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第三十七話 立花伯爵 その3


 警察署に到着し、大まかな説明を受けたところによると。


 北ネイトのとある場末の酒場でのこと。

 レイナとマリアのコンサートを見に行ったことのある酔客が、二人を絶賛したところ、オサム氏がいちゃもんをつけたらしい。

 反発してさらに二人を褒めた酔客に対して、オサム氏の方から殴りかかった。

 が、反撃されて一発ノックアウト。

 そこに通報を受けた警察官がやってきて、二人とも保護されたと、そういう次第。


 担当の婦警さん……というか、事務職員の人だろうか。

 「確保」と言いかかって、咳払いして「保護」と言い直していた。



 「え?娘をバカにされて殴りかかったんじゃないんですか?」



 「私たちもそう思ったんですけどねえ。何でも、最初に殴られたほうの男性に言わせると、『殴り倒したのは申し訳なかったが、一発だけしか殴ってない。まさかあれでノックアウトとは思わなかった。それに、最初に殴りかかってきたのは向こうだぜ。俺はたしなめただけだ。』と。」


 ……まあここまでは、ケンカで引っ張られるような人がよく言うことなんですけどね?

 と、前置きして。


 「『反論した理由だって、周囲には分かってもらえてるはずだ。誰だって好きなものをけなされたら嫌な気分になるだろう?』とのことです。それに……。『いくら場末の飲み屋だって言っても、酒がまずくなるような、下品な罵倒は許されていいはずはない。いや、場末だからこそ許されない。店の品位をこれ以上落としちゃあいけない。何を言ったかって?おい、俺はそりゃあ紳士とは言えないかもしれないが、最低限のわきまえはあるつもりだ。』と。」


 「父は何と言ったのですか?」冷えた声。

 レイナ、やめといた方が。


 「それは……。私の口からは……。」


 「調書と言うんでしたっけ?見せていただけますでしょうか?身柄を引き受ける前提として、全て承知しておきたいのです。」


 「そういうことでしたら……。」


 書類を出す事務員さん。

 俺は立ち上がり、三歩下がって横を向いた。


 「こちらは婚約者の方ですか?ええ、見ない方がよろしいかと。」


 「あ、いえ、ただの付き添いです。」


 「失礼しました。それでしたらなおさら、ですね。ご配慮に感謝します。」 

 

 それでも視線の片隅には入ってしまうレイナの肩が、震え出した。

 事務員さんが、怯えた顔を見せる。

 「失念しておりました。お茶の用意をいたしますね?」

 逃げるように去って行く。


 待ってくれ。逃げないで!

 

 「ねえ、婚約者さん?」


 「おいレイナ、変な絡み方はよせよ。何が書いてあったかは知らないけどさ、酔っ払いのたわごとなんだろう?」

 

 「あなたにも関係ありますわ?読んでいただけて?」


 「俺にも?……っていうか、何だよその言葉遣いは。」


 「いいからあんたも読め!一人で溜め込んだら何をするか自分でも分からん!」

  

 詳細を記すことは差し控える。

 が。

 立花の跡取りが、詩の決闘に負けた、だの。

 作曲に逃げた、だの。

 まあその辺は良いとして(レイナのプライド的には、こちらの方が重要かもしれないが)。

 

 大したウデでもないくせにコンサートだサロンだ浮かれやがって、だの。

 小銭稼ぎばかりうまい、だの。

 だいたいドレスなんか着られないだろう。「でっぱり」がないからずり落ちるんじゃないか、だの。

 まあこの辺も大概辛辣だが。


 負けた後何されたんだ、だの。

 いや、くわえこんだのか、だの。

 はえてもいないだろうに、あのちんちくりんが、だの。


 そんな内容が、この3倍ぐらいは口汚く書かれていた。

 この記録を読んでいる方に対し、お目汚しをここにお詫びする。

 

 「父親の言うことかよ……。」

 思わずつぶやいてしまっていた。


 「分かっていただけて?」

 レイナの声に、我に返る。

 「ヒロさん、紳士の名誉を傷つけたことを、父に代わりお詫び申し上げます。」


 「いいよ、レイナ。俺は大丈夫だから。少し落ち着いて、さ。」


 「名誉のために決闘を申し込むべきところでしょ?いえ、私の名誉のために父に決闘を申し込んでいただけますか?ほら。サクッと、ズシャッと。お願いできますわよね?」 

 

 「レイナ、よせって。まずは落ち着こう。」


 「冷静な判断よ!アイツ、立花の名を貶めるばかりじゃない!決闘でも、暗殺でも何でもいいから!お願い!」



 「いや、それはさすがに困りますな、お嬢さん。」

 ドアを開けて入ってきたのは、先ほどの事務職員っぽいお姉さんではなく、警察官らしき人。署長だそうな。


 顔を見合わせて驚いた。初陣の際に一緒だった、ベテラン軍人さんの一人だった。

 あの時は「軍人」ではなくて、「メル家の郎党」として参加していたらしい。


 「付き添いはヒロ君だったのか。ますます困る。本当に暗殺できちまう。さすがに見逃せないぞ?……と言っても、実行されたらどうしようもないがなあ。証拠がないから。」

 

 「やりませんって。」


 「ヒロ、あんたどっちの味方なのよ!署長さん、私は父を引き取りません!ずっとここに閉じ込めておいてください!」


 「玲奈・ド・ラ・立花嬢でいらっしゃいますね?お怒りはごもっともかと存じます。お父様が酒で醜態を見せ、さらにそのような聞くに堪えない罵倒を受けた。私とて貴族の端くれ。お気持ちは理解できなくもありません。」

 

 「なら!」


 「それでも、どうぞお怒りをお収めください。あなたは玲奈・ド・ラ・立花。名誉ある立花家の、次期当主なのですから。」

 

 「!」


 「『ウッドメル大会戦』、メル家の郎党は、みなあの歌に心を震わせております。その作曲者に対しては、憧れの気持ちを抱いております。勝手なお願いではありますが、みなの憧れの気持ちに、少しの配慮をいただけないでしょうか。」


 「お上手ですね。忘れておりました。父がご迷惑をおかけしたこと、お詫び申し上げます。」


 「いえ、仕事です。北ネイトでは良くあること、お詫びのお言葉をいただくほどではありません。」

 

 レイナに見えないように、こちらに笑顔を見せた署長さん。

 うまいこと言うもんだなあ。



 「で、うまく丸め込めたとお考えですの?」

 顔を上げたレイナの声は、再び冷えこんでいた。

 

 「お言葉をいただいて気づきました。名誉ある立花家のために、父、治・ド・立花伯爵には引退してもらいましょう。刑事裁判沙汰になれば、引退に追い込めますわ。」

 

 たかが酔っ払いの喧嘩だが、レイナが父を引き取らないとなれば、そういう流れになって行かざるを得ないのが、王国の刑事法である。 


 「いや、それは……」

 署長さんが狼狽する。


 爵位持ちの貴族を裁判にかけるとなると、非常にめんどくさい手続が必要となるのだ。

 出廷メンバーにしても、王都の貴族院が……特別弁護人が……王家からは誰それが……。

 新都で爵位持ち貴族の裁判が開かれた前例は無いから、こちらで開廷するのか伯爵を移送するのか、そこからの話になってしまう。


 本人はもちろん、店だって当局だって、誰しもそれが嫌だから、並木街やヘンウッドでは、迷惑料で済ませるわけで。

 北ネイトの飲み屋だって、本来ならそうするはずだ。爵位持ちの貴族なんて、普通は来ないけど。

 普通は来ないから、いつもどおりの対処をしてしまった。警察を呼んで、トラ箱入り。

 調べてみたらおおごとだったと、そういうわけ。

 そういう意味でも「場違い」なんだよなあ。オサム・ド・タチバナ伯爵は。

 


 「しかしレイナ。伯爵家だったのか……。いくら宮廷貴族だって言っても、歳費はもらえるだろうに。それで学園の授業料が出せなかったって、どういうことだよ……。」


 「言いたくなかったのよ!伯爵家ですのよ、って言える生活してないんだから!お金を家に入れないわけじゃないのよ。ただ、時期が一定して無くていい加減だし、あちこちで浪費してるし!伯爵家としての格式を考えるとギリギリなの!どこにいるんだか連絡も取れないし!」



 説明を挟むようで申し訳ないが。

 貴族がみなお金持ちと言うわけではない。


 お金持ちと言えるのは、まずは領邦貴族である。領邦の中ではいわば「王様」で、全部が自分の懐に入ってくるのだから。行政予算も、軍事予算も、生活費もお小遣いも、おなじ一つのお財布から出すのだ。

 宮廷貴族(官僚政治家)は、それほどでもない。歳費(お給料)を、王家からもらうだけ。下手をすれば、小なりとも自分の領地を持っているようなメル家の郎党(ドメニコのドゥオモ家など)よりも貧乏である。

 それでも、実際に官僚・政治家になっている貴族、すなわち「役持ち」の宮廷貴族(イーサンの父、デクスター子爵など)は、お金持ちだ。役職手当も付くし、「役得」もある。別に汚いことをしているわけではない。現代日本なら、役場に支払う手数料のようなものだ。事務をする分だけ手数料をもらっているだけのこと。

 「下級貴族はお金持ちではない」のは、まあ仕方ないところ。

 

 問題なのは、爵位持ちで格式が高いのに、役を持っていないような貴族である。 

 立花伯爵がこの部類。

 格式の都合で出費が多く、それなのに収入は歳費だけ。

 まあオサム氏の場合は、文学による収入があるのだが……。そちらがいい加減なのだ。



 話がそれた。

 

 レイナとしても、父が迷惑をかけて申し訳ない、とは思っているのだ。

 しかし、父親をどうしても許せない。引き取りたくない。顔を合わせたくない。


 それに、いくら手続きどおりだとは言っても、立花家の当主をトラ箱に入れてしまった関係者のやり方に、少しご機嫌を損ねてもいるのである。

 「立花の当主に、爵位持ち貴族にこの扱い。そこまでする覚悟があったんでしょうね?」と絡んでいるわけだ。

 「舐められたら終わり」なのは軍人貴族(領邦貴族)だけではないようで。

 面子が大事なわけね。

 

 そんなこんながひっくるめられての、この反応。

 「めんどくさい女子」って自分で言うわけだ。


 どう収拾付ければいいのやら。

 署長さんが、目でこちらに助けを求めている。



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