第三十七話 立花伯爵 その1
修学旅行は無事に終了した。
建前上は。
リタが起こした事件は、内部秘扱いとなったから。
学園には、予定よりも少し早く、金曜日の昼前に到着した。
こちらの言語では「金曜日」とは言わないのだが、王国も七曜制。面倒なので日本語に翻訳することを許して欲しい。ともかく、翌日とその翌日は休日だということだ。
そういうわけで、フィリアと千早は、事件について報告を上げるべく、メル館に赴いた。
スパイの件を知ってしまった、マリアとマグナムを連れて。
ヒュームも同行する。
本来ならば俺も行かなくてはいけないのだが。
ラスカルを通じて女神の話を聞くことが先決なので、「今晩か明日の朝には来てください」ということに決まった。
寮の部屋で、ラスカルと向かい合う。
劫を経た野良猫のような、ふてぶてしい目をこちらに向けているラスカルと。
「なあ女神、あんたは何の神なんだ?」
「何の神だと思う?当ててみて?」
ラスカルの中から、嬉しそうなアイツの声が聞こえてきた。
うん、うざい。
合コンで、「いくつだと思う?」とか聞いてくるヤツと全く同類のうざさだ。
本当に予想を裏切らない。
ペットは飼い主に似ると言うけれど、悪い意味で予想を裏切らないところまでノブレスに似なくてもいいものを。
「空間を跳躍して日本に飛んできたり、俺の身体を過去に戻したりしたってことは。空間とか時間とかの神様、とか?」
「そういうことは、格の高い神なら誰でもできるよ。私みたいに。格が高ければ。」
大事なことだから二回言ったんですね。
「でも、ただ格が高いだけじゃあ、だめなんだな。格が高い神ってのは、抽象度が高いものを象徴している神ってことなんだけど、あんまり格が高すぎると、『意思』ってものを持たなくなっちゃうから。空間の神や時間の神は、空間を跳躍したり時間をいじったりしないんだよ。だって空間や時間そのものだもん。概念を象徴するんじゃなくて、それを具体的にコントロールできる意思を持つ神じゃないと。」
「つまり、格としては最高級じゃないということか。だから『格が高い』って強調したわけね。」
「うるさい!ああもう、洞察力20%アップは失敗ね!」
「それと、『意思を持って何かをする』ってことは、生き物に関係する神ってことだ。生命あるものの活動に関わっていて、なおかつ抽象度が高い。そういうものを象徴する神ってことだな?」
「さすがは私。優秀な信者を持っている。洞察力アップは我ながらグッジョブね。」
ひと言でひっくり返しやがった。お前論理の神とか意志の神とかじゃないだろ。
それよりも、そもそも!
「誰がお前の信者だって?」
「私が加護を与えてるんだから、ヒロがどう思っていても、私の信者なんですぅー。」
ああ、やっぱり加護を与えられているのね、俺。
「聞きたいんだけどさ、何か周囲に影響するような……言ってみればパッシブスキルみたいなもの、俺にはないよな?」
「さて、どうでしょう?」
うぜえええー。
「もういい、ピンクの原稿は絶対に読ませないからな!」
「分かったよ、もう!こういうこと考えるの、楽しくないの?」
「楽しくない事はないけどさ、何かイラつくんだよね。」
「ああ、そっちかあ。そっちにでたかあ。なるほどねえ。まあ、周囲に影響するかどうかわからないんじゃ、落ち着けないだろうから。教えてあげよう。特別に教えてあげるんだからね。」
「もったいつけるなよ。」
「周囲に影響することは、ありません。君の人生に影響するとは言える……と思うけど。」
「そうか、助かった。それだけ聞けりゃ、もういいや。あんたが何の神でも。適当に自分で探ったり調べたりしてもいいし。」
「やっぱ加護の影響は出てるみたいだけどさあ、ちょっとヒドくない?自分が満足してスッキリしたら、それでいいんだ。捨てちゃうんだ。女の子の私を。最低だね、ヒロって。もっと私を見てよ。」
UZEEEE-!!
「わかったよ、なんの神様だか、推理を続ければいいんだろ?」
「分かればよろしい。それでこそ我が信者、我が眷属である。」
「信者はともかく、いや、信者扱いもゴメンだけど、眷属扱いはやめてくれ、切実にお願いする。」
「うんうん、私の信者らしくなってきたね。」
「人の話を聞いてるか、お前?」
ともかく!
「今まで聞いたことのある神様ではないよな。……歌の神、天気の神ではない。もちろん聖神教が言うところの「主神」でもない。……ロータス姐さんに憑いている、もとい、加護を与えているという、愛の女神でもないな(この話は今まで書いてこなかったけど、そう教えてもらっていた)。愛の神にもいろいろいるらしいけど、そのいずれでもなさそうだよなあ。」
それで。
「そもそも天気の神ってのは、生物の活動じゃないから違うだろうし。歌の神ってのは、抽象度が低くもなさそうだけど……そこまで高くもないだろ?そうすると、お前の言う『格』的には、愛の女神とどっこいどっこいってところか?」
「さすがは私!優秀な信者だ!と言いたいところだけどさあ……私の信者ならさあ、もう少し詰めなよ。愛の女神よりは、私の方が上だね。絶対に。そこは譲れない。抽象度のレベルが段違いだよ。」
やっぱりほぼ同格なんだな?分かりやすいヤツだ。
「じゃあ!悪意の神とか?」
「相変わらずヒロはひどいなあ。周りの女の子達には甘いのに。」
「あ、悪戯の神だ。悪戯心の神。」
「それは愛の女神より格下!私の部下みたいな存在だ!」
「ほんとにそんな神様いるのか!?神様って何人、いや何柱だっけ?ともかくどれだけいるんだよ。」
「概念や事象の数だけ、神は存在するよ。ヒロはもとが日本人なんだから理解できるでしょ?八百万の神って言ってるじゃない。ほらほら、当ててみなよ。だいぶ近づいてるんだから。」
「愛の女神とほぼ同格。悪戯心の神よりは格上で、その上司みたいなものってことは、系統的には近い。」
「そうそう、いい感じ。」
他に何か……。
まてよ?姿もヒントになるか?
歌の神は「優しいお兄さんだった」って言ってたな。
愛の女神は、女神っていうぐらいだから、女性だ。
お前は、女神って言ってるけど、見た目じゃ女の子か男の子か分からない。
男女っていうよりも、大人に対する「子供」ってところがポイントか?
「あ。ピンクちゃん、何描いてるの?」
「こないださ、馬車で男子三人がギュウ詰めになってるのを見て、着想が湧いたんだ。」
落ち着きないよなあ。
詩の決闘といい、こないだの討伐といい、何にでも首を突っ込んでくるし。
まさに子供だよ……。
……!
「おい。」
「分かったみたいだね!」
「好奇心の女神か……。」
「正解です!さすがは私!いい信者を持った!」
「じゃあ、加護の影響って……。」
「想像ついてるみたいだね。その通り。『巻き込まれ体質』です。」
小部屋の中でいい笑顔してるんだろうなあ、クソっ!
「大小さまざまなイベント、人間が、言い換えれば私でもあるけど、人間が興味や好奇心を覚えるような事象の中心近くに、なぜか位置してしまう。そういうパッシブスキルというか、体質だね。良かったね、ヒロ!退屈しないで済むよ!」
「周囲には影響ないんだな?」
「ヒロのせいでイベントが起きるって事は無いよ。もちろんヒロもひとりの人間だから、ヒロが原因やら要素やらになって起きるイベントってのはあるけど、それは体質のせいというわけではないよね。……まあ、物事ってのは相互作用でもあるわけだけど。」
「すると、お前に反発を覚えるのは……。」
「同属嫌悪だね。あるいは、学問を探求する師匠と弟子の間に流れる反発みたいなものかも。」
「この世界の政治経済社会がおもしろくて仕方ないのも……。」
「そのとおり。」
「クラスメイトの恋愛事情が気になるのも……。」
「ヒロもお年頃……っていう以上に、私が気になってるからだろうねえ。ヒロは元が草食系を通り越して草みたいな男子だったもん。」
何だか少しショックを感じた。
感じたけど、この感覚にも、もうだいぶ慣れた。
こっちへきてからほぼ半年、もういろんなことがありすぎたもんだから。
周囲に迷惑がかからないなら、とりあえずはまあ、良しとしよう。
ただ、巻き込まれやすいということは。
これからも事件は起こるし、その大部分は突発的なものなんだろう。
昨日の誘拐未遂事件でもつくづく感じたが、俺は突発事態に弱い。
この世界のエリート達みたいに、「常在戦場」・「覚悟完了」の心構えができていない。
とりあえずは、武術だな。
とっさの事態に対応できるようにしないと。
メル家に向かうにはまだ時間もあるし。
ここ数日、素振りもしてなかった。
朝倉の言ってた「俺の癖」とやらも気になる。
気晴らしに、外で自主練、素振りでもするか。
そう思って朝倉を手に取り、部屋を出たところで、塚原先生にでくわした。
「お、ヒロ。稽古か?感心感心。」
「先生、こちらお土産に買ってきた刀の鍔です。」
「ありがとうな。これはなかなか。武骨だが、そこがいい。どれ、せっかくだし、少し見てやるか。」
「ありがとうございます。お願いします。」
庭に出て、朝倉を抜く。
「これはすさまじい。寒気というか、戦慄を覚える。」
「朝倉、気配を抑えてくれ。」
「なんでだよ。俺の指導はいらないのかよ。って、お師匠さんの指導を受けるのか。それなら俺は引っ込まなくちゃいけないな。」
案外話が分かるところもあるみたいだ。朝倉が気配を引っ込めた。
「霊気の出し入れができるのか。死霊術師とは恐ろしいな。いや、ヒロが使い手なのか。まあいい、いまは普通に名刀だ。素振りをしてみろ。」
指導を受けつつ、素振りと型稽古をする。
真剣を振っているわけなので、神経を使うし、単純に金属の棒を振り上げては振り下ろししているのだから、体力も使う。
汗が出てきた。しんどいけど、悪い気分ではない。
「これぐらいにしておくか。部屋を出た時には、何か思うところがあったみたいだが、今は随分スッキリしているようだしな。」
「ええ、稽古をしていたら、気が晴れました。」
「それが武術の良さだ。ヒロもそうだが、学園の生徒はみな年頃だし、プレッシャーがかかる立場でもあるから、いろいろ思うところもあるだろう。そんな時は、素振りや型稽古をしてみるのも、悪くないぞ。雑念や邪念が消える。護身や殺人の技術としてより、そちらの効能の方にこそ、武術の価値はあるのかもしれない。」
「ご指導ありがとうございました。」
「ん、良し。」
ちょうどその時だった。塚原先生に声がかかったのは。
女子寮の寮監の先生が立っていた。
後ろに、俯き顔を見せるレイナを従えて。
「それでは失礼いたします。」
事情がありそうだったので、挨拶をしてその場を離れた。
好奇心の女神の加護を受けていても、そこまで下種になりたくはない。
汗もかいたし、ひと風呂浴びるか。
そうして戻ってきたら、さっきの一団に出くわした。
「ヒロ、少しいいか。」
こちらから首を突っ込まなくとも、向こうからやってくる。
それがまさに「巻き込まれ体質」。さっそく発動したってことね。
「レイナのお父さんが、警察に保護されているらしい。家族が身元を引き受ける必要があるのだが、レイナのお母さんは、旅行に出ているそうだ。それでレイナが行くことになった。少々『ガラが悪い』場所だし、今から出るのでは帰りは夕方か夜になる。誰か付き添いが必要になるのだが。」
「明日からお休みですので、旅行のお土産を持って実家に帰っている生徒も多くて。女子生徒でも腕利きという子が、いま出払っているのです。」と、女子寮の寮監の先生。
「こちらのヒロは、異能を使わせれば、相当な腕です。人柄も穏やかですから、任せられます。……そういうわけだ、ヒロ。レイナとは同門のよしみ、付き添ってやってくれるか?」
レイナはずっと俯いていた。
「承ります。ちょうど私も、この後外出する予定でしたし。警察に向かい、レイナとお父さんを家に送り届ければ良いのですね?」
「頼む。寮監は簡単には寮を離れられないからなあ。」
「それではヒロさん、お願いしますね。」
正門まで二人の寮監に見送られ、そこで挨拶をし、馬車を拾う。
「レイナ、行き先は?」
「ネイト警察署。」
小さい声だった。
「御者さん、ネイト警察署までお願いします。」