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第四百四十一話 通りゃんせ その2



 蔵人所を左に見て歩むことややしばし、後宮を貫く大通りの四つ角にその人影は立っていた。

 地に突き立てた大剣の柄頭ポンメルに双の掌を預け、微動だにすることもなく。

  

 「見つからぬか。なお徹底的に調べよ、溝を浚ってでも」


 しかし2.5km四方を地肌からローラー捜査ってあなた、限られた人員で。だいたいその間、後宮の警備はどうするのと。脳筋はこれだから――そのくせ手数任せに結果を出してしまうから――困るのである。あ、こっち向いた。

 

 「中隊長どのか、貴殿には質すべき筋がある」

 

 わあ良い笑顔。

 さすが(黙ってさえいれば)まこと絵になると評判の残念美人さんですねって、こっちの笑顔あいそは無視ですかそうですか。


 「金橘の局でも侍女がひとりその消息を絶ったと聞く。評判の美女らしいが、身に覚えは?」

 

 人を探すのに溝さらいをするあたり、やはりこの方に頭脳労働は向いていない。ここは皮肉のひとつも……と思ったところで息が切れた。戦場では感じなくなった胸の痛みが平和の裡で襲ってくるのはそれこそ皮肉と言うもので、その隙に次の口撃を招いてしまうのだからつくづく三席ナディア嬢とは合口が悪いのである。

 

 「貴殿の立場では金橘の手前、口説くわけにも参るまい」


 なるほど、金橘の局で美人を見つけただろうと。その場で口説くわけにもいかないはずだと。だからかっさらってあんなことやこんなことしてるんだろうと。たしかに筋は通ってる……って、このおバカ! 性欲より食欲よりいま耐え難いのは睡眠への欲求だ! 女と関わる暇があったらおもうさま昼寝を貪りつくすに決まってる!

 いや、いかんいかん興奮は心臓に悪い。ここは落ち着いて、頭を冷やして。  

 

 「帰還以来の勤務表をご覧に入れればお疑いも晴れましょう。しかしまさか(・・・)、それほどの大事が起きていようとはゆめにも(・・・・)存じませんでした。金橘の方にはご縁もあること、私も微力を尽くさずにはいられません」

 

 情熱的な中隊長が恋人のために汗かいてるって絵面、後宮では大歓迎に決まっているから。

 じっさいほら、皆さま華やいだ声を挙げていらっしゃる、似合わぬ円匙えんぴを投げ出して。こうなったらもう二度と手に取ることはないと決まってんだよなあ……あ、その機微は理解されているのねナディアさんも。部下の歓心を奪われてご不快でしょうが、ここは……だから意地を張らないでどうぞ。


 「金橘の局から依頼を受けよとおっしゃる? そこを言われるならしかし、王后陛下のご意向から伺わぬことには」

 

 雅院閥が出張ってきたら中務宮おとうさまの面目丸つぶれでしょうが……って、短気はいけません。ガードから左手をお放しください。ちょっと誰か、男の人呼んでー!

 

 「せっかくの厚意です、プリンセスもここは大度を示されては」 

 

 まったくもってキレがない。せっかくのチャンスに俺をこき下ろさんでどうする。

 どうやら恋するイセンもIQが低下しているらしい、それはもうワラジムシなみに。

 

 「しかし金橘の方もいかがなものでしょう。ナディアさまがお尋ねになるまで部下の動向を把握していなかったなど」

 

 妖しき風の吹き回し、どうしたことですフィリアさんお口を尖らせて。

 苦手を相手の風除け……じゃなくて加勢を頼みたくて呼んだのに。

 

 「まさに瑣事、中隊長閣下が情熱(・・)を傾けるべきお仕事とも思われません」


 形式だろうが言い訳にせよ「情熱の問題」で肩入れする体を取るなと、そう仰せですか。

 趣は理解いたしましたが、これはもちろん捜査に介入するための口実でありまして。無駄なやり取りさせるなよって、首かしげればこぼれんばかりのその笑顔。ああ、そういう……。


 「レディのご不興を買ってしまったらしい。心苦しいがバルベルク小隊長、ここは君に任せよう。令、近衛中隊長の名を以てナディアさまを補佐し奉らんことを。ことに当たっては粘り強く、強引な(・・・)手法などは厳に慎むよう」


 中隊長のお仕事とはマネジメントなのである。

 仕事を取ってくる、配る、あとはせいぜい監督する。

 そしてわれに昼寝の時間をさもなくば死、にたくないのでオフトゥンを。


 「風雅の名をほしいままにするエミールさんですもの、きっと良き知らせがありましょう」

 

 そしてフィリアさんには悪戯な笑顔を。


 「白々しい、どうせお前にも見えてる……いえ、聡明なる中隊長閣下になお(・・)ご満足いただける報告を持ち帰りましょう」

  

 かくして女官の連続失踪事件は……字面に起こすと何やらセンセーショナルで猟奇的に過ぎる。実際のところ騒ぎすぎではありませんかねと。


 およそ後宮への出入りについて言うならば、何と言っても危険物持ち込みなど(それこそ「入り鉄砲」ではないけれど)が厳しく規制されている。

 ならばもういっぽうの「出女」だが、女官の皆さまの外出は――国王陛下と関わりある方を除いて――ゆるゆると申しますか、まずまず自由に認められているのである。

 

 体調が悪ければ外での療養が勧められるし、もちろん停年なり結婚なりで退職したり(復帰したり)、実家の冠婚葬祭から両親の夫婦喧嘩の仲裁から、小さなところでは小遣い稼ぎのマナー講師業、「親戚からパーティの取り仕切りを依頼されましたもので」とか何とか都合をつけては皆さま外へお出かけになるのである。そりゃね、息がつまるもの。キラキラするのも心にゆとりがあってこそ。

 

 勤務先の側でも常に予備人員を備えてあるのだ、不意の「お運び」に対応すべく。どうしても人手が足りない時には長屋女官(高度専門技能職)にヘルプを頼めば良いのだし。

 そうしたわけで管理職の皆さまも女官や侍女の出入りをあまり気にしていなかった、というところはあった。


 が、この秋。金貨500枚事件のあおりを受けて「後宮からの外出・持ち出し」にもやや厳しい視線が向かう運びとなり……後宮の側でも改めて点呼などしてみると、消息不明なる事態が「発見」されて。

 もちろん大部分は用事を済ませて後宮に帰ってくるわけだが、なかなか来ない者もある。実家に問い合わせたところが、「こっちにも帰っていない」とのお返事が。


 そこで後宮警察の責任者たる三席掌侍ナディアさまに捜索願いが出されたという次第だが、彼女は脳筋もといプリンセスである。細かな事務作業にはてんで向かないのである。

 こうした仕事は後宮と女性心理の専門家バルベルク男爵エミール卿こそふさわしい。じっさい5日と経たず折り返しの報告があった。


 「あらかた片付いたぞ……と言うか、最初から片付いてる仕事を回すなよヒロ。何の罰ゲームだ」

 

 悪態交じりに行方不明者の消息を次々と明かしていく、金橘にお勤めの女官どのまで。何のことはない「彼ピと温泉旅行に行っていた」とか。もげろ。いえいえ、黙っておきますとも。


 「つまり『お方さまのため願掛けに参ったところが、そこで急な病にかかった』とのことだな?」


 機略うそつき軍人ひとごろしの始まり、コモンセンスというヤツです。

 

 「勝手にしろ。ほかも多くは男漁りだが、中には独り息抜きしていた者、遠方に使者と立てられながら局の側で失念されていた者など……で、ヒロ。この件だが……なるほどそちらが依頼人か」

 

 男漁りっておま。立花典侍さまの御前である、言葉を慎みたまえ後がめんどうなんだから。と、そんな渋面に構いもつけず差し出された不明者名簿に一箇所、訂正線の引かれていない欄があった。知らぬ名なりに確認すべく押し黙ったところで、そちら(・・・)の方もようやく口をさしはさむ。 


 「約束が違うよヒロっち、エミールに頼むなんて聞いてない」


 口をゆがめて盛大な舌打ちを見せていた。

 エミールの側でもチャンスを窺っていたらしい。


 「中隊長閣下(・・・・・)より、改めて皆さまへのご挨拶に伺うようご高配(・・・)を賜ったものです掌侍どの……俺が任されたのは三席の補佐、後宮内部の聞き取り調査に限られていたなヒロ……あとは皆さまでお願いします」


 最後のひとりにはけっきょく線を引かぬまま。

 マネジメント――仕事のぶん投げ――については、やはり生まれついての貴族に学ぶところがあるようだ。



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