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第三十六話 修学旅行 その7


 「マリア?」


 「全員武器を捨てろ!」


 「リタさん!?何です、いきなり!?」


 「早くしろ!抵抗すればこいつの命は無い!」

 喉下にナイフを突きつけられたマリアが悲鳴を上げた。

 周囲の物陰から覆面をした男達が飛び出してくる。


 「リタ!何を考えているの!」


 マリアの首にナイフを当てることで、駆け寄ろうとするエリザを牽制するリタ。

 「武器を捨てろと言っている!」

 

 再びマリアが何かを口走ったが……何を言っているか、解らない。

 

 男達の輪が縮まる。


 「マグナムさん、ヒュームさん。遠くにいる男達を。千早さんは、近場を。ヒロさんは、リタさんの牽制を。」


 「おい、フィリア!」

 「フィリアお嬢様!」

 慌てているのは俺とエリザだけ。


 「了解。」

 「承知。」

 「承った。」


 3人は、マリアとリタにまるで目をくれず、暴れ出す。


 「どういうつもりだ!近寄るな!武器を捨てろ!」

 リタの声が、むなしく響き渡る。


 どうしようか迷うばかりの俺。

 「ヒロさん、そのままで。遠くに逃げられないようにしてくれれば充分です。」

 

 「ヒロ、そこの運河にある小舟よ。ああもう。突発事態に弱いんだから。」

 アリエルが、近くにつながれていたボートのもやい綱を双剣で切り飛ばした。

 「念には念をって、ね。」

 さらに舟底に剣を突き立て、穴を開ける。


 視界の端では、マグナムが男達に対して二丁拳銃を連射していた。

 拳銃なのに、マシンガンみたいな音をさせて弾幕を張っている。

 火薬ではなく霊気を使うと聞いていたけど、見るのは初めてだった。

 近寄ろうとした男達がなぎ倒されていく。


 隠れた者、回り込もうとする者、逃げ腰の者……。

 そちらには、ヒュームが目ざとく対処していた。マグナムの弾幕をかいくぐって近寄り、無力化。


 「こっちは制圧完了だ。」


 「生け捕りも複数確保したゆえ、遠慮は無用にござるぞ。」



 やはり本命の狙いはフィリアだったのだろう。7、8人が寄ってくる。

 人数が人数なだけに、千早にも余裕がないんじゃないかと思ったが…。


 化石樹の棒を一振り。

 それで方がついてしまった。

 吹き飛ばされ、地面や木立に叩きつけられた男達が、うめいている。

 

 「此度ばかりは肝が冷えたでござるよ。どうにか命を奪わずに済み申した。」


 ああうん、余裕がなさそうだって見立て自体は、間違ってなかったのね……。

 


 そういうわけで、襲撃は瞬く間に鎮圧されてしまった。

 異能者揃いの学園。その中でも、特に戦闘力の高いメンバーが集まっていたのだから、当然と言えば当然かもしれない。

 

 残っているのは、リタただ一人。


 「リタ、分かったでしょう?勝ち目は無いわ。早くマリアさんを解放しなさい。」

 エリザが声をかける。


 「お前たちは!友人の身が危険に曝されても、目もくれないのか!」

 リタの声は震えていた。


 ヒュームが、リタとマリアに目を向けたまま、あらぬ方角に「くない」を投げる。

 くないが突き刺さったのは、身を起こして逃げようとしていた男の脚。悲鳴が上がる。

 冷静すぎる。仲間でも引くわ、それ。


 「血も涙も無い!鬼!悪魔!」

 リタも、ますます動揺していた。

 おいヒューム。まずかったんじゃないの?


 「言いたいことがあるなら、言いなさい。」

 フィリアまで!煽るようなことを……。マリアが人質に取られてるんだぞ?


 しかし、その言葉に釣られるようにリタが叫びだしたのだから、フィリアの対応は正解だったのかも知れない。


 「返してよ!父さんを!あの人を!あの人は盗賊なんかじゃない!『小山』は誰のものでもないって聞いて、大喜びで猟に行っただけなのに!父さんも!25年前にメル家に殺された!返しなさいよ、二人を!お願い、返してよ……。」


 かくん。


 体格の良いリタが、膝から崩れ落ちた。

 即座にヒュームが飛びつき、ナイフを取り上げる。


 興奮しすぎて、気絶したかな。これでひと安心だ。


 「事切れてござる。」


 え!?


 「私にも余裕がなかったから。でも、少しかわいそうだったかしら。」


 「マリア、テロリストに対して情け容赦は禁物だぜ。」

 「己の身が危険に曝されていたのでござるぞ。マリア殿、それは少々情けが過ぎる。」

 「マリアさん、リタさんの言っていた『あの人』ですが、盗賊に間違いありません。」 

 「騙されていたのでござろう。哀れな……。」

 

 何が起きたか分からず、みんなを見回す俺。

 マリアと目が合った。


 「耳元でね、ずっとささやいていたの。私の『共鳴』は、私の感情を伝えるだけではなくて、その人の感情を増幅することもできるから。……目の前で簡単に仲間が斃されていく恐怖。目的が達成できそうもないと知った絶望。自分の口から、父親と大切な人が帰ってこないと宣言したのが、決定的だったんだと思う。恐怖と絶望に押しつぶされれば、人は生きていけないから。」


 マリアの異能は、バフだけではなかった。

 精神に働きかけることで、状態異常を作り出す能力。

 睡眠、混乱、死の宣告。

 

 「みんなも、それを知って……?」


 「それゆえ某もフィリア殿も、恐怖を煽ったのでござるよ。」

 「マリア殿の異能は、まさに初見殺しでござるゆえなあ。」

 「初見でなくても、防ぐのは難しい。ある意味では一番怖い異能かもな。」

 「班分けの理由が分かりましたか?」



 「どうかと思う異能でしょう?私が人を死に追いやったのは、初めてのことじゃない。軽蔑した?」


 「……いや、驚いたけど、軽蔑はしてない。死者の霊魂を縛り付ける死霊術だって、それを言われれば大概だし。」


 「ありがとう。そう言ってもらえると、助かるよ。」

 マリアは泣きそうな顔をしていた。

 千早とフィリアが、そっと傍に寄り添っていた。

 


 それにしても。異能とか神の加護って、それほどのものなんだな。

 「どうかと思う」って言葉を聞くのも二回目だ。

 これは早いところ、女神に話を聞かないと。

 

 

 突発事態にはパニック気味だったエリザだが、落ち着きを取り戻せばさすがに優秀な官僚だった。

 次々に手配をし、命を落とした者の回収と、捕虜の確保を済ませる。

 「安全のため、まずはいったん雁ヶ音城に帰りましょう。」

 


 マリアも落ち着きを取り戻したようだ。

 こちらに笑顔を見せている。


 ふと、その隣の千早に目が行った。 


 「千早?」


 「何でござる?」


 「芋けんぴ、髪についてるよ。」

 

 「某は騙されぬでござるぞ!マリア殿に甘い言葉をかけた直後だというに!」

 右ストレートを食らい、3mほど吹っ飛ばされる。


 「リタ殿を騙した者と言い、まったく男とは油断も隙も無い。」

 天真会で受けた厳しい教育を思い出されたようで。



 「千早さん、本当に髪に芋けんぴがついています。」

 ひょいと取り上げて、口に入れたのはフィリアだった。

 俺が殴られる前に言ってもらえませんかねえ、それ。


 


 雁ヶ音城に戻り、城代に事件を報告する。


 「リタを護衛に推薦した私の責任です。真面目でもあり、地元の地理にも詳しいと思っていたのですが、間者とは見抜けませんでした。」

 

 城代は、そう言うエリザの言葉を聞き流した。


 「生き残りはいるんだね。うん、完璧な仕事だ。そいつらから城内の間者をあぶり出そう。フィリア様、この件は、『フィリア様を狙った誘拐未遂事件で、リタはフィリア様の身を守って殉職した』ということにしようと思うのですが。リタの家族には、怪しいところはありません。リタ一人が騙されていたと見ています。警察やメル家の権威に傷を入れたくは無いので。」


 「ええ、構いません。実情は私から報告しておきます。しかし、実際は犯人であった以上、褒賞は出せません。『リタのミスで賊に襲われることになり、そのミスを身をもって償った』という方向で。」


 「城代?リタのことをご存知だったので?」


 「怪しいと思われる者のうちの一人ではあった。それぐらいまでだよ、分かっていたのは。君が提唱していた、『小山』の警戒の件だが。私としては、『誘いの隙』にしておきたかったんだ。それであの事件が起きたのだから、目論見が当たったと思っていたんだけどねえ。……まさか北賊のスパイとは。初陣のフィリアさまの身を危険に曝すことになってしまって、頭を抱えたよ。エリザ君、君の方が正しかったのかもしれない。」


 城代が、ひょいと、俺に目を向けた。


 「それで、その中にいた弓使い。ヒロ君、君が傷つけた後、自殺してしまった男だが。」

 

 「申し訳ありません。あれは私が甘かったのです。生け捕りにしようと思って無力化したのですが、自殺されるとは。」

 

 「初陣としては、充分以上の仕事だよ。間者という者がどんな連中かを知らなかったのだから仕方ない。まあともかく、その弓使い。この近辺で目撃情報があったんだ。ということは、こちらから『小山』に潜入したというわけで。こりゃあ雁ヶ音城の管内に、相当数のネズミが入り込んでいるんじゃないかとは、思っていたんだよね。」


 笑顔のままで、さらにとんでもないことを言い出した。


 「フィリア様がこちらに修学旅行に来るなら、もう一度あるかなあとは思っていた。班分けメンバーを見たとき、このマリアさんだけは、少し違和感があったけど、他のメンバーから考えると、この人も『使い手』なんだろうなあって。フィリア様を『誘いの隙』にして、その中でもマリアさんを『誘いの隙』にする。そんなことができたらいいなあ、二匹目のどじょうがかかるといいなあ、とは思ってたんだよ。」


 「城代!フィリア様を囮にするなんて!」


 「エリザ君。ここは雁ヶ音城。荒河夜戦の舞台だよ。主将が危険に身を曝すのは、伝統ということで。あの時の公爵様と同様に、フィリア様の周囲は腕利き揃い。危険なようでいて、危険は無いと踏んだんだよね。公爵様には怒られちゃうかもしれないけど。」


 「当時の腕利きの一人ならではの言葉ですね、ジョー?父にも姉夫婦にも、私から言っておきますから安心してください。」


 「経歴はともかく、私の腕までご存知でしたか。」

 ずっと笑顔だった城代のジョー。

 家名を持たぬ、庶民出身のたたき上げの男。

 そのジョーが、初めて真顔を見せた。

 

 「今回の件が起きたのは、全て私の責任です。城代補佐のエリザ君は、『小山』の危険に気づいており、それを改善すべく努力を重ねておりました。それを看過して、先のスパイ事件を引き起こした失態は、私が責任を負うべきものです。今回重ねてフィリア様の身を危険に曝したのも、私の怠慢によるもの。……城代の任を解いていただくよう、総督閣下に申し出ます。」


 「城代!この件には私にも責任が!リタを選んだのは、私なのです!」


 「エリザ君、君はおそらく、中央に戻ることになるだろう。これから忙しくなることは間違いない。私が経歴に傷を入れて、君の足を引っ張るようなことは、あってはならないんだ。」


 「しかし!」


 「君は仕事をしなければならない。それが君の負っている義務であり、責任だ。」


 そこまで決め付けた城代のジョーが、再び笑顔を見せた。

 「管理職とか、柄じゃないんだよね。もう一度大戦があったら、誰に迷惑がられようと参戦するつもりだよ。手柄を立てて老後の蓄えを積み増すつもりなんだ。」

 

  

 雁ヶ音城の男、荒河夜戦の男であるジョー。

 のどかな笑顔のその裏で、ハイリスク・ハイリターンを好む男だった。

 




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