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第四百三十八話 根 その1



 「それでも縦割りってのはさ、ヒロ」


 「分かるさ、行政の効率化……無駄を省くという点では強力この上ない」


 「その代償が『隣は何をする人ぞ』でもあるけどねえ」


 そうしたわけでお叱り……にも至らないか、オーウェル子爵閣下から「ほのめかし」をいただいた。情況につきいま少し総合的な視野を持つべきではあるまいかと。

 問題となったのは防衛態勢の見直し、と言ってしまえば大仰だが前近代の社会である。要はほぼほぼ城砦だが、運用まで含めたその点検に手をつけたところが「配慮」を求められたのだ。 

 

 「だからこそのキャリアシステムだろう? 軍から税から教育から祭祀から、ぐるぐる回らされ……いわく、枠にとらわれず専門家プロパーの統括役たるべき見識を涵養すべし」


 「そういう話ばかりでもなさそうだけどね」


 中隊長の俺も今回は統括から降り、北東方面を担当すると決めた。とりまとめはイーサンとクリスチアンにお任せするということで。なおメルとキュビは中央・王都周辺を担当……国境近辺の純軍事施設にさえ近づけなければそれで良い。


 ともあれ王都より北東方面だが、近い順で北にアイカン、その東がエシャン、さらにミリオ、半島州を跨いでメディチ。その先がエッツィオだが、ここは管轄外。

 うちメディチ州から苦情が来ているとオーウェル閣下からご指摘を受けて不得要領の笑顔を返したところが、「持ち帰って話し合ってはいかがか」とのお達しであった。


 そのメディチだが、かつては前線であった。

 かつてと言ってもふた昔前、「俺たち」の親が若者だった頃の話。


 「エッツィオ進出の戦争景気で大発展したと聞いています」

 「もともと豊かな地域だよ。水に困らず地味に富み、北に伸びる半島が風を遮る最高の漁場」

 「それが『戦後不況』を簡単に乗り切れた理由ですか」

 「そこはお前ら一族トワの手腕だろう?」


 そういうことでありましたかと。

 

 「実務官僚だった頃の祖父さま方が手塩にかけた土地ってことさ」

 「地元連中もかつての近衛隊長と『同じ釜の飯』、入植した子分でなけりゃ古き血筋の豪族だ」

 「親父たちにとっては青春の思い出ってわけか、こりゃいかん」

 

 そうして生まれたのが毎度お馴染みかそけき民の呼び声である。

 いわく、軍事施設の点検? 我らが約束の地に手を突っ込むとおっしゃる? どなたに断って?……轟々たる苦情を丸投げされ、もとい仲介を一手に引き受けることとなったオーウェル閣下には悪いことをしてしまった。

 

 「と言って、エッツィオ対策に手抜かりは許されない」


 「今さら軍人の率直を気取るなよヒロ、メルの端くれとして噛み付かなきゃいけなくなる」


 「ヴァルメル爵子アルノルト君に対する失言をここに撤回する。『万一に備え、対北賊の第二防衛ラインを固める』必要はあるだろう?」


 「じっさい『辺境伯』だぜ、そう警戒する必要あるのか?」


 赤毛は気楽に言ってくれるが、そこなのだ。前から疑問に思っていた。

 辺境伯と言うからには実力十分、ゆえに「北賊に突破される」仮定など杞憂に等しく……それ以上に。

 

 「西のニコラスは分かるが、東のミーディエは……説明頼む」

 「陛下のご意向でね。われらトワも意気に感じて」


 国を挙げた強力な後押し(せんこうとうし)が行われたが、それも収穫の頃合だ。俗に言う極東閥・雅院派も期待している……と、そんなことよりエッツィオである。メル家(よそもの)がなぜ辺境伯?……と、それも主題ではないのであった。


 「嬌声にもいいかげん慣れただろ? 『中隊長サマがこっち(メディチ)を見てくれた、目が合っちゃった』って話さ」

 「防備を見直したがってた豪族ヤカラもいるはず、そこから切り崩せばあるいは」

 「まずは子弟の箔付けですか。ほか『お持たせ』、回せるのを見繕っときます」

 「ハイ! ハイ! ええと……ご多忙ではどぶ板行脚もままならぬかと。ぜひ私を名代に!」


 率先して痛みを引き受け分かち合う、これぞ青い血の義務。金が無ければ欲……汗をかく、それが紳士の嗜み。さすが近衛府の諸君はつくづくわけまえ……わきまえているのであった。

 


 そんな近衛の楽園に背を向け赴く王都の東はわが約束の地・磐森にたどり着けば、ここにも根を張る人々が。

 

 「オハラ郷より磐森へ向かう駅馬車に不審者が紛れ込んでおりました」


 昨秋起きたオーウェル郷の鬼事件、王都に「ヤベーの」を通してしまった件だが、これは真摯に反省した。

 そこで何はともあれ磐森道の警戒を密にすべく荷馬車駅馬車の定期便など始めたのだが、これはまずまず良い方向に転がった。

 と、いうのも。馬車は一日にどれだけ動くものか、一台にどれほど積めるものか。その警護にかかる延べ人数、経済的肉体的負担などなど。士官候補であれば「学園」やらで学ぶところだが、なかなかその余裕も得られぬ「料金所」やらの見回り兵士に実地の体験を積ませることが……ええ、後付けですとも……たまの遠出が良い気晴らしになってるらしいということで。もちろん行き交う目が増えれば本来の目的、不審者対策にも……で、何だって?


 「エシャンの者らしいのですが、その……砦の守備にあたっている近衛兵の横暴を訴えるべく王都を目指しているとのことで……アホいえ正直者で助かったのですが、いかがすべきかと」


 頭を抱える十騎長おとなの肩に手を回す。

 自己処理と持ち上げのあんばいを間違えない人ってほんと助かるんだなって。

 自分がやらかし気味だけに。

 


アイカン:モデル若狭

エシャン:モデル越前

ミリオ:モデル加賀

半島州:モデル能登

メディチ:モデル越中

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