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第三十七話 立花伯爵 その2


 学園から見て、ネイトの街は南西方向に数時間の距離にある。

 馬車の狭い空間の中で、数時間の沈黙は耐えられない。

 それはレイナも同じだったのだろう。

 

 「ごめんね。時間取らせて。」

 

 「気にするなよ。家族のことなんだから。警察で保護って、大丈夫なのか?強盗とかに遭ったんじゃ?」

 

 「強盗に遭ってくれてた方がマシよ!」

 レイナが顔を上げた。目に涙がたまっている。

 

 言ってしまって、堰が切れたのかもしれない。

 止まらなくなった。


 「酒を飲んで喧嘩して、それで警察の厄介になってるんですって!」

 

 ああ、被害者じゃなくて、トラ箱入りだったのか……。


 「酒を飲んで乱れるなんて!かりにも貴族が!立花が!だいたい、治・ド・立花ともあろう者が、北ネイトなんかで飲んだくれてんじゃないわよ!他にあるでしょう?並木街とか、せめてヘンウッドとか!そういうとこなら、うまく表沙汰にせずにあしらってくれるのに!立花なのよ。仮にも立花の当主が。警察の厄介になるって!何考えてんのよ。泣きたいよ、もう。」

 

 「大きな怪我はないんだろう?」

 

 「怪我の心配なんかしてない!名誉とか評判とか、どうなると思うの!?」


 「大丈夫だよ。男は、そういうことをあまり気にしないものさ。笑い噺で済ませてもらえる。文人として押しも押されもせぬ実力があるんだし、『無頼派』ってことで受け入れてもらえるよ。『立花ほどの名家なのに、気さくで親しみやすい』って、そういう評価になるって。」


 言い過ぎかもしれないが、こういうことに関しては、男の方が寛容であることは確かだ。


 「心配は要らないって。大したことにはならないから。怪我さえなけりゃ、生きてりゃ、何てことは無いさ。」

 

 口にしてみて、自分でも驚いた。

 「生きてさえいれば。」

 

 生きてさえいれば、どうにかなることって、いくらでもある。

 その通りなんだけど、日本にいた時の俺は、この言葉を口にできただろうか。

 この言葉を口にするということ、口にできるということ。そうなってしまったということ。

 それはいいことなんだろうか、悪いことなんだろうか。


 優れた芸術家であるレイナが、俺のそんな表情を見逃してくれるはずもなく。


 「言うなら自信持って断言してよ!何なの、ヒロは!脱童貞して繊細さとかがなくなって、一気にオヤジ化したくせに!オヤジ化したならせめて厚かましくなれっての!中途半端なんだから!」


 変なスイッチを踏んでしまったみたいだ。


 「中途半端って言えば、だいたいヒロは!何なのよ記憶喪失って。訳分からない。そのくせ変に数学できるし!」

 まだ根に持たれていたか……。

 「身分も立場も分からないのにメル家にくっついて!これからどうするつもりなの?軍人になって、人をたくさん殺して、それで出世?そんな訳無い!背景(バック)が無いヤツなんて、トカゲの尻尾にされるだけ!周りの嫉妬だって半端ないんだから!あんたみたいなへなちょこの軟弱者がやっていける訳ないじゃない!」


 芸術家の直観というものは、バカにできない。

 レイナが言っていることはきっと、一面の真実だ。俺の将来の、一つの可能性だ。

 

 「自分のことを心配しなさいよ!偉そうにあたしのことなんか心配してないで!だいたいあんたに、ダメ親父がいるあたしの気持ちが分かるか!」


 今度はレイナの番だった。

 口にした自分の言葉に驚くのは。


 「ごめん、ヒロ。家族と離れ離れで、記憶もなくしちゃった人に、私、何てことを……。」


 「いや、俺こそ無神経なことを口にした。ごめん。それに、レイナの言う『トカゲの尻尾』だけど。その危険は十分にあるんだよな。最近の俺は調子に乗ってたかもしれない。気づかせてもらえた。感謝するよ。」


 大ジジ様の、「やり過ぎるな」という言葉を、久々に思い出した。

 そういう意味もあるのかな。


 「しかし、レイナはさすがだよな。『寸鉄人を刺す』……は、少し違うかもしれないけど、ズシッと来た。端的に一言で、だもんなあ。」


 

 「当たり前じゃない。誰だと思ってんのよ。これでも立花の次期当主です!」


 少し機嫌を直してくれたようだ。


 「でも、ありがとう。私も感謝しなくちゃね。元気出てきた。しかしヒロはあれね、フィリアと言い千早と言いあたしと言い、いろいろとめんどくさい女子の懐に入り込むのがうまいわねー。冴えない男なんだけどなあ、何なんだろう。ちょっと気をつけとかないといけないかな。」

 

 「勘弁してもらえませんかねえ。そういうつもりは皆無なんですけど。」


 「それか。そういうつもりが無いから厄介なのかも。」

 一瞬真顔になったレイナ。

 「まあ、今後の態度と反省次第と言うことで。」

 すぐに笑顔を見せた。


 「俺、何か悪いことしたか!?」


 「理不尽だと思うなら、私と一緒にそのモヤモヤを親父にぶつけることね。男同士だからって、甘い顔してアイツの味方したら許さないから。」





 設定の都合上、訂正をしました。

 レイナの父親、治・ド・立花が出入りしている街について、「東ネイト」としていましたが、これを「北ネイト」に訂正します。

 合わせて、「東ネイト警察署」を、「ネイト警察署」に訂正します。

 ネイトの方角について、「極東道の政庁から北西方向」としてきましたが、これも「極東道の政庁から西方向」に訂正します。 


 よろしくお願いいたします。(2015年10月3日付け)

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