第四百四十二話 御暦奏(ごりゃくのそう) その4
コミックス版『異世界王朝物語』(文藝春秋社)、ピッコマにて連載中です。
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ご覧いただきたく、なにとぞお願い申し上げます。
事件の痕跡が残る部屋を嫌って、あるいはひと目を避けるべく、肩を並べて歩み入った一室にはまた別の客人があった。「一歩出遅れてね」などと言わいでもの嘘をつくあたり面倒な相手になったと思う。
「イセン卿とは国家観、王国のあり方について論じていたのです」
「私ごときには関わりなきところかと。上の仰せに従わんのみ」
栄光の近衛中隊長にしてそれで逃げおおせようはずもなく。
英気みなぎるまなざしを避けたところできらめく言辞に襲われる。
「兵部卿宮さまは体制の変革を掲げています。なればこそ、王国の律令体制その本質につきまずは伺いたいのです。国体の守護者たる近衛中隊長どのはいかなる認識をお持ちであるか」
分かってないとは思ってない、らしい。アタマ良すぎる人にありがちである。
議論の前提条件を、言葉の定義を固めておきたがるのもアタマ(略)。
いえ、いちおう自分なりの知見を得てはおりますけども。
「皆さまと変わるところはありません。組織を重視する制度かと。担当を明らかにすることで放埓を防ぎ、各部署に裁量を認めることで柔軟性を確保する」
「『律令』の言を借りるならば、まさしく組織法で統治を回すシステムだね。実情を仕切る作用法を必要としない、いや作用法の密度が薄くとも国を回せる体制だ」
助かりましたイセン卿、王国の智嚢チェンの俊英よ。
ともあれたとえば「港の営業時間は夜明けから日没までとする」、これが作用法なわけだが。
とは言え王国も広い。北の港では冬に極夜とは言わぬまでも「3時間しか日が出ない」こともある……かもしれない。そんな不都合を補うために「○○港では△月から□月までの間、営業時間は~」、「××港の営業時間は~」といちいち決めていく。それが作用法による統治というわけ。
しかし古い社会が細かい規整をしくはずもなく、だからと言って何もしないのでは――営業時間なら良いが、あらゆる場面で管理を疎かにしては――放埓を招く。せっかくの国力を効率的に活かせない。
そこで王国では「港の管理は某省某課(に所属する現地責任者)が担当する」と規整しておく。日本とよく似ているから理解がはかどったけれど、裏返せばそれだけしか定められていない。
当初とまどったがこれも何のことは無い、「それしかない」という事実がすなわち「港にまつわる諸事情は全て担当者の責任において決める」ことを意味するわけで。
まとめると、仕事に担当者を割り振る「だけ」。極論それが王国の制度である。
バカにしていると思われるかもしれないが、これでもだいぶ進歩的なのだ。
なぜならほんとうに古い社会では割り振りが決まっていないから。「大臣」やら「貴族」やらが徴税なり産業なり軍事なり、重複をものともせずと各自勝手に仕事する。
特に外交はこの傾向が根強く、今でも貴族がめいめい他国の貴族と交流しては成果を持ち帰ってくる。おそらくこれこそが人類社会の本来で、しかし王国はその歴史のどこかで「外交は(それでも)治部で取り仕切る」という体制を築いたのだろう。
「営業時間ならええがの、港の長が裁量で積荷や船を没収したらどうすんじゃ」
兵部少輔どのならばやりかねない、いえ、鋭いご質問ですね。
しかしあまり勝手をするようならば、たとえば「航路担当のお役人」やら「商会担当のお役人」やらの権限や裁量とぶつかるわけで。要は話し合って決めなさいと。
決められなければ「裁定は弁官局が担当する」という、これまた組織法でぶん回すと。
そこでも勝手をするヤツについては「友達をなくします」とお答えする他にないのだが、ぼっちを恐れぬ天才も時に出現するわけで。
要はカーツ○佐にアウタ○ヘブンに安禄山、出てきたときにはどうするのっと。
「陛下のご威光にひれ伏すことになろうかと」
陰陽寮にて荒事出来と聞いてイセンの助太刀に駆けつけた男がこちらを見やる。
じっさい、彼の兄君も。
「理屈はええんじゃヘクマチアルの。勝手な輩にどうやって言うこと聞かす言うとるのよ」
「ですから、兵部どの。ご威光に打たれ、地に伏したとして。最期その目に映るもの」
「『王の影』というわけですよ。『遠く延びてはその威を告げる』」
ここ数十年は『王の足』に踏み潰されてきたらしいが、ともあれ。
「なんじゃ、中隊長言うてカッコつけてもやるこたわしらと変わらんわね」
この場でいちばん雑な男の粗雑きわまる極め付けにイセンの顎が天を向きゼンユウの目が地を見やる。
どうやら英才ふたりに天啓を与えてしまったらしい。兵部少輔と来た日にはこれだから。毎度欠かさずいらんことばかり。
「智勇にわたるご活躍に勘違いしていたようです」
「華やかな振舞いも隠れ蓑と働いたか。どう見ても後ろ向きいや地味、いや実直なヒロ君にしてはおかしいとは思っていたが」
カレワラ家の当主は、少なくとも近衛中隊長にある限りは、天下国家を語る側ではないのである。口にされた国家像をかたちにする、その側に立つべきものだ。
(と、ヒロはそう思ってるのよね)
(軍人としては間違っていないがな)
(後ろ向きと言われたら腹を立てろ、まだ分からねえか)
(「担当決めするのが律令だ」って。そう聞いたばかりだぞ)
「ヒロ君には現状のところ才覚がない、兄の言葉が正しかったか」
「私も誤解していました。雅院の政策立案は中隊長どのによるものとばかり」
対話は大事ですよね。
キャッチボールも重ねるうちに肩が温まるとか聞きますし。
ああ、回転速くなってきたなあ。
「女蔵人頭どのか、我らの役を担っていたのは」
「しかし仮にも近衛中隊長。叩き台、議論の相方は務めうる」
いまのあなた方のように、ですか。ええまあ否定はしませんが。
あ、こっち向いた。
「ならばご理解いただけましょう。改めて兵部卿宮さまの国家観を申し上げます。メル家を参考に中央集権を志向するものです。統括機関……現行制度で言えば陣定いえ、弁官局・蔵人所にあたる組織を拡充することで縦割りの硬直を排除し、国王の意を迅速明確に現場まで届ける」
裁量を持つ現場からの意見集約を重視する体制の見直し。
各課の権限を削り、上意下達を徹底する。
「中隊長閣下をはじめ軍部の皆さまにはご賛同いただけるものと信じております」
語るに落ちたが、閣僚の……引いては貴族の権限も削られていく。
善し悪しはおいて効率的には違いない。近代国家、的なナニモノかに近づくのだろう。
「現行の制度には綻びが出ている。右京の改革に取り組んだイセンさん、あなたにも分かるはずだ」
「取り組んだ結果、制度そのものには不備が無いと知りました。運用しだいでどうとでもなる。だが志を同じくした中隊長どのの考えは我らとも異なるようだ……改めて僕からも問おう。ヒロ君、君の国家観とは」
「現状全てを維持することはできないと思っている。しかし中央集権を志向することはない。それが我らの方針です」
技術的に不可能、極東から王都に至る旅でフィリアはそれを看破した。
だから。あらゆる意味で兵部卿宮とは共存できない。それが雅院派の認識だった。
「つまり敵だわね。女を殺すんは気がひけるのう」
「できもしないことを口にするのが男でしょうか」
兵部少輔どのとユースフ・ヘクマチアル男爵閣下がつかみあいに及ぶところ、止めるしぐさをゼンユウは見せなかった。それよりずっと愉快な火種を放り込みさえすれば良い。
「サクティ侯爵閣下、メルが総領姫の方針と真っ向対立していくと?」
いつか明らかになるところではあった、とは言え。
そこでうるさくされてもめんどうだし。
「メルの頭領は公爵閣下ですよゼンユウさん」
「踊らせるのも一興だろうに塩を送る。ヒロ君らしいと言えばそれまでだが」
さすがイセンは分かってる。そうですとも、誤解のままにおかしな動きをしたところで実りが無いと思うのです。
「そこらでやめときんさい。悪いことは言わん、ややこしいほうがええんじゃ」
「策謀の枝分かれを落としにかかったら後は速いですよ中隊長どのは」
やっぱり俺は「そっち側」みたいですねどうも。
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