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第四百三十五話 輝かしくも その1



 「よく来てくれた、チェーザレ。ティムルと引継ぎの準備に入ってくれ」


 チェーザレ・サッソ、前検非違使少尉にしてティムル・ベンサムが全幅の信頼を置く副官であった。

 そのひととなりは現場に出たがる上司に替わる女房役、あるいは知能犯を相手取る捜査二課長、安楽椅子探偵といった趣で……ともあれ眼鏡を透かした眼光も鋭き五十手前のベテランである。


 「訓辞の前にヒロ、俺とイーサンを呼んでおいてエドワードを外した理由は?」

 

 クリスチアンの問いだが、それこそチェーザレの処遇にある。

 検非違使でありながら法令遵守に重きを置く男ゆえ、次の中隊長がトワ系ならば大尉に適任……で、あればこそいったん外に出した。イーサンとクリスチアンの推薦というかたちでこの秋王都に呼び戻した。

 

 「『次』がエドワードに決まるようなら、サッソ少尉には別の仕事を頼むことになる」


 彼の手になる報告書、机上の紙束に煙管を向ける。

 下半期は国防の総点検を行う予定だ。これも長丁場でカイゼンの継続が必要となるだけに、手堅い男は何人いても困らない。


 「それでメル&キュビの排除ってわけか」


 「『枢機には関わらせない。そのあたりさじ加減だな』って言ってたのは誰だクリスチアン……ともあれ諸君、下半期はそのつもりで」


 友邦でありながら潜在的には敵性国家、キュビとメルとが引き起こすねじれが煩瑣を呼び入れる。これもどうやら折衝かと、想像に覚えた憂鬱を覆うべく火皿に結晶ハッカを落としたところで上から声が降ってきた。


 「私からもふたつ、お目通りを機に申し上げたきことが」


 点火に気を取られたとはいえ上目ばかりを向けたのは横着に過ぎたか。

 眼鏡の向こうに見える光は冷えに包まれていた。


 「ひとつはイゼル知州の動きです。ここのところ王都と活発にやり取りしている気配があります。それも正規の使者を用いることなく」


 「その問題はデクスター権中将に諮れ。もうひとつは?」


 イゼル知州はイーサンの叔父にあたる。まず間違いないところだろう。


 「通貨偽造とナバールにまつわる問題、と申し上げれば?」


 やはりこの男だ。次の検非違使大尉、ほかに思い当たらない。

 そんな喜びが顔に出たものか、イーサンの口元も皮肉な歪みを見せていた。


 「頭越しで持ち上げようとしたから僕が止めた。聴聞もうしひらきの機会はあってしかるべき、それがフェアってものだろう?」


 チェーザレの顴骨に抵抗の色が浮かぶ。

 イーサンのことだ、握り潰さぬこと確約したに違いないが。


 「アカイウスを呼べ、帳簿を持参するよう伝えよ。ほかにティムルとフィリップ、小隊長……コンラートにエミール、アルバートあたりには後で伝えれば良いか」


 チェーザレの報告書やらを運び込んで来た荷物持ち、コニー・バッハとメッサ・ヴァージュを外へ出す口実としてもまずまず妥当なところではある。

 

 「さて、帳簿が来るまでの間に申し開きをしておこう。まずは当時の推移だが、『通貨偽造の責任を問われたナバールでは指導者のひとりが失脚し、王国に迷惑(がね)を支払うと決まった』。ここまで争いは無いな? 窓口になったのが検非違使庁であり近衛府だ」


 「すなわち当時小隊長であった男爵閣下であること、お認めになるのですね?」


 「ヒロで良い。その賠償金を国に、中央政府は外朝大蔵省に納入したのも私だ。当然調べはついているな?」


 「ええ。それも取り決めの実に三倍にあたる額でした。まずはこの点につき説明願います」


 ポーカーフェイスは構わない、だが理論武装済みの知能犯と思っているならば甘い。そもそも俺には犯罪の認識から無いのだから。

 がんらいチェーザレ・サッソなる男、「あたり」のつけかたから絞り込みに至るまで捜査能力は白眉。おそらく政治もできるのだろう。だが「上」と接した経験がやや薄いか。俺を相手にこのザマではトワの頭脳に振り回されて潰れかねない。


 「ナバールと王国の経済格差に配慮したものだ。取り決めた『大金貨300枚相当の賠償』だが、これはナバールには重い。ひるがえって王国から見るに、軽きに過ぎて反省の色が無いようにも感じられる」


 大金貨300枚、日本なら雑に言って3億円相当「以上」(金額が大きくなるほど上振れするようにも思われる)といったところか。ナバールの年間予算は知る由も無いが――前近代でもあり、磐森やらの規模を参考にするならば――どう少なく見積もっても1割がほどにはあたるはず。


 「大蔵省への納入が大金貨900枚であったのはそうした理由ですか。しかし600枚ぶんの差額、まさか自腹を切ったと仰せに?」

 

 通貨偽造の賠償金は名産の宝石で支払わせた、そこにカラクリがある……と言うから悪事に聞こえる。そもそもナバールはそれ以外の支払い手段を持っていない。

 とはいえ宝石なのだ。「加工」――とは異なるか、「原石から宝石にする」ところまではナバールで行っているのだから――後の過程・「細工」によってその価値は跳ね上がる。

 結果、ナバールが支払った宝石は王国おれに引渡されて後おおよそ6倍、大金貨1800枚相当の財に形を変じた。


 「なるほど。うち900枚相当を納入したわけですか。残りの900枚は?」

 

 歩き出したイーサンにかぎを投げ渡す。

 中隊長執務室の背にある扉が重い音を立てるや秋の陽射しに相応の鈍い輝きが机上を照らした。


 「この件で実働を担ったのは検非違使庁また近衛府である。戦争の間隙を縫ってティムルが調査に出向したこと、留守を預かった少尉も知っているはず」

 

 貴族の仕事は手弁当(と受益者負担)で回すもの、ゆえに当然の処置だ。

 それでもナバールの、ひとつの自治体その予算の何割かに相当する金額が「裏金の足し」にしかならない。近衛府、王国の中央軍はそれぐらいの規模を有している……だからこそ資金繰りが悩みの種ともなるわけだが。


 「僕やクリスチアンを含め、おもだった小隊長にはヒロ君から報告があった。残余の半ばは戦費に投入されたが、いずれにせよ不正は無い。以上、デクスターの名において宣言する」

 

 スジ論を突き詰めれば非違には違いない。だが王国に支払われた金を王国(軍)の金庫に放り込んだ以上、俺を責めても実利が無い。

 だいたい納めるべき官署ところには3倍の金を入れたのだ、わざわざ藪を突ついたところで誰も得をしない。

 

 で、どうする?

 なお何かあるかチェーザレ・サッソ、ティムル・ベンサムを襲ぐ男よ。


 「私がここ1年預かったソレシャン砦ですが、イゼル州から山中の里・傭兵の里・ナバールにまで睨みを利かせうる要衝です」


 あくまで噛み付く、ね。猟犬の女房はおとなしく見えても猟犬か。

 

 「しかしナバールからは疲弊を思わせる情報が入ってこなかった。いみじくも閣下いえヒロさんのご指摘にある通り、大金貨300枚の負担は彼らにとって重いはずであるのに」


 ソレシャンはウマイヤ公爵領とイゼル州都を結ぶ線上にある。睨みを利かせうると言ってナバールはあまりに遠く、それでもなお捨て目を使っておくあたり刑事の性とは度し難いものと……クリスチアンも頷いていた。人選に過ちなし、われまたこれを受け容れん……了解だ。


 「ナバールは事実上南嶺の影響下にあるが、形式的には独立にして両属の地だ。彼らに罪があったと言って、過酷に扱えば名実とも南嶺に身を寄せてしまう」


 大金貨300枚相当の負担は賠償ゆえ、当然ながら彼らは対価を受けられない。

 かと言ってまともに支払うのでは里が「傾く」。

 ならば南嶺にでも泣きついたか……と、考えてみたくなるのが自然だが。


 「何をなさったものか、ご説明いただけますね中隊長どの」


 第一観から俺を目掛けているのだから頼もしき限り。



 

イゼル:モデル伊勢

ナバール:モデル名張

ソレシャン:モデル日野城(中野城)

山中の里:モデル甲賀

傭兵の里:モデル伊賀

ウマイヤ公爵領:モデル栗東


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