第三十七話 新都の歩き方 その2
こちらで夕食をいただいたのは、3度目だっただろうか。
だいぶ慣れたような気もする。
あからさまな間違いだけは、アリエルが指摘してくれるのが幸いなところ。
今までの俺の役割は、マグナムが替わってくれていた。
何せ雄大な体格であるため、小さくなっているとかえって目立つ。
ああ、千早はこういう気分だったのか。
申し訳ないけど、「助かった」という気持ちになってしまう。
ヒュームは、さすがニンジャの統領の息子。
「意識を逸らす」ような身のこなしについては、プロであった。
ただ座っているだけなのに、目の前の皿がキレイになっていく。
こんなことを気にするなんて、我ながら下世話だ。
好奇心の女神のせいか?
……。いや、いかんいかん。
全部アイツのせいにしてしまったら、人としてダメになるような気がする。
興味・関心・好奇心。そのうち、「ゲス」なものは自覚的に排除していかないと。
談話室とは別の、ピアノが置いてある小さなホールのような部屋に向かった。
ピアノ……でいいんだよな、これ。
日本で見たことがあるのとは微妙に違うけど。
そこで、レイナとマリアによるミニコンサート。
何度聞いても、やっぱり素晴らしいと思う。
旅行帰り、移動してきたばかり、食事をしたばかり、大豪邸……。
「どんな状況でも、実力を発揮する」というのは、プロの一つの条件なのかもしれない。
そしていつものように、談話室。
最近少しずつ分かってきたのだが、談話室で求められている振る舞いとは、「何でもいいから話のネタを披露しろ」ということらしい。
面白くなくても良いのだ。周囲がうまく膨らませてくれるから。
ソフィア様やフィリアは、特にそういうことに長けているように感じる。それが「社交」に求められている能力なんだろう。
もちろん、「ふさわしからざる」話題というものも、厳然としてあるのだろうとは思う。
ただ、「ふさわしからざる話をしたから」排除される、というものではないように感じる。
「その話題はどうなんだろうね?」という周囲の態度を感じ取って、話題を変えられるかどうか。
そこを見られているような気がしてならない。
案外日本人向きなんじゃないかと思う。
今回、最初に話題を振ることを求められたのは、俺。
俺に加護(祝福とも言う)を与えている女神について、みんな気になっていたのだ。
「『好奇心の女神』でした。姿は、まるっきり子供です。男の子だか女の子だかも分からない見た目なので、『子供』ということが強調・象徴されているんだと思います。」
「それはまた、いかにも厄介そうでござるな。悪気が無くとも周囲に迷惑を振りまくのでは?」
ロータス姐さんを知る千早のひとことは、重い。
「いや、周囲に影響するパッシブスキルや体質は与えられていないんだ。」
「どんな能力や体質なのですか?」
フィリアが身を乗り出す。
「『巻き込まれ体質』だそうです。私が何かを引き起こすわけではないけれど、人間が、ひいては女神が『興味・関心を引かれるであろうような』大小様々なイベントの中心近くに位置してしまう、そういう体質だと言っていました。」
「分かるわ。神に与えられる体質やスキルって、その神の欲求を満たすものなの。」
マリアが解説してくれた。
「ヒロ君に加護を与えている女神様は、いろいろなことに興味があって、それを見たり体験したりしたいのよ。ヒロ君を通じて。……まさに好奇心の女神ね。」
「メル家と縁があったのも、やはり極東で起きる大事件の中心に近いから、ということでしょうか。」
これはマグナム。
さすがに鋭い。当然のようにそこに思い至る。
だけど、少し空気が重くなったかな?
「いや、案外、この家の空気に合っているからかも知れないぞ?レイナさんのことを聞いた奥様だが、会ってみたいと言って引かなくなった。フィリアも気になることは調べたがる性質だし。メル家はみな好奇心が強い。」
「そう言われてみれば、特にインテグラはその権化でしたね。」
ソフィア様のひと言。
「三番目の姉のことです。研究者をしています。」
と、これはフィリアのフォロー。
「閣下、私のことは呼び捨てで構いません。」
レイナが口を開いた。
「では、私のこともアレックスと呼んでくれるかね、レイナ?」
「ええ、そういたしますわ。今日、ヒロが私の付き添いとなったのも、好奇心の女神の悪戯だったのかしら。聞いていただけますか?父伯爵の間抜けぶりを。」
あんまりエゲツない話しはしない。
軽妙に、上品に、間抜けに。しかしきっちりしっかりと。
オサム・ド・タチバナ伯爵をこきおろしてみせた。
周囲が笑いに包まれる。
レイナも、さすがだな。
「そう言えば、レイナの話を聞いて気になっていたのですが。……夜の街でも、北ネイトと並木街とヘンウッドがあると。北ネイトは庶民派でした。伯爵閣下の言葉によると、並木街は高級。ヘンウッドはその中間だとか。その辺りについて、もう少し詳しく知りたいのです。」
「おいヒロ。好奇心の女神に影響されすぎじゃないのか?」
真面目なマグナムが目を丸くした。
「ヒロ君、神の影響は訓練で押さえられるのよ。」
「さよう。ロータス姐さんもそうしてござる。」
「ちょっとヒロ、オヤジ化の進行が早すぎるわよ?」
「違います!私は記憶がないから、新都の地理とか、空気とか、そういうのがまるで分からないんですよ。どういう地域がどういう街で、どうしてそうなっているのか。そういうことが知りたいんです!何も夜の街が知りたいわけじゃなくて!」
必死で弁解した。
「例えば、北ネイトからは高岡軍道が延びているでしょう?その地域にああいう街があるのは、良いことなのか悪いことなのか。自然発生的なものなのか、あえてそう配置されているのか。そういうことです!」
小さくなっていたマグナムが、体を膨らませた。
「なるほど。確かに気になる。新都は軍都。計画的に作られている。……でも夜の街っていうのは、男がいる限りは、隙間を縫って勝手に出来上がるものなんじゃないのか?」
「真面目なマグナム殿にしては珍しいでござるな。意外な一面でござる。」
千早がやや冷えた目を向けた。
「いや、私も行ったことがあるわけではありませんが……。兄や親戚から話は聞きますし……。ヒロと同じですよ!一般的興味として!それに、ただただ真面目で社会に目を向けないのも問題じゃないか、千早?天真会的に言ってもそうだろう?」
やはりマグナムは頭が良い。機転も利く。
「マグナム殿、確かに夜の街というものは、人の世が続く限り必ず存在するものではござる。」
助け舟を出したのはヒュームだった。
「だが必ずしも自然発生的とは限らぬでござるよ。諜報の観点からは、『こんとろおる』可能であることが望ましいのでござる。」
「やはり軍人さんばかりが集まってしまったかしら。」
口にしたのは、ソフィア様。
笑顔の仮面を脱ぎ捨てている。
現れた素顔は……やはり笑顔。ただし、あきらかに別の相貌。
ご機嫌がうるわしいようで、何よりです。