かだ。



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