第三十六話 修学旅行 その3
マイクロバスって、便利な乗り物だったんだなあ。
車溜りがある、学園の「龍門」にずらりと並ぶ馬車の群れを見て、俺はため息をついた。
おかしな馬車が紛れ込んでは困るので、一台一台にチェックが入っている。
6人ひと班で乗り込む。学園の生徒はひと学年150人ぐらいなので、だいたい30台か。
「悪いな、皆。」
雄大に過ぎる体格の持ち主、マグナムが申し訳なさそうにしている。
「某が外に出て屋根にでも貼り付けば、ちょうど良い広さでござるかな。」
ヒュームが事も無げに言う。
「ヒューム君、それじゃマグナム君がつらいじゃない。私達も居心地悪いわ。」
「マリア殿?……ああ、申し訳ござらぬ。どうも某は気が回らぬようで。では、中の天井に貼り付かせてもらうでござるよ。」
そのままぺたりと貼り付いているんだから、これは本気で言っている。
人柄がこなれているようでいて、案外ヒュームにも、ずれたところがあるようだ。
「いいからヒューム、3人で座ろうって。」
何も遠慮するほどではないのだ。
今の窮屈度は……イメージ的には、日本の電車の座席レベル。7人掛けにちょうど7人座っているのと、あまり変わらないぐらい。
ただ、こちらの世界の感覚では、これはありうべからざる密着ぶりらしい。
対面に座る女子3人は、日本の電車で言えば、7人掛けに3~4人、ぐらいの間隔を開けている。
それが「適切な」距離感だということなのだろう。
ともかく、男子3人、並んで座る。
興奮したピンクの声が聞こえてきたが、無視。
そのまま、南にある新都の船着場まで移動。
新都の道は、石畳で舗装されている。
幹線道路は、少なくとも「片側2車線」。
中央の追い越し車線が、馬の道。
両端の走行車線が、馬車の道。
ついでに言えば、そのさらに脇が、歩道としてきちんと整備されている。
「新都を作った人って、しっかり考えていたんだね。経済活動を考えたら、道は広くてしっかりしてるほうがいいだろうからねえ。」
そんなことが、気になっていた。
「ミーディエから出てきた当初は、某も驚いたでござったなあ。」
霞の里は、ニンジャの里。
トラップだらけの道なんだろうなあ。
「新都に住み慣れた人間には、出て来ない発想ね。私、これが当たり前だと思っていた。」
マリアのクロウ家は、割と早い段階で新都に引っ越してきたのだそうだ。
「カンヌ州も、幹線道路はこんな感じだったぜ。幹線道路だけだがな。」
と、これは農村出身のマグナム。
「極東道、特に新都の道路事情は、王都よりも良いでござるな。ほとんど何もないところに、軍事優先で作られた都市だからでござろうか。」
あちこちを旅してきた千早は、いろいろな街を知っている。
「行政・経済方面の視点って、軍事の基礎としても大切ですよね。」
フィリアの言葉に、男子二人が、不意に黙り込んだ。
ややあって、口を開く。
「そういうところ、でござったのかな。ヒロ殿が認められた理由は。」
「ああ。今の俺じゃ、下級士官が関の山だ。」
「それにさえ気づけない私には、やっぱり軍人は無理ね。」
マリアが空気を変えにかかる。
マグナムがすぐに応ずる。
「音響兵器としては、ジャックには勝てないだろうしなあ。」
「マグナム殿、マリア殿は天真会にとって大事なビジネスパートナー。イメージを損なう発言は控えていただきたい。」
笑顔で両手を広げ、マリアの身を守るポーズをする千早。
「比較されるだけで名誉毀損とは、ジャック殿も哀れな……。」
ヒュームが苦笑した。
「実際のところ、ジャックの歌とか声って、どれぐらいの破壊力があるの?聞いたこと無いから解らないんだ。決闘の時、喧騒を鎮めたひと声以外は。」
全員の目が俺の方を向いた。
「知らない方が良い事も、世の中にはあります。」
「ヒロだけが知らない、というのも癪に障るけどな。」
「苦行でござる。」
「音楽って、素晴らしいものなのよ。みんなそれだけは忘れないでね。」
「フォローになってないでござるよ。」
「でもさ、音響兵器としては、優秀なんだろう?フルパワーだと、どれぐらいの威力になるんだ?軍事的効果とか、評価が必要だろう?」
「はて。知りたいとも思わなんだゆえなあ。」
「新都では、思い切り歌うということもなかなか難しいのよね。その意味では、ジャック君もかわいそうなのよ?ヒューム君。」
「兵器としては、味方にも影響しそうだな、そう言われれば。ヒロの発想は勉強になるぜ。」
「むしろ……公安部門で活用するとか。捕虜やスパイに聞かせるという利用法があるかもしれません。」
「フィリア殿!スパイにも人権がある……とは言わぬでござるが、それはあまりにも!」
「いや、千早殿。これはなかなか。有効かと存ずる。」
「ジャックにとっても、実績を積むチャンスにはなるよな。メル家としても、そっちなら『引き抜き』とか言われなくて済むだろうし。」
「現地で、演習場を借りられないかしら。ジャック君のフルパワーがどこまで届くか、検証できるかもしれないわ。」
船着場までの会話の主人公は、なぜかジャックだった。
愛されてるなあ(棒)。
船着場に繋留されていた2隻の船は、この間乗った貨客船に比べて、ふた周りは小さく見えた。
それでも大きい。クリッパーという種類だったか。海を行くための船だと思うのだが。川幅が広いからなあ。
学園の所有する、快速船だという。
ギュンメルにいた時、フィリアから、「学園はひとつの独立した勢力だ」と聞かされた。
こんなところにもそれが現れている。
船内では、基本的には自由とされていたのだが……。
俺たち三人は、そうは行かなかった。
「ヒロさん、ローブを着て、頭に例のかぶとを着けてください。千早さんは、棒の先にこれを。」
フィリアに従って、甲板に出る。
川沿いを、騎兵の小隊が走っていた。
船の警護か。
フィリアが前に出、俺と千早がその後ろに控える。
千早の持っている棒の先には、メル家の家紋が刺繍された旗が翻っている。
フィリアの個人紋かもしれないが、細かい事はよく分からない。
騎兵たちが馬上から敬礼をする。
フィリアが応える。
で、また船室に。
「騎兵の引継ぎごとに出ますのでお願いします。」
「日頃の小さなコミュニケーションが大切なんだね。」
「さよう。あの騎兵殿も、仕事をした甲斐がござろう?フィリア殿を始めメル家の皆さまは、一事が万事、これでござるよ。」
頭が下がります。
「そういえば、礼装でなくていいの?ローブにあのかぶとだと、少しものものしいように思うんだけど。」
「距離もありますし、解りやすさの方が大切なんです。私のそばにいる少年は死霊術師。そういう共通理解はできていますから。」
「某と言えば棒、というのも同じこと。ひとつの記号でござるよ。」
前の船旅でもそうだったが、少なくとも川の旅であれば、俺は船酔いしないようだ。
ぐったりしている友人達を見て、そのことに気づいた。
「イーサン。甲板から川に向かってアレするときには、必ず誰かについてもらうよう、指示を。悪霊はいないだろうけど、うっかり転落なんてことがあると困るし。」
この世界では、「そういうこと(環境とか)にはそこまでうるさくない」ということを、ここにいちおう付言しておく。
「よく気づいてくれた。助かるよ。ヒロ君はフィリア君と挨拶があるから……ジャック君、頼めるか?女子は、マリア君は平気そうだな。お願いしたい。」
「任された。」
「ええ、喜んで。」
「某も一応外へ出ておくでござるよ。気づいたときに即応いたそう。」
「ありがとう、ヒューム君。」
イーサンが笑顔を見せた。
そうそう、協力って大事よね。
交代しては警護に当たるメル家の騎兵に対して、3度目の挨拶をした時だったか。
ついに堪えられなくなったノブレスが、甲板に出てきて、川に向かってリバース。
こちら3人がクソ真面目に挨拶している中、少し離れているとは言え、隣でリバース。
ジャックが止める暇もなかったようだ。
シュールすぎる。
騎兵の皆さんが笑ってくれたから良いようなものの、怒り出してたら大変だよ、全く。
時は5月下旬。
うららかな陽気というには、少し強くなりつつある日を浴びながら、船は進む。
どこまでも続く緑の田園風景が夕日に赤く染まる頃、目的地である「雁ヶ音城」のどっしりした姿が、視界一杯に広がるようになってきた。