第四百四十二話 御暦奏(ごりゃくのそう) その3
コミックス版『異世界王朝物語』(文藝春秋社)、ピッコマにて連載中です。
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ご覧いただきたく、なにとぞお願い申し上げます。
「それでこそ中隊長閣下」
喜ぶ気にはなれなかった、驕慢に向けられた賛辞とあっては。
「デクスター閣下のご威光もさすがと申し上げます」
イーサンとふたり苦い顔を見合わせたところだが、そもそもの非はこちらにある。昇殿を許されていない陰陽頭コーワ・クスムスを蔵人所に連れ込もうとしたのだから。
規則どおりに制止され、逆ギレからの睨み合いとなったところを皮肉られ……るならばまだマシで、本気で讃えるのがミカエル・シャガールのタチ悪さ。
争う気も萎えなし崩しに足を踏み入れた蔵人所の「溜まり」ではそうしたわけで、どこか歯切れの悪い議論を戦わせるハメに陥った。
「彼らは行政の継続性と国民生活の安定を重視しているようです……何も陰陽寮の肩を持つわけではありません。しかし主張の機会はあって然るべきかと」
「暦法とは科学技術、学問文化のレベルを示すもの。『時を支配する』ツールであれば、その正確さは国威にも直結します……なにも陰陽師が嫌いで言うわけではありませんが」
留保つきの立論――正確を期するのあまり晦渋に流れがちなそれ――にも寛容なノーフォーク公爵にして眉をひそめるありさまで。アルバ公爵がいなくて良かったと思う。
「しょせん陰陽寮と典侍の争いでしょう? ならば手はあるかと」
驕慢も美徳なのだろう、「大きな」議論をしたい時など特に。
しかしミカエルのどや顔を見ている限り、どうもその。
助け舟はシャクにさわるが策があるならばと耳傾けたところ、速報が入った。
「陰陽寮にて殺傷……いえその、刃物による事件が!」
一座を見回すまでもなく出るべき者は決まっている。
全速で南に馬を飛ばすこと2分、陰陽寮に飛び込めば一室に転がる男の死体…………の、上に浮かぶ霊体に向けて迷わず怒鳴り散らしていた。
「体に戻れ! 王宮を出るまで死ぬんじゃない!」
馬を乗り換え東のかた駆けることこれまた2分、慣れ親しんだ待賢門――陰陽寮にも最寄りとは知らなかった。日ごろ出入りを控えているものか――その外へと諸共に身を投げ出す。
それでもせめて、何か言い残すことはと。半身を抱え上げればかすかな声が漏れ出した。
「権頭さま……幸い……」
「聞いたか諸君!」
「は、中隊長どの。この男は『まだ』死んでおりません!」
満面の笑みを浮かべる門衛の声の下、俺の耳にだけは愚痴も聞こえていた。
(心配してたの、それ!? と言うか近衛中隊長? やっぱり最低だ、貴族だ役所だ上役だってのは。なんであんなクソ野郎を庇って……)
王宮も出たことだし、もう死んでいいぞ……と、さすがにそこまで言う気は無い。
末期の言葉を求めた件もいちおうはその、いや間違いなくこれ、惻隠の情によるものだから。
「身を挺して陰陽権頭どのを救った男だ」
「陰陽師っても嫌なヤツばかりじゃないんですね……よし、それなら……総員整列! 敬礼!」
生前受けたこともない礼遇に陰陽師の男は照れまくっていた。せめてもこれで浮かばれるというものである……物理的に。再び肉体からふわふわと立ち昇った霊はすぐとその場で四散した。
「で、権頭どの?」
三頭めの馬に乗り換え取って返した後とあって、吐く息も荒ぶらざるを得なかった。
襲撃を受けた被害者だし先ごろは戦場を共にした友人ですもの、穏当に行きたいのはやまやま……なんですけどね?
陰陽権頭テラポラ氏と言えば能吏ではあるのだが、上にはへつらい下には当たるという、その……要するにパワハラのすえ逆上した部下に襲われたと。しかし亡くなったのはとっさに彼を庇ったもう一人の部下であったと。そう聞かされてしまいますと、ね?
「下手人の確保はどうなっている?」
「こっちで保護しといたで、心配いらんけえの」
いちど聞いたら忘れえぬその声、兵部少輔(再任)どの。
なんでここにおるんじゃと。
「情状酌量が必要じゃき、厳正で鳴らす中隊長閣下には引き渡せんわね」
おかしな霊能持っとるわなんやで、テラポラとも仲がええんじゃろ……などと相変わらず嫌なこすり方をしてきたものであった、つい5秒前に厳正と評しておきながら。
「ええやないの、兵部卿宮家は人手不足で困っとるんじゃ。ハンデじゃハンデ」
それアウト、と言うか絶対ダメ。
公務周りで王位継承レースを持ち出すとか、まずもって王国官吏の良心にもとること甚だしい。それにだいたいだな。
「ひと一人が身を挺しているところ、『その話』に絡めるなど……正気か?」
キ○ガイ扱いしても悪いとは思わないが、言ってしまえばカドも立つわけで。
しかしイーサンとにらみ合いミカエルとにらみ合い、今日はまた特別……。
つかみ合いに及ぶところ、その兵部少輔の肩をつかむ腕があった。
透かして見ればこれがゼンユウ・アサヒ氏であった……そりゃ一緒に来るか宮様さまの婿君だもの。こんなアホのお供にはもったいないにも程があるけど。
「私から説明します。中隊長どのにもご納得いただけるかと」
先にも述べたが「犯人」もまた、陰陽寮に所属する陰陽師であった。
天文学への造詣深く、どうやら官暦よりも優れた暦を作成していた、らしい。
それを連年テラポラ氏に提出しては握り潰され、「余計なこと」と叱責され。
今般の騒動により「貴様の怠慢のせいで」などと怒鳴られたのはなかなか腹にも据えかねたが、それでも暦が陽の目を見るならと、急かされつつ提出したところがしかし後宮で発見された暦にはわずかながら及ばぬ出来であったそうな。
だからと言って打擲の上「使えぬヤツめ」と唾を吐きかけられ、ついに剣を抜いた……とあっては、被害者の死亡におけるテラポラ氏の責任も決して看過できない。
「中隊長どのの機転により死穢作出の咎めも免れたこと、先例から見て犯人に下される処分は禁固(生涯にわたる公職追放)止まりでしょう」
その見立てはおそらく正しい。
ゼンユウ・アサヒ、もとが敏腕裁判官でもあるし。
ここで嘘付いたところで近衛中隊長を騙せないこともお見通しのはず。
(裏取り欠かさないからねーヒロ君は)
(粘着質なんだぞ)
(チキウ人とはそうしたものか? なかなか繊細な……)
(ヒロ個人の性格だと思うわよネヴィル)
(戦のやり方見てても分かんだろ)
やかましい。
王国貴族たるものだな、汚い嵌め手などに対して超然とあるためには……
「上に達したところでお耳汚しにしかなりません。ならばここは内々に。遺族にも補償と、子弟の身も立つようにします。これは兵部卿宮家から」
そうして出頭ものの数学者兼天文学者を兵部卿宮家に引き抜いたと。
善後処理に追われる俺を出し抜いてと。
「もうひとつ、お会いしたせっかくの機会に伺いたいことが」
ゼンユウ・アサヒ、厚かましさでは兵部少輔にも負けていなかった。
どうやら宮さま良い婿をとったらしい。
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